3)白銀令嬢と測れぬ力
研究塔の奥は、昼と夜の区別を忘れたように静かだった。
窓の外には月明かりが差し込んでいるはずなのに、分厚い石壁に閉ざされた空間には冷たい光ひとつ届かない。
けれど、不思議と息苦しくはなかった。
積み重ねられた古文書の匂いと、淡く灯る魔術灯の輝きが、この塔にだけ流れる空気を形作っている。
「ここに入るのは初めてね」
私が周囲を見回しながら呟くと、ライオネルは愉快そうに笑った。
「まあ、貴族のお嬢様は普通なら足を踏み入れない場所だからな」
「……そういうあなたは、随分と場違いな子供を連れ込むのが好きなようで」
「誰が好きで連れてきたと思ってる」
「ふん、無理やりよ」
軽口を交わすうちに、私は心の奥で小さな不安を覚えていた。
──なぜ、私はここにいるのだろう。
婚約破棄で自由になったはずなのに、結局この幼馴染に引きずられている。
「さて……」
ライオネルは机に並んだ水晶球を手に取り、私の目の前に置いた。
「お前が本当に“魔力を持たない”のか、確かめてやる」
「何度測っても結果は同じでしたわよ。ゼロ。完全なる欠落」
「"今までは"な? だが俺の仮説は違う。お前の魔力はゼロじゃない。相殺されているんだ」
「相殺?」
「魔力と──聖力によって、な」
彼の声に、私は思わず鼻で笑った。
「聖力ですって? そんな御伽噺みたいなものを持ち出すなんて……塔の研究員ともあろう人が、夢物語に酔っているのかしら」
「御伽噺じゃない。記録に残ってる。稀に魔力を拒む存在がいる、と」
「……」
言葉に詰まる私を見て、彼は唇の端を上げた。
「ほら、否定はしない」
「……っ! 私はただ、呆れているだけよ」
視線を逸らす私の横顔に、彼の指先がかすかに触れた。
ほんの一瞬のこと。
けれど胸の奥に走る鼓動は、私の平静を奪うには十分だった。
「やっぱりな。お前はずっと誤解されてきたんだ」
「勝手に決めつけないで」
「決めつけじゃない。─俺には、わかる」
彼の低い声が耳元に落ちる。
なぜだろう。
冷たくあろうとしたはずなのに、私は言い返す言葉を探すうちに頬が熱を帯びていく。
「……本当にあなた、子供の頃から変わらないわね。人の気持ちを振り回すのが得意で」
「振り回されるくらいなら、赤くならなきゃいい」
「なっ……!」
ついに言葉を詰まらせると、ライオネルは勝ち誇ったように笑った。
塔の空気は冷たいはずなのに、私の内側だけが熱を持っている。
──魔力がなくても、感情がなくても。
どうしてこの男の前では、私はこんなにも揺らいでしまうのだろう。
答えを探す前に、ライオネルが水晶球に手をかざした。
「さあ、確かめよう。お前の“真の力”を」
その声と共に、塔の奥で静かに封じられていた何かが、かすかに目を覚ます気配がした。
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