1)婚約破棄
朝の光が大理石の廊下に静かに差し込み、白銀の髪を柔らかく照らす。
淡い青灰の瞳に光が反射し、長いまつ毛の影が頬に落ちる。
感情のわからない完璧な令嬢。外から見ればそうだろう。
だが鏡は、誰も知らぬ真実までは映さない。
私には魔力がない、そう思われていただけだ。
けれど今は、そんなことを思い返す余裕もない。
目の前には、長年の茶番の中心人物、王太子が立っているのだ。
「…はい?」
「何度も同じことを言わせるな!セレナ・アルベリーニ!お前との婚約を、この場をもって破棄する!」
その声が広間に響くと、瞬時に空気が凍った。
貴族たちは息を飲み、視線を私に集中させる。
私が驚き、涙を流し縋り付く姿を期待しているのだろう。だが私は微動だにせず、淡く微笑む。
「まあ……ようやく終わりましたのね、この茶番劇が」
その言葉に、王子の顔が青ざめ、眉をひそめる。
「お、お前……なんだその態度……」
「感情ならありましたわ。ただ、この劇を見続ける必要はもうない、と判断したまでです」
冷ややかで揺るぎない声。私は悲劇のヒロインでも、ただの飾りでもなく、私自身を取り戻す令嬢なのだ。
そのとき、背後から聞き慣れた声が響いた。
「相変わらず口が悪いな」
胸の奥で、小さな困惑が走った。
――どうして、ここに…?
振り向くと、そこに立っていたのは幼馴染のライオネル。
研究塔勤務の彼は、静かに私を見つめ、まるで何もなかったかのように微笑んでいる。
胸の奥でほんの少し、動揺が走る。だが顔には出さない。あくまで気高く、揺るぎなく振る舞うのだ。
王子の目が、ライオネルを捉え、目を見開く。
「な、何者だ……!?」
私は軽く眉を上げ、王子を一蹴する。
「茶番は終わったのです。もう何も言わないでください」
王子は赤くなり、怒りで震える。
「お前……どうして……!」
「……それが、私の答えですわ」
声には毒があり、揺るぎなく王子を退ける。
ライオネルは微笑むだけで何も言わない。
私は渋々ながらも歩を進め、彼の隣に軽く並ぶ。
「……まあ、いいわ」
小さく呟き、困惑を押し殺しながらも、彼の存在を受け入れる。
幼馴染だからといって簡単に心を許すわけではない。だが、この面倒くさい存在が、どうしても私の心を揺さぶるのだ。
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