6
ミドは一心不乱と言うべき速度で、迷いなく街を走り抜けていく。どこに支配者がいるのかを分かっているように道を選んでいる。
追いかけながら何度か声をかけたのだけれど、まるで聞こえていないようで、とにかく見失わないことに必死になって走っている。なんだって鎧になると力が増すのかは、くっつけた僕だって分かっていないのだけれど、必死に走っているのに距離が開いていく。
「ちょっと、あの子ってばどうしたのよ!」
「し、知らない……けどっ、放っておくわけにはっ、行かない、だろっ!」
「だったら、ほら、もっと速く。置いていかれるわよ」
「余裕そうだなあっ!」
僕はもう息も絶え絶えなのに、横を走るクロエは平然とした顔をしている。剣士として鍛えた人間との基礎体力の違いってやつだろうか。振り返ると、僕よりも体力のないイリアは随分と遅れている。
このままだとイリアともはぐれてしまう。クロエに先行してもらって、僕が少し下がるべきかと考え始めたころ、行く先からぶつかるように冒険者たちが走ってくるのが見えた。
目もくれずにすれ違った鎧姿のミドに目を丸くしながら、今度は僕らを見て、おおい、と髭面の男が手を振っている。
「支配者とやりに行こうってならやめとけぇ! まじで不死身になってやがらあ! ありゃ手に負えん!」
「情報、どーも! 僕らもすぐ引き返しまぁす!」
「引き返すような勢いじゃねえだろぉ!?」
すれ違う一瞬では、とても事情なんて説明できない。心配ばかりはありがたく受け取り、僕らはただミドを追うしかなかった。
ミドが階段を駆け上がって、その後ろ姿が見えなくなる。僕らも階段を駆け上がる最中で、獣の猛々しい鳴き声が聞こえた。
階段を登りきったその時、突風と共に黒い影が僕らの頭上を駆け抜けた。思わず腕で顔を守り、すぐさま背後を振り返る。それは翼を広げて制動すると、家屋の壁に鉤爪をめり込ませて停止した。羽毛に守られた首がぐるりと回転し、鋭い瞳が僕らを見下ろす。
壁に張り付く四肢は獣とも鳥とも似通っているが、その体躯は狼か虎か。けれど顔は鷲に似ていて、背中には巨大な翼が開かれている。その全身がただ石像のようにくすんだ色味で、ガーゴイルに違いなかった。
「––––グリフォンのガーゴイルか」
どう見ても強敵だな、と空を見上げて思う冷静な自分がいる。
「ちょっと、どう見てもヤバいやつじゃないのよ! どうすんの!?」
「どうするって訊いておきながら、クロエもやる気満々でしょ。もう剣抜いてるし」
「そりゃ抜くでしょうが!」
そりゃ抜くか。怖いもんな。
僕も後ろ腰からランタン・ボウを取りながら、視線を外して背後を確かめる。
そこは高層の家々に囲まれた広場になっていて、中央には白亜の噴水が鎮座していた。その噴水の前で、ミドがただぼうっと突っ立って、グリフォンを見上げている。
今なら行けるか、と身構えたとき、クロエが声を発した。
「来るわよ!」
忙しないな、とすぐさま視線を戻す。矢筒に手を伸ばして、そんな場合じゃないな、とすぐさま飛び退いた。
「なんでこいつ、突っ込んでくるのよっ!?」
「そりゃ僕らが獲物だからだよ」
左右に飛び退いた真ん中に、グリフォンが降ってきた。翼が風を巻き起こし、砕かれた階段の破片が舞う。グリフォンはさながら馬のように後ろ足で立ち上がり、薙ぎ払うように右前脚を振るう。
クロエが前転して距離を逃れる。僕も後ろに下がりながら、矢筒から矢を抜いてつがえた。でかい的だ。狙いは大雑把に、素早く撃つ。
グリフォンの悲鳴。矢は首に刺さり、そこに柔らかな火が灯った。
「……地味だなあ。あのまま燃えてくれれば助かるのに」
ぼやきは虚しく消えて、グリフォンが後ろ脚で矢を掻く。それで矢は抜けて、階段を転がっていった。
「––––せぇやっ!」
背後からクロエが姿勢を低く切り込む。払い撃つ一撃はグリフォンの前足首を切り飛ばした––––が。
血が流れることもなく、前足に光が集まったかと思えば、逆再生のように元通りになっている。地面に転がった前脚は泥のように溶けて消えてしまった。
「なるほど。こりゃ手に負えないや」
先ほどの冒険者の助言が身に染みる。これほど一瞬で再生する魔物ともなれば、生半可な攻撃はすべて無意味だ。イリアの爆弾で吹っ飛ばせば少しは期待が持てるか。
「ちょっと! これどうするのよ!」
「さあ。お約束なら、首を落とすとか、弱点がどこかにあるとか、そもそも本体は別にあるとか、いろいろだけど」
「お約束ってなに!?」
それを説明するにはちょっと忙しい。
グリフォンは僕らを噛み潰そうと嘴を突き込んでくる。なんとか避けた真横で、「ガチン」と鉄がぶつかるような音がするのだから、これは怖い。今ばかりは感覚が鈍いことにも感謝したい気分だ。
「クロエ! ミドを抱えて撤退するよ!」
「賛成ッ」
「––––よし、いまだ、走れ!」
グリフォンが再び後ろ脚で立ち上がった瞬間、僕らは反転してミドのところへ走った。
「ミド! なにやってんのよ!」
駆け寄ったクロエが叫ぶ。
「––––取り返さなきゃ」
ミドの鎧が動き、空に舞い上がったグリフォンを指差す。
「第二のエイト、ᛇ。あれは私のものだから」
「そっか、謎の言葉をありがとう。ほら、逃げるよ」
僕はミドの腕を取る。けれど腕はびくともしない。押しても引いても動きゃしないのだこの重っ苦しい身体は!
「ああ、もう、分かった! 取り返してあげるから! まずは言うことを聞け!」
「……本当?」
「本当!」
「分かった」
突然、ミドの身体が軽くなった。引っ張っていた僕はそのまま転がることになって、けれどそのおかげで命拾いをした。倒れた次の瞬間、そこに風の塊が飛んできたからだ。




