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第1章 トラキアの密約 9

 「マクシミヌス様、着きました。門番は交代制ですので、恐らく従者の顔までは覚えていないと思いますが、念の為、下を向いて邸宅に入って下さい」

 「分かった」

 マクシミヌスは、サフィーネの後ろから、荷物を抱えて着いて行った。

 「お前は、ベリガウスの孫娘だな。荷物は検閲けんえつするぞ!」

 サフィーネはすかさず、「門番様、些少ですがこれをお納め下さい」と言って、門番に金子きんすを差し出した。

 「お前達、此奴こやつは孫娘で間違いが無いな?」

 門番頭とおぼしき男が、他の門番に確認した。

 「へい、間違いは有りません」

 「そうか?お前ら、中に入っていぞ!」

 門番頭はそう言うと、邸宅の門を開いた。


 ちっ、下衆共げすどもが偉そうに!

 マクシミヌスは、彼らに悪態をきそうに成ったが、それは自分が総督で有るが故に許さされる言葉で、幽閉されている祖父を気遣うサフィーネに取っては、門番の懐柔は大切な作業の筈だった。

 「マクシミヌス様、祖父の部屋はあちらです」

 サフィーネは声をひそめて、マクシミヌスにそう伝えた。

 ベリガウスの邸宅は、思っていたよりも広くて、手入れが行き届いた中庭も有った。

 幾ら、エディルネ市の外れに立地しているとは言え、これだけの邸宅を維持するにはそれなりの費用が掛かるだろう。

 サフィーネの叔父の収入だけでは、きっと厳しい筈だ。

 ここは俺が全面的に支援しなければ、俺の男としての面子めんつすたってしまう。

 増してや、ここは俺が敬愛するベリガウス殿の邸宅で、俺の許嫁いいなづけの祖父の家なのだ。

 だがそれよりも、近い内にダンダリオスを武力で恐喝して、ベリガウス殿を解放する事が先決かな?

 但し、その事はベリガウス殿やサフィーネに知られては駄目だ。

 清貧にも甘んじる覚悟の彼らは、それをいさぎよしとしないだろう。

 マクシミヌスは、そんな事を色々と考えながら、サフィーネと共にベリガウスの部屋に入った。

 

 「サフィーネか?何時いつも済まないな」

 椅子に腰掛けていた初老の男は、立ち上がってサフィーネを出迎えた。

 「お爺様、そんな他人行儀な事は言わないで下さい。サフィーネはお爺様に会える事を常に心待ちにしているのですから」

 「おお、我が愛しの孫娘!一週間振りだが、今日はその可愛い顔をわしに良く見せてお呉れ!」

 「はい、お爺様」

 サフィーネはこれ以上は無い笑顔で、ベリガウスの近くに駆け寄った。

 

 「実はお爺様。今日はサフィーネからお話が有るのです」

 「ほう、それは珍しいな」

 「こちらの従者の恰好かっこうをされている方は、ブルガリア侯マクシミヌス総督様です」

 「何だと!」

 ベリガウスは驚いて、マクシミヌスの前で片膝を突いて、頭を深々と下げた。

 「あっ、いや、ベリガウス殿、そんな事をされたら私の方が恐縮してしまいます。どうぞお席の方へ」

 マクシミヌスは、ベリガウスの片腕を取ると、ベリガウスを彼の自席まで導いた。

 「知らぬ事とは言え、ブルガリア侯には大変な失礼を致しました」

 「いえいえ、ご心配無く!それよりも今日は、私の方が遥かに失礼なお話をベリガウス殿にしなければ成らないのです」


 「お爺様、これはわたくしが自ら望んで志願した事ですから、マクシミヌス総督様には全く悪意は無いの」

 「大丈夫だよ、サフィーネ。これは私の問題だから、私からベリガウス殿にちゃんとお話をするから」

 ベリガウスは、サフィーネとマクシミヌスの遣り取りを聞いて、何かを感じ取った様子だった。

 「サフィーネや、奥の部屋でダンケが首を長くしてお前が来るのを待っているから、早く行ってあげなさい」

 「でも、お爺様」

 「ダンケと言うのは、ゲルマニア産の小型犬で、俗にポメラニアンとも呼ばれております。ゲルマン語でダンケと、その犬にサフィーネが名付けたのです」

 「成程。感謝する心は、何にも増して大切ですからね」

 「ダンケは、サフィーネの愛犬でしてな」

 「そうですか?私はダンケが何とも羨ましいです」

 「ははは、ブルガリア侯マクシミヌス総督閣下が、こんなに気さくな方だとは」

 サフィーネは、ベリガウスとマクシミヌスの対話が順調に行きそうだと判断したらしく、

 「わたくし、お爺様のお言葉に甘えてダンケに会って来ます」

 と言って、奥に部屋に去って行った。


 「実は、ルフィア殿はハッキリとは言われなかったが、それと無く、貴方様の為にサフィーネの力添えが必要だと、雰囲気でわしに伝えて呉れていたのです」

 「ベリガウス殿は、ルフィアの事をご存じなので?」

 「ご存じも何も、彼女とは長い付き合いでしてな。ダンダリオスからわしが裸同然で追い出された時、この邸宅もルフィア殿が手配して呉れたのです。しかも、わしの甥が薬屋を開業出来る様に、この街のギルドに話を通して呉れたり、わしらはルフィア殿には足を向けて寝れんのです」

 ルフィアはそんな事まで、裏で手を回していたのか!

 流石は俺の女房に成るべき女!

 ベリガウスは、本人の気持ちはお構いなしに、勝手にルフィアを女房化していた。


 「ベリガウス殿、そろそろ本題に入らせて貰います。この話自体が私の身勝手で、しかも失礼極まりない事だと十分に自覚しております。ただ、私がベリガウス殿をこれまで尊敬して来た事は天に誓ってまぎれも無い事実ですので、せめて、私の話だけでも聞いて戴きたいのです」

 「勿論です。お話は謹んでお伺い致します。ですが、その前に以前から細々とでは有りますが交易をしていた、東方の漢と言う国から茶と言う物が贈られて来ましてな。これが中々、旨いのです。勿論、酒では無いので酔ったりはしませんが」

 「茶ですか?私は初めて聞きました。これからは真面目なお話をするので、酒は不適切ですから、その茶とやらを戴きましょう」

 暫くすると、侍女らしき女性が茶を捧げ持って来た。

 「我が家は、家職が一人と侍女が一人のわびしい暮らしですから、行き届かない点はご容赦下さい」

 マクシミヌスは生まれて初めて、茶と言う物を飲んだ。

 「茶とは温めて飲む物なのですね?それにしても香りが高い!」

 「お気に召して戴ければ幸いです。さあ、これからは貴方様のお話を伺いましょう。わしの方は既に、れなりの覚悟は出来ておりますから」


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