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第1章 トラキアの密約 3

 「ええ、そうよ」

 「ルフィア、お前、気は確かか?」

 「勿論!これは真面目な話なの」

 真面目な話だと言った割には、ルフィアは妖しげな笑顔をマクシミヌスに向けた。

 「ねぇ、マクシミヌス、聞いて頂戴!恐らくあんたにはローマのお偉いさん達から、我が娘を令室にして呉れないかと言う話が沢山来ている筈だわ」

 「そう言えば、執政のロドリゲスが俺の留守中、ローマから俺の結婚の件で使者や手紙が沢山来て、大変だったとか言っていたな」

 ロドリゲスとは、このエディルネに於いてマクシミヌスが不在の間、マクシミヌスの館やトラキアの民を守る「代理総督」のような立場にけている人物の事だった。

 「だが俺は最近、長かった遠征から戻ったばかりだから、そんな手紙は一通も読んでいないんだよ」

 「だけどローマのお偉いさんを相手に、結婚話を何時までも無視し続ける訳にも行かないでしょう?」

 「うむ、それはそうだが。でも俺はルフィアの尻を追っかけ回す方が好きなんだ」

 「馬鹿!」

 そう言うと、ルフィアはマクシミヌスと自分のグラスにアルバンワインを注いだ。 


 「今やあんたは、このローマ帝国でも屈指の英雄なんだから、元老院は別にしても、多くの貴族や爵位を持つ人が、縁戚にしたいのよ」

 「確かに俺の事を英雄と呼んで呉れる民衆は少なからずいるし、ローマの軍人達も俺の地元では口先だけだが、総督では無く大将軍と呼ぶ者もいる」

 「でしょう?」

 ルフィアは、自分のグラスに注がれていたワインを半分だけ飲み干した。

 「俺は、地元でこそブルガリア侯と呼ばれれて賞賛を受けているが、ローマ帝国に取っては、ブルガリアなんて数ある属州のひとつにしか過ぎない」

 マクシミヌスもルフィアを真似て、アルバンワインを半分だけ飲み干した。


 「それは、今のアレクサンデル帝の治世下に於ける単なるローマの常識の話でしょう?皇帝の後釜を狙っている者達に取っては、あんたのブルガリア侯と言う爵位では無く、大将軍としての実力の方に魅力を感じているの」

 「そう言う物かな?」

 「そう言う物よ。あんたが幾ら政治音痴でも知ってるわよね。今やアレクサンデル・セウェルス帝の威光は地に堕ちて、その後釜を多くの連中が狙っている事を」

 「まあ、知らない訳じゃ無いがな。欲に固まった元老院のやからが、それぞれが後釜に推す人物を皇帝に立てる為に、水面下で血みどろの政治闘争を繰り広げられているらしい」

 結局、マクシミヌスは残りが半分に成っていたグラスのアルバンワインを飲み干した。

 「何とも、おぞましい話だが・・・」

 「何しろ、アレクサンデル帝の息子は未だ幼過おさなすぎるわ。あの鬼祖母だって何時まで愛孫あいそんを守れるかは怪しい物だわ」

 「5代も続いたセウェルス朝も、現皇帝で終わりだと言うのか?」

 「恐らくね。ローマの有力者達は既に現皇帝を見限っているらしいからね」

 ルフィアはふうと息を吐いた。

 「だから、彼らはあんたを娘婿むすめむこにして、皇帝の後継者争いで一歩先に立ちたいのよ!」


 「俺を娘婿にしたら、奴らに何か得が有るのか?」

 「先ず、あんたが後ろに控えていれば軍部が怖くない。あんたがエディルネから兵を引き連れて来たら、実戦経験が無いローマの軍隊では全く歯が立たないから」

 「それ以外にも、奴らに得が?」

 「若し、あんたが本格的にローマ入りをすれば、真っ先に現皇帝が自らすり寄って来るでしょうね」

 「まさか・・・そんな事が有る訳は無いだろう」

 マクシミヌスは、自分自身でグラスにアルバンワインを注いだ。

 「現皇帝だって、みすみす指をくわえて廃位に追い込まれたり、暗殺されたりはしたく無いでしょう?」

 「それは、そうかも知れないが・・・」


 「その時、自分の娘婿があんただったら、現皇帝との橋渡し役で自分の存在感を周囲に大きく示せるでしょう?そう成ればその後は、皇帝を脅して世襲を止めさせて意中の人物を皇帝に就けるも良し、何かの理由を付けて殺すも良しに成るって訳なの」

 「お前って、恐ろしい事を考えているんだな」

 マクシミヌスは自分で注いだワインを一気に飲み干した。

 「でも、実際はそう成らない!」

 「何故?」

 「考えてもご覧なさい。毎日、権謀術数ばかりを考えている連中よ。ひとりの独走を簡単に許す訳が無い。残りの有力者が結託してその男を蹴落すわね」

 「そう言われてみれば・・・」

 「あんたが、今、誰かの娘婿に成るって事は、自ら大きなリスクを背負う事に成るの。分かる?」

 「う~ん」

 「だから勝ち馬が決まってからその男の娘に求婚すれば、そうしたリクスは回避される」


 マクシミヌスは次第に、ルフィアの話に真剣に耳を傾け始めた。

 「その勝ち馬は、皇帝に成ったばかりだから基盤が弱い。だからあんたが娘婿に成って呉れると聞けば涙を流して喜ぶわ」

 「だが俺は抑々《そもそも》、そんな悍ましい世界に足を踏み入れる積りは全く無い!」

 「あんたのそんな気性を、あたしが知らないとでも?」

 ルフィアもグラスに残っていたワインを一気に飲み干した。

 「あんたが縁談を断れば断る程、あんたの娘婿としての価値が高まるから、ローマの連中は条件闘争をしている考えて、あの手この手で結婚を迫るに違いないわ。それを明けても暮れても断るって気が重く成らない?」

 「確かに気が重い!じゃあ、俺はどうすれば?」

 「フッフッフッ、あたしに秘策が有るのよ。あんたが、誰の娘婿にも成らずに済む方法がね!」


 「おおっ、それはどんな秘策だ?」

 マクシミヌスは思わず身を乗り出すと、ルフィアをまじまじと見詰めた。

 「あんたが、皇帝争いの勝ち馬に乗るかは別にして・・・」

 「乗らない!勝ち馬だろうと負け馬だろうと、ローマの馬には絶対乗らない!」

 「ウフフ、頼もしいわね!これからが今日の本題なんだけど、秘策はあんたが地元の女と婚約する事よ!」 

 「地元の女と婚約するだと!」

 「そうよ、あんたが英雄に成る前からその娘にご執心だったって事にするの。有力者共は自分の娘婿に出来なかった事は残念がるけど、他の有力者の娘婿に成らずに済んだとホッとする筈よ」


 「確かにそれなら、結婚せずに済むかも知れんな。あんな奴ら、それが誰であれ、俺が父上と呼べると思うか?」

 「あんたなら呼べないだろうね。そしてもうひとつ、アレクサンデル帝が有力者以上にホッとする。あんたが有力者の娘婿に成る事を一番恐れているのが現皇帝だから。そして出来る事ならあんたと姻戚関係を持ちたいと考えているのよ」

 「う~ん。言われてみれば、そんな気もするな」

 「明日、バリアスポランがあんたの館に来るのも、あんたの縁談の進み具合を確かめたいからよ。だからあんたは彼に直接、自分の許嫁いいなづけを紹介するの!」

 「おいおい、紹介するったって、明日だぞ?間に合うのか?それに俺の許嫁って一体、誰なんだ?」

 「ホホホ」

 「ホホホって、俺を余り焦らすなよ!」

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