第1章 トラキアの密約 2
「ラーマクリオスよ、バリアスポランの奴が来た事だし、ポスカ酒じゃ田舎者扱いを受けるだろう?だから、先日この店に運ばせている、ペルシアの隊商から買った酒を飲もうじゃないか」
マクシミヌスの提案に、ラーマクリオスは渋々、顔を縦に振った。
「ガラシアノス支配人、あの酒をここに持て!」
「アルバンですね。かしこまりました!」
アルバンは葡萄の実を醸した甘味が有るワイン酒だ。
ガラシアノスは、マクシミヌスからの注文が入ると予想していた様で、アルバンワインは直ぐにテーブルに運ばれて来た。
「この酒は旨いぞ。ラーマクリオス、君も飲め!」
アルバンワインが二人の盃に並々と注がれた。
「これはこれは天下の大総督、マクシミヌス侯では有りませんか?気が付かなくて大変失礼を致しました!」
バリアスポラン第5近衛兵士団団長が、二人の方に近づいて来た。
マクシミヌスは、ラーマクリオスの方を向くと、彼はニタニタと笑っていた。
流石は我が軍師、読みが正確だ!
「お隣の席に座っても宜しいですかな?」
「これは天下のバリアスポラン団長殿では有りませんか?貴方の様な高貴なお方が何故なにゆえこんな田舎街に?」
マクシミヌスは、精一杯の皮肉を込めてそう言った。
「皇帝陛下から受けたご命令の仕事が済んだので、その帰りにこの近くを通りましたのでな。総督にご挨拶でもと思いまして立ち寄った次第です」
「バリアスポラン殿、まあ、お座り下さい」
バリアスポランは席に座ると、対面の席に座っていたラーマクリオスに気が付いた。
「ラーマクリオス将軍もご同席でしたか?二人の英雄がこの店でご一緒とは!」
「団長殿、先ずは一献! アマリウス、団長殿にワインをお注ぎしろ!」
マクシミヌスは何とか話を逸そらそうとして、ワインをバリアスポランに注ぐ様にとアマリウスに命じたのだった。
「ワインですと?」
「ええ、ペルシア産の珍しいワインでございます」
アマリウスはそう言いながら、バリアスポランのグラスにアルバンワインを注いだ。
「ガラシアノス支配人、あちらの席にお座りの団長殿の部下の方々にもアルバンワインを振る舞って呉れ」
「かしこまりました!」
ガラシアノス配下の店員が、バリアスポランの部下達に次々とワインを注いだ。
「皇帝陛下のご健勝と、ローマ帝国の更なる繁栄を祈念して乾杯!」
マクシミヌスの乾杯の声に引き込まれたかの様に、バリアスポランとその部下達は一斉にグラスを飲み干した。
「ほう、少し甘めですが、これは旨い!」
「団長殿がお気に召されて何よりです。さあ、もう一献!」
「いや、マクシミヌス総督、酒はもう結構!我々はこの店に早い時間から来ていましてな。すっかり飲み過ぎました!それより、用事のついでで恐縮なのですが、実は総督にお話が有るのですよ」
「私に話が?」
マクシミヌスは一瞬、怪訝けげんな顔付きに成ったが、慌てて笑顔を繕ろった。
「今は酒が入っていますので、明日の昼過ぎにでも、総督のお館に伺います。詳しい話はその時にでも!」
そう言うと、バリアスポランは立ち上がった。
「それでは、我々はこれで退散します。ご一同はごゆっくりされて下さい!」
バリアスポランと部下達は店から出て行った。
「バリアスポランが俺に話とは!ラーマクリオス、内容は何だと思う?」
「さあ?バリアスポランの事だ。何かの思惑が有っての事だろうが・・・」
「あ~ら、バリアスポラン様は貴方に何と?」
ルフィアがこちらの席に戻って来た。
「何でも俺に話が有って、明日、俺の館に来るそうだ」
「まあ、そうなの?成程ね」
「ルフィア、何か心当たりでも有るのか?」
「いいえ、あたしには政治の事など、さっぱり」
ルフィアは、そう言いながらマクシミヌスの上着の袖を引っ張った。
そう言えば、ルフィアは俺に話が有るとか言っていたな。
「マクシミヌス、一寸こっちに来て!」
ルフィアは、マクシミヌスを店の奥の部屋に強引に誘った。
「秘密の話なら、ラーマクリオスは同席しても大丈夫だ、先刻さっきも言った通り、彼は俺の将軍兼軍師に成る事を引き受けて呉れたからな」
「コホン!」
ルフィアは、芝居がかった咳をした。
「済まない、ラーマクリオス!ここの女将マダムを怒らせると後が怖いからな。直ぐ戻るので」
「マクシミヌス、君が心配する事は何も無いよ!どうぞごゆっくり」
ルフィアは、ラーマクリオスが言い終わらないうちに、マクシミヌスを部屋の中に引き入れた。
「おい、おい。一体、どうしたんだ?」
「実はね、あたし、マクシミヌスに絶対了解して欲しい縁談話を持って来たの!」
「俺に縁談話だと?」