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第1章 トラキアの密約 1

 西暦203年、「エディルネ(旧古代都市ハドリアノポリス)」市街区の一角で、ガイウス・ユリウス・ウェルス・マクシミヌスはラーマクリオスと密会を重ねていた。

 彼はマクシミヌス・トラクスと言う名で、エディルネ市を含むトラキア地方では、市民から熱狂的に英雄視されている総督だった。

 彼は生粋の軍人で、ゴート族など北方の抵抗勢力を討伐して、彼が堅固な防衛線を築いてローマ帝国に安定と平和を(もたら)したからだった。

 彼は、トラキア地方では名門中の名門、「マクシミヌス家」の嫡男ちゃくなんだった為に、幼くしてトラキア地方の総督に任じられた。

 150年程前からローマ帝国から少しづつ国土を併合されて、今は消滅してしまったブルガリア最古の王朝、オドリュサイ王国。

 トラクス家は民間伝承では有るが、そのラストエンペラーだった「ピトドリス2世」の子孫に当る家柄だと民衆は信じている。

 それは彼の母親が勇猛な騎馬伝説を持つアラン人だった事が、民衆の切なる願いと相俟あいまって、そうした伝承を産み出したのかも知れなかった。


 マクシミヌスが成人したのち、厳しい歴戦を次々と勝利した事で、ローマ帝国皇帝からブルガリア侯の爵位も受けた。

 だが、彼が戦況を報告する手紙などが無教養だとして、彼の功績をねたむ「元老院に代表されるローマ帝国の上流階級」は、こぞって彼を蛮族出身者だとあざわらっていた。


 「おおっ、ラーマクリオス!遂に君は俺の将軍兼軍師に成って呉れるのか!」

 マクシミヌスはその喜びを周囲の者に隠そうともせずに、ラーマクリオスの肩を両手で抱いた。

 「マクシミヌス、オレは昨日、自分の日記を読み返してみたら、君の私への嘆願は前回で13回目に成っていた」

 「ラーマクリオス、良く数えたな」

 「十三顧の礼」まで尽くされては、流石にこれ以上、断る訳にも行くまい」

 「ははは、下手へたの槍も数投げりゃ当たるってナ!」

 「お前にはかなわんよ」

 ラーマクリオスの言葉に、マクシミヌスは愛想を崩した。

 「さあ祝杯だ、ラーマクリオスと祝杯を挙げるぞ!アマリウス、直ぐに祝宴の準備を整えよ!」

 「かしこまりました、総督!早速、ご用意を」

 アマリウスは、マクシミヌス総督の秘書的な立場に有る若くて有能な下士官だった。

 ここから、ディオクレティアヌス帝即位まで続く、所謂いわゆる「ローマ帝国の軍人皇帝時代」へと向かう最初の歯車が動き始めた。

 のちの世に、この軍人皇帝時代は「ローマ帝国三世紀の危機」と呼ばれる事に成る。


 「今夜はやけにご機嫌みたいね、総督!」

 「ルフィアか?久しいな」

 「久しいのは総督がこの店をすっかり見限っていたからでしょう」

 ルフィアと呼ばれた女性は、総督マクシミヌスの両腿《 りょうもも》をクッション代わりにして、マクシミヌスと顔と顔が触れる位の近い距離に腰掛けた。

 「お前、少し太ったのか?俺の脚がやけに重いのだが・・・」

 マクシミヌスは、ルフィアに両腿を貸したまま盃を一気にあおった。

 「あら、ご挨拶ね。総督が敵を蹴散らして呉れたお陰で夜もぐっすり眠れるから、あたしが太っちゃったじゃない!この責任をどう取って呉れるのよ!」

 「ははは、そりゃ悪かったな」


 「若しかしてこちらのお方は、あの有名なラーマクリオス将軍?」

 ルフィアは、マクシミヌスの向かいの席に座っていたラーマクリオスに気付くとそういた。

 「ははは、私をご存じとは!何処かでお会いしましたかな?こんな美しいご婦人を、私が忘れる筈は無いのですが・・・」

 ラーマクリオスは、ルフィアの方を向いて笑った。

 「ご冗談を!総督が北方の辺境で戦っていた時、ラーマクリオス将軍がこのエディルネをゴート族の先兵から守って下さった御恩を、私達、市民は忘れていませんのよ」

 「そう言って戴けると嬉しい限りです」

 ラーマクリオスは、ルフィアが注いだポスカ酒を一気に飲み干した。

 「ルフィアだけに話して置こう。実はラーマクリオスは、今日、俺の配下に成って呉れたのさ」

 「まあ、何て素敵な!お二人が盟友関係に成られれば、エディルネだけで無く、このブルガリア全土が安泰ですわ」

 ルフィアはラーマクリオスに、もう一杯、ポスカ酒を注いだ。


 「マダム、バリアスポラン様がお呼びでございます!」

 この酒場の従業員を仕切っているガラシアノスが、ルフィアの耳元でささやいた。

 「分かった、今、行くわ。それじゃあ、総督、ごゆっくり!後でお話も有りますし・・・」

 ルフィアはそう言い残すと、奥の騒がしいテーブルの方に向かった。

 「こんな田舎に、わざわざローマ帝国の第5近衛兵士団の団長殿が一体何の用なんだ?」


 「きっと、お前の様子を探りに来たのだろう」

 ラーマクリオスは、自身の見立てをマクシミヌスに述べた。

 「俺も偉く成ったものだな」

 「第5近衛兵士団は、帝国内の諸侯に関する動向を探ったり、謀反の動きが無いかを調べる特殊警察みたいな団だからな」

 「俺が、既に謀反を疑われていると?」

 「お前以上の、ブルガリアの国民的英雄はいないからな。セルビアやアルマニアの民もお前を英雄視しているらしいし」

 「それは有り難い事だが、迷惑な話でも有るな」

 マクシミヌスは、本音を呟いた。

 「まあ、何れにしても、第5近衛兵士団に取っては、マクシミヌス侯が気に成る存在なのは間違いが無いだろう」

 「そんな物かね?その割にはバリアスポランの奴、ここに挨拶にも来ないぞ」


 「後で必ず来るさ。これはこれは天下の大総督、マクシミヌス侯では有りませんか?気が付かなくて大変失礼を致しました!とか言いながら」

 「流石はラーマクリオス。読みが鋭いな」

 そう言うとマクシミヌスは、自身の盃に酒を注ぐ様にアマリウスに命じた。

 「それにしても今年のポスカは不味まずいな。去年の大雨の影響か?」

 戦場では兵士達との連帯感を深める為に、このポスカと呼ばれる庶民の代表的な安酒で我慢しなくては成らないが、ここは酒場だ。

 少し位は高価な酒を飲んでも許されるだろうとマクシミヌスは思っていた。

 増してや、今夜はラーマクリオスが、俺の将軍兼軍師を引き受けて呉れた「お祝いのうたげ」だ。

 だが、この店は「女が目当ての店」なので、誰かの眼にまるかも知れないと言うラーマクリオスの辛言しんげんで、俺達はポスカ酒を飲む事にしたのだった。

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