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(3)特別相談室

私の職場には、「特別相談室」というプレートが貼ってある。ドアを開けて中に入っても、そこにあるのはごく普通の応接セットと、壁に飾られた無難な風景画だけだ。外から見れば、どこかの企業のクレーム対応室か、あるいは単なる雑務を請け負う部署に見えるだろう。実際、完全に間違っているわけではない。

私たちは、死を扱う。それも、ただの死ではない。

電話が鳴る。あるいは、端末に無機質な通知が届く。「事案発生。該当隊員:██。特殊災害による死亡。遺族対応、至急。」

私たちの仕事だ。

応接室で、遺族と向き合う。憔悴しきった顔、怒りに歪んだ顔、ただただ茫然とした顔。

「申し訳ございません。██様は、特殊災害により、お亡くなりになりました。」

決まりきった言葉だ。マニュアル通りの、中身のない言葉。特殊災害。便利な言葉だ。これ一つで、壁をすり抜ける怪物に引き裂かれたとも、時空の歪みに囚われたとも、未知のエネルギーで塵になったとも言わずに済む。何も知らない遺族にとって、それは突然発生した、説明不能な「何か」による死、ということになる。

「特殊災害って、一体何なんですか!?」

当然の問いだ。だが、私たちは何も答えられない。訓練された曖昧な言葉で、のらりくらりとかわすしかない。知る権利? もちろんある。だが、知ることで彼らの日常が壊れてしまうなら、真実を知らない方が良い場合もある。組織の方針だ。そして、そう信じようとしなければ、この仕事は続けられない。

最も苦痛なのは、遺体の問題だ。

「ご遺体は、お戻しいただけますか?」

この質問に、「はい、可能です」と即答できることは滅多にない。特殊災害は、遺体を綺麗なままにしてくれない。隊員も、巻き込まれた民間人も。

「…特殊災害の性質上、遺体の損傷が激しく、原型を留めていない、あるいは、物質として不安定な状態であるため…」

言葉を濁す。損傷が激しい? 一部欠損、溶解、焼却、ぐちゃぐちゃ、という言葉が頭をよぎる。いや、それすら残っていればマシな方だ。中には、跡形もなく「消滅」した者もいる。彼らの死体清掃は、特命清掃センターの仕事だが、遺族への説明は私たちの仕事だ。

遺族の慟哭。罵詈雑言。「人殺し!」「どうしてくれるんだ!」「ふざけるな!」

正面から、全てを受け止める。反論しない。言い訳もしない。ただ、耐える。彼らの怒りや悲しみは、私たち個人に向けられているわけではない。彼らの大切な人を奪った「特殊災害」という見えない敵、そして、その真実を隠蔽する組織全体に向けられている。その捌け口として、私たちがいる。

組織内でも、私たちの部署は日陰者だ。実働部隊の隊員たちは、私たちを「汚れ仕事担当」と見下すか、あるいは気まずそうに避ける。「お前たちは安全なオフィスで、俺たちの死を処理してるだけだ」とでも思っているのだろう。幻滅官や記玄官は、まだ仕事で関わる機会があるが、他の部署の人間は、私たちの存在を忘れたがっているかのようだ。

味方からの陰口、遺族からの憎悪。精神的な負担は、言葉にできない。眠れない夜、突然襲ってくる吐き気。鏡を見るたびに、自分の顔がどんどん生気を失っていくのが分かる。この部署の自殺率が組織でトップクラスだというのも、頷ける。皆、どこかで限界を迎えるのだろう。

なぜ、こんな仕事をしているのか。誰かが、やらなければならないからだ。異常から世界を守るために、隊員たちは命を賭ける。そして、その命が散った時、残された遺族に、ほんのわずかでも「区切り」を与えなければならない。たとえそれが、嘘と隠蔽で塗り固められた虚飾の区切りであったとしても。彼らの怒りや悲しみを、私たちが引き受けることで、彼らが「特殊災害」の恐ろしさの深淵に触れずに済むなら。

そうでも思わなければ、立っていられない。

応接室のドアが閉まり、静寂が戻る。壁の風景画は、相変わらず無難なままだ。次の電話まで、ほんの少しの休息。でも、すぐにまた鳴るだろう。

また、誰かの死を、曖昧な言葉で糊塗し、罵詈雑言に耐える日々が始まる。

特別相談室。

ここでは、希望も真実も、全て「忘却」され、「整理」されていく。

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