(1)全領域異常解決班報告書:██事案
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発令:2024/12/4
報告者: 内閣府対異常対処部門 幻滅官 ██ ██
承認者: 内閣府対異常対処部門 部長 ██ ██
件名: UN-2024-12-4事案「歪む街角」に関する全領域異常解決班による終了報告
概況
本日未明、██県██市██町にて、UN-2024-12-4、通称「歪む街角」事案が発生した。事案発生当初、県警特務班が第一報を受け、その異常性を確認次第、県異常管理局を通じて警視庁星特別対処部裏部署へ案件が回付された。案件書受理後、特異事案対策課が初期対応を試みるも、異常は物理的な封鎖線を容易に突破し、影響範囲を急速に拡大。建築物の壁面が液体のように波打ち、内部空間が非ユークリッド的に歪む現象に加え、接触した生物の有機構造が不規則に変質する物理的異常(P-Type/A-Type)であると判断された。予測クラスはA-classを大きく超過、即時国家レベルの危険性を孕むLEVEL-A上位に分類。この事態を受け、全領域異常解決班(以下、全決)に対し、事案の即時「終了」が特命された。
経過
0400時:内閣府対異常対処部門作戦司令室より、全決へ事案発生の通達および招集命令が発令。
0405時:全決班員、作戦司令室に集合。報告者(幻滅官 ██ ██)より、事案概要および現場状況に関するブリーフィングを実施。参加メンバーは以下の通り。
識別番号1 (通称: イチニイ) - 特異点: 崩壊
識別番号2 (通称: ニイナ) - 特異点: 治癒
識別番号7 (通称: ビッグマン) - 特異点: 硬化
識別番号9 (通称: ジンジャー) - 特異点: 雷化
識別番号10 (通称: カッター) - 特異点: 切断
識別番号12 (通称: カノ) - 特異点: 壁透視
識別番号17 (通称: ライター) - 特異点: 痕跡読解
(※その他の班員は、待機または他の事案に関する「現状維持」業務に従事中)
「事案は██市の旧市街地で発生。半径約50メートルの範囲で空間の歪曲を確認。物理的な障壁は無効。内部に閉じ込められた民間人が複数いる可能性あり。ただし、異常の性質上、生存は絶望的です」
幻滅官は淡々と報告した。白い光を放つ戦況ディスプレイには、まるでモザイクアートのように崩壊しかけた街並みが映し出されている。
「終了までのリミットは?」と問うたのは、仕立ての良いダークスーツに身を包んだイチニイだった。彼の声には一切の感情がこもっていない。
「予測モデルによれば、完全に周囲を取り込み不可逆的な空間に変質させるまで、最大でも30分。物理的な介入で加速する可能性もあります」
「30分。……十分ですね」イチニイはつまらなさそうに言った。「他に情報は?」
「内部構造は常に変化しています。物理法則が局所的に破綻しているため、通常の視覚情報、レーダーは機能しません。県警、裏部署の隊員数名が巻き込まれ、交戦を試みましたが……通信途絶」
その報告に、ニイナがわずかに顔を曇らせた。小柄な彼女は、いつも誰かの痛みを自分のことのように感じる。今日は珍しく白衣ではなく、動きやすいダークスーツだが、その柔らかな雰囲気は変わらない。
「生存者の確認は…難しそう、ですか」
「……現時点では」幻滅官は視線を逸らした。「しかし、内部の詳細は不明です。そこで――識別番号12」
大きな耳を持つスナネコの異形、カノが小さく身震いした。幼い少女のような外見だが、その瞳はディスプレイの奥を見つめている。
「カノ、君の能力で内部構造と異常の核を探ってほしい。どれだけ持つ?」
「わ、わからない…でも…見える…へんな、かべ…ぐにゃぐにゃ…」カノは指先を震わせながらディスプレイに触れた。「なか…人が…」
彼女の言葉に、ニイナの顔がさらに暗くなる。イチニイは無関心な表情のままだった。
「識別番号17」
知的な雰囲気のライターが眼鏡の位置を直した。常にペンと手帳を携帯している。
「痕跡読解で、異常の発生源と予測されるパターンを洗い出せ。民間人が巻き込まれた痕跡、組織の関与の痕跡なども全てだ」
「了解。パターン認識を開始します。ただし、異常の性質上、過去の事例との類似性は低いと予測されます」
「構わない。可能性だけでもいい」幻滅官は頷いた。「識別番号7、9、10。君たちは前衛だ。異常の物理的側面を抑え、イチニイとカッターの能力が届く範囲まで押し込め」
巨漢のビッグマンは無言で頷き、岩のような拳を軽く握った。硬化能力を持つ彼の体躯は、それだけで圧倒的な防御力を誇る。
小柄だが素早いジンジャーがニヤリと笑う。雷化能力を持つ彼女は、古武術のような動きで軽くステップを踏んだ。
「はーい! 雷でビリビリ? 遊びがいがあるね!」
その隣で、刀剣を携えたカッターが静かに頷く。切断能力を持つ彼は、無駄のない動きで刀の柄に手をかけた。
「切断対象は物理的障壁に絞る。過度な介入は異常の拡大を招く可能性がある」
「正確な判断だ」幻滅官は評価した。「最後に、識別番号1。異常の『終了』は君に一任する。他の班員は、君が能力を行使できる状況を作り出すことに専念せよ」
イチニイはただ視線をディスプレイに向けたまま、「了解」と一言だけ答えた。彼の「崩壊」は、あらゆる存在を消滅させる絶対的な力だ。しかし、その行使には集中力と、対象への直接的な干渉が必要となる場合がある。
「識別番号2は、負傷者のケアと、戦闘による精神的な影響を受けた隊員――主にイチニイのケアに当たれ」
ニイナは再びわずかに表情を曇らせたが、すぐに穏やかな微笑みを浮かべた。
「はい。皆さんが無事でいられるよう、精一杯やります」
彼女の言葉に、他の隊員たちの間に微かな緊張が走る。ニイナの能力は強力だが、彼女自身の心が非常に繊細であることを皆が知っている。
0415時:現場到着。旧市街地の交差点が、異様な光景に変貌していた。ビルや家屋が、まるで粘土細工のように歪み、空中に浮遊している箇所もある。空間からは不規則なノイズと、耳障りな音が響いている。県警と裏部署の車両が数台、歪んだ空間の境界線で大破していた。
「…ひどい」ニイナが小さく呟いた。
「カノ、状況は?」イチニイが無線で問う。
『みえる…! なか…まっくら…でも…人が、へんなかたちに…いっぱい…』カノの声は震えていた。『おくまで…光…これが、かく…?』
「光? ライター、痕跡読解の結果と照合しろ」
『確認します…光…はい、予測されるエネルギーコアの痕跡と一致します。ただし、その性質は未知数。従来のエネルギーとは異なる、概念的な歪みに近い痕跡です』
「概念…イチニイ、行けるか?」
イチニイは歪んだ空間の境界線に立つ。彼の視線は既に、カノが見つけた「光」を捉えているかのようだった。
「問題ない。物理だろうと概念だろうと、崩壊させることに違いはない」
「ちょっと待った!」ジンジャーが飛び出した。「危険だよ、イチニイ! まだ異常の性質が完全に掴めてない!」
「迅速な終了が目的だ。無駄な時間をかける必要はない」
イチニイは一歩を踏み出そうとする。その瞬間、歪んだ空間が大きく波打ち、地面から歪んだ鉄骨がいくつも飛び出した。
「ビッグマン! ブル!」幻滅官が叫んだ(※小説ではブルは今回不参加設定だが、報告書設定に寄せるためここに幻滅官の認識として入れる)。
ビッグマンは瞬時に全身を硬化させ、まるで岩石のような塊となった。飛び出した鉄骨が彼の体に激突するが、金属が軋む凄まじい音を立てて弾き返される。
「大丈夫か、ビッグマン!?」ジンジャーが雷光と化して彼の周囲を駆け巡り、鉄骨の動きを鈍らせる。
「……問題、ない」ビッグマンの声が装甲越しに響く。
『鉄骨、内部から操作されてる! 根源が歪んでる!』カノが焦った声で報告する。
「カッター、頼む!」ジンジャーが叫ぶ。
カッターは既に刀を抜いていた。彼は高速で飛び交う鉄骨の動きを冷静に見極め、一閃。空間に一筋の歪みが走り、鉄骨が根元から「切断」され、歪んだ空間の境界線で消滅した。
「切断対象は選ぶ。この異常は…物理と概念の境界が曖昧だ」カッターは慎重に刀を構え直す。
異常はさらに性質を変えた。周囲の建物の壁面が液体のように崩れ落ち、黒い泥のような塊となって地面を這い始めた。触れたアスファルトや植木が同じように泥へと変質していく。シフター(識別番号18)の変質能力に近いが、より広範囲で制御不能だ。
『マズい! 変質のパターンが予測を超えてる! ライター!』ジンジャーが叫ぶ。
『分析中! 変質対象はランダムではありません。特定の物理法則に対する「嫌悪」のような、指向性が読み取れます!』ライターは情報端末に食い入るように見つめている。
「嫌悪…物理法則への?」イチニイの無機質な瞳が、這い寄る泥を見据えた。「崩壊させる価値があるな」
彼は一歩踏み出す。その時、泥の中から、歪んだ人間の形をした複数の異形が立ち上がった。かつて巻き込まれた民間人や隊員の成れの果てだろうか。彼らは悲鳴とも咆哮ともつかぬ音を上げ、全決メンバーに襲いかかった。
「ひっ…!」カノが怯える。
「カノは下がってろ!」ビッグマンが巨大な盾となり、泥の異形の突進を受け止める。硬化された彼の体は、変質能力を持つ異形の接触にも耐えている。
ジンジャーは雷光と化し、泥の異形の間を高速で駆け抜け、電撃を浴びせる。異形は痙攣し、動きが鈍くなるが、完全に停止はしない。
カッターは冷静に異形の構造上の弱点を見抜き、「切断」で無力化していく。しかし、数が多すぎる。
「ニイナ! 治療を!」
ニイナは既に動いていた。彼女の掌から優しい光が放たれ、攻撃を受けて泥に変質しかけていたビッグマンの装甲の一部が、元の素材に戻っていく。倒れた県警隊員の遺体にかろうじて残った部分に触れ、一瞬だけ人間だった頃の姿に戻そうとするが、すぐに泥に戻ってしまった。彼女の顔に深い悲しみが刻まれる。
「ごめんなさい…ごめんなさい…!」
「ニイナ! 気をしっかり持て!」イチニイの声が飛ぶ。彼は感情を排除しているが、ニイナの精神状態が能力の精度に影響することを理解している。
ニイナは震える手で、自分の装備であるAEDキットの中の精神安定剤を取り出し、一気に飲み干した。深呼吸をし、再び能力に集中する。彼女の治癒は、物理的なダメージだけでなく、異常による精神的な侵食に対抗する上でも極めて有効なのだ。
ライターが叫んだ。『パターン判明! 異常は物理法則、特に「固定」と「安定」を嫌悪している! 触れるものを流動的で不安定な状態に変質させる! そして…コアはそれを加速させている!』
「『固定』と『安定』…」イチニイが呟く。彼の「崩壊」は、対象を物理的・概念的に不安定化させ、原子レベル以下に分解するものだ。この異常の性質と、彼の能力は…
「相性がいいな」イチニイは冷ややかに言った。
「待ってイチニイ! コアへの直接的な干渉は、異常をさらに暴走させる可能性がある!」ライターが警告する。『痕跡から…過去に類似の異常が、無理な介入によって広大な領域を飲み込んだ痕跡があります!』
「時間がない」イチニイは迷いなく歩みを進める。彼の体から、黒い霧のようなものが立ち昇り始めた。彼の「崩壊」能力が発動しようとしている。
這い寄る泥、歪んだ異形たちが、イチニイに群がろうとする。
「ビッグマン、ジンジャー、カッター! 奴をコアまで!」幻滅官が指示を出す。
ビッグマンが雄叫びを上げ、全身を硬化させながら泥の波を押し返す。ジンジャーが雷光となって異形を弾き飛ばし、カッターが正確な「切断」で活路を開く。
イチニイは感情の無い顔で、ただ前だけを見据えて歩く。ニイナが彼の傍に寄り添い、彼の体から立ち昇る黒い霧に治癒の光を当て、能力の暴走を防ごうとする。イチニイの能力は強力だが、彼自身の精神に常に負荷をかける。ニイナの存在は、彼の制御を補助する不可欠な「装備」なのだ。
カノの声が響く。『かく…ちかい! かの、もうだめ…くるしい…』彼女の壁透視も、異常の核に近づくにつれて限界を迎えているようだ。
「カノ、退避しろ!」幻滅官が叫ぶ。
イチニイは歪んだ空間の奥深くに到達した。そこには、ライターの報告通り、不規則な光を放つ球体が存在していた。それが異常の「核」だ。周囲の空間は凄まじい勢いで変質し続けている。
「終わりだ」イチニイは光の球体を見据え、右手をゆっくりと掲げた。
「崩壊」
彼の掌から、光を打ち消すかのような漆黒の波動が放たれた。波動は光の球体を包み込み、周囲の空間の歪みを飲み込んでいく。凄まじいエネルギーが衝突し、空間が悲鳴を上げた。ニイナは必死に治癒能力でイチニイを支える。彼の顔には、能力行使による激しい負荷が表れ始めていた。血管が浮き上がり、皮膚が黒ずんで見える。
光の球体は急速に縮小し、やがて漆黒の波動に完全に飲み込まれた。
結果
0428時:異常「歪む街角」の「終了」を確認。事案発生から28分での完了。
現場の空間は急速に正常な状態へと戻り、歪んでいた建築物は元の姿を取り戻した。ただし、変質した泥は元の物質に戻らず、大量の黒い塊として残留した。巻き込まれた民間人および隊員は、残念ながら全員が変質により「終了」しており、遺体として識別できるものは存在しない。
所見
全決班員による迅速かつ的確な能力行使により、異常の拡大を阻止し、事案を予定時間内に「終了」させることができた。特に、識別番号1による最終的な「崩壊」は、異常の性質と相性が良く、極めて有効であった。識別番号2の治癒能力は、戦闘中の隊員の負荷軽減および精神的な安定化に貢献した。識別番号17および12による情報収集・分析は、異常の性質とコアの特定に不可欠であった。識別番号7、9、10は、物理的介入により識別番号1が能力を行使するための時間と空間を確保した。
本件において、民間人および組織職員に多数の「終了」が発生したことは遺憾である。特命清掃センターおよび忘却整理官による事後処理を速やかに開始する。情報統括室は、本件に関するカバーストーリーの流布および情報統制を徹底すること。異常の核の性質および識別番号1の能力との関連性については、記玄官が詳細な調査・記録を進める必要がある。
全決班員は全員、本任務による大きな精神的・肉体的負荷を受けている。特に識別番号1は能力使用による代償が大きく、識別番号2による継続的なケアが必要である。他の班員も、異形と化した元人間の姿を目の当たりにしたことによる精神的な影響が懸念されるため、必要に応じて精神ケアを推奨する。
彼らは異常を終了させるための「道具」であり、その能力は常軌を逸している。多くの異常が「現状維持」される中で、彼らの「終了」任務は稀である。そして、彼らは「終了」させられる側の異常と同等、あるいはそれ以上の「異常」性、そしてある種の「狂気」を内に秘めている。今回の任務は、彼らがただの「暇」な狂人ではなく、確かに国家にとって必要な、そして恐るべき「解決班」であることを改めて示すものとなった。
付記
任務終了後、識別番号11が現場に到着。報告者に対し、「今回終わった罪の重さは、お前には測れまい」と、その私服姿のまま告げた。職務規定違反として厳重注意を行う。
以上
機密指定解除日時:本組織の崩壊まで
というかはてなぶろぐで調べたらいくつか断片的にでてくる