他己分析ならびに自己分析 その1
恋愛相談は女性同士の専売特許のように思われているとすれば、それは間違いであると正さなければならない。男も悩み苦しみ友人に救いを求め、答えを求め、藁にも縋りつく。
違いがあるとするならば、男同士の場合、真剣に取り合わないで話が横道にそれて行くという話。
久一、隼人、充の三人は週末、地下一階にある居酒屋で酒を浴びる。上機嫌のまま地上へ向かう。階段を一段上るごとに夢から醒めるような感覚に物寂しさを感じる者が大抵は一人いる。今回は充の番だった。
このまま解散してしまうのが堪らなく憂鬱で、もう少し三人で騒いでいたかった。三人は贅沢でも久一か隼人のどちらかが側にいてくれればと望んでいた。
「次はどこの店に行く?」
充はどちらかに今夜泊めてくれないか、と素直に願い出ない。いい女風特有みたいなまわりくどい方法をとる。
遠回しに次がまだあると決めつけて話を進めていく。
「次なんてないぞ、充」
隼人は、はっきりと帰宅の意志を充に告げる。
「後は帰って歯を食いしばって寝るだけやね」
久一も欠伸しながら隼人に同意する。しかし充は次の矢を放つ。
「明日は二人とも休みだろ? 付き合えよ」
隼人は眠そうな久一に話を振る。
「どうするの? 充が帰りたがらないけど。俺も眠いな」
充は欠伸をする二人の顔色を伺う。
「どうせ、女の相談とかしたいだけだろ? 美湖ちゃんのことか?」
目を擦る久一に核心を突かれた。充は待ってました、しめしめとばかりに打ち明ける。
「そうなんだよ、美湖ちゃんのこと。最近はよく店で一緒になるから話もするけど、その先に繋がらないんだよ」
隼人はふと疑問を抱く。
「最近はよく一緒って、お前一人でもよく店に顔出してるのか?」
「えっ? あぁ偶にな」
「どれくらい?」
充は今そんな詳細な情報が必要か? と思いながら答える。
「週四、五回くらいかな?」
「ほぼ毎日じゃないか」
隼人は呆れて足を止める。久一はいいおもちゃを見つけたと、充を嗜めるように装いながら講釈をたれた。
「君は偶然を運命に塗り替えたくて、点と点を無理やり繋ごうとしているね? そんなことをしても優美な図は描けないよ? なんせそれを世間ではストーカーと呼ぶんだから。心に留めておきなさい、ライトストーカー充」
「そんなじゃないんだって」
充は久一に不名誉な苗字を与えられ不満を口にしながら、これはいい流れが来ていると確信する。
「みーんなそう言うんだ。とりあえずは、ばれるまで隠そうとする。後ろめたいからね。人の本心の一部は陰湿で自己中心的で傲慢なものだよ」
充は久一の食いつきを見て確信を得る。もうすぐ隼人が折れると。
「いつまでも外でぐだぐだしてても仕方ないから、もう泊まってけよ」
「相談に乗ってくれるのか?」
「じゃあ、俺もお邪魔しようかな」
思惑通り、男三人お泊まり会が実施されることとなり、充はほくそ笑んだ。
充は二人を上手く誘導したつもりでいる。しかし二人は充の見えすいた態度に同調しただけだった。なぜ眠いのに同調したのか? それは友情というものではなかろうか?
隼人の部屋に上がり込んだ久一は服を脱いでパンツ一枚の姿になり、勝手にくつろぎ出した。充は上着を脱ぎ、ハンガーを探すが見当たらなかった。充の上着を久一が乱雑に脱ぎ捨てた自分の服の上に放り投げる。
「何飲むの二人は?」
隼人が二人に聞くと、久一がバーボンのソーダ割りと言った。充はバーボンがあまり得意では無かったが、呑めないこともなかった。
「フォアローゼズね」
隼人はにやにやと充を見る。久一も同じく。充は二人に「なんだよ?」と言うと、二人からにやにやと「別に」と返された。
「カーテン変えたのか、すごい柄だなぁ。悪い大人のネクタイみたい」
新調されたペイズリー柄のカーテンを見て充が感想を溢す。
「カーテンなのにバンダナみたいだな、ハサミで切れば、もうそれはバンダナではなかろうか?」
充に久一に乗る。
「バンダナをカーテンとして使っているということか?」
「違うよ充ちゃん、バンダナがカーテンなんだよ」
「ということは、カーテンはバンダナってことかい?」
二人の悪のりを隼人はグラスや氷をテーブルに並べながら咎める。
「カーテンのことを今後一切バンダナ呼ばわりすると、出禁だからな」
久一は白々しく言う。充も同調する。
「いい柄だ」
「うん。とてもいい柄」
隼人は二人にとり合わず、ベッドの上に腰をかけてバーボンソーダを口にした。
「さっさと充の相談を聞いて寝ようか」
隼人が充の代わりに音頭を取った。充は躊躇いながら悩みを告白した。
「美湖ちゃんのことなんだけど、どうやって口説けばいいかな?」
隼人は充を見ながら、真っ当な意見を述べた。
「それはお前が考えろよ」
「それが上手くいかないから相談してるんでしょうがこっちは」
充も正論を述べる。
「そうだな、まずは己を知ることから始めてみてはどうでしょうか? 充さん」
久一が話を横道にずらした。
「己を知る?」
充は久一に説明を求めた。久一はまともそうなことを言う。
「恋愛もある種の格闘技な訳ですよね。いち早く寝技に持ち込みたいと充さんはお考えだ。しかし早まってはいけません。もし、あなたが誰もが欲しがる種馬ならば、今ここにはいないでしょ? スイートルームで甘い時間でしょ? 人生甘くないですよ。誰もあなたの角砂糖に蜂蜜をかけてくれませんよ! まずは凡庸だということを受け入れてから武器を握らないと、大怪我しますよ!」
充は凡庸と例えられていい気はしなかったが、久一の言わんとすることも理解した。
「個性が足りない、という事ですか先生?」
「全然違います。個性は生まれ持って全ての人に平等に与えられます。全ての人々が個性的です。全ての人々が持っているので、個性など個性では無いのですよ。わかりますか? 難しいですか? 付いてきてくださいね。私が論じるのは個性などではなく、己という個を己自身がどこまで理解しているのか? ということです」
「先生、かなり難しいです」
充は隼人に助けを求めて見やると、隼人はうつらうつらとしていた。
「まず、己を理解しなくては、うわっ」
講釈を垂れる最中に久一は手からグラスを落とした。隼人は久一の驚きに驚いて目を覚ましたようだった。
「オーマイガッツ石井、オーマイガッツガッツ石井、ガッツ石井、石井さーん」
久一は充の知らない呪文を口にしながら、ダスターを取りに立ち上がってキッチンに消えた。
充は素朴な疑問を隼人に向ける。
「色々と間違えてないか?」
隼人は充の疑問に答える。
「あれは久一が昔から言い続けているジョークの一つだな」
「どこか笑えるか?」
「面白い面白くないの次元は既に超えていて、失敗した時のルーティンになってるのかな? 俺も偶に使うしな。口に出して言ってみると意外にも気持ちいいんだよ。充も試せよ」
「そうか、わかった」
充は掘り下げても今欲しい収穫に繋がらないと、不毛なオーマイガッツ石井を忘れることにした。
「久一が言いたいのはおそらく相手を知る前に自分を知りなさい。ということなんじゃないか? そうすれば相手にしてあげることも、してあげられないこともわかるだろ?」
充は隼人の眠た気な顔に感心する。
「そんな深い意味があったのか? なら隼人みたいに分かりやすく言ってくれればいいのに」
「知らないよ、久一の悪ふざけの可能性もあるぜ」
充もその可能性を否定しなかった。
久一は溢したバーボンソーダを掃除しながら充に、自分から見た自分を話すように促した。己はこうであると宣言するのは恥ずかしいので、質問形式で答えるように久一に変更してもらった。
お読み頂き、ありがとう御座います。まだくだらない話は続きます。