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徒然と紡ぐ日の影  作者: 村街マイク
5/10

成長と錯覚 番外地点

 久一と充は書店の前で約束通り落ち合った。

 「やけにびしっと決まってるなぁ」

 久一が充の格好を誉める。充は触れてくれるなという素振りをしながら店内へと急ぐ。

 セクシー女優の写真集が山積みにされた特設コーナーが店の奥の方にあった。急遽拵えたのか、床には棚を退けた跡がちらほらと散見される。そこには既に写真集を買い終えた人達がサインを求めて待機していた。

 「結構な人だな」

 久一が感想を述べると、充は誇らしげに返事する。

 「そりゃそうだろ? なんてったってとんでもない逸材だからな。今の時代に生まれてよかったよ」

 「そんなものかね」

 久一は気後れしながら写真集を求める客達の後ろに並ぶ。想像通りに男達ばかりだった。女性の姿がちらほらあったが、書店のスタッフかもしれない。

 むさ苦しい集団を遠目に見る親子連れが早足で通り過ぎていく。男の子が立ち止まって、手を引く母親になにか訊ねている様子が目に入る。答えは無かったのだろう。子供は母親に引っ張られながら何度かこちらを振り返った。小学生の低学年くらいだろうか?

 なかなか将来が楽しみな奴だと久一は思った。早熟は使い方を間違えなければ強い武器になる。自身を晩成と信じる久一は充から渡された整理券と引き換えに、よく知らない人物の写真集を購入してから、サイン会を心待ちにする男達の中に混ざり溶け込んだ。

 周りを観察すると共通点が見出された。異常に眼鏡率が高かった。久一は眼鏡を掛けた女性を好む傾向があった。しかし男どもでは何の感慨もない。次点にリュックサックを背負う者。久一はどちらにも当てはまらなかったが、充はリュックを背負っていた。

 「なぁ?どうしてお前も含めて皆んなリュックを背負ってるの?」

 充はリュックのあり方を久一に告げる。

 「荷物を入れるためだろ? カメラとか持って来てる人も多いだろうしな。俺は目に焼き付けますけどね」

 なるほどと久一は理解して顎をひく。眼鏡はよりはっきりと女優の姿を目にするためだろうか? 充に問うまでもない。ただ視力が悪いだけだろう。

 集まった男達の年齢層は様々だった。二十歳そこそこの若造から、油ぎった中年に、還暦を迎えているだろう先人。ロマンスグレーのナイスガイがいた。久一と同じようなラフな格好の男達、充のようにきざたらし勝負服の男達。謎のアウトドアスタイル。この後、登山にでも行くのだろうか? 写真集を持って? なかなかいい趣味かもしれない。人様に迷惑をかけるなよ、ゴミは持ち帰れよ。そう心の中で思っていた久一の視界に異様な姿の集団が飛び込んできた。

 彼等は会場の一番前に陣取り大人しく女優の登場を待っているのだが、服装が大人しいどころでは無かった。

 「充、あいつらは何だよ?」

 全くもって理解できない久一は充に助言を求めた。

 「あの手の追っかけもいるよ。奇抜な格好をして相手に覚えてもらう為だろ」

 久一は充の言葉に納得がいかない。

 「お前が初対面であんな格好で俺に挨拶してきたら記憶はするけど、不審者としてたぞ!絶対に」

 久一には理解できない格好の男達は五人いた。お互いに顔見知りという風でもない。一人は女子高生の格好をしており、もう一人は派手な黄色をベースにしたチアリーダー。白衣の天使もいる。中はただの中年だが、すらっとしたスタイルで似合っている後ろ姿が憎らしい。

 「どうして女子高生だとかチアリーダーとか看護婦さんなんだ?」

 充は面倒臭そうに答える。

 「みのりちゃんのデビュー作の衣装を真似てるんじゃないか? 本人に聞いてみろよ?」

 久一の疑問はまだ解決していない。

 「じゃあ後の二人はどういう了見だ?」

 五人のうち三人は充の説明で納得できる。しかし残された二人はどう頭を捻っても理解しようがない。

 「シルバーの全身タイツに頭に触覚のようなものを付けて、宇宙人気取りか?」

 残りの二人は銀色の全身タイツに身を包み、頭にカチューシャを付けていた。カチューシャに細工が施されて触覚のようなものになっている。触覚の先に玉が付いており小刻みに揺れていた。

 「あれは知らないなぁ、あれこそあいつらに聞いてみないと分からない」

 ということは、あの衣装は女優とは無関係であり、二人が揃って印象付ける為にチョイスしたということになる。

 それでも久一は納得しない。二人が知人同士でシミラーファションだキャハ! 双子コーデねウフフ! という雰囲気では決して無いのだ。

 若干の距離をとりながら、こちらまでよそよそしい雰囲気が伝わってくるではないか。偶然にも二人の思考がシンクロした結果の悲劇ということか? さすがに自作ではないことを祈りたい。労力の結果がこれでは可哀想だ。

 あっ、これ、今度のサイン会に着て行けばうけるかも? ウフフ。買っちゃうものね。だと思いたい。

 神様は残酷すぎる。これを試練というのか? どう乗り越えるのだこの二人は! 

 久一は五人に意識を持っていかれて気づかなかったが、ふと充を見やる。

 「人の趣味にとやかく言わないよ俺は。心の中で見下しても、それは俺の権利だから許して欲しい。お前も実はあのような格好で参加する予定だったのか? 笑わないから正直に話してくれ」

 充は不服そうに久一を睨む。

 「するわけないだろ!」

 怒気を含んだ一言だけが返された。この場合、どちらにも受け取れてしまう。困ったものだ。この問題は保留として次に湧いた疑問を口にする。

 「あいつらはあの姿を家族、知人、職場の仲間に見られても平気なのだろうか?」

 充はさらに不服そうに睨む。

 「知らないよそんなこと、リスクとリターンを天秤にかけた結果じゃないのか?」

 「リスクとリターン? リーターンがどこにあるんだ? 正直、お前があんな格好で街中彷徨っていたら俺は避けるどころか、通報するぜ、目を覚ませよ!充」

 「だから、知らないっての! 直接聞いて来いよ」

 「嫌だよ、怖いよ、僕も宇宙人にされるの?」

 充は相手にするだけ無駄だと判断して久一に返事をしなかった。久一はこれ以上しつこく充に声を掛けると本当に怒りかねないと思った時に、タイミングよくサイン会の進行役と思しき人物がマイクを持って現れた。

 「それでは皆さま、長らくお待たせいたしました。本日の主役、みのりちゃんの登場です。暖かい拍手でお出迎えください」

 司会役の男がこちら側を煽ると、一斉に飼い慣らされた猿のように男達は手を叩いた。そして、みのりと名乗る女がマイクを持って我々の前に姿を現す。わーっと、一斉に歓声が上がる。

 「みのりちゃん!」

 看護婦の格好をした男が女に声援を飛ばすと、周りの男達も思い思いに声を上げる。会場が一気に熱くなる。久一は充を横目で確める。充は黙って女の方を眺めていた。

 「皆さま、お気持ちは有り難いですが、今はまだ静粛にお願い致します。これより皆さまに、みのり本人から報告を兼ねてプレゼントがございます」

 そう司会役が告げると、男達の間に騒めきが起こる。久一の隣に立つロマンスグレーの紳士の顔には不安が射していた。

 「皆さん聞いてください、あの、夢とかではないですけど、曲を出すことが決まりました。それをいち早く皆さんにお届けします」

 女は辿々しく説明した。どうやら今から歌うらしい。会場にはどこかで聞いた事のあるような甘いメロディーの曲が流れて来た。

 「うぉーがんばれ!みのりちゃん!」

 誰かがまたもや叫ぶ。そして司会役から注意を受ける。今度は最前列の宇宙人の一人だった。曲が一旦止まり、もう一度イントロから流れ出した。どうやら女は歌い出しを宇宙人のせいで間違えてしまったようだった。

 仕切り直して女は言う。

 「聴いてください、ラブ、ファンタジー、愛は幻想」

 女は横にステップを踏みながら歌い出した。そして今度は女子高生がカメラのフラッシュをたく。歌唱は又もや中断する。

 「お客様、カメラ撮影は後からお願いします。みのり本人も初めて人前での歌唱ですので、どうか皆さまも静かに見守ってくださいませ」

 司会役の言葉は丁寧だったが、棘がある物言いでもあった。

 その時、久一は曲のタイトルがいささか安直ではないかと考えていた。しかし思考を凝らすと間違いではないと、ハッとする。ラブ、ファンタジー、愛は幻想。まさにこの場にいる人々にしっくりとはまるではないかと。餅と餡子だ。餡を餅で包む物もあれば餅で餡を包む物もある。女に幻想を抱いて愛する男達。この愛は幻想だと叩きつける女。この女は只者ではないかもしれないと感心していると、再度歌唱が中断される。今度はチアリーダーが我慢できずに声を上げてしまったのだ。

 「静粛にしていただけないお客様がいらした場合、退出してもらいます。このような事が続くと、不本意ながらライブの方は中止にさせて貰うしかありません」

 司会者が男達の弱みに漬け込むような発言をする。男達はその場でチアリーダーや宇宙人、女子高生、看護婦を責める。

 「お前ら出て行け」

 「ふざけた格好しやがって」

 「古臭いんだよその制服」

 久一は違う、まだもう一人の宇宙人は悪さをしていない。と擁護はしない。最前列に陣取る五人という一括りにされ、冤罪を受ける宇宙人には申し訳ないが、その様に受け取られても仕方ない状況なのだ。

 会場の雰囲気が段々と沈んでいく。最前列の五人は罵声を浴びようとも退出の意思は無く、不動を決め込んだままだった。

 「困ったもんだなぁ」

 隣のロマンスグレーの紳士が呟く。その呟きが大きく、話しかけられたのかそれともただ大きな独り言だったのか、久一には分からなかった。ロマンスグレーは久一の視線に、にっこりと返した。ロマンスグレーの対応は紳士的だった。

 人は歳を重ねていくうちに人間性が見た目や服装に現れると聞くが、あながち間違いではないと最前列の五人とロマンスグレーを見比べて久一は思った。


 険悪な会場の空気を司会役がさらに悪くした。ライブの中止を声高々に宣言したのだ。全体的責任というやつだ。責任を追求する側に痛みは無いが、追求される側はたまったものではない。久一はただの一見さんだからまだしも、整理券を二枚も入手していた充の失望した様は明らかだった。目には憤怒の火が灯っている。他の人々も同じだろう。ロマングレーは落胆したようにため息をついた。


 男達はその場から動けないままでいた。このまま終わってしまうのかと。そんな中何度も歌唱を中断させられていた女が皆んなに語りかけた。

 「皆さん、私、歌いますから。皆さんも好きなように盛り上がって下さい。歌詞を間違えるかもしれないけど、一生懸命に歌いますから。聴いて下さい。ラブ、ファンタジー、愛は幻想」

 女の言葉の後にイントロが流れ出した。ドラマチックな演出に久一は裏方である音響さんに拍手喝采したい気持ちになる。


 会場のボルテージはマイナスからプラスに切り変わる。司会役は演奏を止めずに後ろに下がる。最前列の五人の誰かがまたもや大声で歓声を上げる。歓声を上げた男に女が手を振って応えた。女からの許可が下りたのだ。司会役は黙って聞けとしたが、女は好きに盛り上がれと覆したのだ。

 手を振って貰いたい一心で会場の男達は歓声と女の名を叫ぶ。

 「みのりちゃん!」

 「みのり様!

 「みのりん!」」

 「みーちゃん!」

 「みーたん!」

 女の気を引くためか、各次様々な呼び名で色をだして叫ぶ。充はみーたんだった。ロマンスグレーはみのり様だった。

 女は歌いながらステップを踏み、男達を煽り、男達はそれに応えた。会場は一つになりつつあった。曲の間奏中に最前列の五人は肩を組んで横に揺れながら女の名を叫ぶ。宇宙人二人は神の試練を乗り越えたようだった。自然と二列目も他人同士ながら肩を組んで同じように横に揺れ出した。そのうねりは久一の元にも届く。充が右側から肩を組んでくる。手にしていた写真集を左手に久一は持ち直す。すると左側からロマンスグレーが肩を組んで来た。組み返さないのは失礼だと思い、写真集を足下に置くとロマンスグレーに注意される。

 「バイブルを粗末にしてはいけません」

 「バイブル?」

 何を言い出すのか? と久一はロマンスグレーの発言に一瞬戸惑った。しかしロマンスグレーの粋な冗談だと理解した。下品な下ネタもロマンスグレーにかかればお手ものといったところだ。

 足下に置いた写真集を充のリュックに入れて久一は充とロマンスグレーとがっちりと肩を組んで横に揺れた。時おりロマンスグレーの合図に合わせて女の名を叫びながら。


 美しい時はいつまでも続きはしない。女は歌い終えると感謝を口にした。終わってしまったのだと各個人が納得しようとた。久一とロマンスグレーが組んだ肩を解く。

 「アンコール」

 「アンコール」

 「アンコール」

 「アンコール」

 「アンコール」

 最前列の五人は肩を組んだまま叫び続ける。もう一度愛を、まだ幻想を解かないでくれと懇願する。そこに司会役が割って入る。

 「予定の時間もありますので」

 その司会役に女が割って入った。

 「私、この曲しか覚えていません。もう一度同じ曲でも構わないなら歌わせてもらいます」

 会場は今日一番の盛り上がりを見せる。音響さんがイントロを流す。ロマングレーが慌てて久一と肩を組み直す。充が久一を満面の笑顔で見つめる。来てよかっただろ? と言いたげな顔で告げる。久一は顎を引いて充に答える。会場は愛に満ち溢れているように久一には思えた。

 知らない間柄の人達ばかりだ。しかし今この空間に争いなど決して起きえない。この空間が世界を侵食すればすぐにでも世界は平和に満ち溢れるに違いない。

 久一は女の名を何度も叫んだ。一曲目ではロマンスグレーに肩を叩かれながら義務的に叫んだ名を、今度は自分の意思で叫んでいた。


 曲が終わりを迎えた。しかし組んだ肩を解く者はいなかった。

 「アンコール」

 男達が叫ぶ。司会者がマイクでいい加減にしろと男達全体に罰を与えた。

 「有難いことに大変盛りあがり、いつまでも皆さまと時間の共有を、という気持ちでおりますが、会場使用の時間都合によりこの後予定しておりましたサイン会は中止とさせて頂きます」

 これは紛う方なき全体責任だ。男達は失意の音を上げる。しかし、未だ完全に勝負はついていない。諦めるのは早計だという気持ちの共有があった。我等の女神の一言でひっくり返るのだと。


 女は男達の期待の目を一斉に浴びながらマイクを握った。そして男達に引導を渡す。


 「皆んな、今日はありがとう」

 清々しい笑顔だった。去り際も見事だった。会場を後にする足も早かった。全くもって後ろ髪を引かれない様子は天晴れだ。


 カメラを持参した者達は去りゆく女を名残惜しむように後ろ姿を写真に収める。ぐちぐちと文句を言う者もいた。呆然と立ち尽くす者もいた。その場にへたり込む者もいた。最前列の五人は揉め出した。きっと責任の擦りつけあいだろう。


 ロマンスグレーは久一の肩から手を弱々しく解く。充は難しい顔で女の方を見ていた。


 その後、久一と充は書店を出て別れた。電車に揺られながら久一は充に写真集を預けたままだという事に思い当たる。しかし、写真集は充に預けたままにしておく事にした。

 電車の中は友人と会話する者やイヤホンで音楽を聴く者、携帯電話を触る者や競馬新聞を読む者、様々者たちが一人一人の時間を生きていた。これが正しい世界なのかどうか今の久一には分からなかった。

 

 

 

 


 

 

 


 

 

 

くだらないお話にお付き合いありがとうございます。今後もこのようなお話ばかり書いていけたらいいなぁと思う次第です。

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