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徒然と紡ぐ日の影  作者: 村街マイク
19/19

夏祭り2

 祖母に浴衣の帯をぎゅっと締めてもらい、タオルの入った信玄袋に千円札五枚を突っ込んで玄関に向かうと、光が上り框から腰を上げた。巾着の紐を指で遊びながら、落ち着かない様子で左右に揺れる。そこにはもう佳士はいなかった。

「じゃあ行こうか、向こうで合流してもいいしね」

 光が飲み終わったグラスを祖父が受け取っていた。

「しっかりエスコートするんだぞ」

 「横文字を使うなよ、爺ちゃん」

 祖母も見送りに出て声をかけた。

「美味しいものでも食べてらっしゃい」

「行ってきます」

 光と一緒に玄関を出た。陽はまだ傾いておらず浴衣が肌に張りついた。


 祭りの催される神社に近づくにつれて、浴衣を着た人たちの数が増えていく。太鼓に笛、当たり鉦で演奏された祭囃子も段々と近づいてくる。耳を澄ませると時折チッチッと楽器以外の音が混ざっていた。おそらく昔のレコードかテープを流しているのだろう。

 久一は浴衣の女を光と比較しながら歩いていた。中学生以上に見える女は対象から外す。その結果、光より浴衣の似合う女はいないという結論に至った。


 屋台周りは多くの人で溢れかえっていた。

「綿飴食べる?」

「うん」

 巾着袋から財布を出そうとする光を制し、信玄袋から千円札を掴み、店主に握らせた。光は渡された一本の綿飴の頭を千切って久一の口へ運ぶ。

「甘い、溶けた!」

「美味しいね、でも虫歯になっちゃう」

 次は久一がフランクフルトを買って、光に一齧りさせた。簡易ベンチが運よく空いたので、かき氷を買って座って食べた。

「光ちゃんのチョイス渋すぎない?」

 赤い氷山をガシャガシャと崩しながら、練乳のかかった光の雪山をからかった。

「久一君は分かってないの、子供なんだから」

「みぞれ、みぞれ? ははは」

「かき氷のシロップは全部色が違うだけで同じ味なんだよ。もう、常識なんだから」

 頬を膨らませる光のカップに、久一はスプーンを突っ込み一口盗む。

「あれ? みぞれ美味しいな」

「ふふん、みぞれは他の子とは一味違います!」


 タライに浮かんだ水ヨーヨーを紙縒りで釣り上げた。紙縒が切れるまで挑戦できる。光は一つ取って切れ、久一は二つ取って力尽きた。隣で母親に手伝ってもらいながら必死に取ろうとした子供は、一つも取れなかった。子供の兄はヨーヨーを我関せずについていた。

「お兄ちゃんなんだから。それ貸してあげて」

 ぐずりそうな子供を見かねて母親が兄を諭した。

「やだね、自分でとりな」

 子供は兄のヨーヨーに手を伸ばしたが、兄は背を向けて防いだ。久一は子供の肩を人差し指でトンと叩いて、振り返った子供にヨーヨーを二つとも渡した。両手にヨーヨーを握りながら子供は母親の足に抱きついた。

「頂いていいの?」

「はい、どうぞ」

「ありがとうね。優しいお兄さん」

 大人に頭を下げられて久一は胸がむず痒かった。兄は母親の気も知らないで、ひたすらバンバンとヨーヨーをついていた。

「行くわよ」

 母親に頭を叩かれても兄の方はヨーヨーをつくのをやめなかった。子供はヨーヨーを一つ母親に預けて、もう片方を両手で大事そうに包みながら歩いて行った。

「兄ちゃん、ええ男やな。ほれ」

 その一部始終を眺めていた店主が、おまけのヨーヨーを一つ投げてくれた。礼を言ってゴムを中指に通し、先ほどの兄に負けないスピードでヨーヨーをつくと、ゴムが外れてヨーヨーは地面にぶつかり破裂した。

「兄ちゃん、おもろいなぁ!」

 店主が腹を抱えた。久一と光も顔をつき合わせて笑った。おまけはもう、もらえなかった。


「光ちゃん、お面は?」

「いらなーい」

「だよね、誰が買うんだろうね」

「物好きさんかな?」

 

 二人で屋台を見て回り一巡した。そして目星をつけていた屋台に戻り、久一は改めて腕を組んだ。

 おもちゃの拳銃やヨーヨーを扱う傍らに、地方の土産屋に置かれているような、イヤリングやブレスレットが燻んだガラスケースの中に飾られていた。

「その、ホタルガラスのイヤリングを下さい」

 店主はケースの蓋を外して好きなものを選ばせてくれた。曇った世界で青く光る蛍を久一は連れ出す。

「今、着けてあげるかい?」

「うん」

 店主の言葉に久一は即答し、光は背中をびくつかせて目を見開いた。

「横向いて」

 光は素直に久一に従った。

「久一君、お母さんへのお土産かなと思ったのに」

「夏休みに子供を一人置いて遊び回る人には、何もいらないよ」

「お金大丈夫?」

「うん、心配なし!」

 久一の指は微かに震えながら、光の耳朶に触れてイヤリングを装着した。祖母から貰ったお小遣いはほとんどを使い果たし、信玄袋はじゃらじゃらと久一を冷やかした。

「じゃあ、お返しするね。久一君の夢が叶いますように」

 光はビリジアン色のミサンガを買って久一の左手首に結んだ。


「大事なこと思い出した!」

「えっ? 何?」

「まだお参りしてない!」

「大変、すぐに行こう」


 二人が参拝したのは陽が落ちてからだった。月が賽銭箱を見張っていた。小銭を投げて二拝二拍手一拝。光は何を祈ったのか。聞けなかった。久一は祈らずに、参るのが遅れたことを謝罪し、改めて礼を尽くした。

 

 本日、目玉の盆踊りが始まった。櫓を中心に老若男女が輪を作りながら音頭に合わせて踊る。二人も見様見真似で参加する。踊り疲れた者は輪から離脱し、休憩を終えると復帰してまた踊り出す。


 光の踊る姿に視線を置きながらラムネのビー玉を取り、ハンドタオルで額の汗を拭っていると、三人組の少年に囲まれた。少年はみな久一よりも背が低かった。

「お前誰だよ!」

 三人組の中では一番背の高い少年が、いきなり久一の足を蹴りつけた。

「危ないな」

 すっとザリガニのように身を引いて躱す。久一は概ね察した。

「悪いな、今はデート中だから勘弁してよ」

「ふざけるな!」

 なおも怒りが収まらない少年は蹴りを繰り出す。他の二人は少年の付き添いのようで不安げな目を久一に向けていた。久一は光が踊っているのを目の端に留めてから告げた。

「ここじゃまずいだろ?」

 三人組を人気のない駐車場へと誘導した。


 月の光が停めてある車のフロントガラスを白く染める。三人組の後ろから数本の影が近づいて来るのが見えた。数えると五人いる。さすがに年下相手でも八対一では勝負にならない。全力疾走しようか思案した時だった。


「久一、光を置いて何してるのよ?」

 聞き覚えのある声だった。どこかで最初から見張っていたかのようなタイミング。

「圭ちゃん、今ちょっと」

 佳士は三人組の前に立ちはだかり、背の高い少年の胸ぐらを掴んで締め上げた。

「お前か? 俺の妹にちょっかいかけて振られた間抜けは?」

 少年二人は四人に逃げ道を塞がれて、その場でビーズ・ニーズを踊るように膝を揺らしている。

「どうしようか久一?」

「あれだろ? こいつが光ちゃんに嫌がらせするように根回しとかしたんだろ?」

 ビーズ・ニーズを踊るデュオが、今度は泣き出した。

「許してください、無視しようと言われて逆らえなかったんです僕たち」

「僕もそうです、光さんに謝りますから許して下さい」

 佳士は胸元の手を解いた。

「行け」

「すいませんでした」

 三人は五人組から解放された安堵を失わないために遁走し、闇に消えた。背の高い少年のいた場所だけが濡れて月明かりに照らされていた。

 五人が笑い、久一もつられて笑った。

「怖いよ、圭ちゃん。そんな人だと思わなかった」

「冗談だよ、じょーだん。光には内緒にしててくれよな。余計なことするなって言われてるから」

「うん、黙っとく。じゃあ行くね。ありがとう」

 久一は全力疾走で櫓を目指した。駐車場を抜ける時に立ち止まって五人に手を振ると五本の手が振り返ってきた。その影が大きく伸びていた。


「久一君どこ行ってたの?」

「ごめんね、ちょっとお腹が痛くて。でも、もう治った。次は何食べる?」

「こら! もうすぐ花火が打ち上がるよ」


 心臓に響く音に遅れて夜空に華が散る。花火を見ずに握った湿った手。祭りが終わるまで離さなかった。


「何をそんなに、遠い目をしてるんですか? まだ缶ビール二本目ですよ?」

 久一は美湖の言葉により、不確かな感傷の淵から現実に引き戻された。

「逃した魚は、鯨だったかもしれないな」

 美湖は舟木を白いパックに詰め、輪ゴムで閉じた。

「老人と海みたいな話ですか?」

「そんなところ」

「はい。次は何します?」

 美湖はダンボールに透明な袋を被せただけのゴミ箱にパックを捨てる。ビールの缶や焼き鳥の串などがひとまとめに縛られた袋が側にあった。

「どうして、わざわざゴミ箱が二つ用意されているのに、こんなことするのかな?」

「どうしてかな? それよりイカ焼き買いに行こうか?」

 美湖はバツ印を胸の前で作った。

「駄目です。もう二杯も食べたじゃないですか。少し歩きましょうよ」

「そうだね」

 席を立つと、すぐに中年の男女が二人の座っていたパイプ椅子に着いた。男は膝の上に白いビニール袋を乗せる。

「席の取り合いですね」

「あの面構えは、焼きとうもろこしかな?」

「偏見ですよ、焼き鳥ですね」

 男の取り出した品は豚平焼きだった。

「無くは無いけど、無いだろ?」

「行きますよー」

 美湖に背を押されて、屋台を回ることにした。すれ違う人たちの声が混ざり合い、喧騒となり夏の夜を謳う。一足早い鈴虫みたいなものだ。


 美湖は苺飴を買った。久一は反対されながらもイカの姿焼きを買い、まだ熱い袋から出して齧った。白い袋の内側がたれで汚れ、茶色い地図を描いていた。

「本当にイカ焼き好きですね」

「一口食べる?」

「いりません」

 久一はイカ焼きを一旦、袋へ戻した。十メートルほど先に、充と由佳が腕を組んで屋台の列に混ざっているのが見えた。充は生成り色の浴衣で、由佳もまた、揃い色の浴衣を纏っていた。

「美湖ちゃん、金魚掬いでもしようか」

 久一は充たちに背を向けて、金魚掬いの屋台の前にしゃがみ込んだ。タライの中で金魚が尾鰭を揺らしながら漂っている。朱色の群れの中に黒い出目金が数匹いた。五枚の百円玉と引き換えに、店主から三本のポイと銀色のボウルを受け取った。美湖は久一の隣で浴衣の膝裏を手で伸ばして腰を下ろした。ポイを二つ美湖に渡してから、和紙の全面を水に浸した。斜め四十五度からポイを水面に刺す。金魚は暴れる暇もなくボウルに移った。

「なかなか上手いですね。でもどうするんですか?」

「持って帰って、焼いて食べるんだよ。油で揚げてもいいね!」

 久一が二匹目に取り掛かろうとした時だった。

「充さんがいましたね。女の人と」

 朱色はポイの上で尾鰭を使い和紙を破り、タライへ落ちた。難を逃れてタライの端に身を寄せる。

「嘘? どこに居たの」

「久一さん、私は本当に大丈夫ですよ。そもそも充さんが勝手に言い寄って離れていっただけですし。気を遣わなくて結構ですよ」

「そう、ならいいんだけど」

「仲良さそうにベビーカステラの列に並んでました」

「あいつらしいな。浴衣が汚れないように計算ずくな感じ」

 破れたポイを店主に返すと、美湖がポイを一つ差し出した。

「この少し大きな黒いの取って下さい」

「まかせろ。でも、もう一つポイがいるな」

「二刀流ですか?」

 店主に二本のポイを使ってもいいか尋ねると、好きなようにと返された。もう一本ポイを美湖から受け取り、二本をタライの水に浸ける。

「それ、せこいですね」

 二本重ねたポイで黒色を掬おうとしたが、重みに負けたのか和紙が縦に裂けた。

「なかなか、下手くそですね」

 タライの中を滑らすようにしてボウルを押し出した。店主はボウルの中に先ほど追った黒色を網で掬って透明なビニール袋に朱色と一緒に流し込んだ。

「ありがとう、ほら取れた」

「ずるですけどね」

「はい」

「私が持つんですか?」

「男が持つより絵になるからね」

「言い返しづらいので、いいでしょう」

 美湖は袋の口を縛った赤い紐を中指に絡めて腰を上げた。久一も立ち上がって背筋を伸ばす。

「そうだ、まだ花火が打ち上がるまで時間があるから、充を驚かせてやろうぜ」

 美湖は薄目で久一を制した。

「二人の時間に水を差すのはいけませんよ」

「作戦だけでも、聞いてくれる?」

 美湖は目を閉じて耳を久一の方に寄せた。

「聞くだけなら」


 充と由佳はすぐに見つけることができた。お揃いの生成り色で誂え、充の浴衣は幾何学的な格子柄、由佳は菊が一輪モダン調に描かれていた。久一は無言で後ろから近づいて充にショルダーチャージを喰らわせた。充はよろめいてベビーカステラの袋を落としそうになり、それを由佳が支えた。

「何するんだよお前」

 久一は棘のある眼差しの前で、人差し指を横に振った。

「おい充、いいものをやろう」

 久一はひと齧りしたイカ焼きの袋を充に押し当てた。声で気づいたのか、視線を由佳に向けた。由佳はお面を被った久一と充を交互に見た。

「久一君?」

「そう、こんな馬鹿は久一しかいない」

「違う! 我はライダー。闇を、いや道路を翔ける者!」

 充は強引に握らされた袋の中を確認する。

「お前、食いさしじゃないか!」

「ムーン、お前も一言、この間抜にくれてやれ」

 美湖は久一の背から顔を出した。

「美湖ちゃん、久一に付き合わなくていいよ」

「私はムーン。天才デザイナーに代わって、お仕置きよ」

 久一と美湖は掌を打ち合わせた。乾いた高い音が鳴る。由佳は笑いながら充の背中に顔を埋めた。

「二人とも恥ずかしくないの?」

「全く、恥じることなどない」

「私は恥ずかしい」

 美湖はお面を斜めにずらし、紅潮した頬で会釈した。久一はお面を被ったまま踵を返した。


「小走りじゃなくても間に合うから、金魚がかわいそうだし、横腹が痛い」

「いえ、金魚は大丈夫です。美雪さんたちがもう待ってますから」

「そんなことよりお願いがあるんだ」

 美湖は急く足を緩めた。

「何ですか?」

「真美ちゃんにあげる苺飴は俺から渡していいかな?  駄目か?」

 美湖は金魚の住む家を揺らさないように駆け出した。


 待ち合わせた場所には、先に隼人たちが着いていた。美湖が真美へ苺飴を手渡した。真美は苺飴を顔の横に持ってお辞儀をする。

「真美ちゃん、このお面もどうぞ」

 久一はライダーのお面を着けてあげようとゴムを伸ばした。

「久一君、いらないよ」

「女の子だもの、こっちよね」

 美湖がムーンのお面を外した。

「いらなーい」

 久一は口を押さえて肩を上下に震わせる。真美の視線は美湖の手元にある二匹の金魚に注がれていた。

「美雪さん、どうしましょう?」

 美雪は肩まで浮かぶバルーンを指で弾いて、隼人に判断を委ねる。

「どうする隼人?」

 隼人は真美の頭を撫でた。

「いいよ、明日エアポンプ買ってくるから」

 真美は隼人の足に抱きついてから苺飴を預け、美湖から金魚の入ったビニールを貰った。

「名前つけなきゃ」

 真美が金魚を見つめる。

「落とさないように気をつけて」

 美雪の注意を聞いて、真美は苺飴と金魚をまた交換してもらう。

「じゃあ、これは隼人に」

 久一はライダーのお面を隼人の頭に乗せた。虚を突かれた美雪が吹き出した。

「美雪さん、どうぞ」

 美湖もムーンのお面を美雪に差し出した。受け取った二人を見て久一がニ拍手する。

「よっ! 仮面夫婦!」

 隼人は嵌められたと気づいて顔を背けながら笑い、美雪は澄ました顔をしたが、目尻に寄った皺までは隠せていなかった。


 祭り会場にハウリングした音の後にアナウンスが流れ、カウントダウンが始まった。


 ここにいる全ての人が空を見上げた。久一は目を閉じた。それでも目に、はっきりと花火が見えていた。










 

 


 

 

 


 

 

 


イカ焼きは姿焼きの方です。本日もくだらないお話にお付き合いありがとうございました。

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