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徒然と紡ぐ日の影  作者: 村街マイク
15/16

不本意な休日

 あと一日過ぎれば休日がやってくる。休日が刻々と迫っている。これはもはや、もう休日と呼んでいいのではないか? そうだ、今日は休日だ。俺はあえて休日に勤労に励む。休日出勤だ。


 久一は無理のある理屈を捻り出して歯磨きを終えた。煙草に火をつけて一服してから、仕方なく仕事に向かおうとしたところに部屋のチャイムが鳴った。朝っぱらから迷惑な奴は誰かとドアの覗き穴から確かめると、充が湿気た面で缶コーヒーを二つ持って派手なシャツを着ながら突っ立ていた。

 出勤前の時間に非常識極まりない行動。充にとってろくでもないことが起きたのだろう。美湖にでも振られたのか? 久一はドアを開けて充に声をかけなかった。久一の勘は基本的に当たらない。が今回は例外だった。

 「入っていいか?」

 「別にいいけど、もうすぐ俺は出るけど仕事はどうしたの?」

 「休んだ、有給有り余っててな、とれとれうるさいんだよ、うちの会社。ほれ、お邪魔しまーす」

 充は久一にブラックコーヒーを渡して上がり込んできた。久一は充の持っていたカフェオレと交換してくれと頼むと、すんなりとカフェオレを久一に手渡してテーブルの前にどっかりと座り、大きなわざとらしいため息を吐いた。

 「あーあー、あー」

 久一は着替えを済まして革靴の暇を結びながら充に声をかけた。

 「俺行くけど、部屋の中をゴソゴソしながら時間潰して、飽きたら帰れよ。鍵は新聞受けの中に入れといてね、じゃあ」

 「冷たいなぁ、あーあ。待ってるよ何時に帰ってくるの?」

 「さぁ、何時だと思う?」

 充は鼻で笑って、いってらっしゃいと言った。久一は行ってきますと吐き捨て、カフェオレを片手にドアを開いた。

 

 久一はとぼとぼと駅に向かいながら充を気にかけていた。なんでもない日に休みというのが羨ましく妬ましく狡いなぁと考えた。充は夜まででき損ないの置物のように久一の帰りを待っているのだろう。目的も無く飾られた蝋人形。

 久一の行動は迅速かつ、せこかった。上司に体調が悪くて休めるものなら休みたいと訴える。無理にでも出社しろというなら従うと。上司は久一の身を想像以上に心配して休めと促してくれた。仕事も気にする必要はない有給にしておくと。久一と上司の関係は非常に良好で、すぶすぶでなぁなぁに成り立っていた。日頃のコミュニケーションの賜物であった。

 「ありがとうございます」

 「おう! 気にするな。体調が良くなるまで三日でも四日でも休んどけ。それと、」

 上司がまだ話し終えていないのにも関わらず久一は電話を切った。


 久一が部屋に戻ると充の姿が見えなかった。しかし風呂場からシャワーの音がしていた。久一は勢いよく風呂場の扉を開いた。

 「うぉ」

 充は驚いて体をくねらせた。左手を洗っている最中だった。

 「いいね、そのポーズ。庇護欲を焚き付けるぜ」

 「うるさいわ、仕事どうしたの?」

 充は体を洗いながら嬉しそうに久一に問う。

 「お前なぁ、体洗う時はシャワー止めろよ。常識だろ? 水がもったいない。親から習わなかったのか?」

 「お前の家のシャワーは一度止めると直ぐに冷たい水になるだろ? あれが俺は嫌なんだよ」

 「わかる。俺も俺も。だからシャワー出し放しで頭と体洗うもんね俺も」

 「仕事は休んだのか?」

 「あぁ、休んだ。だから俺達は自由だ。やりたい事はなんだってできる。できないことの方が少ない。酒を浴びることも許されるんだー」

 久一は小声で叫んだ。近所迷惑にならないように。

 「酒はいいよ。とりあえず外で待っててくれよ。すぐにあがるからさ」

 「そうは行かないぜ」

 久一はその場で裸になり、充に肩を寄せながらシャワーを一緒に浴び始めた。

 「やめろよ」

 「湯をよこせ、俺の湯だ。あぁ、あったけーなぁ、おいおい幸せだなぁ僕は僕達は」

 「狭いんだよ、暴れるな」

 「狭くない! 広いと思えば広いんだ。ミミズだって、充だって、アメンボだって」

 「うるさいよ」

 「うん、いいねその感じ。忘れるなよ。じゃあ先にあがるわ」

 久一は充との不毛なやり取りに大変満足して風呂場を後にした。

 部屋の中を濡れた足のまま歩いてバスタオルを取り、体を拭いてからランドリーボックスの中に叩き込んだ。ランドリーボックスは体制を崩して後ろに倒れた。カーテンの隙間から陽が射していて埃をキラキラと輝かした。


 「で、今日はどの様なご用件で朝早くからお越しですかね?」

 久一は揶揄い半分で充に訊ねた。充は照れ笑いを浮かべて説明し始めた。

 「しょうもないことだけど、聞いてくれるか」

「その前に聞くけど、隼人のところには行ったのか?」

 「いや、この件は久一が適任だと思って隼人のところには行ってない」

 「そうか、では続けて」

 「今の質問の意図は?」

 「もし隼人に断られて仕方なく俺のところに来たっていうなら、引っ掻いてやろうと思っただけだよ」

 「この件は本当にナイーブで久一が適任だと判断したんだよ。お前しか俺を救えないお前じゃなきゃ駄目だと思う」

 「うむ、よろしい。続けて」

 「みのりちゃんが引退したんだ」

 「お前好きだったもんな、あのセクシー女優さん」

 「天使だったよ」

 「違うね、女神だった」

 「どっちでもいいよ」

 「よくない!」

 充は持って来たブラックコーヒーを口に含んで苦い顔をした。髪の毛をタオルできちんと拭かなかったのか、まだ濡れたままだった。そして苦い決断を口にした。

 「美湖ちゃんのこと、諦めるわ」


 久一は黙って充を見つめた。濡れた髪が悲壮感を演出しようとしていたが、七三分けでぺったりと貼りついた髪型が受け狙いではないかと思わせた。久一は我慢しながら次の言葉を待ったが、充も同じように久一の言葉を待ちながら、缶コーヒーを小指を立てながら持って啜っていた。

 「海苔野郎、それでいいのか?」

 「いいも、悪いもない。今後は友達として美湖ちゃんの夢を応援したい。それだけだ」

 充はありきたりな宣言をした。

 「なら、めそめそして朝早くに来るなよ。迷惑だ。それに格好つけやがって、ださいなぁお前。なんだその髪型」

 久一は思いのままに感想を述べた。

 「こんな時くらい慰めてくれてもいいだろ?」

 「どうして慰めなければいけないのか? 決着はついたんだろ? ならどうしろと?」

 「そうなんだけど、美湖ちゃんのフォローとか頼みたかったの。気づいてないのか?」

 「フォロー?」

 充は不服そうに言葉を並べる。

 「美湖ちゃんはおそらく好きな男がいるんだよ」

 「以前話した時はそんな感じしなかったけどなぁ」

 「いるよ、絶対にいる。それに俺は前から薄々感じ取ってたけどな」

 充は目頭を押さえて、ふっと短く息を吐いて久一を試すように言う。

 「久一、本当に気づいてないのか?」

 久一は充の態度に困惑を深めながら一つの答えを導き出した。まさか、ありえないだろう。いや可能性はあるのか?

 「じゃあ。その二人が結ばれたらお前はどうするつもりなんだよ?」

 「あり得ないだろ?」

 「仮の話、もしも」

 「それは祝福するよ。美湖ちゃんを応援すると決めたのは俺なんだから」

 充は割り切ると断言した。久一はもしもの可能性を恐る恐る口にした。

 「全然気づかないものだな女心って奴は」

 「お前が鈍いんだよ」

 「美湖はまさか俺のことが好きだったとは!」

 「違えよ! どこでどう解釈したらそうなるんだ? 隼人だよ!はやと!」

 「えっ! 今の流れは俺じゃないのか? 糞が!」

 「もしお前なら俺は隼人のところに行ってるよ! 馬鹿野郎が」

 

 充は久一に美湖が隼人に気があるという仮説を手短に話した。あまり詳しく掘り下げたくなかったのだろう。

 美湖は美雪と張り合えるかどうかを確認する為にキャンプに参加した。結果、隼人と美雪の間に割り込める隙はないと悟った。さらに美雪と予想外に親しくなってしまった。今は二人を心から祝福しようとしている。だから気持ちを隼人に告げる気もない。そしておそらく隼人への想いを整理するために悩んでいる。


 「なら、問題ないだろ? 充さん頑張れよ」

 「無理だよ、美湖ちゃんが残念賞で俺を選ぶ訳ないだろ? それにもし残念賞で選ばれたとしても俺と隼人が気まずくなる。そんなのは一番嫌だからさ」

 「隼人は関係ないだろ? 美湖と充の痛み分けということか?」

 「俺の一人相撲だよ」

 「でも最悪の展開は、隼人が美湖を振って、美湖は充を振る。そして美雪が訳もわからず隼人をなじるのか?」

 「そうなると、考えただけでぞっとするなぁ?」

 「大きなカブ的な話だな」

 「全然違うけどな!」


 もし二人の関係が拗れてしまえばどうなるか久一はシミュレーションを試みた。

 「烏賊墨スパゲッティはあるのに蛸墨スパゲッティがないのはなぜかわかるか?」

 「どうしてかな?」

 「考えたこともない」

 「じゃあ考えて」

 「悪い、思い浮かばないわ久一」

 「俺は考えたくないわ」

 「考えろよ充!」

 実につまらなくなり、結果、三人でつるむことはなくなってしまう。一人で酒に溺れる。面白くもなんともない。更に酒に溺れる。更に強い酒に溺れる。更に。これは久一にとって死活問題になる。

 人生の大半は暇と我慢である。しかし暇はこねくり回せば暇ではなくなることを久一は知っている。二人がこのようなていたらくに陥れば暇をいくらねっても、暇は暇でしかなくなり、暇を何重にも重ねても賽の河原ならぬ暇の河原であり、鬼に積み上げた暇を崩され、暇つぶしにまた暇を重ねるという地獄ができあがる。お地蔵様は暇ではないから暇潰しの相手はしてくれないだろう。ならばどうすればいいのか、お釈迦様が導いてくれるのだろうか? 


 久一は本来あるべき姿のシミュレーションを試した。

 「烏賊墨のスパゲッティはあるのに鮹墨のスパゲッティがないのはなぜかわかる?」

 「そもそも蛸という生物が存在していないのではないだろうか?」

 「蛸は概念であって形而上学的にいうと蛸の墨を使っていないスパゲッティを蛸墨スパゲティと名付けてなぜ悪いと言いたいのですね隼人君! 素晴らしい」

 「そんなの詐欺じゃないか!」

 「黙りなさい充、なら君の意見を書こうじゃないか」

 「単純に烏賊に比べて蛸の墨は取れる量が少ないから向いてないだけではないのか? です。先生!」

 「零点、君は零点を取るのが上手いね。零点取り競争だったら百点満点だ。もっとがっと魂を揺さぶるものを下さい」

 「なら、先生、今一度チャンスをお与えください」

 「どうしますか隼人君?」

 「許可しましょう。もし成果がなければその時は今日の支払いは充に任せましょう」

 「わかりました。では充、述べよ」

 「今一度チャンスを頂きあり難き幸せ。では始めさせてもらいます。蛸墨とは烏賊の墨とは使用方が異なり、蛸は墨を吐き自身の影を作り出して逃げるといチンケな奴でございます。いわば影武者、その影武者を我々はまんまと騙されて蛸と思い込まされているのであって、これを逆手にとった料理人が蛸墨スパゲッティを何食わぬ顔でペロンチーノだのボンゴレだの明太子スパだのと称して提供しているのではないでしょうか? 料理人は全て蛸と親しい関係ということになります。もしかしたらすでに蛸です。料理会は蛸に侵されています。いかがでしょうか?」

 「そんなの完全に詐欺じゃないか! どう思いますか隼人君?」

 「はい、今日の支払いは充に持ってもらいましょう。先ほどの話は僕には理解できません。蛸が料理人な訳有りませんもの」

 「俺も、理解者ぶって詐欺じゃないか! とか偉そうに言ったものの、充の話を雰囲気で流しただけだから」

 「ふざけるな。隼人贔屓すぎるだろ? 久一の立場いつも狡いぞ」

 「わかった、わかった。隼人、割り勘でいいよな?」

 「うん、割り勘にしよう」

 「違う、おかしい。この感じは僕は嫌い。今日は僕が払います、払わして下さいお願いします」

 「ぐちぐちと、払うならすっと出せよ充、小さい男だなぁ」

 「冗談だから半分は俺が出すよ」

 「いいよ今日は俺が出すから、隼人は優しいなぁ本当に!」

 「引っかかる言い方だね充君」

 「なにが!」

 これが本来正しい三人の関係である。この関係維持のために充は美湖を泣く泣く諦めたとなると慰めてやらなければという気持ちも多少は湧いてくる。


 「よし充、ここにいてもドラマは起きない。起きても名の知らぬ虫が網戸に体当たりするのを目にするくらいのものだ。外に行こう」

 久一の提案に充は快く乗った。

 「時間はたっぷりある、それなら久一と隼人の地元に連れてってくれよ? そんなに遠くないだろ? 一度行ってみたかったんだよ。どんなところか」

 「ここからだと車で二時間くらいだけど、行ってなにするんだ?」

 「行って、街並み回って飯食って、帰ってこようぜ? ここまで車で来てるから丁度いい」

 「それは構わないけど。なぁ、今更で恐縮ですけど、そのシャツはなに柄なんだ?」

 「ボタニカル」

 

 二人は部屋を出て車を停めているコインパーキングに向かった。


 暇を無駄で塗り潰す時間が久一は好きだった。


 「おい、やめろよ恥ずかしい奴だな」

 車を運転しながら充が助手席の久一に注意する。

 「お前も手を振れよ」

 「本当にやめろよ」

 久一は対向車や信号待ちの車に手を振り続ける。それも若い女性ドライバーばかりに。道中はそんなことをしながら久一の地元まで車を飛ばした。

 久一の卒業した小学校の前を通り、中学校の前を通り、高校の前を通った。古い町中華でラーメンを食べた。車を停めて河川敷を歩いた。人気のない神社にお参りをした。久一の先祖が眠る墓に参った。そして日が暮れ始めた。


 「適当にスーパーに寄って晩飯買って帰ろうか?」

 「戻って買う方が良くないか」

 「俺の地元に金を落としていけよ。別に実家に招待してやっても構わないぜ?」

 「それは又にするよ」

 充は久一の実家に寄るのを拒否した。どうせろくでもない紹介の仕方をされるに決まっている。久一の両親と自身が居心地の悪い雰囲気になり、それを久一がケラケラと腹を抱えているのが目に浮かんだ。


 二人はスーパーマーケットで夕食の食材を調達していた。

 「オレンジのウィンナーも買おうぜ」

 「これじゃないのか?」

 「違うよ、それは赤だろ。オレンジの包装がされたやつだよ」

 「これか?」

 「そのメーカーじゃないな」

 久一がウィンナーへのこだわりをみせていた時だった。充は少し離れたところから女が二人こちらを見ながら笑っているように思えた。自意識過剰かと思いながら周りを見渡す。しかし、どう見ても二人の視線はこちらに向いていた。女の一人が突然、充に手を振り出した。もう一人がやめなさいと注意しているように見えた。

 「おい久一」

 ウィンナーを真面目な顔で吟味する久一に充は肘で肩を突きながら声をかけた。

 「どうしたの? 粗挽きも欲しいのか?」

 「あれお前の知り合いか誰かか?」

 充の顎をしゃくった方を久一は確認した。手を振りながら笑うグラマラスな女と不機嫌そうなスレンダーな女。

 「知らないなぁ。話しかけてみようぜ」

 と言いながら久一は二人に手を振り返しながら歩き出した。充は久一と距離を置きながら後に続いた。

 


 


 

 


 

 

 




 

 

 


 

 本日もくだらないお話にお付き合い頂き感謝します。出会いとは以外と不自然な感じもあったりなかったりしますよね。不思議ですよねー


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