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第6話 魔女との日常の終わり

 カァンッカァンッカァンッッッ!!!!!!!!!!!!!


 渇いた打撃音がけたたましく朝の森に響き渡る。


「朝だぞ起きろ師匠!!」


 俺はフライパンとお玉を打ち付け鳴らし、寝室のベッドの上の丸い塊を威嚇した。


「うぅ~……あと五分だけ……」


「そう言って起きた試しねぇだろ!! 飯が冷め前にとっとと起きろ!!」


 俺はベッドから布団をひっぺがす。

 その下の師匠は石の裏の虫みたいにもぞもぞと光を避けるように動いた。


「ふえぇ……ハラスメントだぁ、弟子ハラだぁ……」


「何言ってんだ、今日は仕事だろ? さっさと起きて支度しねぇと」


「うぅ、何も言い返せない……」


 ラリマー師匠は眼を擦り、ゆっくりと体を起こすとカタツムリのごとくリビングへと移動した。


 俺がラリマー師匠に拾われて2年経つが、この人はどうやらかなりズボラだと分かった。


 最初こそ頼れるお姉さんムーヴをかましてきたが、だんだんめんどくさくなってきたのか今ではこの有り様だ。


 おかげでこの通り、俺は家事全般と手料理まで覚えてしまった。


「ラフィはいいお嫁さんになれるよ……」


 木の匙をしゃぶり、ラリマー師匠はそんなアホみたいなことをのたまう。


「まだ寝ぼけてんのか? お?」


「うわーん! デコピンはやめてくれ~!!」


 全く……。

 こんなでも師匠は俺の恩人だ。師匠のためなら俺はなんだってしてやるさ。


 あれから2年……。

 俺の背はぐんと伸び、もうすぐ師匠の肩まで頭が届く。

 対して、師匠の見た目には全く変化がない。


 きっとこれからもずっと、師匠は変わらないのだろう。ずっとずっと、俺が寿命で死んだあともずっと。


 ゆっくりと朝食を終えた師匠は、これまたゆっくりと支度してゆく。

 俺が急かさないと日が暮れてしまいそうだ。


「さて、ラフィくん。行くとしようかね」


 さっきまでの醜態はどこへやら。

 魔女らしく黒いローブを纏って『頼れるミステリアスお姉さんモード』となり、俺を先導するように玄関へ向かう。


 玄関を出ると、カボチャ頭の御者と黒馬が俺たちを出迎えた。


「ジャック、今日もよろしく頼むよ」


 カボチャ頭の御者はこくりと頷いた。

 どうやら『さっさと座れ』と言っているらしい。


 2年間、毎週あの集落へ通い続けていれば自ずと精霊の考えていることもわかるようになるものだ。


 ふかふかのクッションの敷かれた座席に腰掛けると、少ししてから馬は蹄鉄を鳴らして歩みを始めた。





 *





 2年も通り続ければ、森の中の道も見慣れてくるものだ。

 俺がかつて死にかけていた場所はどこだっただろうか。


「愛弟子よ、帰ったら魔法を教えてやろうか?」


「んだよ藪から棒に。てか魔法って魔女じゃなくても使えるもんなのか?」


「資質のある者なら少しだけなら使えなくもない。まぁ、ちょっとした火花を散らしたりコップ一杯の水を出すちょっと便利な程度のものではあるが」


 腕を組んでなにやら師匠面をしているので軽くデコピンでつついてやった。


「痛っ!? なんだい何が不満なんだい?」


「……俺に更に便利に家事をやらせようって魂胆か?」


「ギクゥッッ……そ、それは……ついでにやってくれたら嬉しいなぁ~とは? 思ってるけれど……?」


 露骨に目を泳がせてんな……。うちの師匠はほんと分かりやすい。


「……はぁ。まぁ、いいよ。俺が死ぬまでは便利な生活を送らせてやりますよ」


「おやおやぁ? それはプロポーズってやつかい?」


「うるせえっ」


「いてっ?!」


 もう1発デコピンをおみまいしてやった。


 ……ズボラで調子に乗ってウザいこともあるけれど、俺は師匠の事を心の底から感謝しているし尊敬している。


 ま、それを口に出したらまた調子に乗るから言ってやらねーけど。



 俺たちが軽口を叩いている間にも、馬車はずんずん森の奥へと進んで行く。


 そこでふと……嫌な『臭い』が俺の鼻に突き刺さった。


「……なぁ」


「どうしたラフィくん」


 鼻の奥にツンとくる刺激的な臭い。

 これは……


「なんか煙臭くないか?」


「……ふむ、確かに臭うね」


 そろそろ集落が近い。

 もしや火事でも起こっているのではないか。


 それでも馬車は進む。


 胸の奥が痛い。


 そうしてその懸念はやがて、『事実』として俺の前に現れた。


 ――丘陵に沿って作られた集落がまるごと、炎に呑まれていた。


「一体……何が」


 あの日の……俺の暮らしていたスラムの街が焼かれた光景が蘇る。

 日常が崩れる時の、あの臭いと光景……。



「あ……」


 炎に気を取られていたが、異常はそれだけじゃなかった。


 集落のあちこちで人が倒れていた。


 みんな、知っている人たちだった。


 火に巻かれた訳でもなく、背中には斬られたような傷がつけられており、そこから骨や内臓までまろび出ていた。


「おい……」


 みんな、みんな、とうに息はなくて……


 以前俺に『好き』と言ってくれた女の子が、腸を撒き散らしうつぶせに倒れているのを見てしまった。


「すまない……これは――」


「謝んなよ」


 俺は師匠の言葉を遮った。


 続く言葉はわかる。『私のせいで』だ。


 今、王国では2年前から魔女狩りが行われている。

 それで……きっとラリマー師匠の事がどこかでバレたのだろう。


 ……だからって師匠が悪い訳じゃねえだろ。


「……気を使わせてしまったね。仕方ない、ヤツらに気付かれる前に逃げ――」


 そう言いかけたラリマー師匠の顔が、俺を見たまま驚愕に固まった。


 背中の右あたりが熱い……。なんだ、いや、痛い……?!


「がはっ……げぼっ!?」


 俺の口から赤黒い液体がだばだばと溢れ出す。

 同時に、背中が熱く息苦しくてたまらなくなって――


「ラフィっ!!!」


 突然、師匠が俺に覆い被さってきた。


 視界が真っ黒な温もりに包まれた次の瞬間。

 その奥で、ドスッという鈍い音が響いた。


「し、師匠……?」


 どろりとなにやら生温かい感触が頬を伝う。


 俺はゆっくりと顔を動かし、師匠の顔を見上げた。


「大丈夫、かい? ラフィ……」


 師匠の口から赤黒い液体が滴り溢れる。


「し、師匠……そんなの、だめだ師匠……」


 俺は、見てしまった。


 覆い被さった師匠の背中に、4本の矢が深々と突き刺さっていたのを。










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