第4話 魔女の弟子
かぽっかぽっ
黒馬が歩む度、軽快な耳触りの良い音が鳴り響く。
カボチャ頭の御者は巧みに馬を操り、森の中の悪路だというのに荷台の席に座る俺たちへの揺れはずいぶんと穏やかものだった。
だが席の座り心地は最悪で、微かな揺れで尻の骨に響いて腰が痛くなってくる。
「そんなに緊張しないでくれたまえ、ラフィくん」
「緊張してない」
俺を捉える赤い双眼が細くなる。
俺の目の前に座るこのラリマーという黒髪の女は、どうにも『魔女』らしい。
魔女とは『魔法』なる奇怪な力を使う怪物だ。貧民の俺たちでも知っている。
いわく、人を取って喰うだとか、魔法の触媒にするだとか、そんな噂を聞いたことがある。
助けてくれたことには感謝する。
噂は所詮は噂。噂よりかは『いい奴』なのだろう。
だがまだ警戒心は緩めない。
俺は前方へ視線を向ける。
カボチャ頭の御者がちらりと俺へ視線を返した気がする。
この馬車もラリマーの魔法で作ったのだそうだ。
俺たちの座る荷台も馬も、そして御者さえも。
「ラフィくん、そろそろ目的地だ」
何処へ向かっているのか不安だったが、どうやら当初言っていた通りの場所へ着いた事に安心する。
「ここは……」
到着したのは、森のはずれの丘にある小さな集落だった。
簡素な建物……と言ってもスラムのものよりしっかりとした建造物が、見上げれば勾配に沿ってちらほらと建ち並んでいる。
どこからか胸に溜まるような甘い独特な匂いが漂ってくる。
丘の頂上にある一際大きな建物は村長の家だろうか。
谷道の側の藪からざばざばと水音がするので覗き込んだら、小川が流れているのを見つけた。
「キャハハ~! まてまてー!!」
「きゃは~! こっちこっち~!!!」
笛のように甲高い声がどこからか響いたので辺りを見渡すと、小川の更に向こうの原っぱで小さな女の子が2人追いかけっこをして遊んでいた。
ふとその片方と目が合い、笑顔で手を振られたので咄嗟に視線を反らした。
牧歌的ながら、俺には馴染みのない光景だ。
「おぉ! よくぞお越しくださいましたラリマー様!」
「ああ。歓迎ありがとう」
村長とおぼしき男と軽く社交辞令を済ませたラリマーは、ちらりと斜め後ろに立つ俺へ視線を向けた。
「して、その子はどうしたのですかな?」
「先日雇った助手だ。今日は見学を兼ねて連れてきた」
「ラフィだ……です。よろしく」
脇腹をラリマーに小突かれて俺は咄嗟に言い直す。
仕方ねえだろ癖なんだから。
「ラフィくんや。師匠の言うことはちゃんと聞くんだぞ」
うるせえ、なんて思っている中、ラリマーがおもむろに馬車の荷台を指差して言った。
「我が弟子よ、そこの荷物を取ってきてくれるかな?」
「誰が弟子だ」
にやつくラリマーに俺は荷台の荷物を投げ渡す。
そういや今投げた袋には『商品』とやらが入っているんだっけ。雑に扱ったことを後悔しつつ、冷静を装う。
「ご依頼の薬だ。確認しな」
「うむ……確かに。今回も助かるよラリマー殿」
ラリマーは、この名もなき集落に自家製の薬を定期的に納品することで金を得ている。
なお薬といっても畑に撒いたり病を治す方の薬らしい。俺にとって身近な薬はシャブばっかだったな。
「さて、ここからは不定期慈善営業の時間だ」
ラリマーはどこからか取り出した椅子に腰掛け、『怪我人病人大歓迎』と書かれたのぼりを地面に突き刺した。
すると、示し会わせたかのように集落中からぞろぞろと人が集まってきたではないか。
「最近腰が痛くてのぅ」
「げほげほ、風邪を引いちゃって……」
「畑で背中を打っちまってな……」
病人やら軽い怪我人やらが、ラリマーの前に列をなして並んでいる。
ラリマーはそんな人たちに屈託のない笑顔を向けて、朗らかに応対する。
「ラフィくん、『A』の瓶を取ってきてくれ」
「はいはい」
袋に手を突っ込むと、ふわりと葡萄や柑橘の甘い香りが漂ってきた。
「次は『B』の瓶だ」
「ほらよ」
患者の病状や怪我の具合に応じて、違う種類や量の『薬』を処方するらしい。
瓶の中には錠剤が詰まっていて、それを紙の袋に詰めて渡してゆく。
「1日三回、1錠ずつ飲むんだよ。一気に飲んだら最悪死ぬからね」
そう釘を刺すのも忘れない。
ラリマーはここでは薬売りとして通しているらしい。
格安で怪我や病に効く薬を村人に売り付ける。その効果のほどはあれだけ人が求めるのだから大したものなのだろう。
……だが俺は知っている。あれは薬ではない。
入っているのは、小麦粉に山葡萄やら苔桃などの果汁を加えて固めたものだ。
よって本来は薬のような効果はない。しかしラリマーは『魔女』だ。魔法とやらを混ぜ混むことで、本物の薬と同等以上の効力を発揮するのだろう。
ラリマーいわく
『薬も作れないことはないんだがね、いかんせん素材は貴重でここでは手に入らないものばかり。〝魔女〟の私が街まで買い出すのは極力避けたいのだよ』
だそうだ。
魔法と同等の効果のある薬を作るには素材が足りないということだ。
……もしも、あと4年早くラリマーに出会っていたら。
母さんは死なずに済んだのか?
そんな俺の思考はラリマーの声で霧散した。
「――お大事に~」
胡散臭い甘ったるい声で最後の患者を見送ると、ラリマーはすんと表情を真顔に戻し俺に視線を向けた。
「さて、帰ろうかラフィくん」
「もう帰るのか? そろそろ暗くなりそうだぞ?」
「私を誰だと思っているんだい?」
「根暗胡散臭女」
「なまじ否定できないのがたちが悪いね」
パチンと耳心地の良い音が響く。ラリマーが指を鳴らしたのだ。
すると、カボチャ頭の御者と黒馬がどこからか駆けつけてきた。
俺たちは相変わらず座り心地の悪い席に座った。
「〝ジャック〟、出してくれ」
御者は無言で大きなカボチャ頭で頷くと、手綱をくいっと引いた。
ヒヒーンと嘶くと、黒馬は行きよりも軽くなった荷台を引いて走り出した。
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