第1話 少年と魔女
ラフィ。
それが、俺の名前。
両親は幼い俺を遺して流行り病でおっ死んだ。薬さえあれば簡単に治る程度の病気だった。
しかし、薬はべらぼうに高く、どう足掻いても手に入らなかった。
後に知ったことだが、国は流行り病を利用して俺たち下級市民やスラムの住民を減らすべく、あえて薬を高額で売っていたらしい。
一定階級以下の人間には届かないようにしていたのだ。
その後、俺のような下級市民のガキは孤児院に入れてもらえる訳もなく、スラム街に潜り込みまだ小さい体で働く他なかった。
母さんは死ぬ間際に俺にこう遺した。
『ラフィは、どうか生きて幸せになって……』と。
違法とされている魔道具を運んだこともあった。憲兵にバレたらガキだろうとその場で首チョンパだ。
他にもどこぞの貴族とも知れない子供の死体をバラバラにして捨てたりもした。勢力争いに負けた坊っちゃんだったのだろう。
ある時は、変態野郎に股を開いてケツを差し出したこともあった。
そうして稼いだ金で、辛うじて雨風凌げるボロ小屋でカビたパンを齧って生きてきた。
……幼心に何度死のうと思ったかわからない。
だが、母の言葉が俺を縛る呪いとなって自死を許さなかった。
生きてさえいれば、いつか幸せになれると。いつか雨は止み、夜は明けるのだと。
そう、自分に言い聞かせて10歳になるまで働いてきた。
俺が10歳になった翌年だったと思う。
いい子は寝静まっているであろう夜も更けた頃だった。
スラム街のあちこちから、同時に火があがった。
誰かがタバコの不始末でもしたのか、料理屋が火の火力でも間違えたのか。
いや、違う。
俺は見た。
スラム街には似つかわしくない、アンデリン王国の国印である鷲の意匠の刻まれた金ぴかの衣を纏った『騎士』が……松明片手に、火から逃げようとするスラムの住民を斬り殺していたのを。
『一人も逃がすな! 魔女の仕業と広めるのだ!!!』
『やめてっ! たすけてお母さ――』
俺より年下の女の子が真っ二つにされる光景も見てしまった。
胸糞が悪過ぎてもはや笑えてくる。
俺は迫る火の手から逃げまどい、辛うじて騎士どもの目を盗みスラム街に隣接する樹海へ逃げることに成功した。
……だが、人間がその体ひとつで樹海を生き抜くのは不可能だ。
生水を飲んで腹を下し、得体の知れない木の実を喰ってゲロ吐いた。
肉や魚など捕れるはずもなく、俺は逃走からほんの3日ほどで力尽きた。
いや、よく3日ももったほうだと思う。
体から穴の空いた壺みたいに、生きるために大事な何かが流れ出ているようだった。
視界は灰色のもやに覆われて、耳も水の中のように遠く、自分の弱々しい心拍しか聴こえない。
茂みの中で俺はぴくりとも動けず、そのまま絶命を待つばかりだった。
だが……
『おや? そこの子供。生きておるか?』
若い女の声がした。
幻聴だと思った。
だが、それでも……俺は、まだ生きなきゃいけないとその声に縋った。
「い、き……て、る」
『そうか。よく頑張ったの? もう少しの辛抱じゃ』
声の主の姿も認識できないまま、俺は何かに背負われて何処かへ連れていかれるのであった。
――これが、俺と魔女の……『ラリマー師匠』との出会いだった。
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