97杯目 猪突猛進
「お、おおおおお……」
目の前に猪突猛進が飾られている。いや、真・猪突猛進と呼ぶべきだろう。
猪突の雄々しい姿は少し洗練されたが、猪の鋭い牙が敵をえぐり取らんばかりにそびえ立ち、全体的に金属感が出て獰猛さとスタイリッシュさがいい感じで同居している。持ってみると、以前よりさらに手に吸い付くようだ。重量バランスが良いからか、明らかに以前より凶悪になっている先端部分の重さを感じずに取り回しができる。
猛進はまるで生命が拍動するかのように全体に真紋の装飾がされている。魔獣の生命力から物理・魔法両方に強い抵抗力が備わったそうだ。今の引き締まった魔獣の皮作りの先鋭的な機能美を見ると、以前のぼわぼわとしたモサモサ感は少し野暮ったかったかもしれないと思ってしまう。身につけてみると、身体の一部のように着心地がいい。二つ合わせると身体に活力が漲るのを感じる。
「かっこいいなゲンツ」
「凄く似合ってますよ!」
「本当に素敵です、ゲンツさん」
ふふふ、我ながらそう思う。狙ったわけではないが、鉢金も籠手も膝当てからグリーヴまで、まるで統一された作品のようになっている。
「どうだ、気に入ったか?」
「はい、めちゃくちゃ!」
「ふふ、いいだろ、一揃えな感じにしておいたから大事にしてやってくれ」
「一生大事にします」
「なんでアレを私達に言ってくれないのか」
「本当に」
「ははは、まぁまぁ……」
こうして俺は、新たな相棒を手に入れた。そして全ての準備が整えられた。ギルドにダンジョンボス挑戦を申請した。いくつかの50階層ダンジョンの中で予定を入れられそうなもので一番近いのでも半年後だったので、肩慣らしに30階層ダンジョンボスも探し、3ヶ月後に予定を押さえた。それからはいつもの鍛錬の日々を続けた。
「喰らえっ!! 大猪の一撃!!」
俺の振り回した棍棒がヒュージスライムの露出した核を撃ち抜いた。核は粉々に割れ、スライムを包みこんでいたジェルが崩壊し水分となってダンジョンに吸収されていった。
「おどろくほどあっさり勝ったな」
「今までの成果だろ」
「そうですよ! 皆で頑張ってきた結果です!」
「結局魔法一回だけしか仕事がなかった」
俺たちは、30階層ダンジョンのボス、部屋の半分ほどを占めるヒュージスライムを瞬殺した。
中堅どころと言って良い実力を持つシルバー冒険者パーティになって思ったんだが、お金は確かに稼げるのだが、出ていくお金も桁違いになっていく。確かに銅級や鉄級に比べれば、景気は良いのだが、強い魔物に対峙するための道具や消耗品、そして武具の手入れに金が必要になり、想像していたよりも生活がウハウハになるようなことはなかった。言葉を選ばずに言えば、金持ちには金持ちの苦労があるのだということを理解した。10万の稼ぎで、100万の物が欲しいし、1万で困っていた時代から、1000万稼いで1億のものが欲しいし、100万に困る生活になっただけという哀しい現実を知った。
「よし、これで準備は万全だな」
地方の小さな街ではお祭りなるダンジョン制覇も、ここでは当たり前のようにいろんなところで起きている。正直、肩透かしだった。ただ、俺たちの中ではささやかな宴をしようって話になった。
「なんか、肩周りがキツイな……」
俺は久しぶりの礼服に袖を通していた。なんとか着れたが少しキツイ。太ったわけではない、俺は自分の肉体が成長していることを実感した。少し、ニヤニヤした。そう、俺たちはこの砂漠の国の首都における最高級レストランを予約した。もちろん全員正装だ。そして、宿の外には出迎えの馬車が回ってきた。馬車一つとっても高級な作りで御者が扉を開けて俺は3人の手を取り馬車へとエスコートする。ケイトは美しい蒼のドレス、ヒロルは淡いピンク、そしてソフィアは純白の礼装に身を包んでいる。
「3人共、見違えるな、良く似合っている」
「ありがとうゲンツ、君もとても魅力的だ」
「ほんと、カッコいいですゲンツさん」
「私、この格好大丈夫ですか?」
「どこぞの大聖女様かと思ったよ。自信を持って良い」
「はい……」
「ジゴロめ」
「女の敵」
「なんか言ったか?」
「いいえ、なにも」
馬車に揺られ、俺たちはレストランへと到着する。馬車は大きな植物で作られた門を抜けて中庭に入る。美しい花々が綺麗に整えられ、噴水が虹を作っている。こんなにもきれいな場所があるのかと感心する。女性陣もすっかりこの幻想的とも言える美しさに瞳を奪われている。これだけでも無理をしてでも来てよかったなと感じる。レストラン自体の作りもすごい。真っ白な大理石に金をモチーフにした窓枠が並んでいる。真っ白な壁に深い青の扉、金の意匠が映える。
「皆様、入る前に後ろをご覧ください」
時は夕刻、ちょうど太陽が傾いて行く時間。その美しい庭が朱色に照らされ、本当に美しい。しかし、それからさらにすごいことが起こった。日が陰り、夜の気配が訪れるとともに、中庭に光が溢れた。
「おお……」
「素敵……」
思わず声が漏れた。まるで精霊が庭に迷い込んできたかのようなライトアップによって、完全にこの世から妖精の世界に入り込んだようだ。
「涙が出ました」
ヒロルが気がつけば俺の腕にもたれかかってきた。いや、感動で力が抜けそうになるのもわかる。それほどの衝撃だった。
これは、長い夜になりそうだ。




