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砂漠、開拓

作者: 岡 陸

 夏の夜。セミの鳴き声よりも昨日家電量販店で購入した型落ちの扇風機の音の方が大きいのは、現代人の性なのか。親の収入を表しているかのような12畳1Kのマンションの一室は、あまりにも自分ひとりには広すぎる気がしてならない。

 予定もない休日は、ミニマリストで自分にはあまりにも時間がありすぎる。休日はいつも図書館で借りてきた本を読んでいるだけ。部屋にある本はこっちに引っ越してきたときに持ってきた伊坂幸太郎の「砂漠」だけだ。現実は小説よりも希なりとわいうものの、何か素敵な出会いがあるわけでもなく、自分に話しかけてくる友人もいなく、逆に自分から交友関係を広げようとするわけでもない。まるで自分から奇妙な日々を嫌っているかのように。そうは思うが、実際奇妙な日々を過ごすのは自分には精神的負担が大きすぎる気もする。静かに部屋で、快適な温度の室内でコーヒーを片手に本を読む。この行為が平常な日々だった。

 とか頭の片隅で考えながら、借りていた最後の本を読み終えた。時刻は13時半。軽く昼食にパンを食べ、本を返しに行くための支度をする。

 マンションのドアを開けると、自分の体よりも大きい荷物を持った隣人(荷物で隠れているから、隣なのかもよくわからない)がちょうどエレベーターから上がってきた。

「こんにちわ」

 挨拶されるのは、初めてだった。

「こんにちわ。すごい荷物ですね。」

「本棚を買ったんですよ。それも高さ180㎝の大きなやつを。これでやっと自分の好きな本たちを並べられる。」

 本棚か、家には持ってきた3段ボックスが一つあるだけだな。自分にとって人の買い物に興味、いや、物自体に興味がわくのが珍しく、内心驚いていると

「その本、図書館で借りてきたんですか?」

 と、左手に持つ本を隣人が発見した。この大きさの本棚を買うというのならば(もしこの本棚に目一杯の本を並べるのならば)結構な読書家だろう。読書家は本を読んでいる人がいると、何を読んでいるのか気になるものだろう。実際、巨大な本棚を見て、この人はどんな本を読むのだろうかと自然と考えたものだ。

「そうっすね。丁度今から返しに行くところです。特にこの一冊は結構面白かったですよ。」

「へー。僕もそれ持ってます。そういう系の小説好きなんですね。今度、本棚見せてほしいものです。読書家にとって本棚は名刺のようなものですから。では、お気を付けて。」

 そう言って本棚に身を隠しながら部屋へと向かって言った。

 何かを思い出したかのように部屋へと戻り、広い部屋に(唯一かもしれない)自分の趣味の領域へと向かう。そこには「砂漠」一冊のみ。本棚というにはあまりにも質素だ。だが、木目調の色でいうとブラウンの3段ボックスに並べてあると言うには一冊しかない「砂漠」は、まるで本当に砂漠の中のオアシスのよう。

 九牛一毛オアシスを決して珍しいものではないようにするのは少し心が痛むが、この砂漠を自分なりに開拓してみようか。今までに読んだ本でもいい。新しい本でもいい。色とりどりのビルが並ぶ大都市を建設しよう。

 家のデジタル時計はなにか調子がおかしいのか。時刻は14時92分を指している。今日の予定が一つ増えた。

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