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ハッピーエンドが終わらない

ドラゴンナイト

作者: ぴあ





 その洞窟の中で、私はドラゴンを見つけました。





 物凄く高い御山のずっと奥深く、ぽっかりと空いた横穴に隠れるようにして、そのドラゴンさんはしゃがみ込んで座っていました。


 もちろん、私はこれまでドラゴンを見たことがありません。

 しかし、それでも私はそれがドラゴンだと一目で察することができました。


 私を一口で丸呑みできるほど顔は大きく、大人が十人肩車するより背も高い。肩の後ろには立派な翼が生えていて、その赤い鱗はカチカチと岩よりも固い。

 ひとたび空に舞い上がれば鳥より早く国を巡ることができて、喉から吐き出した炎は城壁をも軽く焼き尽くすという、お母様が聞かせてくれた伝説のドラゴンそのままの姿がそこにありました。


『………………』


 ドラゴンさんは眠っているのでしょうか。私はおずおずと近づいて足の鱗を叩いてみましたが、開きっ放しの目玉からは光が見られませんでした。

 もっとよく確かめたかったのですが、外から差し込む夕焼けだけでは、そもそもお顔がよく見えません。


 私は意を決してドラゴンさんの足を登り始めました。


 よく木登りや塀登りをしては、お母様を困らせてしまったものです。だからドラゴンさんの体を登るのも、少し自信がありました。

 うんしょこいしょと声を出し、脚をよじ登り腕へと飛びついて、私はやっとの思いでドラゴンさんのお顔まで辿り着くことができました。


 山風で冷めきっていた身体もすっかり火照って、頬には汗が伝うほどでした。

 それでも私はその高さまで頑張って上がった自分が誇らしくて、心の中で頭を撫でて欲しいとお母様におねだりをしていました。


 そうして呼吸を整えてから、私はあらためてドラゴンさんを見つめました。


 間近で見るドラゴンさんの頭はやっぱり巨大で、たしかに小さな私の体なんて丸呑みにしてしまえそうでした。

 その開きっ放しの瞳は宝石のようにツヤツヤとしていて、覗き込んだ私の顔をそのまま映し出していました。


 しかし、ドラゴンさんが起きる気配は見られませんでした。


 ペチペチと頬を叩いてみても、足と同じように硬い鱗の感触しか返ってこず。

 もしかしたら、このドラゴンさんはすでに死んでしまっているのではないかと、私はこの段階でようやく思い至りました。


 よくよく考えてみれば、ドラゴンさんはとても冷たくヒンヤリとしていました。


 お母様から聞いたことがあります。ドラゴンさんは蛇や虫と同じ『れーけつどーぶつ』なのだそうです。

 言われてみれば、ドラゴンさんの鱗がテカテカしているところが、アリやカブトムシと似ているような気がしました。


 一見死んでいるように見える蛇も、体が暖まると動き出すことがある。そんなお母様の注意を思い出した私は、ドラゴンさんの頬にビタッと体を押しつけました。

 その程度でドラゴンさんを暖められないことは私も理解していましたが、それでもこのまま放っておくことなどできませんでした。


 ――私はこのとき、冷たくなっていくお母様の体温を思い出していたのです。


 いったいどれほどの時間そうしていたのでしょうか。気がつけば、身体が再び冷え切ってしまっていました。

 ドラゴンさんを見つめても、その暗い瞳が反応を示すことはありません。


「……」


 私は我に返りました。現実に戻った、と言い換えてもいいかもしれません。

 おとぎ話は所詮おとぎ話。そんな大昔に空を飛んでいたドラゴンさんが、今もまだ生きているはずがないのです。


 それを実感させられた私は、途端に孤独と空腹感を思い出しました。


 山の果実を自分で摘んで食べてはいけないと、お母様と約束しました。

 シロートの私には、食べられる実と毒の入った実が区別できず、間違いなくお腹を壊してしまうそうです。


 しかし、それだとどうしましょうか。

 沢の水を飲むくらいなら許されるのでしょうか。


「あっ……!」


 私は失念していました。ドラゴンさんの鱗は、樹木の皮とは比べ物にならないくらいツルツルしていたのです。

 ひとまずドラゴンさんの顔から降りようとした私は、見事に手足を滑らせて逆さまに落下してしまったのです。


 過去に一度、登った塀で足を滑らせてお尻を打ったことがあります。

 あの高さでも死んでしまいそうなほど痛かったというのに、今回の高さはその十倍はあるのです。きっとそれはもう大変痛いに決まっています。


 グルグルと回る視界の中で、私はお母様の笑顔を思い出していました。


『トラクターフックを起動します』


 何処からか、そのような声が聞こえてきたのはその時です。それは男の人のような、それでいてお母様のような不思議な声色でした。


 同時に、私の身体にも不思議なことが起こりました。


 急に私の全身が七色の光に包まれたかと思うと、落下していた身体が鳥の羽根みたいに軽くなったのです。

 私は何がなんだか分からないまま瞬きを繰り返し、そうこうしている間に無事地面に着地することに成功しました。


「……ドラゴンさん?」


 光が消えてしまった手足を呆然と見回してから、私はあらためてドラゴンさんの顔を見上げました。

 その瞳には、洞穴の暗さを感じさせない鮮やかな光が灯っていたのです。


『すみません。緊急事態と判断し、慣性制御ネットによる保護を実行しました。無重力酔いなどされておりませんか?』


 すごい、すごいです!

 私はドラゴンさんの質問に答えることも忘れて飛び上がりました。


 ドラゴンさんは生きていました。そしてお母様の言っていた通り、ドラゴンさんは人間よりずっと賢い動物みたいです。

 その場で一頻り小躍りしてから、私はドラゴンさんを仰ぎ見ました。


「ドラゴンさん! あなたはあのおとぎ話に出てくる、騎士を乗せたドラゴンさんなのですか!?」

『いいえ、私はそのドラゴンさんではございません。そもそも、騎士を乗せたドラゴンとは何者なのでしょうか? 説明を求めます』


 どうやらドラゴンさんはおとぎ話を知らないようでした。

 えっへんと自慢げに胸を張った私は、お母様の真似をして語り始めます。


 それは昔々、大昔のお話。


 民が悪い王様のあくせーに苦しめられていた中、一人の騎士が国を訪れた。

 騎士は王様にあくせーを止めるよう求めたが、王様は多くの兵士でこれを取り囲んで殺そうとした。


 そこで天を割いて舞い降りたのが、真っ赤な鱗の火吹き竜で。

 何を隠そうこの騎士は、ドラゴンを従えることに成功した伝説の竜騎士、ナイト・オブ・ザ・ドラゴンだったのだ。


 かくて竜騎士にコテンパンにされた王様は、これからは正しい政治を行うことをドラゴンに誓った。

 そしてドラゴンの頭に騎乗した竜騎士は、この世にあくせーがあればまた現れると言い残して、夜空の彼方に飛び去って行ったのである。


『なるほど、この地に伝わる民話の存在ということですね。理解致しました』


 お母様と違ってところどころ話が飛び飛びになってしまったけれど。

 ドラゴンさんは黙って私の語りを聞き終えると、目を光らせて感謝の言葉を返してくれました。


「ドラゴンさん、お名前は!? 私はシャーニャクルフト・コンスタンティーノ・よーろふえると・さーふぇすっせんと!!」

『ええと、シャーニャクルフト……?』

「えへへへへ~。私もちゃんと言えないから、サーニャでいいよ!!」


 お母様もそう呼んでくれるのだと、私は照れるように前髪を弄りました。

 ドラゴンさんはそんな私の姿を少しの間見つめてから、頭を下げる代わりのように瞳を点滅させました。


『私はトリスタン。正式名称はアースライト共和国軍所属、第十三独立特殊――』

「ねぇねぇドラゴンさん! ドラゴンさんは他にどんな魔法が使えるの!?」


 話の腰を折るのが貴女の悪い癖よと、お母様によく咎められていたのに。


 嬉しさで飛び跳ねながら、私はドラゴンさんの発言を遮ってしまいました。

 あっと私は思わず口元を押さえて。しかし、ドラゴンさんは一切怒ることなく、私の問いかけに優しい声で尋ね返してくれました。


『魔法、とは……?』

「私を助けてくれた魔法のこと! お母様は言ってました。ドラゴンは火を噴くだけでなく、いろんな魔法を扱うことも出来るんだって!!」


 どうしてでしょうか。ドラゴンさんは私の言葉に少し戸惑っている様子でした。

 私が首を傾げて返事を待っていると、ドラゴンさんは何かを決心したように瞳を光らせます。


『それでは、サーニャに分かりやすい言葉で説明しましょう。私はドラゴンですが、扱える魔法はそう多くありません。力の大半を封印し、長い間この洞窟で眠りについていたのです』


 ドラゴンさんはお母様のように語り聞かせてくれましたが、その言葉には寂しさと後悔が潜んでいるようでした。


 私はもっとドラゴンさんの話を聞きたいと思いましたが、そこで私のお腹がぐぅと音を鳴らします。

 そうです、お腹が空いていたのを完全に忘れてしまっていました。


『サーニャは空腹なのですか?』

「え、えへへ~。昨日から何も食べてなかったから――」


 ブォォオオオン!と。私がお腹を押さえて恥ずかしがっていると、ドラゴンさんの胸から今まで聞いたことの無いような心音が響きました。

 それはドラゴンさんの巨体に相応しいほど低く大きく、私の肌まで震えるように感じられました。


『洞窟を出てすぐ右手に食べられる果実が生っています。岩場を滴る水も、害のある成分は含まれていないでしょう』

「ええ!? ドラゴンさん、動いてないのにどうして分かるの?!」

『それも私の魔法です』

「すごいすごーい!!」


 我ながら情けない語彙力でしたが、とにかく一度外に出た私は、実っている果物を何個かもぎました。

 そしてそれを水溜まりで洗うと、試しにその場でひとかじりしてみます。するとどうでしょう、甘い匂いと少しの酸味がカラカラだった口の中に広がっていきました。


 ドラゴンさんが大丈夫と言うのだから、お母様も許してくれるでしょう。

 そうだ、ドラゴンさんの分ももいで行ってあげましょう。


『ありがとう、サーニャ。しかしそれは貴女が食べてください』


 名前も知らない果物を掲げる私に、ドラゴンさんは丁寧に断りを入れました。


 これくらいでは足らないと言うことなのでしょうか。

 それとも、ドラゴンさんはお肉しか食べないのでしょうか。


『私とサーニャでは食べられる物が違うのです。私が食べる物は、ええと。……私は天に輝く星の光を食べて動いているのです』

「お星様を!?」

『その通りです。あの光を一つ食べると、私は十年動き百年話すことができます。だからこそ、長い間この洞窟で眠っていられたのです』


 流石はドラゴンさんです。何もかも私の常識の上を行っていました。

 私は眠い目を擦りながら、今度こそドラゴンさんの話を聞こうと顔を上げます。


『いえ、それは後にしましょう。サーニャは少し休んだ方がいい。私の足に寄り掛かってください、ちょうどよく暖めておきました』


 不満気に頬を膨らませてはみましたが、体中がヘトヘトなのもまた事実で。

 ドラゴンさんに従ってその足に寄り添うと、お母様に抱かれたときのようにポカポカと暖かみを感じました。


「ごめんなさい……ドラゴンさん、れーけつなんかじゃないんだね……」

『おやすみ、サーニャ。いい夢を』


 よほど疲れていたのでしょう。

 ドラゴンさんに体を預けながら、私は瞬く間に夢の世界へと落ちていきました。





『……』


「おい、前女王の娘はまだ見つからないのか?」

「もう無理じゃねぇか? だって“星の山”に逃げて行ったんだろ?」

「百年も昔に星が降ったって山だろ? あれ以来人食いの怪物が出るとか」


『…………』


「だからってどうすんだよ。あの娘を捕まえなきゃ俺たちの命までヤバいんだぞ」

「“神様の期日”も間もなくだろ? あー、この国はもうおしまいかもなー」

「馬鹿野郎、せっかく俺らの時代が来たってのに終わらせてたまるか!」


『………………』





 こんなに気持ちの良い目覚めは何日ぶりでしたでしょうか。私はドラゴンさんの足先から顔を離すと、力一杯背伸びをしました。

 寝ている間に日は暮れ切って、洞窟の外は夜闇に包まれていましたが、私の気持ちは青空のように晴れ渡っていました。


 そこで私は洞窟がほの明るいことに気づきました。

 どうしてだろうかと振り返ると、先ほどと変わらない姿勢のドラゴンさんの節々から、オイルランタンのような淡い光が漏れているのが分かりました。


 ドラゴンさんはこんな魔法も使えるのかと、私は感心しながら姿勢を直します。


『おはよう、サーニャ。ぐっすりと眠れたようで良かった』

「おはようございます。ドラゴンさんは同じ姿勢で腰が痛くならないの?」

『私は外骨格だから、昆虫と同じで腰が痛まないのです』


 まるで事前に考えておいたように、ドラゴンさんは質問に答えてくれました。


 私が寝惚け眼を擦りながらそれに納得したところで、足元に毬のようなピンク色の球体が転がって来ました。

 その毬は私に向かってピカピカと瞳を輝かせると、口から見慣れない棒状のナニカを吐き出します。


「ドラゴンさん、この子は……? それにコレは……?」


 それは蝋石のような長方形をした、手のひらサイズの黄色い砂ブロックでした。

 なんだろうかとそれを摘まみ上げる私に、ドラゴンさんが瞳を光らせます。


『サバイバルキットに残っていた固形栄養食品、いえ、ドラゴン族に伝わる保存食です。どうぞ食べてみてください』


 ドラゴンさんは星を食べるんじゃなかったのかと疑問に思ったけれど。

 そのブロックを口に入れた瞬間、サクサクとした食感と鮮烈な甘味に、私は全てを忘れて虜になってしまいました。


 三本ほどあったブロックを一気に食べ終えた私は、ニッコリと笑ってドラゴンさんを見上げます。


「ドラゴンさんありがとう! とっても美味しかったよ!!」

『お役に立てたなら幸いです』


 それから軽く身嗜みを整えた私は、ドラゴンさんとお話すべく座り込みました。

 前に地面に座ったのは、お母様のお仕置きの時間くらいでしたが。しかしドラゴンさんの話を聞けるという興奮で、私は痛みを感じる暇もありません。


『……サーニャはどうしてそこまでドラゴンに興味を抱いているのですか?』


 さて何を聞こうかと悩んでいる間に、ドラゴンさんの方が尋ねてきました。

 簡単なようで難しい質問に、私は腕を組んで「うーん」と悩んでしまいます。


「あの竜騎士の話が昔からとても好きだったの。寝る前に毎日のように話をせがんで、お母様を困らせて。ドラゴンは強くてカッコ良くて、それを操る騎士も正義心に溢れて……」


 私は、気がつけば俯いて拳を握り締めていました。

 ドラゴンさんは溜息を吐くように、そんな私をジッと見つめます。


『先も説明したように、私は伝説に出てくるドラゴンではありません。……貴女の国を救ってあげることはできません』


 その言葉に、私はハッと顔を上げました。

 ドラゴンさんの心臓の音が、低く重く洞窟内に響き渡ります。


『失礼かとは思いましたが。サーニャが寝ている間にそこのサポートドロイド、つまりは使い魔を放って近隣の国々を調べさせていただきました。サーニャ、貴女は麓にある大国の王女だ』


 ドラゴンさんの言葉は間違っていました。


 私が物心ついた頃には、私は王女ではなくなっていました。お父様もすでに亡くなっており、馬小屋のような建物で暮らすことを余儀なくされていたのです。


 それでも私は十分に幸せだったのですが。

 つい何日か前、お母様と私を“神様への供物”とすることが現王から命ぜられ、私を山へ逃がすためにお母様は身を挺してくれました。


『神の供物とは? 反乱軍の兵士からも、期日があると話が聞かれましたが?』

「年貢と女の人を納める代わりに、土地を災害から守ってくれる神様がいるんだって。でも王様が替わって何年も供物を納めてないから、そろそろ神様がお怒りになるだろうって、お母様は……」


 神を目にしたことはありませんでしたが、天使様なら見たことがありました。

 なめし革よりもテカテカした不思議な服を着た半透明な人たちが、現王や役人に向かって偉そうな口調でがなり立てている姿が印象的でした。


「天使様が言ってたの! 供物を用意できないなら国を焼き払うぞって!!」

『……』


 私の期待するような視線を受けたドラゴンさんは、思い悩むように瞳の輝きを消してしまいました。

 そしてしばし無言で考え込んでから、弱々しく光を戻して折衷案を口にします。


『サーニャ、この洞窟にいてくれれば貴女の安全は保障しましょう。……今の私に、それ以上の何かを為せる力は残されておりません』

「そんなことないよ! だってドラゴンさんはこんなに硬くて大きくて、私の知らない魔法をいっぱい使えるんだもん!!」

『その魔法を以てしても通用しないことが、世界には沢山あるのです。私はサーニャが期待する立派なドラゴンではありません。私は臆病者の逃亡兵なのです』


 そう言って、ドラゴンさんは昔話を聞かせてくれました。


 ナイト・オブ・ザ・ドラゴンと同じように、ドラゴンさんにも自分の相棒たる竜騎士が存在しました。

 しかし、遠い星の彼方にあるドラゴンさんの生まれ故郷では何百年も戦争を続けていて。そんな戦いの日々に嫌気が差したドラゴンさんと竜騎士は、仲間のドラゴンを見捨てて下界に逃げ延びてきたのです。


『課せられた使命を自分勝手に放棄して、私はこの大地に潜みました。そのような私に、どうして武器を振るう権利などあるでしょうか?』

「……竜騎士さんはどうしてるの?」

『彼女は私を封印した後、山を下りていきました。その後の顛末は分かりませんが、当の昔に寿命を迎えてしまったことでしょう』


 何故でしょうか? 分からないと答えながらも、ドラゴンさんは全てを理解したような眼で私のことを見下ろしていました。


 私はそれ以上何も聞くことができずに、ギュッとスカートの裾を掴みました。

 私だってお勉強は嫌いです。それと同じように、戦いが嫌いなドラゴンさんに無理やり戦ってもらうのは、とても可哀想なことだと思えたからです。


 でも同時に、私はあの国の人たちのことがお母様と同じくらい大好きでした。

 意地悪な男の子はいましたが、殴ってくる大人も大勢いましたが。それでも、私とお母様を心配して家の修理をしてくれたり、お肉やお野菜を分けてくれるオジサンオバサンもいっぱいいっぱいいました。


 たとえ神様であっても、そんな彼らを焼き払うケンリなんてないと思うのです。


『サーニャ、私は――』


 何も言えないまま泣きじゃっくりを漏らし始めた私に向かって、ドラゴンさんは困り果てたように瞳を点滅させて。


 その直後のことでした。まるでお星様が落ちてきたみたいな爆音と共に、地面が激しく揺れ動いたのです。

 それは私も立っていられないくらいの振動で、思わず尻餅をついてしまいそうになったところで、先ほどのピンク色の毬がクッションになってくれました。


 一見とても硬そうに見えたこの毬は、ポヨンと驚くような柔らかさで形を変え、私のお尻を跳ね返しました。


「あ、ごめんなさい! 痛くなかった?!」

『問題ありません。搭乗者の生命保護も、サポートドロイドの役割ですので』


 また不思議なことが起こりました。反射的に抱き抱えた“どろいど”さんが、目を光らせながらドラゴンさんの声を発したのです。

 キョロキョロと二人を見比べると、ドラゴンさんたちは声を合わせます。


『このドロイドは私の外部学習装置も兼ねていますから。ほぼ同一の記憶と性格を保持した、私の分身のような存在だと考えてください』


 正直、ドラゴンさんの説明は私には全然理解できません。それよりも先ほどのスゴイ音の正体を確かめなければと、私は洞窟の外に駆け出します。

 ドラゴンさんは警告を発していましたが、私でも足を止められませんでした。


 そうして飛び出すと、木々の隙間から燃え上がる大地が映し出されました。

 メラメラと、そしてボウボウと。そんな表現が似合いそうな煙炎を上げて、私とお母様が暮らしていた国が燃え上がっていたのです。


『……帝国軍の強襲揚陸艦、それもかなりの旧式ですね。宙賊にでも売り払われたか、それとも脱走兵が野盗化したというところでしょうか』


 ドラゴンさんの呟きに空を見上げると、雲よりもさらに高い場所では、鮮やかに煌めく巨大な円盤が浮かんでいました。


 きっとアレは神様が国を燃やすために遣わせた怪物なのでしょう。

 大陸をそのまま浮かべたようなその円盤は、生き物と感じさせない不気味な威圧感で夜空を覆い隠して。そしてその端がビカッと瞬いたかと思うと、一筋の光が王宮に刺さってまた大地を震わせました。


「そんな、街が、みんなが燃えちゃう!!」

『サーニャ、いけません! 貴女が赴いても何も出来ることはありませんよ!!』


 怒ったときのお母様みたいな口調で、ドラゴンさんは私を引き留めました。


 分かっていました。私だって分かっているのです。

 まだ子供の私があそこに戻ったところで、火を消すための水壺を抱えることすら難しいでしょう。


 でも、ジッとなんてしていられません。普段誰かに助けられている分だけ、別な誰かを助けてあげられる大人になりなさいと、お母様とも約束したからです。


 ケンカするのは怖いけど。

 神様だって怖いけど。


 だからって見てみぬフリをしていたら、天国のお母様に笑われてしまいます!


『………………』


 サーニャはなんて悪い子なのでしょう。格好つけたようなことを言って、結局またドラゴンさんを困らせてしまいました。


 しかし、今度のドラゴンさんの反応はちょっとだけ違っていました。

 ドラゴンさんはドロイドさんの目を通してジッと私を見つめると、どこか嬉しそうに口を震わせたのです。


『私が力を振るうべき未来がいつか必ず訪れる。そうですね、全ては()()()()が言っていた通りなのでしょう』

「……?」


 たしかに良く間違われる私の愛称ではありましたが。


 キョトンとした顔で見下ろすと、ドラゴンさんはドロイドさんを動かして私の胸から弾むように飛び降りました。

 そして道案内をするように、数歩先からチラチラとこちらを振り返ります。


『来てください、サーニャ。貴女の国を守る方法が一つだけあります』

「……。……本当!?」


 ドラゴンさんの提案に、私は思わずはしたなく跳ね上がってしまいました。


 ドラゴンさんは肯定するようにドロイドさんの瞳を瞬かせると、再びぽよんぽよんと洞窟の奥へ私を誘います。

 そうして辿り着いたのは他でもない、ドラゴンさん本体の足元でした。


「ドラゴンさん……?」

『繰り返しますが、現在の私は機能の大半が封印されております。……これよりその封印を限定解放します。サーニャには私の手助けをして欲しい』


 ドラゴンさんが神妙に宣言した直後、パシュッと不思議な音を鳴らしながら、赤いお胸に大きな口が開きました。

 すごいレキシ的大発見です。なんと、ドラゴンさんには口が二つあるのでした。


 私がそう驚いていると、ドロイドさんの周りに七色の光が舞い降りました。

 それが昨日私を助けてくれた魔法だと思い出す間にも、ドロイドさんの身体が私の顔の高さまで浮き上がります。


『サーニャ、どうぞこちらへ』

「えっ? ……でもでも、私は魔法なんて使えないよ?」


 どころか、正直あまり頭も良くないと思います。林檎の計算を間違えては、よくお母様に呆れられていました。

 そんな私にドラゴンさんのフーインを解くことなど、どだい不可能な話のように思えたのです。


 それでも、ドラゴンさんは私の不安を吹き飛ばすように力強く瞳を輝かせます。


『問題ありません。サーニャの勇気と行動が、私に力を与えてくれるのです』

「……」


 ドラゴンさんの真っ直ぐな眼差しに見つめられて、私はおずおずと光の中に足を踏み入れました。

 そのままドロイドさんを胸に抱くと、昨日と同じように私の身体がふわりと浮き上がり、ドラゴンさんのお口へと吸い込まれていきます。


 真っ暗で、硬そうで、どこかテカテカとしていて。ドラゴンさんはお口の中まで不思議でいっぱいでした。

 怖くなんてありません。ですが、私はギュッとまぶたを閉じました。


 私のお尻が柔らかい何かと接触し、それと同時に自分に体重が戻ります。

 ドロイドさんも私の腕から抜け出して、かと思うと、ガチョンガチャンと聞いたこともない固い音が足元で鳴り響きました。


『サポートドロイドの再接続完了。搭乗者の遺伝情報よりパイロット認証キーを取得、エラー。条件を変更して再試行、エラー。条件を変更して再試行……』


 ブォォオオオン!と。ドラゴンさんの心音が高鳴りました。


 その鼓膜を震わすような振動におそるおそる薄目を開けると、いつの間にかお口は閉まっていて、ドロイドさんの眼だけがこちらを見つめていました。

 そして次の瞬間、雷が落ちたように周囲に閃光が走り、お口の中が眩いばかりの輝きに包まれたのです。


『条件付きで認証を完了しました。敵性勢力撃退のため、緊急時対応マニュアルに従い、これよりサーニャをパイロットとして仮登録します』


 ドラゴンさんのお口の中は透明でした。ドラゴンさんの赤い手足も透過して、洞窟内の風景がありのまま私の視界に飛び込んできたのです。

 正確に言えば、私が座っているとても柔らかい椅子や、ドロイドさんの周りにある鉄の板や棒は透明でありませんでしたが。これはもう全て透明と言い換えてもカゴンではないでしょう。


 そんな風に私がぽかんと呆けていると、椅子から帯のような物が伸びてきて私の胸やお腹を縛ってしまいます。


『落ち着いて、ただのシートベルトです。コクピット内の慣性制御も最大稼働し、サーニャへの負担を最小限に留めてみせます』


 なにか怒られるようなことをしたのかなとビックリする私に、ドラゴンさんの優しい囁きが聞こえました。

 まるでドラゴンさんに抱っこされているような安心感の中で。……いえ、実際ドラゴンさんの中にいるだったと私ははにかみます。


 そのとき、洞窟の外に再びお星様が落ちました。

 私が目を見開くと、ドラゴンさんも声色を険しくして鉄の板に光を灯します。


『時間がありません。このまま洞窟の岩盤を破壊して山頂へ飛び出します。下肢を踏ん張り舌を噛まないようにして下さい、サーニャ』


 そんなことをしたら頭が痛い痛いだよと心配する私に、ドラゴンさんが私の頭は鉄より硬いと冗談を返しました。

 そして宣言の通りにその体が急上昇すると、透明な視界の中で次々に岩が砕け、私の足の下へと崩れ落ちていきます。


 あれよあれよという間に、私が座る椅子は星の山の頂に姿を現しました。

 たぶん、今のドラゴンさんは百年ぶりに翼を羽ばたかせていることでしょう。驚きすぎてうっかり舌を噛んでしまったのは、ここだけのナイショです。


『敵主力艦の映像をカメラで確認。……分析完了、主砲の使用を提案します』


 ドラゴンさんが独り言を呟いた後、透明な視界に右腕が浮かび上がりました。

 その鱗の袖口がガコンと外れてバラバラになると、お魚の群れみたいに配置を変え、剥き出しになった黒い骨の周囲で静止します。


『可変速陽子収束砲“フェイルノート”チャージ開始。各部の補正と制御は私が、発射のタイミングはサーニャが』


 ドラゴンさんが宣言するのに合わせて、空に浮かぶ巨大な円盤に十字のマークが重なりました。それと同時に、右腕の鱗もとても熱そうに光り始めます。

 ふと視線を横に向ければ、私の右手辺りに生えていた鉄の棒がピコンピコンと小さく音を発していました。


『私では発射の承認までは行えません。サーニャの手で、お願いします』


 このときになって、ようやく私は理解しました。これがひと吹きでお城を吹き飛ばしたというドラゴンブレスの魔法なのです。


 それならば、きっと空の怪物にも届くに違いありません。

 でもそんなものを受けてしまったら、きっと怪物だって痛いに違いないのです。


『ジェネレータを狙撃して艦の運行を放棄させるだけです。適切な退艦行動を取れば、敵艦に死者が出ることはないでしょう』

「……」


 眼下を見下ろせば、私がいた国はまだ煌々と燃え盛っていました。

 私はぶんぶんと首を振り回すと、鉄の棒を両手で精一杯握り締めます。


「この光っているところを押せばいいんだよね!?」

『そうです、サーニャ。貴女に人を傷つけさせることはしません。私を信じて』


 怪物の心配までしてしまう臆病で優柔不断な私に、逆に勇気づけられたようにドラゴンさんが頷きます。

 私は何度も深呼吸を繰り返すと、かつていじめっ子を張り倒したときのことを思い出しながら、空の怪物を睨みつけます。


「ごめんなさい、神様! 私は、悪い子です!!」


 グイッと、私は棒についていた金具を全力で押し込みました。





「よーし、もう数発撃ったら最後通告だ。それでもダメなら、こんなチンケな国は潰して別な大陸に移動するとしようぜ」

「もったいねーなー。燃料とレアアースは取れるし、食い物や女だってそこそこ悪くない、良い商売相手だったんすけどねー?」

「王様が変わっちまったんなら仕方ねぇだろうがよ。現地人に希少だの核だの説明してやったところで、理解できやしないだろうし……」

「……かんちょう? ……か、艦長!!艦長ぉ!!?」

「うるせーぞ、いったいどうした?」

「地表からのロックオン警報です! このままだと機関部に直撃――」





 光の矢が空に突き抜けた後、怪物のお腹に小さな小さな火が点りました。

 私の目には針に刺された程度の火傷にしか見えませんでしたが、よほど痛かったのか怪物の姿はみるみるうちに遠ざかっていきます。


「……」


 どうしてでしょうか。ただ金具を押しただけなのに、私はお母様と徒競走したときくらいくたびれた溜息をついて、椅子に仰け反ってしまいました。

 そうしている間にもドラゴンさんの右腕は元の形に戻り、再び透明な景色に溶けて見えなくなります。


『ナイスショット、サーニャ。見事な射撃でした』

「あはは、ありがとう。……ドラゴンさんもピカピカで恰好良かったよ?」


 乾いた笑いだということは、自分でも笑っていました。

 足元ではドロイドさんが瞳を瞬かせ、私はいまだ燃える地上を見下ろします。


「……みんな、大丈夫かな?」

『我々に出来ることはここまでです。これ以上は、あの国の人々が自分たちの力で乗り越えるべき問題でしょう』


 ドラゴンさんの言葉は、私はもうあの国の人間ではないのだということを暗に示していました。


 それはそうでしょう。私は神様にケンカを売ってしまったのです。

 いったい今さらどの面を下げてみんなのところへ帰れるというのでしょうか。


「……ドラゴンさんはこれからどうするの?」

『メインシステムの再起動に伴い、私の識別信号が両軍に捕捉されたことでしょう。これ以上戦火に巻き込まぬためにも、私はこの星を離れなければなりません』


 私も連れて行って欲しい。と、すぐ声に出すことは出来ませんでした。

 しばらく俯いたままスカートの裾を掴んで、色々なことをいっぱいいっぱい考えてから、私はようやく顔を上げます。


「ド、ドラゴンさん!」

『私と一緒に来てはくれませんか、サーニャ?』


 何と言うことでしょう。ドラゴンさんに先を越されてしまいました。

 というか、ドラゴンさんにそのような提案をされるとは思っていなくて、私は目をぱちぱちさせながらドロイドさんに視線を落とします。


『サーニャをパイロット登録してしまった以上、私一人の権限ではこの宙域を離脱することができません。どうかこれからも、私を助けては頂けませんか?』

「……でもでも、私まだ子供だよ?」

『かの竜騎士だって、生まれたときは幼子だったはずです。違いますか?』


 私は息を吸いました。私は息を吐きました。


 おとぎ話には程遠い私だけど、ドラゴンさんだって実在したのです。

 だったら悩むことなどありません。願い続ければいずれ夢は叶うのだと、お母様だって言っていたのですから。


「私、立派な騎士になるね! ドラゴンさんに負けないくらい立派な騎士に!!」

『もちろんです。期待していますよ、サーニャ』


 そう答えたドラゴンさんの声は、お母様にどこか似ているような気がしました。





「司令、件の“トリスタン”より超時空通信です」

「百年前に行方をくらませたっていう、あのジャジャ馬骨董品か。まあ敵に奪取されてなかっただけ僥倖ではあるが。それでなんだと?」

「『アースライト共和国所属、第十三独立特殊連隊トリスタン。これより戦線に復帰する』……えっ?」

「どうした?」

「『ついては本機のコードネーム変更を要求。以降は当機のことを“ドラゴン・オブ・ザ・ナイト”と呼称されたし』と」

「……。……つまり、それはいったいどういう意味だ?」

「……。……さあ?」





 とある宇宙の片隅で。

 銀河を救う小さな竜騎士の物語は、まだまだこれから始まるところであった。





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― 新着の感想 ―
[良い点] ドラゴンが兵器? でコクピットがあるというのが一風変わっていて少し楽しかったです。主人公がドラゴンに最初大胆でなにをしているのかと面白かったです。ほぼ全ての展開が詰まらなくなかったです。先…
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