1発目 複合現実とは夜逃げから始まるものである。
「僕のお父さんはプログラマーとかいう仕事で謎の文字を書く仕事をしています」
「お母さんもコラムニストや小説家を名乗り文字を書く仕事をしています」
「お姉ちゃんは文字を書きませんが、男の人が裸になる絵ばかり練習しています」
将来の夢という作文で、家庭の内情を赤裸々に暴露し、教室の人間を凍りつかせてることに気付かない小学4年生の少年、彼の名は次郎という。
長男なのに次郎。
彼は名付けた親に似て、少しだけおバカだった。
父親であり、プログラマーの父蔵は親会社の方針転換による事業撤退に伴い失職。リモートワークと本人は言ってはいるが、実態は無職で、昔作っていたゲームの完成に向けて日夜プログラムを組んでいる。
ちなみに、失業保険も切れて収入は0である!
コラムニストであり売れない小説家の母親、母絵は雑誌のコラムなどで細々と書き続け、暇を縫っては売れない小説を書き続けている。
昼は単発の派遣であちこちの会社で働き、家計を支えている一家の大黒柱だ!
中学1年生とは思えぬほど大人びた雰囲気を持つ姉、姉美は売れない母の小説の挿し絵を描きながら、仕事のために家にいない母に代わって家事の一切を取りしきる苦労人だ!
なにせ、皿洗いをさせれば油まみれのフライパンを洗ったままのスポンジで洗うもので油まみれで皿はテカテカ、洗濯をすれば色物をわけず色移りは当たり前、掃除をすれば邪魔なものを端に追いやって真ん中だけ掃除機をかけて良しとするようなズボラな父と弟がいるのだ!
あいつらに任せていたら家は1週間と保たずゴミ屋敷なのだ!
お姉ちゃんは大変なのである!
母絵に似てしっかり者で器量良しの姉に対して、父蔵が作ったゲームに夢中で興じてるアホが次郎なのである。
ちなみに、次郎の前のテレビにはゲームの画面が表示されていて、次郎がテレビの上につけたカメラに向かって手を振ると、ボクセル風のキャラクターが似たように手を振るのだ。
「次郎!ゲームする前に食器片付けてって何度も言ったよね!」
「もう少しだけ待ってよ〜。ようやく斧が作れるようになったんだからさ〜」
そう言って、次郎は石斧を縦に振って、よろよろと近づいてきたピンクのゾンビを倒す。
「あんたねえ、斧じゃなく剣のほうがモンスター倒すのが楽だって話し聞いてた?」
「だって、斧のほうが強そうだもん」
木が3つで木の剣を作るより、石と木を3つずつ集めて作った石斧のほうが素材的に多く使っているから強そうではあるという次郎の主張もわかる。
しかし、同じ木を3つ使った石斧より木剣のほうが強いという設定がバグった世界では、クラフトに最も必要な1番初めの斧を作るには石と木が必要、石を得るためには鉄のピッケルが必要と、なぜか難易度が高いものから作らねばいけないという謎の縛りと拘りがあった。
一時期は覇権ハードとも呼ばれ、そんなハードウェアの設計にも深く携わった父蔵だが、ゲームデザインのセンスは壊滅的なのであった。
「はーやーくー、お皿が洗えないでしょー」
「お姉ちゃん!お姉ちゃん!来て来て!」
「なによー、もー」
皿洗いのあとは洗濯ものを畳む仕事が控えているのだ。
これ以上、仕事を滞留させられてはたまらないと姉美は次郎に呼ばれるまま、画面に近づく。
「なんだ、私のキャラが表示されるだけじゃない」
姉美が次郎の隣に立つと、姉美の作ったキャラクターが次郎のキャラクターの隣に表示される。
テレビの上に設置されたカメラによるトラッキング認識だけで、その世界のキャラクターになれるのが父蔵の作ったゲームなのだが、姉美にはいまいち面白さがわからない。
「違うんだって!見ててよ〜」
「なにが違うのよ……」
そう言って、次郎はテレビのリモコンに似たコントローラーをテーブル上に置く。
「コントローラー無くても思い通りに動くんだよ!凄くない!?」
「うそ!本当だ!」
その場で手を振る、足踏みをすることはカメラのトラッキングでも認識できたものの、コントローラーが無いと歩くことも出来なかったキャラクターが、次郎と姉絵の思ったままに画面の中でまるで生きているかのように動いていた。
「できた!ようやくできたぞーっ!!」
「ただいまー。夕飯の時間には間に合わなかったけど、手伝うねーってあれ?」
AR(拡張現実)でもVR(仮想現実)でもある、MR(複合現実)を自作のゲームの中に取り込むことに成功した父蔵、仕事から帰って来た母絵も画面の中に表示されていた。
家族4人がボクセル姿になったところで、登場人物を紹介しよう、
家族以外はまともにコミュニケーションのとれないコミュ障の次郎。
ちなみに、ネットだと顔が見えないからと強気になるネット弁慶である。
思い立ったら即行動、元ハードウェアプログラマーであり、バカと天才は紙一重を地で行く、トラブルメーカー父蔵。
あるときは敏腕営業ウーマン、またあるときはお掃除おばさんに扮しての企業スパイ、その正体は元特命スーパーウーマン、今はスーパー派遣の兎に角売れない小説が悩みの一家を支える大黒柱の母絵。
炊事、掃除、洗濯、育児、子守りに親の介護、アホな弟とバカ寄りに紙一重の父親のお守りをこなす、花丸木の守護神。
絵を描かせたらプロも顔負け、才色兼備の姉美。
どんな時も明るく花丸つけて生きることがモットーの人生花丸一家である!!
次郎がまたやらかしたと気づいてから、花丸木家の面々の行動は早かった。
父蔵もさすがにこれはまずいだろうと母絵に書き直させ、母絵もこれだけは持っていかせてはならないと姉美に言い聞かせ、姉美もまた家族の恥部を晒させるわけにはいかないと母絵の書いた作文を持たせたのに、次郎は容赦なく自分の書いた作文を学校に持っていき発表していたのだから、父蔵は運転が下手なミニバンを飛ばして校舎に横付けし、母絵は引っ越しバイトのトラックを強奪してミニバンの後ろに駐車し、姉絵は学校の用務員用自転車を盗んで引っ越し業者のマークの入ったトラックの後ろに乗り捨てて、弟のいる教室に向かった。
「次郎!!いますぐ帰るから!!」×3
父蔵、母絵、姉美に首根っこを掴まれて、猫掴みされた猫のように手足を竦めて教室から退出して行く次郎。
滅多に喋らない、あがり症の次郎が珍しく声を張って饒舌に作文を読んでいたことにも驚いてはいたが、その内容はとても人前で読んでいいような作文では無く、世界的な特許事項や国家機密に関わる案件に、時にハラハラ、時にドキドキしながら作文を聞き、あともう少しで核心に迫るかというところで捕まった宇宙人みたく連れ去られて行った次郎に、教師も次郎のクラスメイトたちも名残惜しげに彼らを見送った。
翌朝、花丸木次郎は登校してこなかった。
花丸木姉美も登校してこなかった。
花丸木母絵も通勤しなかった。
花丸木父蔵は無職の引きこもりだったので通勤する会社が無かった。
「リモートワークって言うんだよォ!」
「次郎に怒っても、稼いでない以上、穀潰しということには変わりはないわ」
「母絵さん!?」
何度目になるかわからない夜逃げ中にも関わらず、呑気にナレーションしていた次郎は読めなかった作文の最後だけを読んだ。
「……それでも、お父さん、お母さん、お姉ちゃんはケンカもせず仲良しです。そんなみんなとずっと仲良くいるのが僕の夢です。花丸木次郎」
次回、父蔵、田舎に憧れるあまり、僻地への引っ越しを決意した(過去形)