05 それから
あれから、妹との関係は良好である。
……幸いコロナが治りかけだったのか、口づけ後に妹が感染する事はなく。
僕は完治した。
もしかすると、キスパワーなのかもしれない。
混じり物だらけの家族愛純愛パワーがあったのかもしれない。
最も、それは邪推かもしれないのだが。
「お兄ちゃんー!」
「ほいほーい、なにかね妹よ」
「私の手作りパンケーキ、食べて?」
「うおっ、これ美味しそうだな」
休日の昼間。僕がリビングで、ソファに座ってテレビを見ていると、アキがキッチンからパンケーキののったお皿を運んできた。
皿がダイニングテーブルに置かれる。
ふむふむ。美味しそうなパンケーキだ!
甘い匂いがし……ない。
ん?
ちょっと待て。
「なぁ、パンケーキっていうのはさ……普通メープルシロップがかかってるもんだよな?」
「そうだね!」
「じゃあこれにかかってるのは、なんだ?」
僕は更に置かれたパンケーキを指差す。パンケーキ自体は普通のやつ、市販のものと大差ないように見えるのだけれど。
上にかかっているタレ的存在が、赤かったのである。
メープルシロップではない。
全くもって違った。
「これ? 私の血だよ」
「嘘、まじで?」
「流石に嘘だよー。これね、ネットで話題になっていたデッドエンドソース」
なんだその世紀末みたいなソース名は。
「なんだよそりゃ」
「まぁ簡単にいうと、超激辛ソースだね! 甘いパンケーキに辛さを加えたら、そりゃあ美味しくなるでしょう! ってこと」
「……なるかなぁ」
彼女の味覚回路には時々違和感を覚えるけど、スルーする。僕の舌も、お世辞でもあまり良いとは言えないからな。
どっちもどっち。
それはさておき。
僕は辛いものが最近まで好きだったんだが、ちょっとコロナ感染時に食べた激辛カップラーメンのせいでトラウマになってるんだよな……。
辛いものを食べたら、前みたいに喉が死ぬんじゃないかと不安になる。
「とりま、一口頂くか」
用意されたフォークとナイフで、パンケーキを四等分にカットした。
そしてデッドエンドソースがたっぷりとかかった一欠片を、僕は口に入れる。
──瞬間、僕の喉は燃え尽きた。
前みたいな柔い、遅れてやってくるタイプの辛さではない。いや、そうでもあった。
まず第一に入れた瞬間から、予想を超える激辛が口の中を支配して、数秒遅れて更なる辛さが味覚を襲う。
まるで味覚を破壊するかのように。
破壊者のように。
「いででででぇででで!?!?!?」
「だ、大丈夫そ? お兄ちゃん」
「だだ、大丈夫なら……こんなリアクション、しないさ」
別に僕は芸人じゃないからな。
派手なリアクションは求められていないのだが。
なのに、こんな反応をするってことは……その辛さは、本物ということになる。
まぁ痛い。喉が破裂するぐらいには、痛い。
辛いじゃなくて、ちゃんと痛いのだ。
死にそうな痛みじゃない。
死ぬんだよ。
僕たちは、ここでッ!!
……なんておふざけは適度に挟みつつ。
「どう、美味しい?」
「う、うむ。美味い……美味しいぞぉ、アキちゃ?」
「なんか口調がお爺ちゃんみたいになってくれど」
「──辛すぎて、おかしくなったのかもな」
しっかりとパンケーキを飲み込み、すくざまキッチンの蛇口からコップに水を入れて、それも飲み込んだ。
これで辛さを軽減しようという考えである。
まぁ意味ないかもしれないけど。
「それにしても、お兄ちゃんも元気になってきたよね?」
「……ん? ぁあ、そりゃあコロナは完治したし。お前にはコロナかからなかったしな。嬉しいことばかりだから、そりゃあ元気さ」
「良かったよかった」
「それに、愛しい妹の愛を受け止めつつ、その病的な愛を治してやるっつー。看病をする、楽しみもあるしな!」
僕が自然な流れで彼女にそう伝えると、彼女は赤面してしまった。
……そう。コロナが治る直前に。
僕がアキに誓った、約束だ。
彼女が僕を看病してくれたように。
次は僕が、彼女を看病してやるのである。
その重い愛が歪まなくなる、その時まで。
「改めて聞くけどさ。それって、本当のことなんだよね?」
「本当だよ。僕は大事なところじゃ嘘吐かない人間だからね」
「……」
彼女は黙ったまま、僕の座るソファで、右真横に腰を下ろした。
隣なので、距離がかなり近い。
そしてアキは僕の右手をゆっくりと握った。穏やかで優しくて、温かい感触。
まるで天使に触れているかのような感触。病みつき、とはまさにこのこと。
ずっと触っていたいと考えてしまうほど──。
本当に、アキの手は魅力的だった。
「お兄ちゃん、ありがとうね」
そして、彼女は僕にそう伝えるのだった。
渾身の笑顔というか、幸せで満たされた笑顔。屈託のない笑顔を彼女は僕に見せてくれた。
僕への絶大な信頼があるからこそ、アキはこう言ってくれるのだろう。
この笑顔を見せてくれるのだろう。
ほんと、可愛げがあって"病みつき"にさせてくれる妹だ。
ならば僕も同じように返すとしよう。
「いやいや。それはこちらこそだよ。アキちゃんも、ありがとう。僕の看病をしてくれてさ……」
月並みな言葉で、気持ちよく。
「そしてこれからも、よろしく頼むよ。
───愛しの、僕の妹ちゃん」
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