04 ヤンデレ
「……アキ、どうしたんだよ。急に」
「お兄ちゃんは誰と話してたの?」
「……だから、友達とだって。──というかアキ。今日のお前はちょっと雰囲気がおかしいぞ?」
「おかしい? いいや、おかしくないよ?」
派手なゴスロリ姿でドアの前に立つ妹。
黒髪ツインテールに、右手にはサバイバルナイフが握られていてゴツい。
……ちょっと待て。
サバイバルナイフて、洒落にならないぞ。
もしかしてこの健気な妹は、僕を殺しに来たのか?
「おいおい。待てよマイヤングシスター」
近付いてくる妹を、手を突き出すことで制止した。待て待てよ、と。
様子がおかしいアキをどう対処すればいいのか。
僕には結論に至れない。
「なに?」
「ちょっと落ち着かないか。急にどうしたんだって本当にさ。別に──僕はギャルゲの死亡エンドをしたいわけじゃない」
発熱しているのか、頭がぼんやりする。
「あと、あまり僕に近づかない方がいいぜ? コロナに感染するからな。感染したら、キツイぜ?」
続ける。
説得を。
しかし、彼女の表情は何一つ変わらなかった。
──アキの暴走を、僕は止められない。
「駄目だよ、ダメダメ」
「……何が」
「お兄ちゃんには、私以外誰にも近付かせないから。安心して?」
「分からないな。僕はお前のことを心配しているんだぞ」
コロナに感染したら、重症になったら、最悪だからな。
「私は……嫉妬してるよ。例え相手が男の人でも、私以外の電話に出るなんてさ。お兄ちゃんは」
「──?」
「それに、コロナにだって嫉妬してる。私だってお兄ちゃんの体の中にいたいのに」
「……馬鹿なこと言うなよ」
待て待て待て、待て。
もしかしてそのナイフは、『僕の腹を裂いて中に入る』みたいなことをする為に使うんじゃないだろうな?
違うよな。
違うはずだ。
愛しの妹ちゃんが、そんな事するわけない。
『義妹』とはいえ。
アキは、僕の可愛げのある愛しい妹なのだ──。
「私は、お兄ちゃんが欲しいよ。……十年前に初めて出会った頃、覚えてる?」
「……覚えてるとも、鮮明に」
ゆっくりと、一歩前へ踏み出しながら彼女が言った。
十年前。
父親が再婚した事で、出会った新しい母親の方の子供がアキだった。
そう。僕とアキは血の繋がっていない。
なので彼女は僕の立ち位置から言うと、義妹にあたる……『偽り』の関係だったけれど。
僕には『冬寺風アキ』という、可愛い妹が出来たのである。
初めて彼女と出会ったとき。
どちらも人見知りであまり会話が弾まなかった中でやったオセロが、とても楽しかった記憶がある。
彼女が言いたいのは、そう言う事だろう。
「あの時にやったオセロ。しりとり。チェス。その全部が楽しかった……」
「ぼ、僕も楽しかったとも」
まずい。
しりとり、チェスとかやった記憶ないんだが?
「そう──私はさ、お兄ちゃんが好き。好き好き。世界で一番好き。とっても、だーい好き」
死んだ目で、彼女がそう笑った。
何で僕のことがこんなに好きなんだよ。
……ああ、僕ってお兄ちゃんとして『とっても魅力ある』からって?
そりゃどうも。
うーん。
そんなわけない。
「アキちゃん、僕たちは偽りとはいえ、兄妹関係だぜ?」
「……構わないよ。私はお兄ちゃんが大好きなの。今すぐにでも抱き合いたいぐらい、コロナなんて直ぐに捨てて、私に来て?」
どういうことだろうか。
確かに捨てれるもんなら、僕だってコロナは今すぐに捨てたいけどさ。
無理なもんは、無理なんだ。
勘弁してほしい。
……しかし、ナイフを持った彼女の威圧感は半端ない。
そしてその威圧感が、僕への愛で構築された物だと理解すると──更に恐怖する。
嬉しさもあるけども。
しかしやはり、ナイフは怖いのだ。
重い愛は怖いのだ。
「私を愛して、お兄ちゃん?」
……正気かよ。
別に僕は断然構わないんだが! というかもう愛しているのだが。彼女の言っている愛しては、僕のモノとは違うモノだろう。
別にさ。恋愛として妹を愛しても……倫理観のぶっ壊れた自分的にはアリなのだが。
本当にそれで、彼女にとっていいのだろうか?
そう考えると、ちょっとマッタが入る。
妹と兄の恋とか。
禁忌にもほどがあるし。
批判殺到するだろう。
もし僕が大人になってこの体験談を小説にして出したら、非難轟々だろうとも。
その未来は簡単に想像できる。
だがしかし、僕よ。
冬寺風ハル、よ。
……愛というものは、周りに流されてはいけないんじゃないのか?
うーむ。
「大丈夫だよ。もし私を愛してくれなかったら、一緒に天国に行こ?」
「きっと行くとしたら……地獄になると思うけどな僕は。なにせ僕は悪者だからな! がーはっはっはっ!!」
「そんな見栄を張るお兄ちゃんも、カッコいいよ」
「なんでも褒められる!!」
人生でここまで褒められた経験はあっただろうか。ここまで愛された経験はあっただろうか?
ないね。断言できる。
「褒めるよ、そりゃあ。私はお兄ちゃんに溺愛してるんだよ……?」
「それ、自分で言うのか」
客観視出来ていて、よろしいこと。
「──それより、どうなの? お兄ちゃん。さっきの答えを、私はずっと待ってるんだけど」
どうやら、……決断するための時間はあまり残されていないらしい。
話を逸らして、時間を稼ごうと思ってたんだけど。それも出来そうにない。
彼女は、僕に催促してきた。
『冬寺風アキを恋人として愛すか、否か』。
その質問には悩んでも、悩みきれない。きっと考えようとすれば……僕はこれからの人生全てを消費することが出来るだろう。
僕は優柔不断で有名な優男である。
これ自慢な!
……優柔不断は、自慢出来ることじゃないんだけどな!
だがこのクエスチョンに完全解答はない。
それだけは言えた。どちらかが正解かどうかは、あるのかもしれないけれど……それは、立ち場によって変わってくるだろうし。
僕。彼女のお兄ちゃんとして立ち場からしてと──どちらが良いのかは、分かったもんじゃない。
だけど、踏み出す。
「え?」
「……分かった。アキちゃん。君の気持ちは、僕も分かったよ」
「も、もしかして、私のことを愛してくれるの? 本当に?」
「さぁ、僕にもそれは分からない」
分からない。どっちにすればいいのかなんて見当もつかない。だけど、すべき事は見えていた。
まずは──妹の愛を、僕は受け止めよう。
義妹だから、本当に出して良いのか?
──そうではない。
僕は彼女を、を本当の妹と愛す。
「どういうこと!?」
「──妹の愛を僕はしっかりと受けとる」
「ほんとに!?」
「だけど、言わせてほしい」
そう。これだけは伝えなくちゃならなかった。
それが、お兄ちゃんとしての、僕がすべきこと。
「今のアキちゃんは、世間一般的に言って……異常だと思う。お兄ちゃんに対して重い好意を抱くっていうのは、ストーカーする程に病的な愛を抱くというのは」
「びょ、病的? もしかしてお兄ちゃんは、私が気持ち悪い……なんて思ってるの? 悪いヤツだと、おかしなヤツだと思ってるの!?」
「それも、僕には分からない」
彼女の目の前へと到着する。
僕の曖昧な意見には流石の彼女でも、痺れを切らしたらしい。
「──なんなの、お兄ちゃん!! はっきりしてよ!!」
冬寺風アキの声が、僕の部屋で響いた。
「ただ僕はアキのことを妹でしか見れないと思う」
「…………やっぱり、ダメなんだ」
愛すか、愛せるか。の尺度ではない。
恋人として愛す事は出来ない、その次元だった。僕はそうして一つの結論に至る。
この答えは彼女にとって酷かもしれない。
だが必要なものだった。
これをもしオーケーしてしまえば、家族関係が歪んでしまうだろうし。
「やっぱり、ダメだよね。私みたいな重い人じゃ……、妹じゃ。大して可愛くもないし。優しくもないし、役にも立たないし。情緒不安定だし。本当の私を見たお兄ちゃんは、失望したよね」
その応答に対し、彼女は顔を俯かせてやはり絶望していた。……アキちゃんの感情は、僕には読み取れない。
だがただ、辛いのは確かだろう。
これは彼女にとって、正真正銘の失恋みたいなモノなのだから。
──だからこそ、彼女は右腕に持っていたナイフを彼女自身の胸に突きつけた。
涙を流す冬寺風アキ。
「……もう私も、ダメかも。
お兄ちゃんに断られて、人生は絶望っていうか、生きる価値はないっていうか」
雨を零し、腕に力を入れーー僕の眼前で自殺しようとする妹。
そんな重い状況の中で。
僕はすぐさま彼女の持っていたナイフを強引に奪い取り自殺を阻止しながらも、優しく言った。
「勘違いするなよ、アキちゃん」
「……っ、な、なに。お兄ちゃん」
「僕はな──妹としてお前を見れないと言ったが、逆に妹としてならどこまでも愛せるよ」
「は、はは。何を言ってるの!」
気が動転しているのだろう。
慌てふためくアキ。
「アキちゃんは病的だよ。だからさ、──これは少しの恩だと思ってほしい」
「は、はぁ?」
「……看病してくれた恩だよ。次は僕が、可愛い妹のその病的な愛が治るまで付き添ってあげる」
「──」
義妹とか、妹とかは関係ない。
ただ其処には、家族愛があるだけである。
「力不足と罵ってくれてもいい、でも僕にはこれぐらいしか出来ないんだ」
奪ったナイフを床に捨てて、僕は彼女と顔を合わせた。
無言。彼女は無言のまま、涙を零す。
そして僕の顔寸前に、彼女は接近してきた。今にも触れ合ってしまいそうである。
「良いのか? そんなことしたら、コロナに感染するぜ?」
「……良い。良いよ。私は、お兄ちゃんと触れ合っていたいから」
「──それだけ聞くと、犯罪的なセリフだな。大悪党みたいだ」
僕は駄目だと思ったんだけど、彼女的には良いらしい。それに……これぐらいは彼女の、愛しい我が妹の我儘を通しても構わないだろう。
目と目を合わせ、静かに。
電気もついていないくらい部屋の中で。
僕は彼女に口づけするのだった。
ここが僕たちの、分水嶺。
ターニングポイント。
それは言わずもがなというか、分かりきったことである。
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