03 電話
次の日のことである。
昨日──あの激辛カップラーメンを、喉の死を実感しながら完食した僕の容態は……更に悪化している気がした。
ベットに寝込みつつ、咳をする。
「ゲホッ! っすぅ、ガハッぁ!」
喉はやはり痛い。
まぁあんな事して、悪化しないわけがないんだけどな。
咳をして、飛沫がベットの周りに付着する。
やれやれ。
……コロナ、あとどれぐらいしたら症状が落ち着いてくれるんだろうか。
あと二日? 三日?
いや、案外そんなかからないかもしれない。
──流石に死にはしないと思うんだが。
「あー」
そんな時である。
ベッド。僕の寝る枕元、その横に置いていた青色スマートフォンが振動した。
電話である。誰からだろうか?
……もしかして、高校からか?
ゆっくりと携帯に手を持ち上げて、相手を確認する。
うーん。
学校からだったら、不在着信にしよう。
「って──アイツからかよ」
それは、友人である『空花響』からのものだった。
いわゆる竹馬の友という関係。
幼馴染という関係。
小学校から高校までずっと同じところに通うーー長い付き合いになる男友達である。
「もしもし? はい」
「おっ、出た出た。体調大丈夫か?」
「……大丈夫なら、学校に行ってるさ」
「そりゃそうだな。ガハハ!!」
電話に出てすぐ、呑気な事を言う友人。
「──で、何の用さ」
「もちろん。お前の体調が心配になってな。電話を掛けただけだ」
「大雑把な性格がアイデンティティのお前が、か?」
「……そうだとも! というか、お前はオレの事をどんな人間だと思ってるんだよ」
そんなの決まっているだろう。
長い付き合いだ。
コイツがどんな人間なのかは、しっかりと把握してるつもりである。
「そりゃあ、一言で表せば『ゴリラ』なんじゃないのか?」
「お前がもしコロナに感染した所為で、脳が弱くなってるのなら教えてやる。ゴリラは人間じゃねぇ」
「違うとも。僕が言ってるのは、『ゴリラ人間』さ」
「つまりーー?」
つまり。
「大雑把で力技の多いヤツ」
「──結局、最初に戻るのかよ」
「そういうこと」
僕にゴリラ人間と評価されて、やや声のトーンが下がって落ち込み気味の響。
でも彼だって僕を心配して電話を掛けてくれたらしいので、そんな事ばかり言っていても悪い気がした。
だから、彼に感謝を伝える。
「でも、ありがとう。……ちょうどいま、コロナの症状が辛い時期だったからさ。お前の電話で、精神的にかなり救われたよ」
「お、おう──へへっ。褒められて悪い気はしないな」
「だろ?」
「おう。ま、頑張れや。早く完治しろ。そして俺と一緒にゲーセンに行こう」
ちょろい。
ゴリラ人間の機嫌は、一瞬の会話で元通りになっていた。
「へいへい。まずは治ることに専念するさ」
「おう。ああ、あとだな。良いニュースがある」
「良いニュース? お前の好きな作品のアニメ化でも決定したのか?」
「そういうのじゃねぇよ、俺はな。もう二次元から逃げるぜ」
はあ。
話題を変えて話し始めた彼だが、何のことだかさっぱり分からない。
探偵が、推理の詳細を渋ってあまり話さないのと似ている。
僕はだな、話の本題を一番最初に持ってきてほしいタイプの人間であって──。
「俺。空花響に、彼女が出来ました」
「…………ううう、嘘つけ!!」
「残念だったな、オレは大事なところじゃ嘘吐かない人間だ。……あのだな、告られたんだよ。一昨日にな」
『彼女』。
という、僕が十七年間ほど生きてきてーー今まで相対した事ない単語。それを直で聴いて、僕の鼓膜は破裂した。
記憶が蘇ってくる。
数年前。一緒に『俺たち僕たちは、永遠に彼女が出来ないコンビだな!』
と、結託を組んでいただろう?
なのに、何故だッ!!
動揺でコロナの症状なんて忘れつつ、僕は恐る恐る問う。
「画面の中ってオチじゃないのか?」
彼はその質問に一拍置いて、答える。
まるでそのクエスチョンが愚問すぎて、答えることに躊躇っているようにさえ思えた。
一秒よりも長い。
数秒の空白。
愚問だとも。
まさに、愚問だとも。
「──フッ、その通りだよ」
長いディレイの末、彼はそう答えるのだった。
……あっさり。塩ラーメンのような余韻の少なさを堪能したあと。僕はなんでこんなに動揺しているのか馬鹿馬鹿しくなりーー通話を切った。
彼の応答なし。僕も彼の答えに、何もリアクションを示さないまま。
通話を切った。
感情を込めて。
勢いよく。
「はぁ、僕を驚かせやがって。……ゴホッゴホッ! ごほほほっ!」
うぇ、唾が喉の変なところに入りやがった。その所為でコンピューターが鳴らすエラー音みたいな咳が出たし。
恥ずかしいぜ。
僕は落ち着くためにため息を漏らし、スマホをまた枕元に置いた。
──ま、恥ずかしい咳をしたとはいえ。
誰も見てないんで構わないが……。
「ねぇ、誰と電話していたの?」
「んー、あぁ。友達だよ、友達」
「友達って女の人?」
「何でそんな事を聞くのさ、違うとも。男友達だよ」
誰も見てないし、どれだけ変な咳をしても問題ない。
「本当に? お兄ちゃんにしがみつくクソみたいな『寄生虫』共じゃない?」
「──だから、違うって。第一僕はそんな女の子に囲まれるぐらいモテモテじゃないよ」
「……それはそうかも」
「認めるな! それを認められるのは、少しじゃなくて致命傷になるぐらい悲しいぞ!」
ところでだけどさ。
──いま。僕は誰と話しているんだ? ふと我に帰って、恐怖する。
『僕は扉越しにいる妹と話していたのに、全くと言って良いほどその意識がなかったのだ』。
コロナのせいで思考がぼんやりとしていたのかもしれない。
だがそれでも、驚きは隠せなかった。
妹。冬寺風アキと話している事に意識を割いていなかった自分に対しても、だが。
一番は、そう。
彼女の、今まで聞いたことのないほど低い声のトーンに対して。
僕は大きく驚いていたのである。
そして更に気がつく。
いつのまにか部屋の扉は開いていて。彼女は部屋の入り口に立って、コチラを見つめていたのである。
「ねぇお兄ちゃん、本当のことを話して?」
それは、病的なまでの凝視……だった。
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