114話 巡り合い
話はまだルーミランが黒豹を手にするより前に遡る。
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夏の暑さの厳しいある日の昼下がり。
余りの暑さに耐えかねた少女──ルーミランは、西のロミューア森林へと向かっていた。
ロミューア森林最深部には、大きなな湖がある。
「ふうふう。それにしても暑いのだナ」
「それじゃあここで休憩しよう」
ルーミランの一声で、先に進もうとしていた仲間の足がピタリと止まった。
そしてルーミラン達の方へ戻り、少しの間休むことに。
丸太に腰を掛けて水分補給をしていると。
ルーミラン達の前を、一匹の黒豹が横切っていく。
「ん…? 今のは…??」
「黒豹だったよな。でもどうしてこんな所に…」
首を傾げる二人へ、青髪の少女ーー―エラが「そう言えば」と。
「ここの森ってさ。確か遥か昔蟻地獄の群れから逃れた黒い豹が身を潜めた所じゃない?」
教材に載る程に有名な話だ。
蟻地獄の棲みかに迷い込んだ黒豹が、#蟻地獄__やつら__#の怒りを買ってしまい。
攻撃を間一髪のところで回避し、森の方へと逃げ込んだ。蟻地獄の捜査網を何逃れたと言う話だ。
それから言伝えによると、蟻地獄から生き延びた黒豹は、軈てある男とで会い。長い時日を経て契約を結び、'禁断術師を打倒したとのこと。
「そんなことよりも、そろそろ休憩終わりにしよう」
丸太から立ち上がった少女―――ロイスが先に進む。
少し遅れて反応したルーミラン達も後を追う。
―――微かに涼しい風が、進むルーミラン達へと吹き荒れるる。
進む先々で野生の動物と擦れ違う。
どんどんと奥へと、木々を掻き分けて行くと、次第に森が明け…
「わぁ」
大きな湖が姿を表した。
「それじゃ、早速泳ぐんだナ」
と言って衣類を脱ぎ捨てる。
予め水着を下に着ていた。泳ぐために準備体操し、中へと入って行く。
水面の温度が生暖かく、冷たさをあまり感じない。
すると再び黒豹が、横をスッと通り抜けていく。
二度の遭遇と言うこともあり、ただの偶然とは到底思えない。
「まあ、いいや」
気に掛けるも、一旦その事を置いて泳ぎ始める。
軽く泳ぐと、楽しく遊ぶ。
遊び尽くして帰ろうとしている。まさにその時―――
またしても黒豹と遭遇し、その後を追う。
咄嗟的に追い掛けて行ったルーミラン。
茂みを掻き分け、距離を縮めていく。
「よし、追い付いた」
そう口にすると。
―――此処まで追い付くとは、中々のもんワイ
ルーミランの脳内に、黒豹が直接話し掛ける。
「え···今のって···」
辺りを見渡すも、当然ながら黒豹しかいない。
―――驚くのも無理はない。黒豹を見るのも初めてなら、話せる豹なんて見たことないワイな
「先からちょいちょい出くわすのは偶然じゃないんだナ」
そう思うのも無理はない。短期間に三度も遭遇する等有り得ないのだから。
―――如何にも偶然などではないワイ。ちと、匂いがしおって
「匂い?」
匂いと言われ自分の匂いを嗅ぐも、特に匂わなかった。
―――そうではない。
「それなら何の匂い何だナ?」
―――クロス。クロス・ロゼリニス。我が主の遺伝子の匂い
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「それってつまりは、アタシの先祖が#黒豹__あなた__#の契約者ってことだナ。で、死後はこの森を彷徨っていたってことナ」
説明を聞き、フムフムと頷くルーミラン。
長い長い年月を、一匹寂しく森を徘徊していたのだ。
それがどれ程辛いことなのか、ルーミランには知る余地もない。
此処に来て一つの疑問が浮かぶ。それは―――
「それで何の用かナ」
―――何。懐かしい匂いがして、釣られただけワイ。主ではないと分かってても
「そうだったんだナ。これからどうするのかナ」
―――そうワイな。またこの森を徘徊するワイ
黒豹の言葉を聞いて納得した。
話が終わると、ルーミランとは反対を向いてゆっくりと歩き出す。
その背中には、哀愁が漂っていた。
「一寸待つんだナ!!」
気付くといつの間にか黒豹の事を呼び止めていた。
―――何ワイ?
「え~と。此処で出会ったのも何かの縁だし、もっと広い世界を一緒に見んかナ? アタシと」
―――それがどういうことか分かってるんワイ?
その問に、少しの間を空けてから。
「先祖の契約の引き継ぎなんだナ」
―――そう。それでも良いなら止めないワイ
「構わないナ。貴方が悲しい思いをしないで済むならナ」
決意を固めたルーミランへと、黒豹が近付く。
―――此処から先は後戻り出来なくなるが、本当に後悔せんワイな
「全くしてないんだナ」
真っ直ぐな眼差しで、そう口にした。
―――決まりワイ
「もしかすると、先祖が巡り逢わせてくれたのかもナ」
―――そうかも知れんワイ
運命的な巡り合わせを、否定することは出来ないだろう。
そう考えた方が浪漫であろう。
―――契約の継承をするワイ
「汝、古の黒剣〈黒豹〉よ! 長き契約の継承者を我とし、その身を我に授けよ」
―――御意
継承の印に、黒豹がルーミランの掌にキスをした。
そうすることによって、本当の契約が完了する。
水着での契約と言う、無礼極まりない恰好なのが残念ではあるが。
―――契約したことでこの姿になれる
と言うと、みるみるうちに黒豹は姿を変えていく。
軈て現れたのは、黒く輝きを放つ剣。
「凄く格好いいんだナ」
これがルーミランにとって初めて見る古代武器であった。
 




