第19話 青い再会
正午を迎えた頃、インターホンが鳴った。
俺は青山を出迎えた。どこに案内するか迷ったが、両親達が戻ってきた後で痕跡とか発見されたら言い訳が面倒なので部屋に招いた。
「ここに来るのは二度目だ」
「……二度目なのか?」
「料理対決の時にね。言っとくけど、無断で入ったわけじゃないからね。白瀬の奴が許可を貰ってると言ってたから」
その件については知っているが、俺が実はクローゼットの中で息を潜めていたことは言わない。あれは白瀬にも秘密だ。
青山を目の前に座らせる。
……こうして見ると、成長したな。
改めて正面から見る。
トレードマークのポニーテールは健在だが、顔立ちは昔に比べるとグッと大人っぽくなっていた。服装はあの頃と同じでカジュアルなものだったが、今の青山はどう見ても女子にしか見えなかった。当時はこれが男子に見えていたから不思議なものだ。
今さらながらその感想が出てきたのは、これまで本当の意味で青山海未と向き合っていなかったからだろう。
「それで、大事な話があるとか言ってたな」
青山は俺の正体に気付いた。
ただ、会いに来た目的は不明だ。
今回の件だが、蓮司にはまだ知らせていない。休日に連絡したら迷惑だと思った。あいつが知ったら家に来そうな案件だし。
それに、青山には害意がない。
少なくともこいつは俺に謝る気があった。過去のメッセージからもわかるし、大会の作戦会議をしていたファミレスで旧友とした会話は覚えている。だから多分、今回の話も悪い方向に流れないだろうと考えている。
「こういう時、回り道して失敗ばっかりだった。だから、今日は迷わずはっきり言うよ。というわけで、いきなり本題から入るね」
「お、おう」
立ち上がった青山は頭を下げた。
「あの時はゴメンなさい!」
初手謝罪だと?
これは想定外だった。
「えっと、どうして謝ってるんだ?」
「誤魔化さなくていいよ。わかってるでしょ」
「……何がだ?」
「翔太のことだよ。今、目の前にいる虹谷翔太がボクの友達だった無川翔太だってわかってるから」
やはり気付かれてしまったか。
そこまで言われたら誤魔化しても仕方ない。俺は観念した。
「……気付いたのか」
「まあね」
「いつからだ?」
聞くまでもなく体育祭前後だろうな。あの時の俺はハイテンションだったし、浮かれて知らぬうちに凡ミスをしてしまったのだろう。
今後また凡ミスをしないように原因は聞いておきたい。
「転校してきた直後だよ。廊下ですれ違った時に違和感があって、確信したのは翔太に話しかけた時かな」
「……えっ」
転校直後からバレていただと?
待て、落ち着け。冷静になれ。
「本当か?」
「ここで嘘吐いてもしょうがないでしょ」
「ど、どうして気付けたんだ!?」
「当たり前だよ。はっきり言って全然誤魔化せてないからね。一目で気付かないほうがどうかしてるから」
馬鹿な、俺は生まれ変わったはずだ。
「確かに中学の頃とは大きく変わってる。けど、わかるに決まってるじゃん。今の翔太の姿ってボクと翔太が一番遊んでた頃のままなわけだしさ。あの頃を知ってる人が見れば普通にわかると思うよ」
「……」
「もしかして、コンタクトに変えて髪を切ったくらいでバレないとか思ってたの?」
しまった。言われればそうじゃないか。
生まれ変わったと思っていたが、よく考えれば子供の頃はメガネをしていなかった。それに髪の毛も昔は短かった。
「ずっと気付いてた。気付いてたけど、ボクは逃げてたんだ。なにかと理由を付けて後回しにしてた。本当は一番最初にこうするべきだったんだよね」
そう言って青山はもう一度頭を下げた。
「……頭を上げてくれ。まずは話がしたい」
「うん、わかった」
「最初から気付いてたなら、どうして今になって謝りにきたんだ?」
「翔太が大丈夫だと思ったから」
「大丈夫?」
意味が理解できずオウム返しになった。
「その話をする前に、ボクの話を聞いてくれるかな。とっても馬鹿な話だけど」
「聞かせてくれ」
「最初に会った時、翔太はボクの顔を見てドン引きしてたんだ。凄くショックだったけど、当然だと思ったよ」
「……」
「あの顔を見て、翔太はここにボクが通ってることを知らなかったと気付いた。だから、こっちも気付かないフリをしたほうがいいだろうって思ったんだ。自分で言うのもアレだけど、絶対ボクには会いたくなかっただろうしさ」
それはまあ、事実だ。
青山が声を掛けてきた時は愕然とした。正直、会いたくなどなかった。俺の正体に気付かなくてラッキーだと思った。
「本当は距離を開けるべきだったんだよね。翔太のこと気付かないフリして、お互いに不干渉が正解だった。そうすれば翔太は高校生活エンジョイできた」
「……」
「でも、ボクは正体を隠したままもう一度関係を最初から構築しようと考えた。未練と後悔があったんだ。楽しかったあの頃に戻れるかもってさ。しかもあの悪魔共から守りたいとか……ホントに馬鹿だよね。自分がその生活を壊した側だったのにさ」
未練と後悔か。
子供の頃が楽しかったのは否定しない。あの頃に戻れるのなら、俺だって戻りたかった。
「急に方針を変えたのは?」
「それがさっき言った理由。翔太がもう大丈夫だと確信したからだよ。精神的に安定して、今後の学園生活を上手く切り抜けられるだろうって確信したんだ」
不思議な言い方だった。俺が大丈夫だと確信できるような出来事があっただろうか。
思い当たるのは体育祭の時のあれだ。
「もしかして、桃楓や蓮司と話してた時か?」
「やっぱり見てたんだね。桃楓ちゃん達と話してたところ」
青山も同じ小学校の出身だし、幼馴染といえる関係だった。赤澤とは昔からそれほど仲良しって感じではなかったが、その妹である桃楓のことは知っている。
「言っとくけど、見かけたのは偶然だからな。あそこを歩いていたら声が聞こえたんだ。会話の内容も知らない」
「わかってるよ。あの教室から聞こえるはずないしね」
しかし確信という言葉を使うってことは、事情を聞いたとしか思えない。その場合は蓮司が話したってことになるが、あいつが俺に黙って話すとは思えないが。
「犬山は何も言ってないよ」
「だったらどういう――」
「テンションだよ」
青山は食い気味にそう言った。
最近の俺は確かにハイテンションだった。
それは蓮司と再会したからなわけだが、それくらいで確信するだろうか。テンションが高くなるくらい誰でもあるだろう。
「確信したのは犬山のテンション」
「……蓮司の?」
「あいつね、めちゃくちゃ根に持つタイプなんだ。だから、ボクの顔を見たらいつもやばい顔で見てきたんだ。敵意しかない感じの顔ね」
そうだろうな。きっとそういう顔をするだろう。
「けど、あの日。桃楓ちゃんと話してる時に入ってきた犬山はボクに対してそこまで怒ってなかった。怒ってはいたけど、昔と違って全然落ち着いてた。明らかに余裕があった。その姿を見て色々と察したんだ」
「……」
「すぐにわかったよ。翔太のほうもハイテンションだったから、これは翔太と犬山が繋がったんだって」
おい、蓮司よ。
俺に甘い奴とか言ってくれたけどおまえは顔に出やすいタイプらしいぞ。その辺りは反省してくれよな。
「なるほどな」
「……それに、桃楓ちゃんなら任せられるし」
「任せる?」
「何でもない。今のは忘れて」
青山はそう言ってから短く息を吐いた。
「犬山っていう絶対の味方を得た今なら、翔太はもう大丈夫だと思ったんだ。ボクみたいなのが守るより、あいつは一番安心できる味方だからさ」
「それで……今日に繋がったのか」
「翔太の生活は安定する。悪魔共が来ても大丈夫になった。それで、ボクは色々と考えたんだ。その結果、やっぱり昔みたいな関係に戻りたいって思った。虫が良いのはわかってるけどね」
「……」
「どっちにしてもケジメをつけなくちゃいけない。翔太が許してくれるかわからないけど、あの時のことを謝らないと何も始まらないから」
蓮司との再会で精神が安定したのは確かだ。今の俺は一人ではない。絶対に裏切らない親友がいる。
厳密には白瀬も味方なのだが、あいつを心から完全に信頼できるのかと問われたら今の段階ではNOである。
「会ってくれるとは思った。昔のアカウントに送ったメッセージは見てくれてたみたいだしさ」
「……そういえば、ディスボでメッセージを見ると既読表示になるのか」
俺の動向はチェックされてたわけだ。
「えっと、今の話だと全部は繋がらないかな。犬山から聞いたと思うけど、去年の神会議について話そうかな」
「その辺りは白瀬から聞いてる」
「……えっ?」
今度は青山が驚愕していた。
「ど、どうして白瀬から?」
「白瀬とはその、夏休みに仲直りしたんだ」
キョトンとした青山の顔は今までに見たことがなかった。




