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第11話 青い回想

 青山海未と知り合ったのは小学生の時だ。


 最初はあいつを男だと思っていた。

 

 半袖半ズボン姿で短髪の青山は男子に混じってグラウンドでドッジボールをしていた。友達に誘われてドッジボールに混ざったのがきっかけで俺達の親交は始まった。


 お互い外で遊ぶのが好きだったのですぐに意気投合した。何度か大勢で遊んでいたら自然と仲良くなっていた。


 あいつはいつも「明日は何して遊ぶ?」と人懐っこい笑顔で聞いてきた。鬼ごっこ、かくれんぼ、ドッジボール、ソフトボール、俺達は毎日のように遊んでいた。 


 小学生高学年になり、青山の胸が少し膨らみ始めた。


 そこでようやく気付いた。


「海未って女だったのか!?」

「今さらすぎでしょ。ボクはずっと女だよ」

「マジかよ」

「知らなかったのは翔太だけだぞ」


 衝撃的ではあったが関係に変化はなかった。青山が女であろうと男であろうと関係ない。性別を気にして遊んでいたわけではなかったから。


 しかし、中学に入学してあいつを女として意識するようになった。

 

 青山は小学生高学年から髪を伸ばしていた。中学入学する頃にはトレードマークとなるポニーテールの髪型に仕上げ、そして制服を纏った。初めて見るスカート姿にドキッとしたのは強く印象に残っている。


 それでも俺達の関係は変わらなかった。


「ねえ、ボク達って友達だよね?」


 中学校に入学して間もないある日、青山が恐る恐るという感じで聞いてきた。


「急にどうした」

「クラスの子が男女で友情は成立しないとか言い出してさ」

「そんなことないだろ。俺達は友達だ」

「ホント?」

「当たり前だろ」


 俺の答えに青山は満面の笑みを浮かべた。


「いやいや、ボク達はもう友達レベルじゃないよ。翔太」

「どういう意味だ?」

「ボク達は親友だ!」


 俺が親友と呼べた相手は幼馴染の犬山蓮司だけだった。だから青山からそう言われたのが嬉しくて仕方なかった。


 こうして俺達は親友になった。


 中学生になると外で遊ぶ機会はめっきり減った。部活動を始めたのもその要因だが、最大の要因は周囲の目が気になりだしたからだ。男女が入り混じって遊ぶのは目立ったし、青山以外の女子は鬼ごっこやかくれんぼといった遊びから卒業していた。


 俺達はゲームにハマった。


 スポーツゲーム、レースゲーム、格闘ゲームなどを楽しむようになった。そして最終的に行きついたのがFPSだ。


「ねえ、GPEXって奴が楽しいらしいよ」

「なんだそれ」

「FPSだよ。パソコンでするゲーム。確か翔太もパソコンあったよね。基本無料だし、興味あったら動画とか見てみなよ」


 貧乏だった我が家だが、叔父さんがパソコンを譲ってくれた。活躍する場所がなく部屋の隅っこに放置してあった。


 おすすめされた配信を見て興味を抱いた。


 早速GPEXをインストールして、ボイチャを繋いで青山と戦場に出た。


 当然のごとく負けまくった。それでも俺と青山はGPEXにハマっていった。戦場に出てはボコボコにされ、リベンジすると意気込み戦場に駆け出して、またボコボコに打ちのめされた。


『全然撃ち勝てないよ』

「俺もだ」

『ボクの家の回線が悪い説を提唱します』

「だったら我が家の回線もポンコツだな」

『そうだよ、勝てないのは全部回線のせい』

「……で、どうする?」

『リベンジするしかないでしょ』

「了解」


 毎日ボイスチャットを繋いでわちゃわちゃプレイしていた。


 全然勝てなかった。初心者デュオが猛者相手に勝てるはずもない。また、パソコンでプレイするゲームは互いに初めてだったので操作すらおぼつかなかった。


 何度も負けた。負ける度に愚痴を言い合った。


『拾った武器が悪い説を推します』

「同意します」

『今日はちょっと手加減してあげたんだ』

「俺も実は片手でプレイしてたんだ」

『今の神プレイ見た? はい、ボク最強』

「よっ、神の子」


 敵を倒す度に調子に乗って、負けると文句をぶつぶつと言った。


 そんな日々が続いたある日。


「うおおぉ、初優勝だ!」

『やったね、翔太!』

「最後よく撃ち勝ったな」

『でしょ? 腕がいいからだよ』

「まっ、その前の戦いでは外しまくってたけど」

『あれは回線がゴミだからでーす』

「いや調子良すぎだろ」

『だったら翔太のエイムがポンコツなのは?』

「そりゃおまえ……クソ回線のせいだろ」


 こんな調子で笑いながらプレイしていた。


 今思い返してみても楽しかった。青山と馬鹿やってる時の充実感は凄かった。本当に親友といった感じで、ノリというか波長が合った。


 あえて言うまでもないが、この頃の俺の成績はゴミだった。遊んでばかりだったのでクラスでも最下位付近だった。青山も俺と同じ程度の学力で、信じられないほど馬鹿だった。


 幼馴染の赤澤が俺を傷つけるような発言を繰り返すようになった頃だが、それでも心に余裕があったのは青山のおかげだ。お互いに馬鹿だったので勉強会などを企画し、途中からゲームに夢中になって結局勉強をしないとかザラだった。

 

 この友情が続くと思っていた。



 中学二年になった。


 勉強や部活に精を出し始める生徒が増えた。俺もテニス部で活動しており、一応レギュラーだった。青山は陸上部でエースと呼ばれていた。大会で賞を獲得し、周囲から大きな期待を集めていた。

 

 さすがに毎日GPEXはできなくなっていた。

 

 それでも関係は続けていた。

 

 転機となったのは夏が近づいたある時だった。青山は俺を無視するようになった。


「おはよう」

「……」

 

 元々学校では近づかないようにしていた。男女で距離が近いと変な噂になるからだ。それでも校内ですれ違う時に挨拶程度はしていた。青山はその挨拶すら無視するようになった。


「なあ、今日はどうする?」

「……」

「GPEXしないのか?」

「……」

「海未?」


 最初はたまたまかもしれないと思ったが、いくら話しかけても返事はない。隣を歩こうとすると速度を上げてどこかに行ってしまう。

 

 どうして急に態度が急変したのか謎だった。


 答えは数日後に出た。


『無川翔太は赤澤夕陽のストーカーである』


 あの噂が流れたからだ。俺はクラスメイトの猫田から自分の置かれている状況を知らされ、学校で孤立していたことにようやく気付いた。


 噂が流れてから居場所がなくなり、今まで友人と思っていた連中は軒並み離れていった。関係がなかった連中からは白い目で見られるようになった。


 部活が休みだったある日、ディスボを開いてみた。青山からチャットを貰った時はとてつもなく安堵した。


『ゴメンね。学校だと噂があってさ』

「いいってことよ。おまえは悪くないから気にするな」

『うん。それであの……噂って嘘だよね?』

「嘘に決まってるだろ」

『だよね。ボクはわかってるよ。翔太はスマホ持ってないもんね』

「貧乏人だからな。ただ、噂が消えるまで学校では話さないほうがいい」


 噂を知ってからは青山の行動に感謝すらしていた。


 仲良くしているところを見られたら青山まで迫害されてしまう。親友であるあいつを巻き込みたくなかった。


 俺としても遠ざけてくれるのはありがたかった。無川翔太が別の女をストーカーしていると噂を立てられる可能性があったからだ。だから距離を開けてくれるのはありがたかった。

 

 話し合っていつものようにGPEXをした。


 そんな日々はしばし続いた。


 だが、ある日だった。


 ――しばらく一緒にプレイできない。


 突然、青山からチャットが届いた。それに対して俺が「わかった」と返事をした。それから俺はGPEXにもディスボにもログインしなくなった。


 数日後、あいつのクラスの前を通った時に会話が聞こえてきた。


「あのストーカー男やばいよね。海未も可愛いんだから気を付けなよ」

「……うん。近づかないようにするから平気」

「なら良かった。同じ小学校の出身だったよね?」

「一応ね」

「昔からやばかったんじゃない?」

「ボクもあいつは危ない奴だと思ってた」


 そんな風に話していたのを聞いた。


 こうして俺と青山海未の関係は終わった。


 チャットに書かれていた”しばらく”という言葉がどれほどか知らないが、何となく一生プレイすることもないし、話すこともないんだろうと思った。


 季節は流れ、秋になった。


 学校ではストーカー以外にもう一つの噂が流れていた。二つの噂のせいで俺は嫌われ者を通りこして犯罪者扱いされていた。


 クラスでは孤立し、数多くの嫌がらせをされた。画鋲が上靴に入っていたり、机に落書きがあったり、酷い時は机に花が飾られていたりもした。それでも直接殴られるようなことはなかった。


 しかし、あの事件が発生した。


 忘れもしない俺の誕生日である11月19日。

 

 移動教室のために階段を上っていた。俯き加減で歩いていると、階段を上りきったところで人の気配を感じた。


 直後。

 

 ――ドンッ。


 自分の体が宙に浮いた。


「っ!」


 誰かに押された。


 そう気付いた時、体に鈍痛が走った。背中にピリッとした痛みを感じ、頭を揺さぶる衝撃。階段を転がり落ち、踊り場に倒れる。


 意識が朦朧とした。薄れゆく中で俺の瞳は確かにそいつの姿を捉えた。階段の上に佇む青山海未の姿を。


「…………」


 目を覚ましたら病院のベッドの上だった。頭を強く打って脳震盪を起こしたらしい。目覚めた俺を見て母は涙を流していた。


 あいつは、青山海未は謝罪にも見舞いにも来なかった。


 次の登校日から保健室登校を始めた。

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