第10話 青い共闘
「というわけで虹谷、トリオでGPEXしよ!」
中間テストが終わった当日。廊下で青山に遭遇すると、俺の顔を見るなり誘ってきた。何故か親し気な呼び方になっていた点については突っ込まない。
「実は知り合いが戻ってきそうな雰囲気あってさ。その為にも腕を磨いておかなければならないのだよ。きっとあいつは下手になってるだろうからボクがキャリーしてあげないといけないんだ」
自分で言うのもアレだが、そこまで鈍感ではないつもりだ。
戻ってきそうな知り合いって俺だよな?
戻る気などサラサラないのだが、どういうわけか青山の中では戻ってきそうな雰囲気があるらしい。この分だとディスボにオンラインになっていたところを見られたかもしれないな。
「あっ、虹谷君――」
げっ、赤澤も近づいてきた。
最近はちょくちょく話すようになったが、廊下で声を掛けられるのは初めてだ。よりにもよって青山と会話してる途中に来なくてもいいだろう。
「お、おう……赤澤?」
返事をしたわけだが、どういうわけか赤澤は俺を見ていなかった。視線は青山に向いていた。
それに対して青山も俺ではなく赤澤に視線を向けている。
「……」
「……」
えっ、なにこの感じ。
両者の視線は完全に敵をにらみつけるそれだった。雰囲気は険悪そのもの。周囲の空気が徐々に張りつめていく。
はっきりとわかる。
赤澤は本気で青山を嫌っている。猫田と揉めていた時とは雰囲気が違う。青山も嫌悪感を隠さない。ゲームで負けてイライラしている時の比ではない。
「あのさ、虹谷とはボクが話してるんだけど?」
青山の口から飛び出した言葉の裏には「おまえは邪魔だ。話しかけるな」というメッセージが込められているのがわかる。
「はぁ? 私は虹谷君に話しかけてるんだけど?」
赤澤の口から飛び出した言葉の背景には「おまえには話しかけていない。勝手に割り込むな」というメッセージが込められていた。
「先に話しかけてるのはボクだから遠慮してほしいな」
「別に構わないでしょ。選ぶのは虹谷君なんだから」
「君には常識がないの?」
「あれ、自己紹介でもしてるのかな?」
バチバチと視線をぶつけ合う。
「……チッ」
「……ちっ」
で、互いに舌打ちした。
いや感じ悪すぎだろ。仮にも女神なのに廊下で堂々と舌打ちするとかイメージ崩れるよ。天の華って感じが全然しないんですけど。
というか、こいつ等って仲悪かったのか?
中学時代は知らなかった。話している場面を見かけたことはなかったし、少なくとも中学二年までは同じクラスになった経験はないはずだ。
あれから仲が悪くなったのか?
タイプ的には清楚アイドル系の赤澤。
活発運動少女兼ゲーマーの青山。
女子の関係はわからないが、どちらも美少女だし同じ女神らしいので仲が良いと思っていた。ついでに性格が極悪ってのも同じだしな。カースト上位連中は全員仲間ってわけでもないのか。
しばらくにらみ合っていると赤澤がこっちを向いた。
「テストについて話そうと思っただけ。また教室でね、虹谷君」
最後にそう声を掛けていった。特に用事はなかったらしい。
「……空気悪くしてゴメンね、虹谷」
赤澤が消えると青山が謝罪の言葉を口にした。
「いや、別にいいが」
「そう言ってもらえると助かるよ」
「じゃあ、俺はこれで」
といって去ろうとしたが、青山に手を掴まれた。
「というわけで、トリオでGPEXやろ。名塚も入れてさ」
まずいぞ、この流れ。拒否しなければならない。
しかしどう拒否すればいい。嫌だと言ったら理由を尋ねられるはずだ。目立つことは避けねばならない。
――ピコン、閃いた。
「俺や真広と一緒にプレイしたらまずいだろ」
「何が?」
「ほら、青山は女神だろ。男と仲良く遊ぶのってまずいと思うわけだよ」
女神を理由すればいい。
ちらっと周りを見れば生徒達が歩いている。俺達の会話は聞かれているだろう。女神のブランドを鑑みれば男と遊ぶのは危うい行為だ。
「大丈夫だよ。ボクはフレンドリーなところが売りだから」
「……そうなのか?」
「うん。これまでも何度か男子とGPEXしたことあるから」
こいつは昔から男ともよく遊んでいた。
気安く接することが出来るから人気の秘訣だろう。ノリがいい女子は男子に好まれる傾向があるし。
それを理由には出来ないわけだ。他の手はないか?
……ない。
後は真広の奴が拒否ってくれるのを願うだけだ。
「わかった。真広に聞いてくるよ」
◇
翌日の夜。俺は自室でヘッドホンを装備していた。
頼みの綱であった真広の奴は即答しやがった。是非プレイしようと笑顔だった。というわけで、トリオでGPEXをすることになった。
昨日は忙しかった。帰宅して即座に別アカウントを取得した。GPEXでは特に禁止されている行為ではない。ディスボードのアカウントも新しく取得した。
ボイスチャットを繋ぐ。
「お待たせ」
二人はすでに待っていた。GPEXを立ち上げ、招待を受け取る。
『あれ、虹谷って経験者じゃないの? レベル低いけど』
「アカウントを変えたところなんだ。前のアカウントは封印した」
『なに、黒歴史とか?』
「まあな」
『あはははっ、わかるよ。ボクも昔のゲームとか漁るとパーティーメンバーの名前が友達の名前だったりするもん。あれって今考えると痛いよね』
おまえは特にその傾向があったからな。男キャラが仲間になると俺の名前を付けていた。でもって戦闘でよく死なせていたのは記憶に残っている。
真広も記憶にあるのか笑っていた。
『さて、準備はいいかな?』
「俺は大丈夫だ」
『僕もいいよ』
そして、始まった。
実を言うと久しぶりのプレイに結構うきうきしていたりする。
昨夜アカウントを取得してすぐにプレイしてみた。めちゃくちゃ楽しかった。気付くと動画を漁ったりして、今日プレイするのが昼から楽しみだったりした。
『じゃ、ここに降りてから後は縮小見て動く感じで』
「おう」
『了解』
俺の腕前は大分落ちていた。ところどころ動作がもたつき、索敵能力が落ち、エイムがブレまくった。
真広も似たようなものだった。動きはおぼつかないし、撃ち合いになると真っ先にやられていた。
さすがに青山は上手かった。立ち回りも撃ち合いも見事なもので、足手まといを連れながらでも善戦していた。
『……くぅ、初戦は5位か。よし、次行こ』
「よっしゃ」
『リベンジだ』
一時間が経過し、二時間が経過する。
段々と勘を取り戻していく。雑談していると次第に俺達の関係や連携が強まっているのを感じた。
『おっ、勘を取り戻してきたね』
「まあな」
『名塚のほうは?』
『ほぼ観光旅行だね』
連携が強まると順位がドンドン上がっていった。ランク戦ではないが、終盤戦になると緊張感が高まっていく。優勝の文字がちらつくと手が汗ばんだ。
残りは二チームになった。
建物を挟んで向かい合う形になる。縮小は相手のほうが有利だ。このままにらみ合っていたら確実に負ける。
『さて、どうする?』
「どうするって、そりゃ突っ込むに決まってるだろ!」
『ちょっ、虹谷!?』
制止する青山を無視して近距離用の武器を持って前に出た。
しかし行動が読まれていたらしく、敵は俺を待ち伏せていた。抵抗虚しくあっさり返り討ちあった。
「悪りぃ!」
『いや、ナイス囮っ』
敵は正面から突っ込んだ俺に意識が集中しており、その隙に回り込んでいた青山と真広が挟撃する。
真広の攻撃は全然当たってなかったが、青山がきっちりと仕留めた。
『よし、優勝だ!』
「ナイス!」
『やった初優勝だ!』
俺達は最後の試合で優勝した。
大満足だった。充実感が体を包む。
時間も良かったのでそこでお開きとなった。
ゲームを終了した直後、真広は親に呼ばれて抜けていった。俺もすぐに抜けようとしたが――
『ちょっと話さない?』
「……別にいいけど」
『虹谷って結構上手だね。ブランクあるのに』
「普通に青山のほうが上手いだろ」
『ボクは長年やってるからね』
「ちなみにいつからなんだ?」
『本格的に始めたのは中学三年生の時かな。怪我しちゃって部活できなくなったから勉強とゲームに全精力を注いできたんだ』
そういえば骨折したとか聞いたな。
原因とかに触れようか迷ったが、触れたところで特に意味はなさそうだったので控えた。
「上手いはずだ」
『……あのさ、今度また一緒にプレイしようよ』
「どうして俺なんだよ。もっと上手い奴いるだろ」
『他の人は一回やっただけでもういいかなってなったんだよね。でも虹谷はボクの知ってる人に似てる戦い方だったから具合いいんだよね』
ドクン、と心臓が跳ねる。
「そっ、そうなのか?」
『特に最後のプレイとかそっくりだったよ。途中まで冷静なのに最後の最後、膠着状態になると突っ込むとこはホントにあいつかと思った。返り討ちにあうところも瓜二つだったよ。懐かしすぎて笑っちゃった』
失敗した。自分のプレイに癖があることは知っていた。前にも戦い方を指摘されていた。
あの頃は青山も突撃に賛成して後ろから付いてきた。で、いつも返り討ちに遭うまでが俺等の定番パターンだった。
「偶然もあるもんだなっ」
『好きな武器とかも同じだったんだよ』
「……あの武器が好きな奴も結構いるだろ」
『まあそうだけどさ。けど、話し方も似てたんだよね』
「っ、声は違うだろ、声は」
『うーん、声は確かに違うかな。あいつはもっと声高かったし』
ごり押しした。
俺は声変わりが遅かったタイプで、中学二年生の終わり頃に声変わりが始まった。青山と遊んでいた頃とは声の高さが全然違う。
『でも、戦い方とか好きな武器が一緒なのは運命感じるよ。ねっ、たまにでいいから?』
正直途中からはゲームが楽しすぎて過去の出来事とか、青山とゲームしてることも忘れていた。ただ純粋にゲームを楽しんでしまった。
「……トリオでいいなら別に構わないぞ。後は、真広次第だ」
過去の出来事を頭に浮かべながら、そう答えて会話を切った。