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ルーン姉弟と従兄

 少年は一心不乱に剣を振るっていた。

 どんどん腕が重たくなる。

 必死な少年を見かねた眼鏡で瞳を隠す女性が声を掛けた。

 少年は女性に礼を言い駆け出した。


 平等を掲げるステイ学園では様々な噂が駆け巡っている。


「すでに捧げたそうよ」

「あら?お綺麗なお顔でも欲には抗えずに」

「羨ましい。あのお体を」


 レティシアへの酷い噂にリオは令嬢受けする笑みを浮かべながら控えるように嗜める。容姿端麗なリオの笑みにうっとりとした令嬢達が頷きながらお茶に誘う。令嬢達に囲まれていたリオは見覚えのある青年に気付き、令嬢達に別れを告げ離れていく。人目のない場所に足を進め、無言で付いてくる青年に向き直った。


「礼はいらない。何があった?」

「こちらを。直接お渡しするようにと。失礼します」 


 手紙を渡し、礼をして立ち去る青年を見送らずリオは封を開く。

 手紙を読んで目を見張り、慌てて駆け出した。


「嘘だろう!?まさか、嘘だよな。やめろよ」


 リオはルーン公爵からの火急の面会依頼に馬を使わず、風で飛んでルーン公爵邸に駆け込んだ。


「ようこそお越しくださいました。ご案内いたします」


 髪を乱し、飛び込んできたリオを常に冷静な使用人達は礼を尽くして歓迎した。

 心なしか雰囲気の柔らかい使用人達にレティシアの部屋に案内されたリオを襲っていた不安とは正反対の現実に力が抜けた。崩れ落ちそうな体に力を入れて、ようやく目覚めた椅子に座っている従妹の顔を見て笑い、頭にポンと手を置く。

 レティシアは見慣れない汗で汚れているリオの姿に驚きながらも、懐かしい手の感触に微笑んだ。水魔法でリオの汗を落とし、見慣れた従兄に礼をした。


「お呼びたてして申し訳ありません。お座りください」

「眠りすぎだよ。バカ」


 レティシアは笑いながら咎めるリオの長いお説教が始まる前に頭を下げた。


「忠告されたのに申し訳ありません。終わったことはもうやめましょうリオ兄様。そんなことよりも殿下が頻繁に訪問します。止めてください」

「は?殿下は知ってるのか。シアを心配して」


 リオは頭を下げたままのレティシアの肩に手を置いて顔を上げさせた。レティシアの嫌そうな顔に言葉を飲んだ。


「私は関わりたくありません。公的な場ならわきまえられますわ。ですが」


 リオはクロードに決して向けられることのなかったレティシアの冷たい声と青い瞳が浮かべている感情に驚く。かつて同じものを向けられたのはルーンの花が植えられた花壇を荒らした令嬢だった。しばらくしてその令嬢は社交界から姿を消した。


「何を怒っている?」

「怒ってません」

「言ってみろよ。ここには俺とシアだけだ。寛大なリオ兄様が聞いてやるよ」


 レティシアはリオの銀の瞳にじっと見つめられて、長いため息をつく。隠し事をしても無駄だと諦め、思いっきり息を吸う。


「私はレオ殿下のブラコンの所為で監禁されたんですよ!?クロード殿下がルメラ様を妃に迎えようと、どうでもいいですわ。邪魔なら言ってくだされば、私はバカみたいに、一度も妃になることなんて望んだことはありませんのに。ルーンのためにならない縁談ならお断りですわ。王妃なんて務まりません。勘違いで監禁され、恋なんてくだらないものに振り回されて、もう心が折れましたわ」


 勢いよく話すレティシアの突っ込み所満載の言葉にリオは噴き出した。


「その話を叔父上に?」

「しましたわ。呆れたお父様もお母様も無言でしたわ。エドワードには教育に悪いので教えませんわ。王子が変態と腹黒なんてとても……。殿下はルメラ様とお好きにすればよろしいのよ」


 目を吊り上げて、子供の頃にエイベルと喧嘩をして、いかにエイベルが悪いか息切れするほど勢いよく訴えていた時と同じだった。宥めるようにポンと肩に手を置いたリオと視線が絡み、呼吸を思い出したレティシアはふぅっと息を吐いた。


「殿下はルメラを気にかけていたが気に入ってはいない」

「リオは鈍いですわ。もう婚約者ではないので、どなたを迎えても関係ありませんわ。ルーン公爵家として王家の決定に従うだけです。クロード殿下をお願いします」


 リオはクロードの好意に一切気付かない、全ての好意を社交辞令で流す誰よりも恋愛に疎い従妹への突っ込みは控えた。厳しすぎる教育の所為でぶっ飛んだ思考に育ったレティシアに突っ込みを丁寧にいれると脱線し話が進まなくなるのをよく知っていた。


「殿下はなんて?」

「謝罪と社交辞令を装う尋問ばかりですわ。関わりたくありませんが、転移魔法封じの結界は知りません。たとえ用意できても使えませんわ。王家はお父様への緊急要請のために転移陣を仕掛けてますもの」

「尋問?きちんと話をしたのか?」

「殿下も王家も恨んでませんと言っても信じていただけないのでリオが伝えて下さい。婚約破棄してますのでお父様が陛下とお話しているでしょう。私と殿下の道は別れましたわ。疑念を持つ相手と話し合っても平行線、時間の無駄ですわ。信頼できる仲介人を立てるのが一番です。リオ兄様、お願いします。信じてますわ」


 クロードが拒否していた婚約破棄をレティシアが受け入れ、すでに終わったことに処理されている現状にリオは同情した。レティシアが目覚めたのに様子の変わらないクロードの心境も察した。


「頭を冷やせ。シア、落ち着いたらでいい。殿下とシアのことを振り返ってみろよ。また来るよ。顔色が悪いからもう休め」

「私は落ち着いています。嫌ですわ。醜聞をこれ以上増やしたくありません。巻き込まれたくありませんわ。なんとかしてくださいませ」


 興奮して話すレティシアの体がふらついた。リオはそっと抱き上げると首に手を回しギュっと抱きつく頭を撫でた。子供の頃のように甘える従妹の小さな弱った声を拾う。


「や…もういやです」

「シア?」


 ベッドに運び、昔のように頭を撫でると泣きそうな顔で力のない笑みを浮かべるレティシア。


「シア?」


リオは無言のレティシアの頭を優しく撫でた。

レティシアは久しぶりの懐かしい香りと温もりに目を伏せた。昔から落ち着ける場所。呆れながらもいつも助けてくれる頼りになる従兄に甘えたかった。クロードに相応しくあるために遠ざけた大好きな従兄の腕の中は泣きたくなるほどあたたかかった。


リオは首の手が離れたのでレティシアをベッドに寝かせた。伸ばされた手を繋ぐと唇を結び、目を閉じた従妹の頭を優しく撫でた。


「外面だけが成長して内面は幼いままか。おやすみ、シア、また来るよ」


 リオが部屋を出ていき、扉が閉まる音が響くとレティシアは目を開けた。


「リオだけは味方です。会いに来てくれましたもの。でも、昔のようには言えません。リオ兄様、何も知らない子供のままでいられればどんなに……」


 レティシアは目くらましと防音の結界で体を隠した。堪えていた涙がポロリと流れた。


「ルーンのために、頑張らないといけないのに、怖いなんて言えません。昔なら、だって、ルーン公爵令嬢らしく優雅にできません。お疑いなら裁いてくださったほうが楽ですわ。水に溶けて消えたい。せめて終焉だけ選べれば……。それは私次第ですわ。いけませんわ。シエルが戻ってきますわ」


 人の気配にレティシアは涙を拭いて、魔法で腫れた目元を治癒する。布団を被り、眠りの魔法をかけて無理矢理意識を手放した。


 リオは魔力の発動にレティシアの部屋に戻った。

 部屋の中を見渡し、ぐっすり眠っているレティシアの頬に触れ温かさに笑う。


「心配させるなよ。でもシアも頑張ったか。お帰り。今度は蜂蜜を持ってくるよ」


 ルーン公爵夫人やアリアに怒られて落ち込み、サラとお茶を飲み熱を出して苦しんでも、頭を撫で手を繋ぐとすぐに眠り、翌日には元気になっているレティシア。

 不器用な両親に抱き上げられた記憶のないレティシアに温もりを教えたのはマール公爵家。強面の父と無表情の母に怯えるレティシアを娘のいないマール公爵夫妻、特にマール公爵は溺愛していた。

 


 愛情表現が不器用なルーン公爵夫妻に育てられるレティシアをマール公爵夫人は心配していた。

 ルーン公爵夫人がマール公爵邸を訪問する時はレティシアを同行させ、息子に預けていた。 

 母親に怒られしょんぼりと落ち込むレティシアを慰めて笑顔にするのはマール兄弟の常識。


 王太子の婚約者候補に選ばれ王妃教育が始まってからは、レティシアは隠れて一人で落ち込むようになった。

 休憩時間に庭園に隠れて膝を抱えていた。

 レティシアはクロードの前では常に令嬢モードであり素は見せないように努力していたがリオの前では違った。


「顔に出たんです。ルーンが褒められて、嬉しくて、でもそれははしたないこと。だから」

「必要な時だけでいいんだよ」

「駄目なんです。だから、私が相応しくないから」


 小さなレティシアの手にはルーンの青い花が潰れていた。頭を撫でると青い瞳からポロポロと涙が零れた。

 カサリという音にレティシアは顔を上げ、ハンカチで丁寧に花を包んでポケットに入れる。ゴシゴシと手で涙を拭いてポケットから青い魔石を取り出してギュっと握ると魔石が消えて目の腫れが消える。


「レティ?礼はいらないよ」


 クロードに差し出される手を握ってゆっくりと立ち上がり上品に笑うレティシア。


「これからダンスの練習だろう?私も同じ授業なんだ。一緒に行こう」

「光栄です」


 レティシアが消えるとリオとクロードで探した。

 見つければ悲しいことをリオには教えてくれた。年上の令嬢達に花を踏まれてもうまく言い返せなかったこと。踏み潰された花を拾う姿も花束を嬉しそうに笑ってもらった姿を淑女失格と嘲笑われたことも。

まだ報復を知らない社交デビュー前のレティシアの代わりに、きちんと泣かせた仕返しは従兄達がした。


リオに教えてくれるのは学園に入学するまでだった。

 クロードの婚約者に選ばれ、敵が多すぎるレティシアは人間不信に育っていた。

 信頼するのはマール公爵家とルーン一族とエイベルとクロードとアリアと国王だけ。他人枠にクロードが入りかけていることにリオは苦笑しながらレティシアの部屋を出るとエドワードが立っていた。


「どっちに付くんですか?」

「中立。シアは勘違いしている」

「姉上は策に嵌められました。陛下の望みはクロード殿下と姉上の婚約破棄。正す必要があるんですか?」

「あの殿下を見て何も思わないか?」


 レティシアが意識不明になってからクロードの雰囲気は変わった。

 常に感情の見えない穏やかな顔を浮かべていても瞳は光を失い、生気も覇気もない。

 多忙な公務の合間にレティシアが目覚めるための方法をずっと探していた。

 睡眠も食事もほとんどとらないクロードを魔法で眠らせ、ルーン公爵がクロードのために調合した回復薬を侍従と協力して無理矢理飲ませていた。

 放っておけば過労死しそうだった。



 エドワードにとって大事なのはルーン公爵家。クロードに可愛がってもらっても姉が優先である。


「王族らしく道理を正し(国益優先)進んでいただければ構いません。姉上を想うなら新しい婚約者を選んで社交界をまとめていただければ」

「シスコン」

「姉上とエイベルのどちらを選ぶのが賢いか、わかるでしょう?忠誠のビアードのたった一人の嫡男を王家は手放したくありません。姉上とレオ殿下の不貞にすれば穏便です。内輪で収めようとして箝口令が敷かれたのに、関わりのない二人の噂が出回っています。ルーンは決して情報を漏らしません。裏にいるのは王家でしょう?そして王家は影を使って全て把握している」

「憶測だろう。クロード殿下は関与されていない」

「父上が早々に姉上を連れ帰ったのは王家を警戒していたからですよ。死人に口なし。宰相一族ですがビアードのようにうちは全てを捧げません。姉上の目覚めに一番悲しんでいるのは陛下達でしょう?」

「殿下は誰よりも目覚めることを望んでおられた。陛下に反対されても」

「中立ではありませんね、リオ兄様は。殿下と関わりたくない姉上、姉上と添い遂げたい殿下。状況を理解しようとしないのは殿下だけでしょう?」


 爽やかに笑うエドワードは母親が捕まえた王家の影を拷問して情報を得ていた。

 リオは王家がレティシアの監禁をあえて見逃したという情報を持っていなかった。



 レティシアの監禁に関与したのはクロードを憎む第二王子、ルメラ男爵令嬢に恋するビアード公爵家嫡男、ルーンの血に興味を持つ薬学教授。

 フラン王家の王子は二人だけ。国王には兄弟がいないため王家の血筋は3人のみ。

 王家の忠臣ビアード公爵本家嫡男エイベル・ビアード。

 容姿端麗で王家第一の思考の持ち主は国王夫妻のお気に入り。ビアード公爵夫妻の子供はエイベルだけであり幼少の頃からクロードに仕える側近候補。

 薬学教授は祖母がシオン一族であり天才シオンの才能を惜しみ無く発揮している有名な研究者の一人。

 地属性の魔導士でもあり薬学教授にしか育てられない美容効果の高い薬草はアリアをはじめ美を求める貴婦人に人気で大きな富を生んでいる。教授の美や老いについての研究は常に注目を浴びていた。


 レティシア・ルーン公爵令嬢の監禁、殺人未遂は裁かれれば、家格の低いエイベルと薬学教授は死罪と連座。


 レティシアの監禁の詳細を国王は影の報告で全て知っていた。影に箝口令を敷いてから、クロードに指揮権を譲った。

 加害者達のほうがフラン王国に利をもたらすので、姿を消したレオとレティシアの存在を匂わせるように王は命じていた。ルーンの力を落としたい貴族達が同調した。

 アリアは手塩にかけて育てたレティシアの裏切りに怒りクロードに婚約破棄を勧め新たな婚約者探しを始めた。

 国王はレオだけでなくエイベル達を裁こうとするクロードに証拠不十分として認めず、レティシアの証言を聞くまで調査の打ち切りを命じた。

 王国一の騎士団を育て、魔物の巣窟であるビアードの森を守るビアード公爵家の連座処分は損害が大き過ぎた。



 ルーン公爵は国のために沈黙を貫いた。

 争いを好まない娘が国のために醜聞を受け入れるのは目に見えていた。

 婿を取りエドワードとルーンを統治する道、好きな男に嫁ぐ道、治癒魔道士として生きる道、幼い頃から王家のためだけに生きてきた娘が目覚めたら自由な道を歩ませようと夫婦で話し合い決めていた。

 レティシアの不貞への責任の取り方を口に出すとルーン公爵夫人に鋭い目と冷たい殺気を向けられ、ルーン公爵からは無表情で無言の圧力、エドワードからは不敬で裁かれる心の準備を問われる。

 エドワードの忠告を無視した家は自然災害により消えた。 

 ルーンの報復を恐れ療養中のレティシアの罰を口に出す者はいなくなった。

 レティシアに惹かれていた子息は縁談の釣書を送るが、ルーン公爵家はレティシアが社交界に復帰するまでは婚約は結ばないと宣言した。

 ステイ学園では表面上はレティシアとレオの姿が消え、クロードがエイベルを側近から外したこと以外は変わらない時間が流れていた。

 熾烈なクロードの婚約者の椅子争いは些細なことである。


「マールの三男なら国のために殿下を説得するべきですよ。僕が姉上の面倒は見ますのでご心配なく。縁談の申し入れが物凄いですが……。マールからもありますよ」

「俺の意思じゃない。殿下が必要とする令嬢を迎え入れるなんて恐れ多い」

「リオも見えてませんね。国のための最善を被害者が受け入れてるのに加害者が拒むなんて迷惑です」

「簡単には割りきれないんだよ。エドワードもわかるだろう?」

「わかりません。二人には縁がなかったんですよ。殿下さえ受け入れれば全てが穏便です。姉上は王妃なんて望んでません。愛するルーンで過ごせばいいのです。嫁入りではなく婿入りなら前向きに考えると伯父上に伝えてください」


 リオは素直で幼い姉とは正反対な生意気で早熟なエドワードの頭に手を伸ばすとパチンと振り払われる。

 父親にレティシアが目覚めれば口説けと言われたが従うつもりはなかった。

 レティシアに全ての情報を遮断しているルーン公爵家にため息を飲みこむ。

 クロードは転移魔法でレティシアに会いにいくのは止められないとわかっていた。

 婚約破棄されてもクロードは諦めていない。

 私的な場では常に冷たい空気を纏っているクロードをもとに戻せるのはレティシアだけ。

 全力で勘違いしているレティシアと初恋を拗らせているクロード。

 狂い始めた歯車が再び噛み合うには障害が多く、一番の障害は従妹の思い込み。

 王太子と次期宰相候補の争いに嫌な予感しかしないリオが帰路につこうとするとルーン公爵夫人に捕まり顔を青くした。


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