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目覚めを待つ者

 美女や美少女が歓喜し、笑い声が響く。

 贅を尽くして着飾り、傷ついた少年を優しく慰め、耳心地のいい言葉を紡ぐ。

 少年は耳を傾けながら闇夜に姿を消した。


 

 意識不明のレティシアのためにルーン公爵邸では連日エドワードとルーン公爵夫妻、治癒魔導士が空っぽの体に魔力を送り続けていた。

 死の運命を持つ者に治癒魔法の効果はない。

 治癒魔法が効かないレティシアにできるのは魔力を送ることだけだった。


 真っ青な顔とピクリともしない氷のように冷たい身体。かすかに聞こえるか細い呼吸と胸のゆっくりとした鼓動だけが生きてることを教える。


「ウンディーネ様、どうかお力を。どうか」

「お願いします。どうか時間を下さい」

「お嬢様をお助けください!!」


 ルーン公爵家では連日祈りが捧げられていた。

 姿を見せない美しい瞳を持つルーン公爵令嬢のためにルーン領民も祈り、ルーン領のウンディーネを祀る神殿には大量の供物が届けられた。


 レティシアの部屋には毎日ルーン領でしか咲かない青い花が飾られた。

 動かない体をルーン公爵夫人と侍女、治癒士達が丁寧にマッサージする。


「貴方は強い子よ。お願いだから負けないで。レティ、話したいことがたくさんあるのよ…………なんて無力なの。母親なのに、どうしてレティが」

「母親なら信じなさい。目覚めたレティに憔悴した姿を見せるの?レティ、安心して。積み上げてきたものは消えない。貴方がまとめてきた派閥は裏切らないわ。裏切るなら私達が粛清するから」

「自衛を教えておけば………、あんな男の息子に負けるなんて……」

「風を纏うなら外に行きなさい。レティの部屋で暴れるのは許しません」



 マール公爵夫人は気の強い情緒不安定な妹を厳しく諫める。そして母親に似ずに優しく育った姪の回復を祈る。


 クロードとレティシアの婚約破棄が発表された。

 社交界を騒がせたがルーン公爵家は社交を控え沈黙を貫く。

 社交界で囁かれるのはレティシアの初めての醜聞。

 姿を消した第二王子と王太子の婚約者の駆け落ちの噂が広まっていた。

 王国一力のあるルーンを追い落とそうとする貴族達の囁きはマール公爵夫人をはじめ同派閥の貴婦人達が収束に動いている。


 フラン王国のために、王太子の婚約者として相応しくあるために、全てをかけてきたルーン公爵令嬢。

小さい体で王子と共に駆け回るレティシアをあたたかく見守っていた夫人達は信じていた。

 たとえ、王子の婚約者でなくなっても派閥の女性貴族を率いるべきはルーン公爵令嬢と。

 王太子の婚約者が空座になり張り切る令嬢達がレティシアを貶めようとも。

ルーン公爵家筆頭派閥の夫人や公爵令嬢達は社交界にいつでも迎え入れる準備を整え待っていた。




 クロードは人気のないレティシアの部屋に忍び込んだ。眠っているレティシアの体をゆっくりと抱き起こす。唇に水の魔力に富んだ花の蜜を一滴落とす。

 むせることなく飲み込んだ冷たい体を優しくベッドに寝かせる。


「レティが好きな水の魔力に溢れる水の国に行ったよ。目覚めたら一緒に行こう。転移で行けるから。自由に泳いで…………レティ、どうか起きて。今度こそ守るから。レティ、お願いだから。君がいないと私は……」


 穏やかな笑みを浮かべるクロードの顔がどんどん歪み、声が震え、次第に嗚咽にかわる。

 両手で頬を包み、額を合わせたクロードの金の瞳から雫がこぼれ、レティシアの血の気のない唇にポタリと落ちた。






「殿下が誰よりも相応しいですよ。休まれてください。御身が一番大事です。どうか後はお任せください」


 大量の書類に囲まれた幼い少年の体を気遣い労りの声を掛けるのはたった一人だけだった。


「休んでくださいませ。わかりました。お手を。殿下、体力は魔法で回復させますが、心は違いますよ。夜はきちんとお休みください。こちらの視察は私が。一番大事なのは殿下の御身ですわ」


 手を繋いで治癒魔法をかけるレティシアはどんな時もクロードを信じてくれていた。


「殿下、こちらを。お体に合わせて調合しましたわ。転移魔法は魔力消費が激しいので……。王国でお待ちしてますわ。どんな決断をされても殿下のお考えに間違いはありません。気をつけて行ってらっしゃいませ」


 クロードのために回復薬を調合し、長い外交に出かける時は微笑みながらレティシアが渡してくれた。

 レティシアが信じてくれるから、孤独な玉座に座る決意も固めた。

 どんな決断をしても、寄り添ってくれる未来を疑ったことはなかった。

冷たい肌、姿を見せない青い瞳に金の瞳からどんどん雫が落ち、血の気のない唇を濡らしていく。

 クロードは人の気配に顔を上げ、レティシアの濡らした肌を指で拭く。


「レティ、行ってくるよ。だから…」


 クロードが慌てて部屋から出ていくと、扉が開き入ってきたのはシエルとエドワード。

 エドワードはレティシアの顔に落ちている涙の痕を指で拭う。ベッドサイドに置いてある椅子に座り、レティシアの冷たい手を握り魔力を送る。

 シエルは新しい花を花瓶に飾り、窓とカーテンを閉めはじめた。


「姉上、ご安心ください。お守りします。たとえ敵が……」


 エドワードの冷たい瞳がカーテンを閉められたバルコニーに繋がる窓を睨んでいた。

 クロードからレティシアへの贈り物は丁重に断り、もちろん面会依頼も断る。

 しばらくして王子の側近候補に誘われているエドワードが手を伸ばすと音もなく青年が現れ一枚の報告書を渡した。



 ルーン公爵令嬢とレオが姿を消したステイ学園では様々な噂が囁かれている。

 平等精神を掲げるステイ学園ではある程度の無礼は黙認される。


 レティシアにはかつての同志の声は届かない。

 それでも彼らは信じていた。負けず嫌いの少女が目覚めることを。


「寝すぎだよ。バカ。学園は鎮めるからそろそろ起きろよ。お前の力はいらない。近づくなよ」

「起きろよ。必要なのはお前なんだよ。頼むから」


 骨折したことに気付かずに素振りをする少年を冷めた視線で一瞥して立ち去る少年。


「ルーンの宝を傷つけて、いずれ執り成してもらおうなんて許しませんよ。姉上は全ての命を慈しむウンディーネ様のような方。でも僕は違います。ルーンのために利用できるものだけを大切にしています。余計なことをしないなら見逃して差し上げますよ。でもこれ以上は許しません。どうか現実を見てください。お願いします。期待しています」


 報告書を読んだエドワードの冷たい声が響き、諜報員の青年が頷き消えた。

 シエルは床に落ちている見慣れない花を拾う。危険物ではないので花瓶に差し、輝く星空を眺め、最後のカーテンを閉めた。

 バルコニーの鍵を閉め忘れたのはシエルだけの秘密だった。

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