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レティシアの驚き

 闇夜に少年は種に血と魔力を注ぐ。

 種はようやく芽を出した。

 早く花をつけるように夜な夜な魔力を注ぐ。

 夜が明けると少年はボロボロの青い布と汚れた青い花の詰まった箱を青い瞳の青年に託す。

 青年は少年の要望に頷き一枚の絵を描く。

 満足そうに微笑む少年に礼をして消えた。



「レティ、嫌なら断るわよ」

「お気遣いありがとうございます。今の殿下をお一人にできませんので、王命には逆らえま、いえ、謹んでお受けします。はい。不満などなく、ありがたいご縁ですわ」

「嫌になったらいつでも言いなさい」

「ありがとうございます」


 卒業試験を終えたレティシアはルーン公爵邸に帰宅すると心配そうな顔をするルーン公爵夫人とエドワードに出迎えられながら背中に冷たい汗が流れていた。

 婚約を断れる状況ではなく、王家との争いも望まないレティシアは動揺を隠して人形のように感情のない微笑みを浮かべる。冷たい空気をまとう母親よりも恐ろしい存在の顔を見た。


「殿下、不敬罪は」

「レティの家族を不敬罪にはしないよ。ルーンはこれからも優遇するから安心して」


 クロードはルーン公爵夫人から歓迎されていない空気を流して、穏やかに微笑んでいた。クロードはレティシアに危害を加えない相手には寛大であり慈悲深い王子である。


「ありがとうございます。お泊まりになられますか?」

「レティの招待なら喜んで」

「お食事の時間にお呼びしますわ。お部屋はいつもの」

「散歩に行かない?行きたい場所があるなら転移するよ」

「ルーン領で構いませんわ。花が見頃です。是非ご案内させてくださいませ」


 レティシアはルーン公爵邸まで送り届けてくれた食事を疎かにする不敬罪が趣味になったクロードを色んな意味で警戒していた。

 そしてクロードの体調管理を任されているレティシアの最優先は痩せ細った体を太らせることである。

 ルーン公爵夫人からクロードを引き離すために誘いにうなずき、制服姿のまま外に出る。クロードにエスコートされるままルーン領を歩く。


「卒業試験合格おめでとう。当日はドレスを贈るよ。レティに似合うルーンの花で染めたものを。会場で一番美しいのはレティだろう。エスコートは私にさせてくれないかな?」

「ありがとうございます」

「楽しみだ」


 ルーン領の爽やかな空気に青い花が咲き誇るレティシアにとって大好きなものに囲まれて、屈託なく嬉しそうに笑うクロードを見てふんわりと柔らかな笑みこぼした。

 レティシアは一番心が和らぐルーンに帰ってきたため心労で令嬢モードが綻びをみせていた。

 クロードはレティシアの素の笑顔に目頭が熱くなる。こらえきれずに泣き笑いを浮かべ、目くらましの結界で覆いレティシアを抱きしめ肩に頭を預けた。


「ごめん。少しだけこのままで。危険はないよ。レティの笑顔は私の宝だよ。生きててくれてありがとう。どうか傍にいてほしい。どんなものでもあげるから」


 結界の発動に周囲を警戒したレティシアは肩がじんわりと濡れ、泣いているクロードに驚く。背中に手を回し治癒魔法で体を調べても異常は見つからなかった。泣いているレティシアをあやすリオの真似をして、背中をゆっくりと叩きながら落ち着くのを待つ。

 しばらくして顔を上げた金の瞳に不安の色を見つけて優しく笑う。


「殿下が望んでくださるならばお傍におります」

「最期の日をレティと共に迎えられるなんて夢のようだ」

「え?殿下、休みましょう。休息が必要ですわ」

「疲れてないよ。言葉にしないと伝わらないと反省したんだ。レティに伝えたいことがたくさんあるんだよ。それに覚えたんだ。蜂蜜を食べに行こうか」

「はい?覚えた?」


 幸せそうに笑うクロードが結界を解除してレティシアの手を繋いで歩き出す。レティシアはクロードがレオの自分勝手さを真似するようになったと気付かなかった。

 クロードが食事をしている姿に安堵し、ルーン領自慢の蜂蜜ケーキをうっとりと食べはじめたレティシアは大事な話をされているとは気付かずに聞き流していた。



 ドレスを着て卒業パーティーを迎えたレティシアはファーストダンスを終えた。クロードは上着を脱いでレティシアを包んだ。会場の視線が集まっているのを気にせずふわりとレティシアを抱き上げてバルコニーに出て、木の上に飛び移る。驚いてクロードの胸にしがみついているレティシアに笑いながら木の枝に座った。

 小さい頃に憧れた木登りの夢が叶ったレティシアは喜べる状況ではなく淑女の笑みを浮かべ金の瞳をじっと見つめる。


「卒業おめでとう。レティと踊れて夢のような一時だったよ。久しぶりでも君とのダンスが一番踊りやすい」

「ありがとうございます。殿下、会場に戻られたほうが」

「挨拶は終わったからもう大丈夫だよ。明日は早朝から父上に呼ばれてるから最後まで参加できないと皆には伝えてあるよ。朝早いから転移で行こうか」

「お気をつけて」

「レティも一緒だよ。部屋は用意してあるから王宮に泊まるかい?」

「いえ、馬車で明日伺いますわ」

「残念だ。楽しみだな」


 レティシアは楽しそうに笑うクロードに肩を抱かれながらため息をこらえる。

 卒業パーティーでクロードと過ごすのを楽しみにしていた生徒達が嘆いているのに抜け出したクロードは戻る様子はない。

 王子としての決められた役割は完璧にこなしているのに空気を読まなくなったクロードに戸惑いながら夜空の美しい星空を見上げた。

 学園に復学して一月半。

 卒業準備を整え、クロードの世話をするのは大変だった。

 入学した時にクロードに迎えられ、学園を案内してもらった頃は想像しなかった。レティシアの学園生活はクロードに始まり、クロードと終えるのかとぼんやりしていると流れ星を見つけた。

 初めて見る流れ星に目を輝かせたレティシアをクロードが愛しそうに見つめていた。




 パーティーを抜け出した二人をリオが眺めていた。

 レティシアの冷たい態度に傷ついていたクロードに贈り物をした。

 赤子のレティシアを知るリオは仮面を剥がす方法を熟知している。そして能天気な従妹の怒りは持続せず、好意を向ける相手を無下にしないことも。

 明日には驚きの悲鳴をあげる恋愛に関してはポンコツな従妹と初恋を拗らせている従弟が上手くいけばいいと笑いながら会場に戻る。





 早朝の静かな王宮に参内したレティシアは侍女に囲まれ、容姿を磨き上げられ、豪華なドレスに包まれていた。


「綺麗だよ。これを」


 上機嫌のクロードが王家の伝統の花かんむりをレティシアの頭に乗せた。頭にのせると輝く花にレティシアは戸惑う。


「私が作ったんだ。レティの銀髪に映えるだろう?そろそろ行こうか」


 レティシアははにかんだ笑みを向け、エスコートしようとするクロードを見上げた。

 晩餐の席で王家の婚姻についてクロードが語るのを聞いた。話に出てきた婚礼衣装に身を包んでいる自分達に意味がわからなかった。


「どういうことですの!?」

「これでずっと一緒にいられるよ。幸せにできるように努力するから」

「せめて事前に教えてくださいませ。どうして私だけ教えていただけないんですか!?」

「父上の命令だから。卒業試験で忙しかっただろう?」

「陛下の命なら仕方ありません。誠心誠意お仕えしますが……」

「側にいてくれるだけでいいよ。君の存在が私の幸せで糧だ」


 レティシアは国王夫妻を見つけてクロードの手を解き礼をした。


「頭をあげなさい。おめでとう。祝福しよう」

「おそれながら陛下、私は正妃の資格はありません」

「クロードの傍にいてくれればいい。他はクロードが責任を持つ」

「貴方ならクロードを支えてくれると信じています」


 国王は温和な笑みを、アリアは優雅に微笑んでいる。

 大切なものを見つけたレティシアはクロードのためだけに生きるレティシアには戻れなかった。

 クロードはレティシアの手を握り、甘く微笑んだ。


「どんな願いも叶える努力をするよ。世界征服も」

「世界はいりません。どうか体調管理を思い出してください。一人でもお食事を」

「不得手みたいで……。レティの薬も美味しいよ。そろそろ行こうか」


 微笑むクロードに流されるままに婚儀が終わりレティシアは最年少の王太子妃になった。

 婚儀を終えた二人は王太子宮で過ごしていた。

 状況が飲み込めず張りつけた笑みを浮かべるレティシアにクロードはお茶を渡した。


「成人するまで、いや、レティの心の準備ができるまでは手を出さないよ。だから手を繋いで隣で眠ってくれないか」

「かしこまりました」


 お茶を飲みながら弱った笑みを浮かべるクロードにレティシアは頷く。

 国王に婚姻を命じられたことを思い出し、自分のうっかりを反省していた。

 公務に励むには王太子の婚約者よりも王太子妃のほうが都合がいいと結論を出し新たな立場を受け入れた。




 レティシアはクロードと手を繋いでベッドに入り目を閉じた。

 クロードはぐっすり眠るレティシアの寝顔をしばらく眺め目を閉じた。

 隣から聞こえる荒い呼吸に目を覚ましたクロードは魘されるレティシアのために覚えた眠りの魔法をかける。


「レティ、絶対に守るから。どうか優しい夢を、」


 呼吸が落ち着きぐっすりと眠るレティシアをクロードは静かな瞳で眺めていた。

 隠すことが得意なレティシアの変化を見逃さないように、いつか怖い記憶が幸せな記憶で埋もれるようにリオから贈られたレティシアの憧れリストに目を通しはじめた。




 窓から差し込む光に目を開けたレティシアは優しく手を包むクロードの温もりに微笑んだ。ゆっくりと起き上がりぐっすりと眠るクロードの隈の消えた目元を優しく撫でる。


「レティ?」

「おはようございます」

「抱き締めてもいいかな?」

「お心のままに」


 レティシアはぼんやりしているクロードに頷くとゆっくりと起き上がった体に優しく抱きしめられる。


「私にはレティが必要だ。どうか側にいてほしい」

「昔には戻れませんが」

「もう一度、今度こそ信じてもらえるように努力するよ。リオよりも頼りにされるように。私が愛しく思うのはレティだけだ」


 レティシアにとって寝ぼけて様子のおかしいクロードの背中を宥めるように叩きながらポツリと零す。


「ルメラ様にフラれて、こんなことに」

「彼女のことは何も思っていない。レティが危害を加えられないように影をつけていただけだよ。私は君以外を一度も好ましいと思ったことはない」


 クロードはレティシアに伝わるように必死に言葉をかける。レティシアに意識されなくても、クロードにとっての特別と認識してほしい。

 レティシアはクロードの腕の中で静かに耳を傾ける。自己管理を放棄している今のクロードには治癒魔導士である自分が必要なのは理解していた。

 クロードのたくさんの言葉はレティシアの許容範囲を越え、処理されずに聞き流されていた。




 レティシアの驚きは終わらなかった。

 学園の短期休暇中はクロードとレティシアは公務に励んでいた。

今朝アリアに抱きしめられ謝罪され、制服を渡された。レティシアは国王に命じられ卒業したのに制服を着ている。


「同じ授業を受けるなんて子供の頃を思い出すね。荷物は全て用意してあるよ。男子寮にレティを入れられないから宮を建てたんだ」


 レティシアはクロードのクラスに編入させられた。

女子寮には入れてもらえず、学園のはずれに建てられた小さな邸宅にクロードと一緒に生活を始めた。必死に試験勉強をしていた日々が虚しくなりレティシアは突っ込みを放棄した。


「レティ、そろそろ起きる?休んでもいいけど」

「お食事、きちんと食べないと、いけませんよ、くろ、でん」


 クロードはぼんやりしながら体を起こしたレティシアの体が傾いたので優しく抱きしめる。うとうとしているレティシアは瞼の重さに負けてそのまま目を閉じた。

 クロードはそっとベッドに体を倒してぐっすり眠るレティシアを眺めた。時々悪夢に魘されるレティシアが眠っている時に離れる選択肢はなかった。


「おやすみ、レティ、ゆっくり眠って。怖いものは消してあげるよ」


 レティシアがクロードの物騒な思考を一番怖がっているのは気付いていない。

 ゆっくりと目を開けたレティシアは手を繋いで横で目を閉じているクロードに笑う。体を起こして明るい部屋に驚き、慌てて眠るクロードに声を掛ける。


「起きてください。授業が、遅刻ですわ。生徒会長がサボるなどいけません」

「おはよう。レティ。ゆっくり休めた?」


 寝起きの悪いクロードがレティシアを抱きしめずに、微笑む顔を見てレティシアは首を横に振る。

 目元に隈がなく睡眠をきちんととるのは喜ばしいことでも授業をサボる理由にはならない。


「起きてるなら授業に行ってください。いえ、先にお食事ですわ。シエル、殿下のお食事を、どうして起こしてくれませんでしたの!!」


 平等の学園で生徒会長の権力を使い自由にしているクロードにため息をつきながら昼食をすませて、午後の授業から登校した。

 レティシアは放課後に入学したばかりのエドワードに会いに行き、毎朝クロードを登校させてほしいと頼むと快く頷く弟に感謝し、朝食を三人で食べるのが日課になった。


 ****


 学園を卒業しているレティシアは試験を免除されている。生徒達が試験勉強をしている頃にレティシアはクロードのために治癒魔法の本を取り寄せて必死に読んでいた。ルーン一族に伝わる精霊魔法以外の魔法も覚えた。

 どの魔法を使ってもレティシアの求める変化は起こらなかった。


「殿下がおかしい。過労かと思いましたが違いますわ。悪い魔法でも?陛下と殿下に無効化魔法を使っていただいても駄目でしたわ。系統が違うんでしょうか。ルメラ様に会いに行くしかありません?」

「私は彼女に興味がないから。それに王子の妾とは面会はできないよ。隣国の後宮に転移陣を仕掛けてないから無理だよ」


 ルーンとマールと王家の力を使い手に入れた全ての魔導書を読み終えたレティシアは気分を変えるためにマール公爵から贈られたお土産の本を読み始めた。

 蛙になった王子様がお姫様の口づけで魔法が解け結婚して幸せになる物語に閃く。


「これですわ!!殿下、口づけをしてお妃様を迎えましょう。私は側妃に落としてくださいませ」

「レティ?精霊の誓約が破られるよ」


 レティシアの向かいに座って書類を書いていたクロードが顔を上げた。いまだに誤解が解けないクロードはレティシアにきちんと突っ込まないといけないと学習していた。


「いけませんわ。ですがお姫様に口づけをしていただかないといけませんのに。困りましたわ」

「姉上、どうされました?」


 エドワードは真剣な顔をして悩んでいる姉の隣に座った。


「クロード殿下にはお姫様の口づけが必要です。小さい国のお姫様なら誓約にかからないかしら?殿下の誓約は」

「今日は帰るよ。レティ、行くよ」


 レティシアの制御係のリオは卒業した。エドワードが絡むとさらに誤解が解けなくなると知っているクロードはレティシアを強引にエスコートして立ち上がらせ、帰路につく。エドワードは姉の誤解を解かずに願いを叶える悪癖を持っていた。

 クロードはレティシアに渡された本を読み、勘違いしている妻の話に曖昧に笑う。


「私は悪い魔法にかかっていないよ。ただレオを見習っただけだよ」

「へ、変態になるんですか?」

「変態になりたくはないけど、お姫様なら目の前にいるよ」


 真っ青な顔で冷たくなったレティシアの手をクロードは両手で包む。

 レティシアは周囲をきょろきょろと見渡すもお姫様はいなかった。天井を見上げて影?と首を傾げた。


「そこに影はいないよ。私の妃はルーン一族の姫。クロードにとっての唯一の姫はレティだけど試したい?」


 ほのかに頬を染めるクロードにレティシアは背伸びをして唇を重ねた。唇に触れた柔らかいものに真っ赤になったクロードに首を傾げて額に手を当てた。


「魔法は解けましたか?」

「どうだろう。他の人にはやめて。レティに触れる権利があるのは私だけがいい」


 レティシアは真っ赤な顔のクロードに抱きしめられた翌日に趣味の不敬罪を披露するクロードを見て悪い魔法は解けなかったと落胆した。


「やはり魔法は解けませでした」

「似たような話はたくさんあるわよ。悪い魔法をかけた魔女を倒すのも一つよね。心が弱ったときに悪い魔法にかかりやすくなるから」

「魔女を倒す?どのお話も最初の被害者(ヒロイン)が救われ、加害者(恋敵)が裁かれますか?」

「その表現やめなさいよ。そういえば殿方にも流行っているのよ。これは」


 落ち込むレティシアはアリッサから借りた小説を読み目を輝かせ微笑んだ。


「貴族は自己責任ですわ。絶対に許しません」


 青年が絶叫するのはしばらく先の話である。


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― 新着の感想 ―
[一言] 国王のクソボケは有能気取ってるっぽいけどわざと不和をもたらしておいてなにほざいてるんだとしか思えん 不和を乗り越えればみんな仲良くなれるとでも思ってるのかこの無能は 王家はどいつもこいつもゲ…
2021/09/21 01:24 退会済み
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