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運命の変わった日

 蜂蜜色の髪を持つ誠実で優しい王子がいた。

 王子は婚約者の少女をとても大事にしていた。

 王は誠実で優しい王子が民よりも大事にするものに気付いていた。

 悪巧みに気付いても見て見ぬフリを選んだ。



 国王には二人の妃がいる。

 国王を愛している正妃アリアと夢を奪われ後宮入りした側妃サラは仲が悪い。

 天才研究家を輩出するシオン一族出身のサラの趣味は研究。

 サラが第二王子レオを産み、クロードよりも優秀と侍女達が囁いた日からアリアは敵視し、サラから研究を取り上げた。

 その日から二人の対立が始まった。

 国王は妃の対立には関与せず穏やかな顔で見つめるだけである。

 巻き込まれるのはクロードとレティシア。

 濃紺の美しい髪を持ち常に微笑むアリアは慈悲深い王妃である。

 私的な場では懐に入れた者には甘く、執念深く思い込みが激しく気分やの一面もある。

 レティシアはアリアの機嫌が悪い時はサラやレオが問題を起こした時と学んでいるので、お茶を飲みながらクロードを褒めたたえ機嫌をとる。そしてクロードに面会依頼を出すようにしていた。 

 公務を放棄しているレオが問題をおこすと駆り出されるのはクロードである。


「レオ殿下が、レオ殿下が」

「捕えていいよ」

「陛下より殿下の捕縛は禁じられています」

「父上には私が話すよ」

「殿下、こちらの視察は私が引き受けます。失礼します」

「送るよ。レティ」

「お気持ちだけで。お気をつけていってらっしゃいませ」


 クロードは公務を手伝うために訪ね、お茶に誘ったばかりのレティシアが兵の報告を聞いて書類の束を抱えて礼をして去っていく背中を切ない瞳で見送った。そして穏やかな顔でレオの尻拭いに行く。

 聡明で優秀な王子は慕われ期待されている。

 それに伴い任される公務がどんどん増えていく。

 サラとレオが放棄している公務を全て任される多忙なクロードにとって心が安らぐのはレティシアと共にいる時だけだった。

 クロードの多忙さを心配して手伝うレティシアは王妃教育も併用しており忙しく公務以外で顔を合わせることは少ない。



「殿下の笑顔は民の宝ですわ。殿下のお顔を見て笑顔が溢れています。聡明でお優しい殿下の治世に生まれた幸せを感謝しますわ。ウンディーネ様はもちろん王家が守る地の精霊ノーム様に」


 視察の帰りに祠を見つけクロードの隣で祈りを捧げるレティシア。レティシアのようにクロードは素直に好意を口に出せない。クロードにとって宝物を授けてくれた精霊に感謝し祈りを捧げる。

 祈りを終えたレティシアがクロードを眺めて嬉しそうに笑っているのは気づかずに。


 水の精霊ウンディーネの教えのもと命を慈しみ、(他人)の幸せを喜ぶレティシアを見ながら慈悲の心を持たないクロードはレティシアが憧れ望む王を目指していた。

 それが間違いだと気付くのはしばらく先の話だった。


 *****


 12歳から18歳まで貴族が必ず通う全寮制のステイ学園。平等精神を掲げる学園に入学するとクロードの多忙は増す。

 クロードの多忙さを心配したレティシアがさらに公務を積極的に引き受けたので、多忙が軽減する代償にすれ違いの時間がさらに増えた。

 

 2歳年下のレティシアが入学してからは、共に過ごせる時間が増え充実した学園生活に変わった。

 クロードの部屋にレティシアのための席を用意し、美しい婚約者を眺めながら内務を進めるのさえ幸せな時間だった。 

 生徒会長としてクロードが統治する学園が嵐に襲われるのはクロードが五年生、レティシアが三年生になった年。


 愛らしい顔立ちで男子生徒を魅了するリアナ・ルメラ男爵令嬢が転入してきた。

 平民として育ち、男爵家に養女として迎え入れられた礼儀をわきまえずに、男子生徒を誘惑するルメラ男爵令嬢に礼儀に厳しい令嬢達の視線は厳しいものだった。

 クロードは幼い頃のレティシアのように無邪気な顔を見せるルメラ男爵令嬢に頻繁に声をかけられ、学園に馴染めるように丁寧に応対していた。

 反して淑女の鑑であるレティシアは厳しく諌めた。

 クロードは頻繁に平等の学園精神を重んじてほしいと優しくレティシアに話した。常に淑女の顔をクロードに向けるレティシアの素を見せてほしいという願いは通じず誤解を生んだ。



「腕を離してもらっていいかな」

「レティシア様と親しくしたいだけなのに。クロードさまぁ、私が悪いから、」


 クロードはレティシアに無礼を嗜められ、涙を流すルメラ男爵令嬢にハンカチを渡した。レティシアは礼をして立ち去り、背中はすでに見えない。


「リアナは何も悪くない。どうか泣かないで」

「可愛いリアナに嫉妬してるだけだから」


 クロードは腕をがっしりと抱かれながらルメラ男爵令嬢が取り巻きの男達に慰められるのを不機嫌さを隠した穏やかな顔で眺めているとリオが近づいてきた。


「殿下、そろそろ時間ですが」

「リオ様、あの私」

「可憐な蝶を愛でるのは一興。花は儚く散るか咲き誇るかは誰が決めるか…。失礼します」

「蝶のように可憐…」


 ルメラ男爵令嬢にうるんだ瞳で見つめられたリオは爽やかに微笑み、クロードの腕を抱く手を丁寧に解く。婚約者を蔑ろにしている男達への非難はルメラ男爵令嬢を褒めたたえる男達には伝わらず、無言でクロードの腕を引いて立ち去る。

リオはレティシアに意地悪されたと騒ぎながら、レティシアは悪くないと泣きながら主張する後輩が嫌いだった。

 

「殿下、シアは欠点だらけですが一番の悪癖は一度思い込むと止まらない暴走癖です。行動は正せても思考は矯正できません」

「レティは颯爽と立ち去ったよ…。追いかけたいのに、」

「腕に縋りつくなら引き剥がせばいいだけなのに…。頑張ってください。レオ殿下と親しくしているルメラ嬢には近づかないように警告したので大丈夫だとは思いますが」

「影をつけている。エイベルも残すから大丈夫だろう」

「殿下はともかく俺まで随行するのにシアは残すんですか?」

「海路に海蛇が出るかもしれない。レティが蛇が苦手だから。転移陣を繋いでから連れて行くよ。今回は父上にレティは残せと言われているから別行動」

「シアの水流操作で快適な船旅ですが、魔物に遭遇するんですよね…。シアの外交は護衛騎士を増員してますが」


 レティシアと国外への船旅をすると魔物や海の動物と必ず遭遇する。そのため空に逃げられるように風使いのマール一族が護衛と外交のフォローに随行していた。

 クロードはレティシアが魔物の討伐に慣れるまでは予定を調整して同行していた。クロードがいなくても、レティシアが懐いているリオの兄やマール公爵が随行しているので必要ないとは誰も口に出さなかった。

 マール公爵家ではクロードの報われない初恋は有名だった。


****



 クロードとリオが帰国し、レティシアに会いに行くと生徒会に外泊届が提出されていた。

 レティシアの公務の予定はなく、エイベルに行方を聞くと信じられない内容がこぼされた。

 慌てて捜索すると地下牢に閉じ込められ真っ青な顔で倒れているレティシア。

 地下牢に漂うのはクロードのよく知る魔力だった。

 王家に伝わる転移魔法を使い氷のように冷たいレティシアを抱いて王宮に飛び、衰弱したレティシアを治癒士と医務官に預け、クロードはレオの部屋に駆け込んだ。


 クロードよりも背が高く、蜂蜜色の髪と切れ長な金の瞳を持ち母親の顔立ちにそっくりな16歳になっても問題ばかり起こす第二王子。

 アリアのお気に入りのレティシアに嫌がらせをするサラや問題児のレオを近づけないように王家の抱える特殊部隊の影に命じていた。

 常に穏やかな顔で問題の収拾にあたっていたが兄弟としての情は一切ない。レティシアがお仕置きを思いついた時だけ手を回すが次第に諫めることさえやめた。

 クロードは初めてレオの部屋に足を運んだ。

 部屋に入ってきた常に穏やかな顔を浮かべるクロードの冷たい顔を見てレオは笑った。


「俺の見立ては正しかった。愉快だ。そんなにレティシアが大切でした?初めて俺のこと見ましたね。兄上」

「レティシアに何をした?」


 クロードの地を這うような低い声にレオは狂ったように笑い出す。


「母上特製の魔石を仕込んだ部屋に監禁しただけです。いつも人形みたいなレティシアが狂って衰弱していく姿は見ものでしたよ。兄上にお見せできないのが残念でした」

「お前!?」


 レオに掴みかかろうとしたクロードは幸せそうな顔をしたレオを見て動きを止めた。


「その顔が見たかったんです。憎んでくださって構いません」


 クロードは動揺すれば、はずんだ声を出すレオを喜ばせると知り平静を装う。

 問題ばかり起こしレティシアとの時間を潰すレオを煩わしく処理しようとしても命を慈しむレティシアを見てやめた。レティシアに近づけなければいいかと放置した甘い自分に拳を握る。


「黒幕は母上でも俺でもありませんよ」


 クロードは楽しそうなレオの囁き声が拾い、頭に浮かんだのは父親だった。

 笑っているレオの軟禁を命じて国王のもとに訪ねた。

 そしてクロードの予感は当たっていた。


「お前がレティシアを好いていたのは知っていたよ。ただ執着しすぎた。お前は国とレティシアならレティシアを取るだろう?」

「それは…。父上だって母上達を大切にしているでしょう?」

「国のために必要だからな。だが私は国の害になるならためらわずに捨てられる」


 穏やかな顔で天気の話をするような父をクロードは茫然と見た。

 温和で慈悲深い賢王と慕われている父の信じられない言葉に。


「クロードは時々視野が狭くなる。成人までに新しい婚約者を決めればいい。レオのことは好きにせよ」

「私がレオを殺してもいいんですか?」

「レオはお前の手駒だ。どうことを収めるか楽しみにしている」


 国王は王族を平等に扱っていた。アリアとサラ。クロードとレオ。

 クロードはレオの暴挙を許し丁重に扱うように命じる父がレオを大事にしていると思っていた。


「陛下はレティシアもレオの命も些細なものと?」

「そなたが立派な王になるための贄になるなら本望だろう。レティシアもクロードの役に立ちたいと口癖だったからな。手に余るなら私が手を回すが」

「陛下の手を煩わせることはありません。失礼します」


 クロードは穏やかに微笑む王に穏やかに笑い返し礼をして立ち去った。

 レティシアの頭を笑顔で撫でる姿も、レオと手を繋いで散歩をしている姿も、レティシアとの婚約を祝福してくれた姿も母の肩を抱く姿も全てが偽りだったのかと茫然としていた。

 国の繁栄と民を第一に思い生きる国王の本性に。


「私は何を見ていたんだ。レティを贄にするような国はいらないよ」


 クロードにとって穏やかで優しい父親、信頼していた幼馴染、最愛の婚約者を失った日。

 疑いもせず思い描いていた未来が真っ白になり、ふらふらとした足取りでレティシアの眠る部屋を目指した。


「魔力欠乏と衰弱です。魔法が効かず目覚めるかはわかりません」


 クロードは医務官の言葉に茫然としながら冷たいレティシアの手を握り魔力を送る。


「何かあればお呼びください」

「レティ、お願いだから、起きて。ごめん。守れなくて」


 レティシアの冷たい手をぎゅっと両手で包み、握り返されない手にクロードの金の瞳が揺れる。


「レティ、目を開けて、レティ」


 悲痛な声が響き続け、しばらくしてクロードの金の瞳から涙がこぼれた。濡れる頬を拭わずに一心に一番守りたかった少女の名前を呼び魔力を送り続ける。

 心が沈んだ時にいつもすくい上げてくれるたった一人の少女を必死に呼ぶ少年を邪魔する者はいなかった。

 空には太陽が昇り、しばらくしてクロードは涙を拭いて立ち上がる。


「行ってくるよ。レティ」


「いってらっしゃいませ」と送り出す声は聞こえない。


「お待ちください。殿下、魔法をかけることをお許しください。そのお姿は」

「ルーンに感謝するよ。レティを頼むよ」


 クロードはルーン公爵に仕える治癒士に泣き腫らした目を魔法で治療された。一流の治癒魔法の腕を持つ治癒士は守秘義務を徹底しているのでクロードの取り乱した姿が広まることはなかった。

 クロードは影にレティシアの護衛を命じて部屋を出た。







 一週間ほど王都を留守にしていたルーン公爵はレティシアが王宮に運びこまれたと聞き部屋を訪ねた。

 ベッドの上で眠る真っ青な生気のない娘に息を飲む。ルーン公爵はレティシアの手を握り治癒魔法で体を調べた。

 生命維持に必要な魔力が尽きかけている体に魔力を送るも回復しない。

 治癒魔法も効かず、命の灯が消えそうな体に絶望しそうになると優雅に微笑む娘の姿を思い出す。


「どうか抗ってくれ。必ず助けるから。レティ。どうしてこんなことに」


 額に流れる汗を拭き、平静を装い衰弱しているレティシアを連れ帰る支度を整えた。

 ルーン公爵はレティシアを抱いてルーン公爵邸に帰り、諜報部隊を動かした。

 突然のルーン公爵の帰りにルーン公爵夫人は驚き、腕に抱かれている生気のないレティシアを見て真っ青な顔で頬に触れた。


「レティ!!なにが」

「調べさせている。殿下が転移で連れてこられた。シエルも探させている」

「お嬢様!?すぐに治癒士達を呼び出します。邸の護衛も厳重に」


 常に冷静なルーン公爵家。

 真っ青な顔でも平静を装いながらルーン公爵夫人や家臣達が動き出す。

 レティシアの治療のための準備が整えられ、エドワードとシエルが戻り報告を聞いたルーン公爵邸を冷気が襲った。

 ルーン公爵夫人が椅子から立ち上がった。


「ローゼ、待ちなさい。王宮を吹き飛ばせばレティシアの治療にあたる時間が減る。王家とはうまく付き合わないといけない。今はレティシアの治療が優先だ。邸の護衛を。暗殺者が送られるかもしれない」

「かしこまりました」

「父上、僕にも教えてください。姉上は僕と魔力が似ていると言ってました。もちろん指揮もとります」

「手配しておく。今は」

「はい。罠を仕掛けてきます」


 武術の名門ターナー伯爵家出身のルーン公爵夫人は風の天才と謳われるほど武術の才能に恵まれていた。野性の勘に優れ、間者を見抜き、狙った獲物は逃がさない。

 男尊女卑のフラン王国の生まれでなければ騎士団長を目指せた腕前であり、ルーンの暗殺部隊をまとめているのはルーン公爵夫妻とエドワードの秘密である。



 ****


 ルーン公爵は妻と息子にレティシアを任せて参内した。

 王宮に参内したルーン公爵は王命を受けて目元に隈ができているクロードを訪ねた。


「殿下、レティシアのことは気にしないでください。あの子は醜聞に負けるような弱い娘ではありません」

「ルーン公爵、すまなかった」


 クロードは書類を書く手を止めてルーン公爵に頭を下げた。

 ルーン公爵はほぼ全ての情報を持っていた。

 ルーン公爵とリオとクロードの留守中に娘を襲った事件を。


「頭を上げてください殿下。不肖の娘を大事にしてくださりありがとうございます」

「私は、彼女以外を妃に迎える気はない」


 クロードの感情を殺した声にルーン公爵は首を横に振る。

 国王夫妻から婚約破棄を命じられルーン公爵も了承していた。解消ではなく、二度と縁を結ばないという意味が込められた婚約破棄を。

 レオの策に嵌められたレティシアが作った醜聞は婚約破棄するには十分な理由になった。

 そしてレティシアの事件に関わったのは国として手放せない人物ばかり。

 王が選んだ国にとっての最善はレティシアの醜聞として処理させること。ルーン公爵は一つだけ条件を出して受け入れた。


「おやめください。それこそレティシアが悲しみます。娘は誰よりも王となる殿下を支えたいと思っていました。自分が殿下の足枷になるなら迷わず自害するでしょう」


 クロードは連日、両親や大臣から婚約破棄するように言われていた。

 せめてルーン公爵だけは婚約破棄に反対して自分の味方について欲しかった。

 どんなにクロードが破棄を拒否しても誰一人聞く耳を持たない。


「ルーン公爵もこの婚約に反対?」

「はい。一度でも醜聞を持った娘を後宮にいれることはできません。陥れられたとしても防げなかったのはレティシアの失態です。娘には正妃の座は重たかったのかもしれません。私の教育不足で、殿下のお手を煩わせて申しわけありません」


 レオからの呼び出しをクロードからのものと勘違いして策に嵌まったレティシア。

 エイベルがレオに取り込まれたのを気付かず、王家から与えられた試練を乗り越えられなかったため資格がなくなるのは当然だった。

 ルーン公爵が頭を下げるとクロードは穏やかな顔で首を横に振る。


「頭をあげて。私がこの書類にサインをしたら彼女はどうなる?」

「ルーン公爵邸で目覚めるのを待ちましょう。恥ずかしながら私も娘が可愛いので投獄や追放など許しません」


 ルーン公爵家を追い落としたい貴族が騒いでいた。

 王太子の婚約者でありながらレティシアが作った許されない醜態を裁けと。ルーン公爵はレティシアを罰するつもりはない。

 ただクロードとレティシアの道が分かれたのは明白だった。

 クロードはそれでも目の前に置かれる婚約破棄の書類にサインしたくなかった。


「レティに会いに行ってもいいかな」

「申し訳ありません。元婚約者にかける恩情は新たな婚約者に向けてください。治療に専念するため面会謝絶をお許しください」

「元か、席を外す」


 クロードは部屋を出て、ルーン公爵邸に転移するとレティシアの部屋には治癒魔導士やエドワードがいた。


「会うことも許されないか。レティ、誰も私の声を聞いてくれない。君が私の隣にいない、レオに任せようか。父上は好きにしていいと言っていた。でも、今は権力は必要か。君が起きたらなんて言うのかな。私の心のままにっていつもみたいに言ってくれる?」





「あら?主役のレオ殿下がいらっしゃらない。気分が優れないのなら仕方ありませんわ。誠心誠意おもてなししましょう。私達には精霊様の加護がありますもの」


 どんな時も前を向いて隣で微笑んでいたレティシアを思い出しクロードは前を向く。

 目覚める方法を調べるために。

 レオはいざという時の使い道があるかもしれないと殺すのはやめた。

 クロードは時間を作るために必死に大量の書類を捌き始めた。


「殿下、休んでください。寝てください」

「魔力があるから必要ないよ」

「シアが怒りますよ」

「怒られてもいい。むしろ怒られたい。私はいつも無邪気な顔が見られるリオ達が羨ましかった」

「バカなこと言わないでください。シアが殿下のために用意したものです。どうぞ」

「レティのものではないよ」

「同じ調合です」

「暇なら手伝って」

「殿下、冷静になってください。シアには直接言えないのに」


 リオは睡眠も食事も取らずに、張り付けた穏やかな笑みを浮かべたまま書類と向き合うクロードを放置できなかった。

 クロードの前に置いた視線を向けられない回復薬はレティシアに似た魔力を持つルーン公爵が調合したもの。リオには二人の魔力の違いはわからない。

 魔力があれば生命維持はできるが成長期のクロードには足りない。

 リオには輝かしい王子のオーラが消え、蜂蜜色の髪も淀んでいるように映った。

 常に穏やかな顔で笑みを浮かべ、感情を隠しているクロード。

 ルーン公爵邸は冷気に襲われているためクロードに面会はさせられない。


「いずれ穴を作ります。今は叔母上がいらっしゃるので忍び込めません。殿下!?」


 転移魔法で消えたクロードの机の上にある書類の束を手に持ったリオは従妹が星を指さして楽しそうに話した言葉を思い出し空を見上げた。


「シアの光が淀んでいるよ。心中なんて勘弁してくれよ。早く起きないとシアの殿下が過労死しそうだよ」


 生気のない顔のレティシアと日に日に生気を失っていくように映るクロード。 

 レティシアが眠った翌月にクロードの意思を無視した報せが社交界を騒がせた。


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