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素直な言葉

 美女が星空を眺めていた。

 美女に似た少年の幸せには贄が必要だった。

 一枚の手紙を読み、運命に抗う少年とゆだねる少女の幸せを願う。

 美女は贄に選ばれる少女の心の強さを信じて祈りを捧げた。



 クロードが目を開けると、銀髪が視界に入り飛び起きた。ベッドサイドの椅子に座り腕を枕にぐっすりと眠っているレティシアに息を飲み真っ青な顔で肩を揺らす。


「レティ!!レティ!!」


 目を開けたレティシアはきょとんと首を傾げる。

 クロードは顔を上げたレティシアの頬に手を伸ばし、そっと包み込む。冷たくない頬に安堵の笑みをこぼした。


「良かった。体は大丈夫?辛いなら王宮に転移するよ」


 レティシアはクロードをぼんやりと見つめ、目元の隈を凝視した。パチパチと瞬きを繰り返し、足を強く踏んだ。痛む足に夢でも見間違えでもないと、現実を認識した。

レティシアは目を伏せて、頬を包むクロードの手に指を絡めて掴んだ。魔力を流しながらクロードの体を調べ、ようやく思い出した。臣下としてではなく、ウンディーネの教えを守るルーンの治癒士として向き合うことが先決だった。


クロードは目元を赤らめ、体を巡る冷たい魔力に勘違いに気付き緩んだ顔を慌てて戻した。

レティシアはゆっくりと目を開けてクロードの金の瞳を見つめた。


「申し訳ありません。眠ってしまいました。殿下、お体の調子はいかがでしょうか?」

「変わりないよ」

「――――自覚もありませんの……。おそれながら食事と睡眠を疎かにされていませんか?」

「そんなことないよ」


 クロードの感情を隠した穏やかな笑みにレティシアの瞳が冷たくなる。


「お昼は何を?」

「昼は侍従に任せてある」


 クロードの頑固さを知っているレティシアは問い質すのは諦めた。大事なのは過去ではなく未来と思考を切り替えた。


「殿下は過労と栄養不足と魔力欠乏で倒れました。きちんと休んでください」

「善処するよ」


 真面目なクロードが公務のために身を削り、国王夫妻が助けてくれないのをレティシアはよく知っていた。

 代役には自分が適任と理解していたため、私情は飲み込む。

 患者が治療に専念できるように環境を整えるのも治癒士の役割。レティシアの王族とは関わりたくないという願いは些細なことである。クロードの求める相手を再び迎えるためには手回しがいるので時間が必要だった。


感情を隠して穏やかな顔をしているクロードの手をレティシアは頬から引き剥がし布団の中に戻した。


「新しい婚約者を迎えるまで公務はお手伝いします。どうかきちんと自己管理してくださいませ。私に付き纏うのも、おやめてください。きちんと(ルメラ様への)誹謗中傷の対処も致します。殿下達の心を患わせないようにご令嬢達にもきちんと話します。殿下が謝罪されることは何もありません。私は恨んでいません。反省もしております。(ルメラ様を傷つけないか)お疑いなら誓約をしても構いませんわ」


 レティシアが目を醒ました途端に穏やかな顔を取り繕うクロード。クロードを見て感情を消して静かに嗜めるレティシア。誤解を解くために侍従はレティシアにだけは不器用な主に似た穏やかな笑みを浮かべて爆弾を落とす。


「殿下、正直におっしゃったらいかがですか。レティシア様の無事を確認しないと不安でたまらず、食事も喉も通らず、ご自分の安心のためだけにレティシア様の顔を見に行っていると。幼い頃からレティシア様」

「黙って。余計な事を」


 クロードは侍従の暴露を慌てて遮る。

 レティシアは慌てているクロードに驚き、治癒士の仮面が落ちた。

 レティシアから感情の読み取れる瞳を向けられ、侍従に咎めるような視線を送られたクロードは観念して弱った声を出す。


「こんなの知られたくないのに。レティに影をつけたのも会いにいくのも私の安心のためだよ。君が苦しんだ顔も目を醒まさない顔も頭から放れない。レティの顔を見ないと駄目なんだよ。君に軽蔑されて当然だ。情けないだろう?」


 レティシアはクロードに弱った笑みを向けられ、きょとんとした顔で首を傾げた。


「どういうことでしょう?」

「――――牢で倒れていた真っ青な顔で冷たくなった君もレオとエイベルの記憶の中で苦しんでいる君も、すぐに助けてあげられなくてごめん。泣いてる君を、君が傷つけられているときに私は、」

「やめて。聞きたくない」


 トラウマを思い起こさせる言葉に唇を固く結び、顔を歪めて耳を塞ごうとするレティシアの手をクロードが握る。


 クロードはレティシアに意識されていないのは知っている。

 自決を選ばせた時に自分に謝罪したレティシアに言えずにいたことを後悔した。

――――――会うたびに冷たい態度のレティシアに傷ついた。

自分と違い頼られるリオやエドワードに嫉妬もした。


 王子の婚約者として完璧に振る舞うレティシアに軽蔑されることが怖くてずっと言えなかった。


 クロードはほとんど姿をみせない、怯える青い瞳をようやく見つけた。レティシアは強がり平静を装いながらいつも隠しているが、本当は怖がりなことをクロードは知っていた。そして思い込みが激しく勘違いしているレティシアに伝わるように願いをこめてゆっくりと話す。


「私にはレティが必要だ。邪魔に思ったこともない。君が婚約者で幸せだったよ。私はレティとの未来を掴むためだけに、優秀な王太子であり続けた。だからエイベルがルメラ嬢のために動いた気持ちもわかるんだよ。私も君を傷つける者がいるなら道理を通さず断罪する。感情が先走り冷静さを失う。君の言う通り私の瞳は曇っているよ。レティ、もう二度とあんなことさせない。今度こそ絶対に守るから。もう一度だけ信じてほしい」


 レティシアは真剣な顔のクロードから向けられる、熱のこもった眼差しに耐えられず下を向き、小さな声でポツリとこぼした。


「殿下はルメラ様が、だからおかしくなって…」


困惑しているレティシアのか細い声を拾ったクロードは首を横に振り、ゆっくりと答えた。



「民としての感情しかない。クロードにとってレティより大事な人はいない。私の唯一の宝は君だ。私は君が隣にいないなら王など耐えられない。孤独な玉座に民のためだけにあり続けるほど強靭な精神も慈悲の心もない。レティ、私を王に望むなら傍にいてくれないか?非難の声は全て黙らせる。ルーン公爵家も説得する。全てをかけて守るよ。欲しい物はなんでも与えるよ。蜂蜜だっていくらでも」


 侍従はクロードの止まらない暴露に見たことないほど戸惑い震えはじめたレティシアを見かねて口を挟む。


「このままでは即位の前にお体を壊されると思いますが」


「わ、私は陛下とお父様の命に従います。御身を大事にしてくださいませ。お食事もきちんとお召し上がりください。不眠でしたら魔法で眠らせますのでお声をおかけください。し、失礼します」


 レティシアはクロードの眼差しが自身から侍従に逸れたのでクロードの手を解き、視線を合わせず礼をして風のような速さで立ち去った。そのためレティシアはクロードの顔を見れなかった。

侍従は真っ赤な顔で布団に潜った主に笑った。クロードが追いかけられないのは仕方がないかと。



レティシアは混乱したまま足を進めていた。

今まで王太子の婚約者として求められるままの道を歩んできた。

レティシアにとって腹黒でも完璧な王子がおかしくなり不安に襲われても――――昔なら「殿下のお心のままに」と答えた。

 王太子の婚約者としてクロードに付き従うだけだった。

 でも今は婚約者ではなくルーン公爵令嬢。

 昔のように一心にクロードだけを想って突き進める立場も器用さもなかった。おかしいクロードの言葉が嘘にも社交辞令にも冗談にも聞こえなかった。


「殿下は嘘はつきません。言葉で惑わすことはあっても…。腹黒ですが、でもありえません。だって」

「レティシア様!!」


 呼ばれる声にレティシアは我に返り、慌てて令嬢モードを纏って微笑む。元取り巻きの令嬢達に囲まれ、称賛を受け流しお茶の誘いも丁重に断る。

 婚約破棄されてから交流は一切なくなり、レティシアがクロードに付き纏われていると知り戻ろうとしている元取り巻き達。

季節の挨拶も見舞いの手紙もなく、復学後は挨拶もせずクロードを追いかけていた取り巻きの令嬢達を庇護して、良縁に導くほどレティシアはお人好しではなかった。最低限の礼儀をわきまえられない取り巻きは不要と笑顔で切り捨てて立ち去った。




 寮に帰ったレティシアは同派閥のリール公爵令嬢に会い、愛らしい笑みで食事に誘われ応じた。


「驚きましたのよ。マール様と殿下が真顔で風のように走られましたのよ。お二人の真顔なんて、初めて拝見しました。ルーン様、私達はルーン様と殿下が望まれるなら喜んでお力になりますわ」


学園で一番人気の愛らしい笑みを浮かべるリール公爵令嬢の言葉にレティシアは驚きを隠して微笑んだ。クロードの婚約者に推したくても諦めた令嬢は年上とは思えない可憐な花のような存在だった。リール公爵令嬢のような婚約者候補がいたのにレティシアが選ばれたのが不思議で堪らなかった。




部屋に帰るとクロードから花束と蜂蜜入りのクッキーとカードが届けられていた。

 レティシアはクロードが育てた花をシエルに預け、クッキーを口に入れる。ほのかな甘みに強張った体の力が抜け、目の前に置かれたお茶で乾いた喉を潤す。

 レティシアはクロードに好きなものを教えていない。それでも贈られた物はレティシアの好みの物ばかり。


「殿下のお考えがわからない。シエル、殿下は私に興味があったのかな」


 困惑した顔のレティシアにシエルが笑う。

 クロードがレティシアを特別に思っているのはルーン公爵家では有名だった。リオとレティシアの遠慮のない関係をうらやましそうに眺めている蜂蜜色の少年の姿は。


「婚約を望まれたのは殿下。殿下が贈られるドレスには、いつも殿下の色が入っています。お嬢様、暗いお顔の理由を伺っても?」

「私は殿下を信じられなかった。まさか私を捨てた殿下が助けてくださったなんて思わなかったの。もしも、私が倒れて殿下が心配してくださったのなら酷いでしょう?今も私は疑ってます。たくさんの側室や妾を迎えてもいい。でも妃の中で一番の信頼だけは欲しいと願っていたのに私が殿下を信じられなくなったの。起きてほしいって殿下がおっしゃるなんて……」

「お嬢様」

「ごめんなさい。殿下に温かいスープを。調合の準備も」


 レティシアは弱った顔をシエルに見せていることに気づいて、誤魔化すように微笑んで唇を結んだ。

 贈り物へのお礼の手紙を書きおえるとクロードの体を思い出し薬の調合を始めた。信用されずに捨てられてもいい。クロードに体を大事にすることを思い出してもらえるように。

レティシアはシエルにクロードへの返礼を預け送り出した。


一人になったレティシアはクロードから贈られたカードを眺めた。見慣れた文字で付き添いのお礼だけが綴られていた。

 いつも贈り物にはカードに直筆で一言だけ綴られていた。

 誕生日を祝う文化はないのにいつも転移魔法で現れ、蜂蜜入りのお菓子や装飾品をくれた。

 育てている花が綺麗に咲けば嬉しそうに笑って花束にして贈ってくれた。

 社交のお手本はクロードだった。手を強く握って合図をくれ、困ると自然にフォローしてくれた。

 船が襲われれば部屋に来てくれた。


「護衛対象は固まっているほうが騎士達が楽だから一緒にいようか。勝手に入ってごめん」


 騎士が倒した血塗れの大きな海蛇を見たときは優しく抱き寄せて、震えが止まるまで付き添ってくれた。


「帰国すれば忙しいから休憩に付き合ってよ。珍しい本を読んだんだけど私の解釈を聞いてくれないかな?」


 クロードはレティシアのためとは言わない―――――――――震える手を温めてくれるのはクロードだった。

 婚約者として義務でも大事にしてもらっているとわかっていた。振り返えるとクロードのさり気ない行動は全てレティシアのために思えた。


 レティシアはクロードから贈られた青い薔薇を一輪手に取った。

 青い薔薇はルーン領には存在しない。

 クロードしか育てられない花。

 ルーンの花の爽やかな香りではなくクロードに似た陽だまりのような香りのする花。クロードの魔力を注ぐとキラキラと輝く不思議な薔薇。


「レティの部屋に飾ってほしい。見てて、公表はしない花だけど、」


 クロードが趣味で育てている植物は珍しいものも多く、育て方も特殊なものが多い。優秀な地属性の魔導士であり王国屈指の魔力量を持つクロードの贅沢な魔力の使い方を真似すれば死者がでる。

 人の欲深さを知るクロードが製法を明かすのは安全なものだけ。唯一の趣味の植物栽培は社交の穏やかな笑みではなく楽しそうな顔で世話していた。


「殿下のことがわかりません。それでも、殿下は、き、興味がなくても、囚われた私を放っておくような方ではありませんわ。たとえルメラ様と楽しく過ごしてても、気づいたら、お仕事増えますもの…」


 レティシアは青い薔薇を持ちながら金の瞳によく似た星が輝く夜空を見上げた。考えれば考えるほどわからなくなり思考を放棄した。

 しばらくしてベッドに入り薔薇を持ったまま目を閉じた。



 シエルは不器用なレティシアが溢した言葉をクロードが聞けばすぐに不安は払拭されると知っていても何も言わない。

 レティシアからの返礼を穏やかな笑みで受け取るクロードの侍従。


「殿下は喜ばれます。感謝します」

「花を部屋に飾られました」

「手のかかる主を持つと苦労しますね」

「本音を隠す習慣とは厄介です。素直になれば簡単ですのに」


 二人は夜空を見上げ主達の幸せを祈った。

 返礼にペンを置いて手紙を読むクロードと薔薇を抱えて眠るレティシア。幼い頃から二人に仕える従者達はいずれ懐かしい光景がみられるだろう未来を思い描き笑みを深めた。


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