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クロードの暴走

 星が綺麗な夜に星に負けない輝く瞳を持つ少年が流れる星に願いを口にした。

 王族にもしがらみがあり全ては叶えられない。

 目論見の甘さが招いた少年にとって一番の悲劇が少年を変えた。



 転移魔法で飛び回るクロードの肩に美しい蝶が舞い降りた。


「慰めてくれるのかい?目覚めてくれただけで嬉しいのにそれ以上を望むのは傲慢かな」


 蝶は否定するように羽を振り、鱗粉が風に舞う。クロードはレティシアの反省文を取り出してまた読み始めた。


「王である私か。レティに縁談の嵐が起こるのは当然なんだ。公爵令嬢として相応しい彼女と違い私は欠落している王族。彼女のためならどんなものも与えたい。彼女を諦めたら与えてあげられない。矛盾しているよね。レティ、最後は君に委ねるよ。もう一度信じてほしい。嫌がるだろうな。でもこれが最善だよ。行ってくるよ」


 クロードは蝶に別れを告げて反省文をポケットに仕舞い転移魔法で消えた。

 大神殿に行き、馴染みの神官に話し掛ける。神官は申し訳そうな顔をして首を横に振る。


「やはり駄目かな?」

「陛下の許可がなければ」

「そうか。ありがとう。せっかくだから正式な方法を選ぶよ。本は借りるよ」

「精霊の加護があることを」


 クロードは神官から古びた本を借りて立ち去った。

 転移魔法で飛び回るクロードを捕まえられる存在はいない。

 朝日が昇る頃にクロードはある部屋の中に姿を見せた。

 クロードが憎悪を抱く、ぐっすりと眠る弟を絶対零度の眼差しで眺めた。公開されなかったレオの記憶晒しの膨大な記録は目を通さなかった。


「父上はどんな顔をするだろう。

 拒まれても構わないよ。私から奪えるのはたった一人だけだから」


 クロードは歪んだ笑み浮かべて剣を抜き、刃先をレオの首筋にあてた。


「―――――――望むなら選んでくれるだろうか……。ズルいかな?私はやはり父上によく似ているようだ。貴族よりも狡猾な生粋の王族だ。君が望む通り一生許さないけど一つだけ感謝してるよ―――――大事なことを教えてくれて」


 クロードの剣がレオの柔らかい肌に細い線が刻み、ポタポタと流れ落ちる赤い雫がシーツを汚す前に剣先で受け止めた。


「穏やかで優しく誠実、民に人気の王太子は何も掴めないんだよ。君には私の苦悩なんてわからないよ。子供の頃から邪魔ばかりする君を疎ましく思っていたよ。立場上、口に出せなかっただけ。時間の無駄だったから。私はレティとの時間を邪魔する全てを疎んでいたんだよ。さて始めようか。せっかくだから見届け人になってよ。意識がなくてもできるだろう」


 クロードは眠っているレオの血で汚れた剣を床にグサッと突き刺した。金の魔石が飾られた短刀を取り出し、左袖をめくり、ザックリと肌を裂き、流れ落ちる赤い雫で魔法陣を描く。


「見届け人はレオ・フラン。クロード・フランが誓約を求める。初代国王に加護を授けし精霊に誓う―――――」


 真っ赤な魔法陣の中心に立ったクロードが詠唱を始めると眩しい光が降り注ぐ。



 レオの部屋から神々しい光が溢れた。見張りの兵が扉を開けようとするもビクとも動かない。兵が報告に走り国王とビアード公爵と王宮魔道士が駆けつけた。

 ビアード公爵が扉を壊すと光が消えた。部屋の中には濃厚な魔力が漂い、魔力量の少ない兵士は魔力酔いで倒れた。


「殿下!?これは」


 クロードは騒がしい音に気付き、満足げに微笑んだ。

 すでに儀式は終わっていた。止血も終わり、左腕の傷は袖で隠した。


「正式な儀式を行いました。魔力は消費しますが、貴重な体験ができました。誓約書です。これもお返しします。では失礼します」


 クロードは短刀と誓約書を呆然としている国王に渡して転移魔法で消えた。

 国王の呟きは転移魔法で消えたクロードには届かない。

 記憶晒しが終わってから初めて目を覚ましたレオは部屋に広がる魔力の残り香と血で描かれた禍々しい魔方陣に驚き、固まる父を見て再び目を閉じた。


 クロードが持つのは王と大神官しか知らない地下迷宮に封印してある魔道書と誓約の双剣。

 クロードが使ったのは王しか知らない特別な精霊の誓約。

 誓約をして加護を願えば精霊の加護が与えられるが破れば魂を奪われる。魔力がない王族が生まれた時に使う秘術だった。クロードは誓っただけなので精霊の加護は受けていない。記録にない行為は破ればどうなるか誰にもわからない。



 ****


 レティシアはアリッサと人を探していた。

 アリッサはレティシアの探し人が何人もの女性と関係を持つ悪い噂を持つ男だったので心配して同行していた。レティシアの選ぶ男の趣味の悪さはアリッサには理解できない。他家に口出し厳禁のルールを守り、優雅に微笑み突撃する姿を止めずに見守っていた。

  校舎から離れた密会に使われる人目のない古びた小屋の窓の中にアリッサは赤毛を見つけた。


「ルーン様、あそこ!!」

「初めて来ましたわ。本当に利用されてる方がいらっしゃるとは。ありがとうございます。ようやく見つけましたわ。行ってきますわ。ブラコンで変態でなければ十分ですわ。行ってきますわ」

「襲われたら声を出しなさいよ。ここは純潔を散らすと有名な穢らわしい場所よ。扉は開けておくのよ」

「大丈夫ですわよ。元ルメラ様の恋人ですから可愛げのない私を襲うなんてしませんわよ。婿入りしてくださるなら責任もって躾けますから。私、実はお魚さんと仲良くするのは得意ですのよ」

「魚顔って本人に言わないようにしなさいよ。魚顔は褒め言葉じゃないのよ!!」

「教えていただき感謝しますわ。お魚さんのようにつぶらな瞳なのに、」


 アリッサは意気揚々と小屋に進んで行くレティシアの背中を見送った。


「シア、止まれ。どうしてわからないのか」


 レティシアは扉に手をかけるとがっしりとリオに肩を掴まれ歩みを止めた。

 恐る恐る振り向くと爽やかな笑みを浮かべるリオに背中から冷たい汗が流れた。


「ここは危険だから近付くな。中で何してるか理解してるのかよ」

「お話するだけですわ。うちは愛人を許してますわ。取引したらすぐに退散しますわ」

「男女が二人で、」


 リオが情事の真っ最中に突撃しようとしたレティシアに説教を始めようとすると青年を見つけて言葉を止めた。

 レティシアは礼をして控える青年に、お説教以上に嫌な予感に襲われる。


「どうされました?」

「申し訳ありません。保健室にお願いします」


 常に穏やかな顔のクロードの侍従の青い顔を見て、レティシアとリオは顔を見合わせ頷き保健室に駆け出した。

 求婚も驚いているアリッサのこともレティシアの頭から消えていた。




 保健室に入るとクロードがベッドで青い顔で眠っていた。


「長椅子で眠ってられたのですが、声を掛けても目覚めずに」


 ルーン公爵家の厳しい教育のもと学園一の治癒魔法の使い手はレティシアである。

 クロードとの魔力の相性も良く、学園でクロードに治癒魔法が必要な時はレティシアが呼ばれる。レティシアが対処できなければルーン公爵が。王族の主治医はルーン公爵家が任されている。


「リオ、魔法をかけても?」

「許可は俺が出すよ」


 レティシアは真剣な顔でクロードの手を握り、氷のように冷たい手に目を見張る。治癒魔法をかけながら痩せた顔をじっと見つめる。

 目元の隈に、艶が落ちた髪に荒れている肌、指と腕に傷痕を見つけレティシアの眉がつり上がった。


「殿下!?」


レティシアはクロードのシャツを脱がせて、いくつもの傷痕に目を見張った。職務怠慢な騎士への怒りを堪えながら体の傷にそっと触れ魔法で治療していく。


「リオ、殿下のお忍びに護衛をつけるようにきちんと言ってください。大事な御身に傷をつけるなど騎士は何をしてますの!!影も職務怠慢ですわ。殿下の御身になんてことを、ルーン公爵家として正式に抗議致しますわ。ビアード公爵にも責任追求致しますわ!!」

「落ち着け、待て!!ズボンはやめろ。脱がすなよ。そこは叔父上に任せろ」


 ズボンに手をかけたレティシアの腕をリオが掴んだ。レティシアは邪魔するリオを睨むと咎める顔を見て、血の匂いがしないので後回しを決めた。上半身の全ての傷を綺麗に消し、クロードの体を再び魔法で調べ、レティシアは茫然と呟く。


「嘘でしょう?殿下、どうされましたの?栄養失調に魔力欠乏なんて……」


 体が冷えないようにクロードに服を着せて左手を握って魔力を送る。

 レティシアの魔力がクロードの体の中に広がっていく。

 冷たい魔力がクロードの体に馴染むと瞼が揺れ、ゆっくりと金の瞳が姿をあらわす。

 真顔のレティシアの頬をクロードの右手が撫でた。あたたかい頬に金の瞳が潤んだ。


「起きたら君は眠っているのか。ごめん。私が守れなかった。君を守れなかった私には、夢でさえ、笑ってくれないか。それでもいいから、起きて、お願いだから。君のいない世界は」


 レティシアは弱った声と泣きそうな顔の見たことのない元婚約者に優しく撫でられている手に手を重ねる。

 弱った患者を安心させるために優しく微笑む。

 治癒士の前では身分はない。レティシアは戸惑う心を隠し、できるだけ優しい声を出す。


「お休みください。かの者に癒しの眠りを。優しい夢の世界に誘い給え」


 クロードがゆっくりと瞼を閉じた。レティシアは頬に添えられた手を布団の中に戻す。クロードの左手を握っていた片手はがっしりと握られていた。

 いつも優しく握られるクロードの左手を両手で包み、魔力を送る。


「シア、任せるよ。ズボンは脱がせるなよ。教師には俺が伝えるから授業に出なくていい。殿下の不調への噂の収集もビアードへの抗議も俺が動くから、殿下を頼むな。結界で覆っておくよ」


 リオは心配そうな顔をしているレティシアの頭を撫でて出て行く。レティシアは弱っているクロードを放っておけない。求婚騒動を起こし、クロードを避けている従妹が向き合うには丁度いいかと素顔を見せやすいように、人払いと防音と目眩ましの厳重な結界で覆って保健室を閉鎖した。


 侍従はクロードを泣きそうな顔で見ている元教え子に優しく声を掛けた。


「殿下のお傍にいてくださいませんか」

「殿下は休まれているんでしょうか?いえ、主、ましてや王族のことは話せませんよね。申し訳ありません。気にしないでくださいませ。手が解かれるまではお傍にいます。二人っきりは許されませんので」

「私も同席します。もちろん全ては胸に留めますのでご安心下さい」


 レティシアはコクンと頷き、クロードの冷たい手を握りながら再び魔力を送り始めた。



 クロードの様子がずっとおかしかった。

 どんなに多忙でも過労で倒れることはなく自己管理ができる人だった。

 罪は許さないが不敬罪で令嬢を、警告もなく社交界から追放するような厳しい罰を与えるようなこともなかった。

 面会依頼もせずに転移魔法で連日、ルーン公爵邸に訪問することもなかった。

 振り返れば振り返るほどレティシアの知るクロードとは違う。


「傲慢にも殿下の幸せを願ってましたわ。でも私の知る殿下はもう――――」


 レティシアは誰よりも尊敬していた恋を知る前のクロードを思い出すと視界が歪んだ。


 アリッサから借りた小説では王子を慕う令嬢が叶わぬ恋に絶望し、狂って悪い魔女に変貌した。魔女が与える試練を愛の力で乗り越えた王子と姫。魔女は幽閉された後の結末は描かれていなかった。

 レティシアの読んだ恋愛小説は必ず誰かの不幸が綴られていた。民のために身を捧げていたクロードを襲う不幸を想像して、ポロポロと涙が流れ落ちる。


「ルメラ様は殿下をお慕いしてましたわ。どうして、家の事情でしょうか……。殿下、――――――失恋がここまで。忌まわしい小説のように……。殿下、私もリオも殿下を大事に想ってますわ。殿下にとって心を満たすルメラ様の必要さを気付かずに申し訳ありません」


 レティシアは涙を指で拭い、クロードの目元をそっと撫でた。

 

「強引に迎えればよろしかったのに、ルメラ様のお気持ちを優先されたんでしょう……。世界一の魔法力を誇るフラン王国の王太子が望めば手に入らない女性などほとんどいませんのに…。平民ではなくフラン王国の貴族なら尚更。殿下が心身共に壊されるまで求められるなら必要な方ですわ。ルメラ男爵家と婚約者と取引を……。ルーンが取引できない家はありませんわ。王家のためですもの。妾なら簡単に迎え入れられますし、アリア様の説得は簡単ですわ。妾が嫌ならうちの養女にして、教育を…。さらに時間がかかりますが、仮の婚約者なら面会はできますわ。成人までに仕上げるなら――――。殿下、ご安心ください。殿下の幸せのためにお迎えしましょう。フラン王国の貴族として生まれた運命ですもの。貴族令嬢は政略結婚の駒ですわ。時間がかかりますが、殿下の幸せのために必ず手に入れますわ。どうか夢の中で逢瀬が叶いますように」


 侍従はレティシアの呟きを聞き遠い目をした。

 クロードに向けて優しく微笑むレティシアを眺め、大事な時に眠っている主の運の無さにため息を飲み込んだ。

 レティシアはようやく温かくなった手に微笑み、瞼の重さに負けて目を閉じた。


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