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レティシアの本性 前編

 少年はかつて兄に憧れていた。

 少女が困ると手を差し出し声を掛ける兄。

 兄が少年に向けるのは仮面のような顔。

 少年が手を伸ばしても兄は振り向かない。

 心の中で助けを求めても気付かない。

 兄に手を伸ばそうとすると少女が現れる。

 二人は手を繋いで進んでいく。

 少年の存在などないように。



 日が沈み、レオの記憶晒しが行われた。

 王家の内情もあり公開されたのは事件に関わる記憶だけだった。



「待っていたよ。レティシア嬢。楽にしてくれ。君を待っていた。お手をどうぞ」


 一瞬驚き、固まったレティシアが動揺を隠して優雅に礼をした。

 レオに差し出された手を取らずに、頭をあげて微笑んでいた。二人の逢い引きの光景に一部の貴族が口角を上げた。エイベルの記憶の中のレティシアは被害者だった。ルーン公爵家を裁ける要因は一つもなかった。


「恐れながら殿下、気分が優れませんので、後日改めてお伺いさせていただけませんか」

「中で休むといい。話がある。それともルーン公爵家は王家に逆らうのか」

「私はクロード殿下の婚約者です。レオ殿下と二人で過ごすのは許されませんわ」

「中には君以外もいるから大丈夫。人払いの結界で覆っているから安心してくれ」


 レティシアは人形と囁かれる上品な笑みを浮かべレオと向き合っている。レオの手がレティシアの手に触れ腰をそっと抱き部屋の中にエスコートして椅子に座らせた。



 壁にたたずむエイベルと薬学教授を見て、眉をピクリと動かすもレティシアはすぐに穏やかな顔でレオを見つめた。


「殿下、ご用件とはなんでしょうか。クロード殿下はいらっしゃいますの?」

「レティシア嬢、兄上が君に会いたくないというから俺がここにいる。最近の君の行いは将来王家に連なるものとして相応しくない。貴族としてもあるまじき行為だ」


 レティシアは呼び出される前にリアナ・ルメラ男爵令嬢が婚約者のいる子息と密会していたので嗜めていた。泣いているリアナを慰めるためにクロードが駆けつけたと思い込み、臣下としてクロードの恋路の邪魔をしないように、礼をして立ち去った。その後にクロードからの呼び出しと勘違いして誘きだされたことをルーン公爵家と国王だけは知っていた。



貴族としてあるまじき行為と王宮行事にさえ顔を出さない、公務を全て放棄しているレオの言葉に突っ込みを入れられる貴族はいなかった。


「身に覚えがありませんわ」

「リアナに嫌がらせをしているだろう。兄上の心が離れたからと、見苦しい。

 リアナは自分が悪いと泣いている。貴族が弱いものを貶めることは許されない。ルーン公爵家令嬢に逆らえるものは少ない。理不尽に家の権力を振りかざす者を許すわけにはいかない。権力がある家なら尚更」


 学園では嫌がらせはよくあることである。

 クロードの婚約者になりたい令嬢達からレティシアも受けていた。

 愛らしい笑顔で多くの男子生徒を魅了するリアナが受けても仕方のないことである。嫌がらせを受けてどう対処するかが貴族にとっては大事であり、落とし合いは日常茶飯事。

 平等という免罪符のある学園でもレティシアをはじめ多くの貴族にとっては社交の場である。特にレティシアは全てを利用して家と王家の利のために動くのが貴族と言う考えの持ち主である。

 とはいえ多忙なレティシアは報復はしても自分からは手を出さない主義である。



「貶められる無能に重宝する価値があるとは」


エドワードは置かれているお茶に手をつけながら呟いた。


「私は嫌がらせも弱い者いじめも身に覚えはありませんわ。ルメラ様には貴族としての嗜みをお伝えしています。このままでは、ルメラ様は貴族の世界では生きてはいけませんわ」

「リアナは魅力的だからね。君と違ってたくさんの人々を魅了するだろう。君はリアナが怖いんだろう?自分にはない魅力を持つ彼女が。ルーン公爵家の令嬢ではない君に誰も従わない。自分の立場を脅かすリアナが怖いから彼女を貶め、殺そうとする」


 穏やかな顔をしているレティシアが呆れた眼差しをレオに向けているのがクロードだけが気付いた。

 レオの挑発にすぐに感情を隠して微笑した。


「恐れながら殿下、私はルメラ様を貶めたことも、害そうとしたこともありませんわ。初耳ですわ」

「とぼけるのか。三日前にリアナが階段から落とされた。足を滑らせたと言うが、君を見て怯えている。リアナが君を庇っているのは明らかだ」

「身に覚えがありませんわ。どなたか見た方はいらっしゃいますの?」

「君がそんな甘いわけがないだろう。人気がないことを確認して実行した」

「私は常にシエルと一緒ですわ。時刻はいつでしょうか?」

「リアナに辛い記憶を思い出させたくないからね」

「レオ殿下、不確定要素が多すぎですわ」

「たとえ、君が手を汚さずとも君の取り巻きに行わせた可能性がある。皆がルーン公爵家が怖くて逆らえない。真実も言えない。もし犯人が君ではないとしても、兄上の愛する者を守れなかった。そして、学園の秩序が乱れるのを許した君に兄上の婚約者でいることは許されない。君は兄上と婚約破棄し貴族位の剥奪。優しい兄上は君に伝えられない。兄上の憂いを取り除くのも、手を汚すのも俺の役目だ」


 エイベルの記憶では映らなかった会話が浮かんでいく。

貴族達は鮮明に浮かぶ見慣れている穏やかな顔と声音で反論するレティシアとレオの無理のある糾弾を聞いていた。

 クロードは見たことのない感情を映すレティシアの瞳の色と、滅多に見せないきつく結んだ唇に驚く。


 レティシアはレオの言葉に心底呆れて言葉を失っていた。

 幼い頃から問題ばかりおこすレオに振り回されるクロードを見ていた。レオがクロードのために動かないことも、クロードが誠実で優しいだけの王子でないこともよく知っていた。

 しっかり下調べをして、時には欺き、踊らせ、退路を防ぎ、笑顔で罪状を突きつける、学園以外なら罪を許さない冷酷は一面があることも。

 問題ばかり起こすレオが罰せられず、許されているのは国王が許しているからで、クロードは何一つ許していないことも。

 レオが第二王子披露の場に顔を出さなかった日から一切の期待も信頼もせず、無関心になったことも。

 しばらくしてレティシアは呆れを隠して静かな声で話した。


「身に覚えがありませんわ。それでも私を裁くというなら、ルーン公爵家に取り次いでくださいませ。陛下に身の潔白をお話しますわ。陛下の命であれば従います」

「俺の命令には従えないのか」

「クロード殿下との婚約破棄も貴族位の剥奪も陛下の領分ですわ。そして裁判が必要な案件であり、レオ殿下に権限はございません。私にもレオ殿下の命を受ける権限はございません。私の処遇は陛下とお父様が決めることですわ」

「兄上の婚約者ごときが俺を愚弄するとは、良い度胸だ。不敬罪だと思わないか」


 レオのトーンの下がった声にレティシアは動揺せずに微笑む。

 王太子の婚約者として公務に励むレティシアはレオよりも多くの権限を与えられていた。またルーン公爵家は王族でも軽視できないほど権力を持っている。


ルーン公爵は王家への不敬で裁かれる言動を一切口にせず、会話の主導権をレオに渡さず、空気を支配させない娘に感心していた。フラン王家は決して理不尽な命令は出さず、いざとなればクロードとアリアがレオの命令を取り下げることさえ教えない娘に。


「事実を述べたまでですわ。私は身に覚えがありませんわ。もしクロード殿下がルメラ様を望むのなら快くお迎えする心構えもありますわ」

「もう正妃気取りか。リアナを側妃なんて不憫な地位に快くお迎えとは。君は兄上とリアナのために辞退する気はないのか」

「王家とお父様がお望みなら従いますわ。男爵令嬢が正妃につくことはできません。たとえルメラ様に人望があっても、男爵家では側妃が限界ですわ」


 フラン王家では正妃は侯爵家以上、側妃は男爵家以上、以下は妾と決まっている。

 継承権は正妃の子優先であり、正妃以外を娶ることは珍しい。

 王には魔力が必須であり、王族が魔力なしの無属性にならないように魔力の高い侯爵家以上を正妃に迎えていた。魔力の強い両親を持てば魔力の強い子が生まれると言われていた。

 弱小のルメラ男爵家なら妾になるとはレティシアは口に出さない。


「側妃が不憫と知っていながら、リアナに側妃を望むのか!?王太子や正妃の顔色を窺い、王家なのに継承権を与えられない不遇に優しいリアナを」

「決まりですもの。陛下をお支えする側室の方々を不憫とも思えませんわ」

「お前は自分が側妃を命じられても、今の言葉を違えないか?」

「貴族たるもの陛下と生家と民のためになるなら、謹んで拝命しますわ」

「俺の妾でもか」

「陛下とお父様の命であるなら従いますわ」

「そればかりだな。まぁ、いいだろう。お前は兄上のことを忘れられるのか?」

「クロード殿下を忘れるなどありえませんわ。クロード殿下が即位なされば、私の忠誠はクロード殿下のものですもの」

「口だけならいくらでも言える。リアナの件は認めないんだな。今なら俺が庇ってやるから、思い直すなら今のうちだ」


 レオとほとんど面識のないレティシアは呆れはてて冷たい瞳でレオを眺めて、優雅に微笑む。

 挨拶以外で初めて話したレオは想像以上に酷かった。優秀な弟を持つレティシアはクロードに同情していた。


「身に覚えがありません」

「強情だな。これからゆっくり後悔すればいい」

「後悔しませんわ。どうぞ、ルーン公爵家にお取次ぎくださいませ。私はルーン公爵家でお待ちしておりますわ。失礼いたしますわ」


 レティシアが椅子から立ち上がり礼をした。部屋を出るためにシエルが扉に手を掛けると開かない。

 レティシアは振り向いて、レオを静かに見つめる。


「殿下、まだ用がありますの?」

「ルーン公爵家に帰したら権力でもみ消すだろう。またリアナを害するかもしれない」

「そのようなこと致しませんわ。ご心配なら寮から出ませんわ」

「信用できない」

「精霊の誓約を使っていただいても結構ですわ」

「精霊の誓約にも抜け道はある。それに君は魔法が使えなくても問題ないだろう」


 信仰する精霊への誓約はフラン王国で一番重たい誓約である。

 名前にかけて誓うものより重く、精霊の誓約を破れば貴族として信用が消える。特にウンディーネを信仰するルーン一族のレティシアは破れば籍を抜かれる。

 ルーン公爵家の歴史に残るだろう恥である。

 ウンディーネの信仰心を捨てるなら自決を選ぶのがルーン一族である。

 レティシアはレオに言葉で語るのを諦め、生徒会に謝罪することを決めた。


「我が乞う。水の精霊ウンディーネ、我が願いを叶えよ。水流撃破」


 扉を壊すために魔法を使うも何も起こらない。

 シエルが懐に手を入れるとエイベルがレティシアに向けて魔法を放つ。


「我が乞う。風の精霊シルフ。彼の者に風の刃を与えよ」

「お嬢様!!」


 シエルは襲う風の刃からレティシアを守るため、避けずにレティシアを抱きしめた。シエルの背中が風の刃で斬り裂かれ、血の匂いにレティシアが目を見張る。


「シエル!!我が乞う。水の精霊ウンディーネ、答えなさい!!」


 レティシアはシエルの背中に手を回し、致命傷はないことに安堵の息を吐くも魔法が使えない理由に気付き、レオを見た。


「我が乞う。地の精霊ノーム。彼の者を捕えよ。レティシア、水の精霊に見捨てられて可哀想に」


 レオが魔法を使い、レティシアとシエルを拘束した。


「暴れるなよ。暴れるほど魔力が吸われていくからな。俺は優しいから女を痛めつける趣味はない」

「水魔法を封じましたわね。女を痛めつける趣味はないならどうしてシエルを傷つけましたの!!」

「エイベルが勝手にしたことだ。俺は命じていない」


 レティシアはレオから顔を背け、無表情で佇んでいるエイベルを冷たい瞳で睨んだ。


「エイベル!!どうしてですの。ビアード公爵家の者が戦意なき者に攻撃するとは、ビアード家の誇りはありませんの!?どうして、レオ殿下と一緒にいますの」

「レティシア、お前はやりすぎた。リアナのために仕方ないんだ。女とはいえシエルは強い。お前に害を与える者を許さないだろう。戦場に出れば騎士道なんて守ってられない」


 レティシアを拘束するレオが作った枝がどんどん体に食いこむも、冷たくエイベルを見据えていた。

 ルーン公爵夫人が娘の目に初めて浮かんだ闘志に驚いた。


「ここは戦場ではありません。一度も戦場に出た事がありませんのにどの口がいいますの!?真向勝負!!正々堂々の精神はどうしましたの!?貴方、剣術と男気が取り柄ではございませんか!!ビアード公爵が嘆きますわ。魔法さえ使えれば、その性根たたき直してやりますわ!!うっ!?」

「レティシア、エイベルと仲が良いんだね。淑女の皮が剥がれているよ。兄上も可哀想に」


 レティシアは無言のエイベルから楽しそうに話すレオに向き直る。


「女を痛めつける趣味はないのではありませんか」

「暴れなければだ。人形みたいな君がこんなに感情豊かとは、兄上も知らないだろうね。」


 笑っているレオを見て、レティシアは令嬢モードを纏う。

 拘束される枝に魔力を吸われ、体の力が抜けていても背筋を伸ばし心の中で後でエイベルに報復すると誓いながら。


「私達をどうするつもりですか?」

「また人形に戻ったのか。俺は先ほどの君のが好みだけど」


 からかうようなレオの声に拒絶と軽蔑の感情を隠した穏やかな顔を向けているレティシア。エドワードは姉が本気で怒っているのに気づいた。


「私達をどうしますの?」

「つまらないな。シエルに用はないが、野放しにはできない。先生、実験台欲しがっていましたよね。

 彼女、魔力はないですが平民にしては頑丈ですよ。どうぞ、好きに使ってください。我が乞う。地の精霊ノーム。彼の者に眠りの安らぎを」


 冷静な顔で拘束を解こうとしているシエルにレオが魔法をかける。シエルの体が崩れ落ち、レティシアが目を大きく開けて、拘束を解こうともがく。


「シエル!!」

「お嬢様、お気を確かにお持ちください。きっと」


 レティシアの悲鳴とともにシエルが眠り床にバタンと倒れた。


「先生の実験室に転移させます」

「先生、人体実験なんて許されませんわ」


 笑う薬学教授にレティシアが目を吊り上げて冷たい声で叫ぶ。


「レティシア、平民なんて動物と変わらないよ。貴族の未来に貢献できるなんて、身に余る誉れだと思わないか」

「平民も貴族も命の尊さは関係ありません。それに貴族は平民を守る義務がありますわ」

「公爵家のものが命の平等を語るなど笑えるな。それともそこまで、シエルが大切か」


 レティシアは息を飲み、目を伏せた。

 しばらくして青い瞳を細め、体の力が入らず、視界が歪んでいることさえ気付かせないように優雅に微笑んだ。

 レティシアが必死に我慢して立っている姿にルーン公爵夫人は拳を握った。


「当然ですわ。公爵家を支える家人であり領民ですもの」

「レティシア、女は素直で従順なのが一番だ。お高くとまっても、誰も見向きもしない」

「結構ですわ。私は誰に見向きされなくても、ルーン公爵家の者として誇り高く生きますわ。殿下は、どうぞ、自分好みの令嬢を選んでください」

「いつまでその強情が持つか見ものだな。我が乞う。地の精霊ノーム。彼の者に眠りの安らぎを」


 床に倒れるレティシアをレオが抱き上げた。


「後は任されるよ。話すだけだ」

「わかりました。それでは」


 エイベルの姿が消えて、汚い部屋のベッドにレティシアは寝かされた。

 手に腕輪をつけ、レティシアの頬にレオの手が触れる。


「兄上はどうされるか。助けはこない」


 部屋を出て行き、王宮に転移した。

 映像が消え、再びまた浮かび出す。


 薬学教授が無言で食事を乗せたお盆をレオに渡す。

 レオは自白剤入りの食事を持ってレティシアの待つ部屋に入る。


「気分はどうだ」

「ごきげんよう。レオ殿下」


 感情を隠して立ち上がり微笑みながら礼をするレティシア。


「元気そうだな。不自由がないか心配だったが安心したよ」

「ここから出していただければ、そんな心配無用になりますわ」

「食事を持ってきたんだが」

「ありがとう存じます。お気持ちだけで結構ですわ」

「食べさせてやろうか」

「結構ですわ。殿下、望みはなんですの?」

「リアナと兄上のためだ」

「嘘ですね。私はレオ殿下がルメラ様にイチコロされたようには見えませんもの」

「お前、実は賢いのか。何にも興味がないくせに」


 レティシアはレオの挑発は流し懐柔するために微笑んだ。


「殿下の目的を教えてください。私を監禁しても殿下の利が見つかりません。外泊届を偽造しても数日が限界です。いずれ見つかります」

「まぁ、そうだろうな」

「私の命は殿下の手の上。せめて目的を教えてください」

「俺は兄上が嫌いだ。いつもわざとらしい笑みを浮かべて、お高くとまって。母上に嫌がらせされても、憐れみの視線を向けるだけ。いつも俺の先を行き、俺の欲しいものを全部持っていく。俺を簡単に御せると思っているのも気に入らない。俺が反旗を翻したら、なんの躊躇いもなく俺を殺すだろう。あいつの顔が苦痛にゆがみ、苦しめられるなら殺されるのも一興だが、俺のことなど微塵も記憶に残さないだろう。でもお前は違うんだ。兄上はお前を好いている。お前が行方不明になれば必死で探すし何かあれば心配する。俺がお前を傷つければ、兄上の顔が憎悪に染まる。それが見たいんだ」


 レティシアは穏やかな顔でレオの話を聞きながらドン引きしていた。

 全身に鳥肌が立っているのを隠して微笑んでいた。



 ――――――変態ですわ。惚けた表情に鳥肌がたちますわ。

捨て身にしても、信じられません。兄弟喧嘩に巻き込まれて死ぬなんて嫌ですわ。

クロード殿下の関心を引きたくて私を監禁したならルメラ様も関係ない。

私を魔法で気絶させて運べばすみますのに。婚約破棄や暗殺未遂のくだりは必要ありませんわ。

兄と仲良く過ごしたいと相談していただけば協力致しましたのに。お手紙をくだされば面会も応じましたわよ。リオに同席を頼んで。

 と思考していたのはレティシアしか知らないことである。



「レオ殿下、恐れながら、貴方は勘違いをされていますわ。まず私を誘拐や傷物にしても殿下は怒りませんわ。今のお気に入りはルメラ様ですもの。怒るとすればルーン公爵家への対応で仕事が増えたことくらいですわ」


多くの貴族が聡明なレティシアらしくない言葉に凝視した。自慢の王太子は仕事が増えても怒らず、人命救助優先である。


「本気か?」

「ルメラ様は正妃にできませんから、新たな婚約者を探すことを面倒に思う程度で私への情など皆無ですわ」


 エイベルの記憶晒しから緊迫していた空気は鉄格子の中で楽しそうに話し出したレティシアに払拭された。

 赤子のレティシアを知り、国外の外交に随行することも多い従兄のカナト・マールが口元を緩ませた。


「見慣れればあのうさんくさい笑顔も解読することができますわ。私はレオ殿下とクロード殿下の仲を応援いたしますわ。クロード殿下とのお付き合いは長いので私におまかせくださいな」


アリアの眉がピクっと動いた。

マール公爵とカナトは口元を手で抑えた。この後の会話に備えて。

多くの貴族がクロードの隣でいつも微笑んでいたレティシアの自慢の王子への印象に戸惑いを覚え始めた。


「俺は兄上と仲良くなりたいわけではない!!」

「兄弟仲良くしたいと願うのは当然ですわ。特別に殿下の弱点をお教えましょう」


 完璧な王太子の弱点は問題児の弟王子のことだけである。貴族達が戸惑う中でレート公爵はレティシアがクロードの害になることをレオに話さないと知っているので制止せずにそのまま続ける。


「兄上に弱点なんて、お前以外にあるのか!?」

「クロード殿下は仕事を増やされることが何より嫌いです。あと予定を乱されることも。レオ殿下の尻拭いも笑顔で処理していましたが、あれは怒った笑顔でしたわ。忌々しい空気を隠しもせず処理されてましたもの。レオ殿下が騒ぎをおこした日の晩餐はレオ殿下の苦手な食べ物のオンパレードではなくて?殿下のささやかな復讐ですわ」


 自信満々に話すレティシアを国王は穏やかな顔で眺めている。

 アリアは無邪気な笑顔のレティシアのクロードへの不敬に眉をピクピクと動かす。

 マール公爵とカナトは必死で笑いを堪えた。

 マール公爵夫人は情緒がうまく育っていない妹によく似て精神年齢の低い姪に遠い目をした。

 クロードはレティシアの認識に切なくなりながらも必死に交渉している姿に脱力し握っていた拳がほどけた。

 エドワードはクロードを憐れんだ目で見つめた。

 ルーン公爵夫人はどんな状況でも諦めない娘に感心し、ルーン公爵は娘の危機管理について悩み始める。

 レティシアの外面に騙されていた貴族達は感情を隠すのに必死だった。

 二人の楽しそうな声が響き、鉄格子さえなければ密会に見える光景が広がっていた。



「レオ殿下、私を監禁しなくてもクロード殿下のお顔をゆがませることできてますわよ。

 これからも愉快に殿下のお顔をゆがませませんか!?ルーン公爵令嬢はクロード殿下の味方ですが、単なるレティシアはレオ殿下のお手伝いをしますわよ」

「お前、性格変わってないか。いつもの冷静沈着、人形みたいなルーン公爵令嬢はどうした。こんなお前を兄上はご存知なのか」

「クロード殿下の前ではルーン公爵令嬢ですもの。殿下の前では騒ぎませんわ」

「笑える!!あんなに必死にお前の機嫌をとってる兄上が滑稽すぎる」

「クロード殿下は婚約者の義務を果たしていただけですわ。それより私と手を組みましょう。私は作戦たてるの得意でしてよ。クロード殿下の情報も持ってますし、お役に立てますわ」

「兄上が今のお前を見せたら悔しがるだろう。面白い話を聞かせてもらったよ。久々に愉快な気持ちにさせてもらった。飯置いとくから食えよ。また来る」


 明るく楽しそうに笑いかけるレティシアに一部の貴族が笑った。レティシアがクロードではなくレオとの不貞行為の証拠になる映像だった。

 

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