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プロローグ

自然豊かな土地を持ち四大精霊を信仰する蜂蜜色の一族が統治するフラン王国。

身分に厳しいフラン王国では王家より序列が発表される日は一年で一番緊張が走る日である。

家格の高い者には絶対服従。

王家の発表した序列に準じ、立場が変わり一年の過ごし方が決まるため自己顕示欲の強い貴族達が緊迫した空気を纏う中、フラン王家に貢献した貴族の格付けが発表された。


 一位 マール公爵家

 二位 ルーン公爵家

 三位 ビアード公爵家

 四位 レート公爵家

 五位 シオン伯爵家

 六位 パドマ公爵家

 七位 スミス公爵家

 八位 マートン侯爵家




「正妃様の生家であり外交の要、マール公爵家の序列一位は不動」

「王国最高水準の治癒魔導士を束ねる宰相一族のルーンは今年もか」

「さすが王国一権力を持つルーン一族」

「天才シオンが司法一家のレートに抜かれましたわ」

 

 欲深い貴族達は仮面のような笑顔で不満は口にせずに讃え合う。

 特に王家とともにフラン王国を動かす上位貴族は本音は決して口にせず、愚かで正直な貴族達の囁き声に耳を傾け微笑むだけである。


「今年も期待している。さて挨拶はここまでにしよう」


 王家に代々伝わる蜂蜜色の髪と金の瞳を持つ国王の挨拶が終わると美しい音楽が鳴り響く。序列が発表される新年のパーティーは王家が臣下をもてなすために美しいダンスを披露する。

 国王夫妻がダンスホールの中心に立ち、ゆったりとしたワルツを優雅に踊る。

 国王夫妻が美しいダンスを終えると入れ替わりで王子がパートナーをエスコートしてホールの中心に立ち礼をした。



 蜂蜜色の髪と金の瞳を持ち、常に穏やかな笑みを浮かべる第一王子クロード・フラン。

 容姿端麗、文武両道、優しく誠実で非の打ち所がないフラン王国が誇る王太子である。

 パートナーは婚約者候補の水の精霊ウンディーネの加護を持つルーン一族、ルーン公爵家長女レティシア・ルーン。

 王家の瞳の次に美しいと謳われるルーン一族のみに受け継がれる深い青色の瞳を持つ少女である。

 

 国王夫妻の披露した緩やかなワルツとは正反対のテンポの速い音楽が流れ、クロードは穏やかな笑みを浮かべ上品に微笑むレティシアと向かい合い腰に手を回しステップを踏みはじめた。

 クロードのリードに合わせて軽やかに踊るレティシアの体を包むルーン領自慢の花で染めた澄んだ青色のドレスがふわふわとたなびき、金の刺繍がキラキラと輝く。会場の明かりに照らされ輝かしい銀髪と蜂蜜色の髪飾りの輝きも増す。息の合うダンスを披露する二人に会場中の視線が注がれていた。



 王太子の婚約者候補として初めて王宮行事に出席した社交デビューを終えたばかりの8歳のレティシア・ルーンはクロードと見つめ合いながら難易度の高いダンスを披露した。

 クロードの次は第二王子が踊る番だが姿はない。

 クロードが楽団に目配せをすると緩やかなテンポの音楽が奏でられる。レティシアと微笑み合い、動きが少ない分、美しさを求められるワルツのステップを踏む。レティシアはクロードのリードに任せ、国王夫妻に勝るとも劣らない優雅なダンスを披露し礼をすると盛大な拍手に包まれた。


 クロード達のダンスが終わると貴族達がパートナーと共に踊り始める。

 クロードはレティシアを連れて、ダンスホールを後にすると待ち受けていた貴族達に囲まれる。

  自然な動作で一人の令嬢がレティシアのドレスの裾を踏み、もう一人の令嬢の腕が小さなレティシアの体を強く押し、傾く体をクロードが腰をがっしりと抱いて引き寄せる。

 クロードは笑顔で挨拶を受けながら、レティシアをピタリと自身の体に寄りかからせた。

 熾烈な争いを繰り広げる婚約者候補の令嬢の眉がピクっと動いた。

貴族達と談笑をしているクロードはダンスに誘って欲しいと視線を送る令嬢達に微笑んだ。期待する令嬢達のドレスを褒めて、レティシアをエスコートしながら退席する。

 会場を出るとずっと隣で微笑んでいたレティシアに優しく微笑んだクロードがふわりと抱き上げた。


「お疲れ様。公爵邸まで送るよ」

「ありがとうございます。ですが」


 クロードはレティシアの青い瞳をじっと見つめた。レティシアは金の瞳に探られるように見つめられ、クロードの後ろに見つけた少年を見て諦め頭を下げた。


「申しわけありませんでした」

「いつから?」

「庭園をお散歩した時です」

「次はきちんと教えて。治療する時間はいくらでも作れるから」

「お母様には内緒にしてくださいませんか。うちに帰って治しますから、ごめんなさい」


 優しく諭すクロードの真後ろにいる二人より背の高い少年を見てレティシアが引きつった笑みを浮かべた。

 風の精霊シルフを信仰するマール公爵家三男リオ・マール。

 クロードの生母アリア・フランはマール公爵の妹、レティシアの生母ローゼ・ルーンはマール公爵夫人の妹であり二人にとって従兄である。

 クロードにとっては一歳年上の頼りになる友人だが、赤子の頃から面倒を見られているレティシアにとっては口うるさい小姑である。


「殿下、俺が言い聞かせますよ。会場に戻られますか?」

「ルーン公爵邸まで送るよ。私達の役目はここまでだから」


 クロードはリオの誘いを断り、人形のように貼つけたレティシアを抱いたまま王家の馬車を手配した。

 10歳のクロードは夜会に最後まで出席することは求められない。11歳のリオは社交デビューを終えたばかりのレティシアのフォローのために参加しただけである。

 レティシアはクロードに馬車に乗せられ、隣に座るリオの爽やかな微笑みに恐怖で背中から流れる冷たい汗を隠しながら微笑んでいた。

 ルーン公爵邸に着き、馬車が止まるとクロードが立ち上がる前にレティシアが立ち上がり上品に礼をした。

 

「殿下、送っていただきありがとうございました」

「お大事に。ゆっくり休むんだよ。見送りはいらないよ。レティを」

「かしこまりました。俺達はこれで」


 頭をあげたレティシアにクロードは優しく微笑み、リオは頑固な従妹を抱き上げて馬車から降りた。

 王家の馬車が去っていくのを礼をして見送ったレティシアはリオに抱き上げられたままルーン公爵邸の庭園の椅子に降ろされた。

リオはドレスの裾を持ち上げ、腫れ上がっているレティシアの足首から靴を脱がせて爽やかな笑みを浮かべた。


「説明してもらおうか」

「庭園でパドマ様と取り巻きがルーンの花を踏みつぶしました。わざわざルーン領から取り寄せた花束を、ぐしゃ、ぐしゃと。序列順位が気に入らなかったと言うくだらない」

「怪我をした状況を聞いているんだよ」

「怪我なんて治るからいいのですよ。花は戻りません。これは正式に抗議しますわ。ルーンの花を、ルーンの花を踏みつけるなんて、ウンディーネ様への冒涜ですわ」


 レティシアは目を吊り上げて冷たい声で熱弁した。

 ルーン領民はルーン一族の青い瞳を信仰している。

 そのためルーン領には青いものが溢れている。

 おかげで青色の染色技術と青い花の生産量は世界一である。

 ルーン一族はルーン領のものを大事にしている。直系のレティシアの好物はルーンの名産の蜂蜜であり、宝石よりもルーンの花を大事にする少女である。

 信仰心の薄いリオが引くほど水の精霊ウンディーネを信仰し、郷土愛の強い一族である。


 レティシア・ルーンは、物心ついた時から厳しい母親の教育により感情を隠して常に淑やかな笑みを浮かべる令嬢モードを身に付けた。

 6歳から始まった王妃教育では王太子妃の全ては王太子のためと教え込まれ、ルーン一族の中で唯一王家への忠誠心を持つ少女である。


 


「落ち着け。足を怪我したままダンスなんてバカだろう?言えばいいものを」

「あんな愚かな方々に負けませんわ。足を引っかけられて転びそうになっただけですわ。ルーンの大事なドレスを汚さないように踏みとどまったときにうっかり。転べば醜態になりますもの」

「王族の控えの間で待っていれば良かっただろうが。あそこには王族とパートナーしか入れないから」

「ルーンの花の強い匂いがしました。そしてぐしゃっと嫌な音が聞こえたら放っておけませんわ。もちろん花はきちんと供養させましたわ」

「花の心配じゃない」

 

 序列の発表は長い。

 序列三位までは国王が発表し当主夫妻に言葉を掛ける。

 その後は宰相であるルーン公爵が引き継ぐ。

 発表された十五位までの当主夫妻が順番に王族に挨拶をする。

 

 参加が必須なのは王家から招待状を受けた当主夫妻。

 子供の参加は自由だが夜遅くまで開かれる夜会なので幼い子女を連れて来る貴族は少ない。

 幼いレティシアはすでに結果を知っていたので王族の控えの間でクロードが迎えに来るのをアリアに渡された本を読んで待っていた。

 窓から王宮で香るはずのないルーンの花の香りが漂うまでは。

 

 ルーン公爵邸の庭でリオに長い説教をされている年上の令嬢達に誘きだされたレティシアの姿を専属侍女のシエルが眺めていた。

 馬車が到着しても一向に邸の中に入らないレティシアをずっと待っていた小さな影が近づいた。


「おかえりなさいませ。姉上」

「あら?エディ、起きてましたの。いらっしゃい」


 小さな足で近づいてくる弟のエドワードにレティシアは両手を広げる。手を伸ばす4歳の可愛い弟を今までの上品な笑みとは正反対の満面の笑みを浮かべて抱き上げる。

 リオの終わりの見えないお説教を止めてくれた弟に感謝しながらギュっと抱きしめた。


「ただいま帰りました。お母様に怒られないように休みましょう。リオ兄様、お休みなさいませ」

「シエル、足をくじいているから治療をさせろ。叔母上には言わずに」

「姉上を運んでください」

「エディを抱っこしてあげてください」


 空には星が輝いており、リオは説教を後日にしてエドワードとレティシアを抱き上げる。

 驚いて目を丸くするレティシアと笑っているエドワードをルーン公爵邸に送り届け、庭に隠れて眺めていたクロードに声を掛けて帰路についた。



 ***



 王宮にはクロードの側近候補が出入りしている。

 子供部屋として用意された一室では王太子の婚約者になったレティシアが膝を抱えて震えていた。

 扉の開く音に頭を上げた。

 入ってきたのはクロードの側近候補のエイベル・ビアードとリオ。

 歴代近衛騎士団長を独占し、王国一の武力と忠誠心を持つ風の精霊シルフを信仰するビアード公爵家嫡男である。


「ごきげんよう。このたびは」

「変な笑顔の自覚はあるのか」


 毒の耐性をつけるために弱い毒を飲んだレティシアは引きつった笑顔で挨拶をした。エイベルは小刻みに震えているレティシアを見て呟いた。

 幼い頃に蛇を持って追いかけられたレティシアはエイベルに礼を尽くさない。エイベルもレティシアには遠慮しない。


「うるさいですわ。気持ち悪い。エイベルのバカ」

「落ち着け。シア、興奮すると余計に辛いだろうが。このあとのお茶会は大丈夫か?」


 エイベルの言葉に怒ったレティシアが睨むとリオが宥めるように背中を撫でる。



 クロードとレティシアはどんなときも冷静に感情を隠して優雅に振る舞えるように厳しい教育を連日受けていた。

 王妃教育としてお茶会の主催を任されたレティシアは嘔気を隠して令嬢モードで完璧にこなさないとアリアと母親の恐ろしいお説教が待つお茶会を控えていた。


 同じ毒を飲んでも穏やかな顔をしているクロードは自分に気付かず震えているレティシアの前に膝を折って左手をそっと差し出した。


「礼はいらないよ。お茶会は私も同席するから一緒に行こう」


 レティシアは令嬢モードを纏いながら震えを止めて、クロードの手を重ねて微笑む。


「同じお薬なのに。失礼しました」

「何があってもフォローするから安心して。リオも来るだろう?」

「お付き合いしますよ。ビアードも無言でいいから来いよ」

「エイベルの好みのお菓子はありませんが、おもてなしはお任せくださいませ」



 穏やかに微笑んでいるクロードは上品に微笑むレティシアの手を優しく掴み、立ち上がらせエスコートしながらゆっくりと会場に向かう。

 

 努力家の小さな婚約者が欲深い貴族に潰されないように。

 クロードの唯一の宝物、まっすぐで美しい青い瞳が曇らないようにするための努力は怠らない。


 レティシアはリオとエイベルと協力して頑張りやのクロードを支えられるようになるために背筋を伸ばし、気合いを入れて足を進める。


 エイベルとリオは二人の後ろに控える。

 誠実で真面目な未来の王と二面性の激しい不器用でも優しい妃が歩む道を整えるために。

 それぞれが求めるものは違っていても目指す道は同じだった。


 大きな試練が待ち受けているなど子供達は気付かなかった。


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