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第5話 熱を持たぬ心

「理香ちゃん、修学旅行のクラス別活動の希望調査、もう出した?」

 昼休みの教室で、歩美に言われて、理香は頷いた。

「とっくに出したよー。でも、どうせ皆、自由活動の欄に丸してるからさ、適当に丸つけてさっさと出すがいいよ、あゆみん。提出期限、明日までだよ」

「そっかぁ。じゃあ、私の調査票、どこにいったか知らない?」

「知らんわ。なくすなよ、提出物を…」

 ぎちぎちにプリントが大量に詰まったファイルを漁りながら、歩美が唸る。本当にどこに仕舞ったかわからないらしい。


「さっさと見つけて提出しなよー」

「誰に提出するんだっけ?学級委員長?」

「そうだよ。女子は中川さんに提出。男子は金子君。あゆみんは好きな方に出せば?あゆみんなら金子君に出しても生ぬるい目で微笑まれるだけだよ」

「酷いよ、理香ちゃん?!」

 

 ぴぃぴぃ言っている歩美を無視して、理香は10月にある修学旅行について考える。行き先は北海道だ。涼しい場所に行くのなら、今のような夏場に行ってくれればいいのに。そう思いながら、スカートのポケットに突っ込んでいる携帯電話のストラップを無意識に弄くる。現在、理香の携帯電話には、慎也から先月もらった、小さなお守り袋の形をしたストラップが付いている。可愛らしい桜色をしたそれは、慎也の学校の修学旅行のお土産だ。

 理香の学校とは異なり、慎也の学校の修学旅行はクラスの垣根なく、国内外6コースの中から自分の行きたいコースを生徒が自由に選択する、という形をとっている。そして慎也は何故か、最も選択者が少ない京都・奈良コースを選択したのだ。


 くにくにと指先でお守りを押しつぶしながら、理香はそっと息を吐き出した。理香がうっかり失言してしまい、それに対して慎也がほのかに頬を染めて答えてから、既にふた月近く経つ。現在は既に7月に入り、再来週の頭から始まる期末考査を乗り切れば夏休みである。その間、慎也と理香の関係は大きくは変化していない。ただ、慎也の態度はあの日から明確に変わった、と理香は思った。

 

 慎也に「不思議」につき合わされるのは相変わらずだが、以前より命の危険を感じる回数はぐっと減った。慎也は頻繁に、理香のことを柔らかくて熱い視線と声で構うようになった。理香の手を掴むのではなく、自分の手と繋ぐようになった。そして、理香の反応をうかがって、優しく笑うようになった。今まで、理香の反応をただ観察しているだけだったのに、理香が返した反応に、慎也が更に反応するようになった。


(真船君が、普通の男の子みたいになった……)

 

 あの時。

 慎也が「理香と一緒にいたい」と言ったときに、それまで理香の意識の中で無意識に、『世界』と『理香と慎也』とを隔てて、『世界』から2人を守っていた壁が壊れた。いつの間にか、慎也は理香の中で絶対的で特殊な人間になっていた。だから、理香は無意識に他の人間を2人の間に介入させることをしなかった。慎也と理香の閉鎖的な関係は、理香がいつからか望んだものでもあったのだ。


 それが、壊れた。

 今でも度々生じる「不思議」のことを除けば、慎也は以前よりはっきりと、理香に普通の人間らしい感情を見せるようになった。何事にも静かに微笑んで受け流し、感情の起伏が一定だった今までの慎也とは、ほとんど別人のようになっている。


(私は、どうしたいんだろう)

 

 理香は慎也の態度が徐々に変わり始めた当初、慎也のそうした変化に期待と不安の両方を抱いていた。慎也の理香に対する好意の表現は、若干恐怖を感じることもあったが、嬉しいものだった。理香も慎也のことは嫌いではないから、いつかきっと受け入れられると思っていた。

 しかし、慎也の明確な変化をうけて、理香は以前、歩美に言われた言葉に含まれた意味を正しく理解した。理香は必死にファイルを漁っている歩美を横目で見やる。

 彼女は、「付き合っちゃいなよ」と理香に言った。それはつまり、いい加減腹をくくれ、ということだ。それまでの閉鎖的な関係のままでは、理香と慎也に未来はない、という忠告交じりの言葉だ。

 

(私も、これからも真船君と一緒にいたい)

 

 しかし、他の人間が―――それが理香の家族であれ、慎也の家族であれ―――介入してきて、彼らにこう言われるのが怖いのだ。

「お前は真船慎也に釣り合っていない」と。

 閉鎖的な関係だったからこそ、客観的に理香と慎也を比較する人間は、これまで存在しなかった。歩美とて、慎也と直接会ったことはないのだ。もしも歩美が慎也と会ったら、理香との関係を苦笑して否定するかもしれない。「なんだか似合ってないねぇ」と。

 どこか浮世離れしていた以前の慎也ならいざ知らず、今の普通の男の子のような慎也は、とても魅力的なのだから。

 

(でも、これは、なんなのかなぁ)

 

 理香が慎也と一緒にいたい、という気持ち。

 それは、慎也が理香に示すような柔らかな熱をもったものではない、と理香自身は思う。慎也のあの態度は、自分に恋をしているのだ。自惚れではなく、誰が見てもそう思うだろう。理香はそう冷静に判断した。しかし、理香は慎也をあんな風に求めたいと思ったことはない。


(あぁ、困ったなぁ)

 

 他の人間に、理香と一緒にいる慎也を見せたくない。あの慎也は理香だけの慎也だ。

 この、我慢を知らない幼子がお気に入りの玩具を他人に取られまいとするような、傲慢で醜い執着心と独占欲も、恋というのだろうか。

 理香とて今まで、何度か人を好きになったことはある。しかし、そのとき抱いていた気持ちのどれもが、今の慎也に対する理香の気持ちに全く当てはまらない。


(真船君に、会いたい。けど、会いたくない)

 

 ただ、慎也がこれからもずっと理香と一緒にいたいと告げた、あの日。

 あの瞬間に理香が感じた、理香の頬をそっと包み込んだ、ひやりと冷たい慎也の手の感触すら、溶けてしまいそうに熱いと理香を錯覚させた、今までで一番強く、慎也の言葉に宿った確かな熱。

 それが、忘れられない。



 熱く燃え上がるでもなく、心が温かくなるでもない、ただ強い執着心と独占欲。

 2人以外の存在を認めたくない心。

 人を臆病にさせるその気持ちを何と呼ぶのか、彼女はまだ、気づけない。

 

余談:

真船君は、性格と性質を無視すれば、顔よし頭よしお金持ちの超優良物件です。

ちなみに理香は、真船君からお守りストラップの他に、物凄く大量にお土産をもらいました。でも八橋はもらえませんでした。真船君は、八橋が苦手なようです。おいしいのに。


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