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異世界転生民族  作者: 黒野理知
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ホビットの酒造り

それから、ホビット達との共生生活が始まった。彼らは陽気で楽しく、酒とタバコと歌と踊りが好きな、人懐こい種族だった。僕達はすぐに全員受け入れられ、打ち解けて、チビ達が寂しい思いをすることがなくて幸いだった。


農作業は元々タバコ栽培には慣れていたし、ライ麦の方も特段難しいことはなかったので、簡単にこなせた。収穫期は体の大きな僕達は一度に多く運べて喜ばれたし、葉タバコを干す作業なども手慣れているので重宝された。


この村ではライ麦を二期作する。僕は見識不足で知らなかったのだが、ライ麦というのは一番草の穂を完熟前に刈り取ると、二番草が再生してもう一度穂を実らせる。これが地球のライ麦と同じ特性なのかはわからないが、一番草の穂はビール造りに利用して、二番草の穂を食用とするのが習わしという。一番草は茎ごと切って穂だけを集め、茎や葉はそのまま二番草の肥料として残す。そこにタバコ屑も肥料として蒔くので、二番草でも立派に育つのだという。


ちなみにこれは地球でも同じだったが、タバコ屑は窒素やリンはもちろん、カリウムを多く含みとても優秀な肥料である。有機肥料の中で化学肥料に負けない強力な肥料であり、蒔かれた方の作物にニコチンも残留しない。アフリカでの農作業でも乾燥して出荷した葉タバコの残り屑を肥料に加工する作業を行っていた。タバコに拒否感や有害なイメージを感じるかもしれないが、化学肥料や除草剤、防腐剤まみれの野菜を食うよりタバコで育てた有機野菜の方がずっと健康的である。先進国のタバコ離れで出身国の経済は下降の一途を辿っていたが、世界からタバコ畑が減ると化学肥料が増え、先進国の食卓に有害な化学肥料で育った作物が並ぶ確率は上昇しているという側面もある。


そして、二番草への準備を終えた頃には一番草の穂の発芽と焙燥(つまり麦芽造り)が終わって、ついにビール造りが始まるのだ。



*****



ライ麦はつまり麦芽造りが難しいのか、その工程では村唯一の魔女が酒蔵の温度や湿度を一定に保ったり、つきっきりで面倒を見る。村のビール職人と魔女(ちなみに名前はアルシュカという)が一年で一番忙しい季節だ。『ホビットのビール』と呼ばれるからには種族の秘伝であり、異種族でまだ共生生活の日も浅いからか、この工程が終わるまで酒蔵に入れてもらえなかった。だが僕達が信頼を勝ち取り、魔法も覚えられた暁には貢献できる日も来るだろう。この時期はアルシュカが忙しくストップしているが、毎日1時間魔法をみんなで教わっている。アルシュカ一人ではどう見ても大変そうに見えたから。


「ね、眠い‥‥ごめんしばらく授業とか無理‥‥」


金色の瞳に緑色の髪(日本アニメ的なデフォルメではなく、本当にその色をしている)で、顔立ちはどことなく黄色人種に近い。地球人類的には二十〜二十五ぐらいの顔立ちをしているが、ホビットらしく背が1メートル程度しかないためもっと幼く見える。合法ロ‥‥いやいや、僕にそっちの趣味はないけど。上記の言葉は酒造りが始まったばかりの頃、村ですれ違った時のものである。とてもやさぐれていた。とてもしんどそうだった。僕達が魔法をマスターしたら、確実に分業することになるだろう。女神に魔法の才能を全員貰っているので、努力すればいずれ必ず使えるようになる。どのぐらいの才能かは人それぞれらしいが、生得能力であるところの魔法の素養はあるのだから、少なくとも初級の魔法ぐらいは全員使えるはずだ。


人生で努力ができるとは、何と素晴らしいことだろう。努力するということはチャンスがあるということで、チャンスがあるということは、理不尽に自分の未来を誰かに決定されないということだ。少しばかりの勇気を持って飛び出して、頑張れば自分の道を自分で作れる。金持ちにも軍人にも政治家にもなれる『可能性がある』ということは、例えば民族浄化の標的にされる民族とか、共産主義政権とかで未来を自分で切り開く権利を与えられていないアフリカの多くの民にとって、夢のような話だと思う。


麦芽作り以降の作業は僕達もビール作りに参加する。大量の麦芽を細かく砕く作業とか、山から綺麗な湧き水を汲みに行く作業とか、仕込み鍋で煮込みながら麦芽をかき混ぜる作業とか、とても大変だ。僕とジョージは身長180センチとかあるので、この辺りの作業で大活躍した。リーチが二倍近いということは、かき混ぜる速度と力で圧倒的な差が発生する。


だらだら汗をかきながら麦芽を煮込むと、1時間ぐらいで甘ったるい液体になる。ここで職人が甘さを確かめ、納得いくまでかき混ぜ作業が続く。この甘ったるい液体を冷やし、目の細かい網で必死にカスを取る作業が結構な地獄だ。大きな鍋を必死に重い網で交代で掬う。粒を取り終わったら、不思議なハーブらしき粉末を何種類か入れる。これが味付けになるらしいが、これも当然『ホビットの秘伝』らしく、具体的に何を入れるのかは教えて貰えなかった。入れたらまた煮込む。煮込むと魔法のように液が透き通っていく。味付けで入れた粉末の中に、ビールを澄ませる効果のあるものがあるらしい。


ここまで来るとまたアルシュカが呼ばれる。麦芽作りからここまでで二日ぐらい経っているので、睡眠が満ち足りてシャキッとした顔で登場し、鍋に魔法をかける。おそらく発酵させる魔法だろうか?酵母類を今のところ投入していないので何とも言えないけど。


そしてこの鍋を常温で二ヶ月ぐらい放置すると、あの美味しいビールが完成するというわけだ。とても大変な作業が多かったが、なかなか興味深い経験だった。



*****



ビールが完成すると、秋のうちに荷馬車で各地に売りに行くことになる。ホビットのビールは人気があり、大陸各地に売約があるそうで、僕とジョージはそれに同行させてもらうことになった。見れるものなら大陸各地をこの目で見て情報を得たいし、今一台しかない馬車を前借りで買う事もOKを貰っていたので、その物色もしたい。村的にもいずれ旅立つにしろ、一時的にでも馬車の数が増えれば利益である。


出発までの間、農作業や狩りを手伝ったり、アルシュカから魔法を習ったり、ニーファ達村の戦士達に戦闘を教わったりしていた。ニーファ達ホビット族の戦士達の投石器(スリング)での戦闘術はなかなか洗練されたものだったし、騎乗術もみっちり教わった。ホビット達はアールグという名前の大型犬に乗っているが、僕らは村に一台しかない馬車を引くための二頭の馬を借りて練習した。乗馬はやってみるとなかなか楽しい。今のところ僕とジョージしか戦闘や乗馬は教わっていないが、チビ達が大きくなったら僕達でチビ達に教えられるぐらい上達するつもりだ。


ホビット族の戦士の紅一点、ネーヴァだけは初級だが剣術を学んだ事があるらしく、剣術も教わることができた。ホビットは筋力と体のサイズに不利があるので、基本飛び道具か素早さを利用したナイフ戦闘などを得意とするものが多い。ネーヴァはすでに亡くなった祖父が昔旅人で、剣術をその祖父から学んだらしい。


「やっぱ人間は剣術の方がいいでしょ。あんた達デカいし、球数に限りがある飛び道具より体格で有利な剣術の方がいいわ」


僕達はこの世界では相当体格のいい人間らしい。180センチなんて現代地球じゃザラにいるが、ファンタジー世界の人類にはなかなかいないとの事。村の戦士として毎年荷物を守って旅をするネーヴァがそう言っていた。剣術は奥が深く足捌きなど難しいけど、不恰好でも何とか戦える程度にはなっていた。人間用の剣


ちなみに僕のレベルは以下のようになっていた。


狩人(ハンター) 8レベル

騎士(ナイト) 1レベル

戦士(ウォーリア) 2レベル

投石兵(スリンガー) 2レベル

農民(ファーマー) 15レベル

醸造職人(ブルワリー) 2レベル


他人のステータスは見れない仕様なので、おそらくジョージも似たようなレベルだろう。



*****



そんなこんなで充実した二ヶ月を過ごし、二番草の穂が黄金色を帯始めた頃、ビールの行商に出発する日がやって来た。三十樽を超すビールで満載の馬車。今は荷物が重いから馬車には乗れないが、二つほどの種族を回って荷物が減れば馭者席に乗ることができるだろう。僕とジョージはそれまで徒歩だ。ホビットの戦士はニーファとネーヴァの二人が同行することになり、僕達四人の最初の旅が始まった。

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