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好きだからしたいんだ、と真顔で俺はいう。ラブホテルの狭苦しい部屋で、その日出会ったばかりの得体の知れない、住所も職業も年齢も趣味もわからない女の程よい脂身を感じさせる柔肌に触れたいがために、俺は灰色の雲しかない無機質な空を見上げるときと同じようなテンションで、好きだの愛してるだのといった言葉をただ口にするだけ。
そもそも他人を愛するという感情がよくわからない。好きと言われたから、反射的にこちらも好きと返すことがマナーなんだと思って、そのとき女がどんな髪型をしていようが、どんな洋服を着ていようが、そんなことは記憶に一切留まることなく、都合のいい言葉だけが浮遊する。
夜遅く家に帰ってしばらくしてから、携帯電話の着信音が鳴った。
「ごめんね、さっき会ったばかりなのに電話しちゃって……。迷惑じゃなかった?」
女は自分が誰なのか名乗りもせず、先程会ったばかりであり、男と女の関係をもった仲であるからといった理由であえて名乗ることは野暮だと考えたのだろうか。しかしそれは大きな間違いだ。俺は女の名前はおろか、出された料理も、飲んだ酒の種類も、どんなふうな表情をしながら話していたのかといったことも何一つ覚えていなかった。
俺は黙って女の話を聞くしかなかった。電話口で女は、きれいな夜景が見たい、手をつなぎながら散歩したい、買い物がしたい、肉が食べたい、遊園地に行きたい、と自分の欲望を単なる記号として羅列するだけで、それらはあらかじめ用意されていたかのように規則的なトーンで言葉に変換され、ほんの少しでも慈悲の心があるならば、その有頂天気味な卑俗さになすすべなく甚振られるこちらの身にもなってもらいたいものだ。何とも思っていない女を抱いた代償が、このような下呂にまみれた、汚辱をこうむることだとしたら割に合わない。だいたいセックスなんてそんな価値のあるものなのか。
このままではだめだ、外の空気に触れようと、結局俺は一言も話すことなく電話を切った。
外を歩きながら、誰からも辱めを受けることのないささやかな幸福感を、街灯もろくにない、みすぼらしい民家、草花や雑草が生い茂った閑地しかない、夜の片田舎の静かな空気ごと堪能していた。