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それは、この女と同棲を始めるずっと前からわかっていたことだった。
下着もつけず俺の隣で寝ているこの女は、好きでもない男の前で平然と裸になり股をひろげ、そんな女と無関心のまま性行為に至ることに俺はなんら罪悪感などもっていない。俺に抱かれながら、女は己の髪の毛や唇に神経を注ぎ、他の男に抱かれた過去の感触のそのひとつひとつを丹念に指先でなぞり思い起こしているようだった。
俺には夢があった。音楽で身を立てようという、今思うとそれは精神年齢の低い子供が妄想する、甘いだけの本当のただの夢でしかなかったわけだが。
浮浪者が腐った物でも食べて腹を壊したのだろう、苦しみながら悶えている隙に奪い取ったアコースティック・ギターは、玄関の所で破壊された状態のままずっと置きっ放しにされている。なぜなら俺は、ギターを弾くことができないからだ。今の時代は、楽器なんか弾けなくたってPCさえあれば、鼻歌で採譜してくれる便利なソフトもあるので、最初からギターなんて必要なかったのだ。しかしこのままではさすがに悪いなと思い、浮浪者に壊れたギターを返しに行ったのだが、そこには多くの野宿者が集まり、血や汗や下呂などが染み込んだダンボールの湿った感じと、その一帯に漂う悪辣な臭いの強烈さとで俺は吐き気が止まらなくなった。しょうがなく近くにいた野宿者に声をかけてみたが、声が小さすぎて何を言っているのかさっぱりわからない。俺はギターを捨て、家に引き返した。家に帰る途中、声をかけた野宿者は俺が無視したと思ったかもしれないと考えたが、俺にとってまったくどうでもいいことだったので、すぐに考えるのをやめ、その後も二度と思い出すことはなかった。
女が俺に別れを告げる。めいっぱい涙を浮かべながら。理由はすぐにわかった。それでもあまり悲しくはなかった。残ったものは、情だけ。情が残るぐらいなら、悲しいだけの方がずっとましだろうか。
たちまち俺は家を出て行かなくてはならなくなった。家賃をはじめ生活費、その他諸々、すべて女が水商売で稼いだ金でまかなっていたから。同棲という形態をとっていたとはいえ、この家が俺のものだったことはたった一度もなかったのだ。
浮浪者に会いに行こう。ギターを盗んだこと、壊したことをきちんと謝罪しなければ。ただあの場所に、浮浪者はもういないかもしれないが。