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恋愛小説  作者: 鈴村善行
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 俺はブスが好きだ。気が狂っていると思われようと、好きなものは好きなんだとしか言いようがない。

 電車でお年寄りに席をゆずるブスを見た。それはここ数年、俺が見た中でも群を抜いて素晴らしい光景にも思えた。慣れない笑顔を作ろうと誰よりも醜く歪んだ顔をなにひとつ加工することなく、ブスがお年寄りに席をゆずった瞬間、急に辺りがざわめき始めた。

 その場にいた誰もが、ブスの行動に敬意を払ったために起きたざわめきだと俺は思った。だが、それは全くの勘違いだった。俺のすぐ側にいた女が、ブスの方を見ながら軽薄なうすら笑いを浮かべている。嫌な笑いだ。女はブスがお年寄りに示した好意に対し、自らの脆弱なだけの訳の分からない価値観に絶対的な正義があるのだといわんばかりに見下しているようにもうつった。俺は女の態度を見て頭に血がのぼり、その場で唾を吐き捨てた。女は俺のその行為には気がつかなかったようだが。

 お年寄りは、窓の外の景色を見ているようだった。過密に建てられた住居、自転車に乗った学生、無機質な舗道、コンビニエンスストア、ガソリンスタンド、どこにでもある景色をただ見ているだけだ。ことによると、このお年寄りはブスに席をゆずってもらった際、礼を言っていなかったのではないかと思い、俺はお年寄りを半ば悪意を込めて睨みつけた。お年寄りだからといって油断大敵、しょせん他人なんてものは何を考えているのかわかったもんじゃない、下手をすればブスなんぞには礼はおろか、ブスが図々しく電車に乗り、自分と同じ空間を共有することすら疎ましく感じているのかもしれない。お年寄りが今この場でどうなっても俺はかまわないが、ブスを侮辱することだけは許せないと思った。

 するとブスが周囲の残酷な冷たい視線やら汚辱を与えようとする空気やらを感じ取ったのか、居た堪れないといった感じのしかしブスだからまったくもって余裕のない、周りの連中の殺意の純度を無自覚に高めたような美しいまでの不器量さを垂れ下げたまま、こちらへ向ってきた。ブスの体から今まで嗅いだことのない異臭がし、思わず吐きそうになった。すぐ側にいた女の顔が青ざめ、苦しそうにもがいている。ブスのあり得ない異臭を嗅いだ男が、「これはサリンだ」と叫んだが、その声には誰ひとりとして反応しなかったので、男は恥ずかしそうに俯き、ブスに殺意を込めた視線を投げかけていた。

 ブスのあまりの不快な臭いのせいで、気がつくとブスの周りには俺以外の人間は誰もいなくなっていた。至近距離でブスに舌打ちをしてみても、あからさまな視線を送ってみても、反応はない。まるで死んでいるかのように美しく固まったブス。皆、こんなブスは死んだ方がましだと本気で考えているかもしれないのに、それでも家を出、電車賃を払い、電車に乗り、異臭を放ち、景色を楽しみ、お年寄りに歪んだ笑顔を浮かべながら席をゆずる。なんて素晴らしいんだろう。

 透明のペットボトル越しに見るブスの横顔の報われなさが、無礼だとは思いながらもそこに侘しい輝きを見出せる幸福に俺は酔っていた。

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