悪役令嬢募集中!
よく見る悪役令嬢モノをやりたくて書いてみたらこうなってしまいました。すごく……平和な悪役です……。
外見とかはあえて書いていません。ご自由にご想像ください。
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悪役令嬢募集中!
条件は「女性」「当学園の生徒」だけ!
学園生活の隙間時間に高賃金!
週休完全2日、 祝日もお休み!
※休日出勤をお願いする場合は、 さらに割増賃金をお支払いします。
下記にご連絡頂いた上、厳正なる面接の結果、採用の合否を通知させて頂きます。
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学内掲示板には求人が貼られることがある。まあまあの賃金だが、ここに出ている情報の売りは、その出所を学園が保証していることだ。ホワイトであることはもちろん、今後のキャリアにとってプラスになる仕事が多い。
『悪役令嬢募集中!』
そんな掲示板に怪しい文言が並んでいる。そりゃ見てしまうだろう。だが、これは学園が認可しているわけで。
「とりあえずダメ元で」
諸事情によりお金を稼がねばならない私は、さっそく雇い主とコンタクトを取ることにした。
「つまり、当て馬になれ、と」
「そういうことです」
雇い主はいかにも女性におモテになる優男だった。いつの時代も話題になる感じの、典型的なイケメン。あまりにもオーソドックス過ぎて、どこかで見たことがあるかと錯覚する程、文句のつけられない顔面偏差値だ。
「なるほど、分かりました」
「では、採用で」
「随分あっさりですね、 いいんですか?」
面接開始わずか5分の出来事である。事前に契約内容も書面で問題ないことを確認してあるが、 正直めちゃくちゃ厚待遇である。 新手の詐欺では?
「ええ。面接して会話や態度に難点は見つかりませんでした。 連絡のあったときに、身辺調査も済ませてあります」
なんと、この男なかなか出来る。たった1日で私のことを調べあげたというのか。実際に調べあげたのはおそらく違う人だろうけど、有能な部下がいるということだ。顔だけの優男という評価は撤回しよう。それなりに仕事はする優男(成長途上)としておこう。
「それに、残念ながら普通の女性は、こういった依頼を受けにくいですから」
「あー、普通なら婚約者がいますもんね」
この国では基本的に、女性は18才までに婚約者を決めているものである。例外は高貴すぎる身分のご令嬢か、相手の男性か本人に何らかのトラブルがあったか、 私のように家の方針でいない変わった奴だけだ。
「では、明日の昼休憩に中庭へお願いします。ランチは私が二人分持参します。設定上、初々しい雰囲気を装って欲しい」
「あいあいさー」
「……人前ではそれ、止めてください」
こうして私の悪役令嬢バイトが始まった。初日はやや私のボロが出そうになったが、ノルマをこなしていくうちに、わりとお上品な女生徒を演じるのが上達していった。教材として渡された、最近流行りの恋愛小説に出てくる悪役令嬢たちを勉強し、レポート提出しなければならないのは億劫だったが、昼食代が毎日浮くし、たまにデートで外食も奢ってもらえる。しかも高賃金。
周囲の生徒たちは彼と私が急接近した件について、ひそひそと噂を伝播してくれる。無料で。頼んでもいないのに。物好きがいるものだな、と感心すると同時に、ああ言った人を利用する手練手管を会得したいと思う。まあ、私のことをよく知る近しい間柄の人たちは、口に出さないまでも、明らかにその目が「面白い仕事を引き受けたなあ」とニヤニヤしていた。ミッション完了の暁には、彼らがこぞって雇用主とのパイプ繋ぎを頼みに来てくれそうだ。貸しを作れる。
win-winどころか、私にとって旨味ばかりの仕事だったのだが、問題のターゲット――便宜上、ヒロイン令嬢と呼ぼう――は姿を見せてくれなかった。
「……本件をあなたが引き受けてくれて、心底良かったと思います」
「一体どうしたんです。そろそろお役御免とか?」
放課後、理事長室で悪役令嬢バイトついでに、彼の事務仕事を手伝っているので、今この場では悪役令嬢を演じる必要がない。雇用契約の解消について、書面も交わしているが、まだ解雇の日取りは未定である。
しかし、本日の昼食では、慣れないヒールのある靴で靴擦れを起こした私を、甲斐甲斐しく雇用主が手当てする様をアピールした。最終的にいわゆるお姫様抱っこという経験をさせてもらった。あのような目立つ行動をすれば、任務完了も間近に違いないと思う。目撃者も多かった。
だが率直に言って、抱きかかえる側の腰痛や安定感の無さに不安を感じるので、雇用主には筋力トレーニングを推奨した。彼は涙こそ出さなかったが泣いていた。
「いえ、これだけやって勘違いしてくれないのは、非常にビジネスライクで助かります。本当に。ただ」
「ただ?」
「自分には大して魅力がないのかと、その、自信がなくなります……」
「大丈夫ですよ。殿下は私の好みのゾーンから余りにもかけ離れていますので、全くなんのフラグも立ちようがないだけです。しかし、バイトを通してわかりました。殿下は優良物件だと私が保証しますよ。なんなら殿下みたいな男性を、尻に敷くのが最高だと宣う女友達に紹介したいくらいです」
「それは勘弁してください……」
実は彼は王子で、この王立学園の理事長は陛下なのだ。だから碌に使われていない理事長室を利用しても、誰も文句を言えないわけだ。
たとえ今目の前でめそめそと顔を覆い隠す様子が頼りにならなさそうでも、殿下は金払いがよく、顔も各所にそこそこ売れる。哀しいことにこの権力は偉大で使い勝手がいい。色々一石二鳥でこっちも助かります。本当に。
「その図太さは、やはり家業のお手伝いで培われたのですか?」
「うーん、たぶん。ただ、ここ卒業したら家から追い出されるんで、早く生計を立てる術をいくつか確保したいんですよね」
うちは商家だ。昔から「働かざる者食うべからず」と手伝いをさせられてきた。学費も父に借用書を書いて払ってもらっている。身内ということで利子がないのは、父なりのデレだろう。
「ちょっといいかしら」
あけすけな会話をしていると、よく通るけれど可憐な声がやってきた。
返事を待たずして部屋の扉が開く。そこにいるのは……ターゲットのヒロイン令嬢だ!
「ごきげんよう」
世界で一番、機嫌の悪いごきげんよう。綺麗系の顔は笑っているというのに、彼女の纏うオーラは歴戦の猛者といったところか。
そういうや否や、優雅に歩いているように見えるのに、速度はかけっこという、正真正銘いいところのご令嬢なる、不可思議な生き物の生態を間近にする。いやマジでどうなってんの、特殊な訓練を受けた隠密か何かなのでは。即席悪役令嬢にはとても習得できるものではない。きっと社交界という戦場で生き抜くために鍛錬を欠かさないタイプなのだろう。
「率直に申します。婚約破棄されたいなら、はっきり殿下から仰ってくださいませ!」
ちょっとした武術のように扇を広げ、口元をそっと隠すその令嬢レベル、脱帽です。
「なんのことかな?」
「とぼけないで! そこに腰掛けていらっしゃる女性と、末永く仲良くしていきたいのでしょう」
私を指す指先がわずかに震えている。可愛いところもあるとは、さすが本物のご令嬢である。
「……もしかし」「わたくしも良い方を見つけましたの!」
大変だ、場が凍りついた。
これは想定外である。事前に殿下と綿密に何パターンも段取りを考えてきたというのに、私はこんなにも無力だ。……噴き出すのを堪えるために、全力を注ぐだけだ。
「……えっと、どういった方で」
「殿下にも紹介しますわ、入っていらして!」
「はい、失礼しま……す……」
なんということだろう。この人たちはまったく。
「私たち、もう終わりにしましょう!」
「ま、待ってくれーー!」
殿下とその婚約者は盛り上がっている。殿下の首もとをつかみあげるご令嬢って、 すごいレアものではなかろうか。だが、時は無情にも流れるもので。
「すいません、私そろそろ次のバイトなので上がりますね、殿下」
「あ、俺も夜のバイトがあるんで」
ちょうど良いタイミングで学園側のさっさと帰宅しろと言う合図の鐘が鳴り響いた。私にとっては次のバイトへの移動スタートを知らせる有難いチャイム。だから素直に帰宅希望を申し出る。ホワイトな職場は、仕事だけでなく、あらゆる事への誠実さと素直さで成り立つのだ。
だが、優良物件(身分補正アリ)と殿下唯一の女性(仮)は、我々の発言が寝耳に水だったようだ。おい、採用前に身辺調査とやらをしたんじゃなかったのか、君たち。さては文字情報だけで済ませたクチだな。殿下、マイナス百点。なお、本評価は百点満点とする。
「……えええ貴女バイトだったの?!」
「どうして君から暴露するんだ!」
目の前の二人はすったもんだしたせいで、服装が乱れている。ここが部外者の入らない、防音設備付きである理事長室だからか、普段出せない一面を大いに発揮しているのかもしれない。正直言って、ゴシップ新聞社にでも売りつけたい醜態だ。払いの良い雇用主なのでやらないけど。
「だって……ねえ?」
取っ組み合いの喧嘩をする王子たちを尻目に、突っ立っていた向こうの当て馬を見遣る。たしかに、ヒロイン令嬢が連れるなら、限りなくアリ寄りのアリな外見だ。
「そうだな。俺もここで、義理とはいえ、姉さんに会うとは予想してなかった。ちゃんちゃら可笑しくって、今日はもうこの商売あがったりだ」
そうして茶番劇は幕を下ろした。
殿下は、婚約者のことを愛しているのに、いつも素っ気ない態度しか返ってこないから、不安だったらしい。学内の掲示板にあんな不審な求人を出せたのも、彼の職権乱用と乱心のせいだった。
ヒロイン令嬢――いや、不敬になるかもしれないから、未来の王太子妃――は、いわゆるツンデレで、素直になれないまま十年以上悩み続けていたらしい。そんな折、殿下がポッと出の私と公然とイチャイチャしているのを知り、要するに暴走して「じゃあ、私も浮気してやる!」と義弟を雇ったとか。
「そこで街へ繰り出さないあたり、お育ちがいいんだね」
「ああ、一応トライしようとしたんだが、家族や良心が咎めて無理だったんだと」
「そこで当て馬に、私と同じ名字をしているあんたを雇っちゃうドジっ子属性もあるし、彼女が典型的な可愛い女の子で心配だわ」
あれ以来、殿下とその婚約者の二人は仲良くなった。まだ彼女はツンばかりだが、殿下は「恥ずかしがってるのを苛……弄……苛めると、可愛いと今は思います」とかつてない笑みを浮かべており、そういう方向の新たな扉を開いていた。大丈夫か、この国の未来。まあ、仕事自体はちゃんとやってくれるから、彼らのプライベートなどどうでもいい。ドン引きする関係だとしても、愛妻家とかおしどり夫婦とか、世の中便利なオブラートがたくさんある。要は、事実なんて当事者も傍観者も誰もわからない。あのコンビ、見た目だけは完璧だし。
「で、次のターゲットは?」
「M伯爵令嬢よ。なんでもストーカーのような男がいるので、牽制と護衛を頼みたいって」
あれから私たち姉弟は、「役割演劇サービス」を始めた。ある時は悪役令嬢という当て馬、またある時は偽物の恋人などを提供している。これが結構繁盛していて、役者を目指す若者や駆け出しの探偵を雇うような規模になった。まだまだ父の商売に比べたらヒヨッコだが、将来的に国を股に掛けるビジネスへと成長させたい。演出というモノが、私たち人間にとって不要ではない、むしろ人生のスパイスとなる教えをくれた件に関しては、殿下に感謝している。一応。
「なあ、姉さん」
「ん、ああ。衣装借りてく? ちょうどクリーニングから返ってきてて」
「俺が卒業したら、結婚して」
突然の告白のせいで、手に取ったデザイナーズブランドのジャケットに、やや裂け目が出来てしまった。繕い物苦手なんだけどな……誤魔化せるだろうか、これ。
「いやよ。あんた、家出なきゃいけないからって冗談はよしなさい」
「本気だよ。ずっと」
何も無かったかのように告白をいなそうとすると、ジャケットを労わる私の手を、ゴツゴツとした彼の手が止める。そして、おもむろに壁際へと追いやってくる。やめてくれ、壁ドンは殿下もやってないぞ。品行方正だから。いや、男女の関係形成において品行方正だったから(過去形)。まだ私は耐性が出来ていないんだ。
「……正直、殿下と親密そうにしてたの、俺はモヤモヤしてた。もう、俺にはやらしてくれないのに。食べさせあいっことか」
「仕事だから!」
「仕事でも嫉妬してたよ」
そう、この義理の弟のおかげで、殿下との演技でも錯覚することなく、任務完了まで到達できたのだ。
昔からやたら私にベタベタしてくる、殿下とは別方向で整った容姿のこいつ。幼い頃は母親のあとを追うアヒルのようで可愛かったし、同じくらいの身長になった頃には、近所の女の子たちが騒ぐほどの紳士的振る舞いを身につけていた。最近は、私より頭一つとちょっと大きくなってしまい、婚約者の有無にかかわらず、多種多様な女生徒たちから圧倒的支持を得ていた。特定の女性と特別な関係になったこともないし、浮いた噂もない。仕事も熱心に取り組むし、夜のバイトでも真摯な態度が逆に良いと評判だった。一部男性にもその誠実さから信頼を寄せられているらしい。つまり、あの殿下よりも優良物件で、私にとっては最優物件なのだ。
「物心ついた時から一緒に添い遂げたいと思ってた。姉さんは芯のしっかりした強い人だけど、自分を大事にしないところがある。だから代わりに俺が、姉さんを大事にしてあげたいって」
「そ、そんなこと言ったって……」
小さいときに取引先で拾った赤ん坊を、見つけて育てると言ったのは私だ。両親は「働かざる者、食うべからず。しかし、まだ何も出来ない赤子は例外だ」と義弟を受け入れてくれた。それ以来ずっと、この子に対して責任感をもって面倒を見てきた。なのに――。
「私は女だからと言って、仕事で疲れてたら家事しないわよ」
「俺だって家事やるし、疲れてたらやらなくて良くないか。死なない程度なら、家が散らかってたっていい。夕食が外食や買ってきたやつでも健康なら問題なし」
「でもあんた、私の部下でしょ」
「実は、あの殿下の伝手で王宮に仕官出来ることになった。ぶっちゃけ給料もいい。そっちを本業にする。ただ、独身者は宿舎には入らなきゃいけなくって……そうなると困る」
「なんでよ、それ固定費浮くんじゃないの?」
頭の中で計算すると、結婚した場合にかかる通勤時間と給料と生活費とが、独身者宿舎に入った場合とトントンと言ったところだ。というか、通勤時間をどう努力しても切り詰め難いので、貴重な時間という財産が失われるのが惜しい。時間だけは金持ちも貧乏人も平等にしかないから。
「それでも、姉さんに会えるの、これ以上減らされたら、俺は精神的に干からびちゃう」
卑怯なシャイニングスマイルが私を打ちのめす。小首をかしげる仕草は、どこかで見たと思えばあの殿下の婚約者のものだ。
たぶん、あの殿下も過分に協力したのだろう。いくらお気に入りとはいえ、商家の、しかも養子が王宮に仕官するのは異例だ。まあね、この子には優秀な頭脳も搭載されているから、不可能とはいえな……ちょっと、変なところ撫でないでよ。
「だから、俺の『姉さん』から、『奥さん』に転職してくれないかな? あ、仕事は続けて構わないし、オフなら俺もそっちの仕事手伝うよ。副業になるのかな」
「なっ……」
「だって、この顔は有効活用しなきゃ損でしょ」
だから、やたら整った顔を近づけるなというに!
「とりあえずダメ元で。ね、この話かなり好条件だよ?」
そうして私は、まんまと美味しい条件に乗ってしまうのであった。
拙作を読んでくださってありがとうございます! ヒロイン令嬢(暫定)が悪役令嬢になる気質を持っていそう、との感想を頂き、そんな展開も面白かったかも……と悶えております。とりあえず、今作での悪役令嬢は当て馬ということで何卒。




