えらい人
私は昔、偉い人だった。
私は偉い人である。
誰もが知っている会社の常務取締役営業本部長だ。
しかも、ただの営業本部長ではない。
数々の事業を成功させた会社の功労者である。
社内だけではなく、取引先や下請けから孫請け、星の数ほどの人間たちが私を神のように崇めた。
私が白だと言えば白だし、黒だと言えば黒になる。
そう、まさしく神だった。
連日会食続きで、ミシュランの星が並んでいる店はほぼ訪れた。
こんな店が星をもらえるのかと笑いながら食べたりもした。
送迎は運転手つき。
実母が死んだ時には、花輪が斎場の敷地内には収まらないほど並び、葬儀屋が驚いていた。
それゆえ周りから嫉妬もされたし、根も葉もない噂が流されることもあった。
私にとってそのむき出しの感情は心地良く、下衆な人間たちの妬みに歪んだ表情は私をワクワクさせた。
噂や悪口の流布の源泉が分かれば、容赦はしなかった。
偉い私にとって、社員を飛ばしたり降格させることは容易いことだった。
その人間が同期入社だろうが、先輩だろうが、家族に子どもがいても、本人が病気持ちでも関係ない。
私に逆らった者は島流しだ。
私にとって会社の人間は駒に過ぎない。
彼らは駒で、私はその駒をさす人間。
生まれた時から定められた運命なのだ。
私は先日、定年後も役員として在籍したこの会社を去った。
体力の衰えもあったが、やり切った満足感が私に去ることを決意させた。
最後の日は抱えきれないほどの花束をタクシーに積み、玄関先で整列する多くの社員に見送られた。
なんと満たされた、素晴らしい会社員人生だったろう。
私は、本当に幸せだった。
ところがどうだ。
いざ会社を去れば、私など存在しなかったように変わらず物事が動いていく。
「部長が去ったら、会社はどうなるのでしょう。何かあればすぐに相談させて下さい。」
と話していた後任の部長からも、全く音沙汰はない。
先日、近くに出掛けたので立ち寄ったが、先日まで誰もが抱いていた畏敬の念などどこにも見当たらない。
それどころか、迷惑そうな表情が垣間見れた。
会社の人間だけではない。
私は時間が出来たので習い事を始めることにした。
週に一度のお料理教室だったが、講師を名乗る小娘の子どもに教えるような態度に我慢ならなかった。
私がどれだけ偉い人間か話して聞かせても、小娘は口先だけで褒めながら適当に受け流す。
終いには、面倒くさそうな顔をしながら次の作業に取り掛かるよう言い放った。
たまたま隣の席になった身なりの貧しい男も不愉快だった。
年端が近いからか、男は頻りに私に話かけてきた。
現役時代なら私に近寄ることも出来なかっただろう。
豆だらけのゴツゴツした男の手がそれを物語っていた。
私は、すぐに料理教室を辞めた。
次に私は、多少は素性が知られているだろう地域での活動に参加することにした。
しかし、そこはさらに私を不機嫌にさせた。
地元の小さな商店主や、長らく地元に住んでいる老人たちが我が物顔で牛耳っているのだ。
私のかつての仕事を知っている人間もいたが、何の意味も持たなかった。
彼らにとっては、何十年も交流してきた仲間内の人脈こそが全てであった。
それ以外は全て新参者なのだ。
私が気を使う羽目になり、気遣いをされる側にいた私は、ただ疲れるばかりだった。
次第に地域活動へ参加することは無くなっていった。
世の中には、立場をわきまえない人間がなんと多いことだろう。
私は偉い人間だ。
現役時代なら近づくことさえ出来なかったろう。
それが私から近寄って行くのだ。
それだけでも凄いことだ。
相手側も私の過去や才能に尊敬の念を抱き、それなりの対応を考えて接するべきである。