フラペチーノ
フラペチーノ美味しいですよね。
私はぼんやりと外を眺めていた。連日の冷たい日々がひと段落し、久しぶりに太陽がさんさんと照っていたからか、なんとなくまだ家に帰りたいとはあまり思えなかった。
こういう日は、私は旅に出る。そう、きっかけは何だって良い。例えば、このフラペチーノを一口飲むだけで私は遠い世界に旅立つことができる。
溶けた生クリームをゆっくりとかき混ぜながら、クリームをすくい上げて口に運ぶ。どろっと甘く冷たいものが喉を過ぎ差去っていく。あーなんて気分なのかしら。体をさーっと駆け巡る甘さと冷たさにうっとりと身を預ける。だんだん見えてきた...長い長い間雪に覆われたの真っ白な世界が...
ザクっザク。降り積もった雪の中、私は必死に前に進もうとする。雪というのはこんなにも重たいものなのか、重さに足を取られてなかなか進まない。このままだと、おうちにたどり着く前に降り積もる雪にうもれてしまう。仕方がなく右手の親指と中指を口に含み、肺を大きく膨らませる。高くピューという音が木々に反響すると遠くから「アウゥー!!」と遠吠えが聞こえた。
しばらくするとモフモフとした大きい狼が一匹目の前に現れた。さっと上にまたがり、私より大きな頭をなでる。くぅーんとした声とともに彼が体をぶるっと震わせる。
「スコル!太陽に向かって走って!」
私は顔を上げて、スコルと目を合わした。もう長らく太陽が出ていないこの国で方角が分かるのは彼ともう片割れのハティだけだった。キリっとした顔に切り替わり、一気に彼が走り出す。
冷たい風が顔を吹き付ける。凍りつきそうになる前に、スコルの体温を感じられる深さまで顔をうずめる。彼はいつでもこうやって私を温めてくれた。
彼らと出会ってからもうずいぶんと経った。私が飼っているというよりは、私の兄貴分として常に見守ってくれていている存在だ。出会いも、今日みたいに雪の強く降っている日に森で彷徨っている時だった。そこからはあまり覚えていないが、いつのまにか一緒に暮らすようになった。
そんな昔のことを思い出していたら、いつの間にかウトウトしてしまった。あっという間に気づいたら家にたどり着いた。
「こらっお腹こわすよ!」
おうちに着くなり降り積もった雪に鼻を突っ込んで食べ始めたスコルを叱る。一瞬不満げな表情を見せながらも、仕方ないとばかり鼻を引っ込める。
「ハティ!いるならあなたもいらっしゃい!」
ご飯の時間が近づくとかならずハティもスコルもこの辺に戻って来る。案の上数分もしないうちに、舌をハアハアと出しながらハティが戻ってきた。
「今ごはんを準備するからね」
皿をおいて、ごはんを入れている間も二頭は私の顔をべろべろとなめ回してくる。
「こらっくすぐったいよ!」
これが私と彼らとの生活だった。でもこの何気ない生活もいつまで続くのか。三か月後には、十年ぶりに太陽が顔を見せると長老様が仰っていた。皆が「ハル」を待ち望み、心を躍らせている中私はただ一人浮かない顔をしていた。深い毛に覆われた彼らは太陽が強く照る下では生きることができない...
「ガタッ。」
おっと、隣の人が席を立った振動で現実に戻される。さっきよりずいぶん氷が溶けてきた。氷をコップの淵に沿わせながら、ひょいっと口に放り入れる。クリームが雪だとしたら、やはり氷はもっと冷たく、悲しい世界。
「お母さま、まだ冬は終わらないの?」
「そうよ、あなたが元気になったらようやく春が芽吹くのよ。だから早く元気におなり。」
「そう…今年の冬は長いのね…」
私の命は次の夏が来たら尽きる。ひどく体調を崩して診てもらった際にそう母が告げられているのを私は聞いてしまっていた。私はどうすればよかったというのだろうか。外の世界に四季折々の世界が広がっていようと、この国から太陽を隠し、氷漬けの世界に保とうとする母を責めることも戒めることもできなかった。
それが何年続こうと、例え私が回復する見込みがないと分かっていたとしても。太陽が閉じ込められた地下室には怖くて、どうしても近づけなかった。
いつしか、氷の城の中には邪悪な魔女が住み着いているという噂が周囲に広まりつつあるのを知った。邪悪な魔女、むしろ私がそうなのかもしれない。私がいなくなれば、ここにはまた春がくる。私が生きるためだけに国中は氷で呑み込まれ、寒さと飢えにいつまでもさらし続けられているのは紛れもない事実。私がいなくなれば良いだけ。でも自分からいなくなることで母を苦しませたくもなかったし、最初からそんな勇気も持ち合わせていない。
いつか誰かが、代わりにこの苦しさを終わらせてくれる。そう思い込んで、私は毎日自分の目を覆った...。
口の中の氷が溶けてなくなった。
外に目をやると、人気のない公園の真ん中に大きな木が一本生えているのがふと目に入ってきた。まるで死んでいるように見える枝も、春が来ればたくさんのつぼみを携えるのだろう。きっと芽吹く時期を今か今かと待っている。
春を待ちわびる切ない気持ちはいつだって人々の心の中に生きている、特にそれが誰かを思いながらのことであるならなおさらのこと。
「ねえ、ダプネー、今日はいい天気だね」
僕はいつも通り彼女に話しかけた。
「え、寒くて空なんか見てる気分じゃないって?」
彼女の言っていることもよく分かった。雲ひとつない青空の下では体を芯から凍らすような冷気が渦巻いていた。
「風が吹くと全身が身震いするようだね。君は今薄着だから本当に寒そうだ。」
僕は風に晒されている彼女の素肌をそっとなでた。
「また春が来たら暖かくなるよ。そしたらポカポカの太陽の下で二人でお昼寝しよう。」
体を寄せるように彼女に寄りかかって僕は軽く目を閉じた。
ひんやりと体温が彼女に移っていくのを感じた。寒さはいつでも僕たちを不安にさせる。それを僕は少しでも取り去ってあげたかった。この場所から動くことができない彼女はどれほど寂しいのか図りしることなどできなかった。
頭の上からハラハラと葉っぱが落ちてくる。強い風は僅かに残った枯れ葉でも容赦なく吹き落としていく。
冷たい風が過ぎればまた春が来る。春が来れば君は一段と青々しく、そして美しくなる。そしたら僕が花の冠を作ってあげるよ。君の美しさに負けないような色とりどりの立派な冠を。
「あれっ」
いつの間にか、手に持っていた飲み物は空になっていた。窓から見える太陽も少しづつ傾き始めていて、日差しも少しずつ和らいできていた。空の容器をゴミ箱に捨てると、私は外へ出た。夕方になるとまだ風は冷たかった。
次にまた来るのはいつだろう。ふんだんにピンクが使われた春の新作を思い浮かべながら、私は次の旅の構想を練り始めた。
他の話の方が正直面白いと思います。
ぜひよんでください。
ジョアンド