新しい友・担任の特技
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入学式が終わり、いよいよ俺たちは1年間お世話になる教室と対面する。
誘導係を先頭に列のまま静かに移動し、しばらく進んだところで、列の動きが止まった。
そこには、これから様々なことを学ぶ場であり生活する場でもある新しい環境が待ち構えている。
前から順に教室へと入っていく。
教室に入ると、そこには何ら変わりのない机と椅子があり、前と後ろには普通の黒板が当たり前のように備え付けられている。
壁に装飾はまだ無く、黒板の上には壁掛けのアナログ時計がかけてあり、黒板の横にあるちょっとしたスペースにはクラス全員の出席番号と名前が印刷された紙が1枚貼ってある。
名簿が印刷されたその紙は何かと大きく、その壁に貼ることのできるスペースを大胆に占領していた。その紙の角には、俺たち1年生への入学記念の花飾りが付けられている。
そしてその名簿の横の小さめなスペースに、申し訳程度の時間割表が貼られていた。
これが入学初日の教室!と言わんばかりのシンプルな空間だ。
教室の規則正しく並べられた机には、1番〜40番までの出席番号が書かれたプレートが各机の隅に丁寧に置かれていた。
教室に入った人は、前から番号順に並んでいるプレートの中から自分の番号が置いてある机を探し、見つけた人から順に自分の席に着席していった。
俺の番号は28番なこともあり、丁度真ん中くらいの席だった。
席に座った後は他のクラスメートが自席に座るのを待ち、全員の着席が済むとしばらくクラスには無言の時間が続いた。
ちなみに、俺のクラスは4組。
この高校は各学年ごと9クラスで分けられ、1クラスに約40人の生徒が割り当てられている。
俺のクラスは丁度40人で、若干女子の方が多く担任も女性の先生だ。
担任は若く新任な感じだが、とにかく笑顔が多い。入学式の始まる前、俺たちを廊下で並べせている時も笑顔を絶やさなかったのが印象に残っていた。その人からでる元気いっぱいのオーラは、このクラスの雰囲気をきっとより良いものにしてくれるだろう、そう俺は密かに期待している。
そして1番気になる同じ中学出身の奴なのだが…
俺は座りながら教室にいる仲間の顔を流すように見た。真ん中の席ということもあり大半の人の顔が見渡せたのだが、まあ俺の周りから見たら教室の真ん中でいきなり辺りを見渡す変人でしかないな。
結果、このクラスに同中の人は3人いるみたいだ。そしてどの人も、普通に中学の頃話していた友達ばかりだった。
というか俺は友達を作るということが趣味だと言える程友達を作ってきたし、中学の頃も同じ学年の人ならほぼ全員と話したことがある。
つまり俺的には、同学年の人ほぼ全員が友達!というような感じだった。
あまりにも積極的な俺の性格に、嫌悪感や圧迫感を感じる人も少なからずいたと思う。
そして今このシーンとしている瞬間にも、この教室内の誰かと話して今すぐにでも友達になりたい!という純粋な子供のような欲求が俺の身体全体に鈍い痒みのような感覚で現れている。
まあこの状態になれば、もう我慢という概念は通用しなくなるのだが…。
俺は近くの席を再度見渡し、どんな人がいるのかを素早く確認していくと、前後ろに男子、左右に女子という恵まれた席だということが1秒で判明した。
俺はそそくさ後ろに座っているきっちり髪型を整えた真面目っぽい眼鏡男子に声を掛けた。
「よ!今日から同じクラスだな!」
「あ…う、うん…!そうだね…」
真面目な見かけによらず随分と自信なさげな口調のそいつは、緊張してますと言わなくてもわかるくらい引きつった笑みを浮かべ返事をしてくれた。
あれ、もしかしたら引いてるのかな…
なんていうマイナス思考は存在しない。俺はさらに会話を続けた。
「俺は菅野朋也、君は?」
「ふ、藤原奏汰…。」
「奏汰か!これから1年、よろしくな!」
「うん…!よろしくね…!」
まだ緊張気味だが、さっきよりは素の笑顔を見せてくれた気がする。互いによろしくと言ったと同時に見せたその笑顔は、高校生活が始まって最初の友達ができたことを象徴する微笑ましいもののように感じた。こいつとは仲良くなれそうだ。
奏汰ともう少し話をしようとした時、教室の前のドアがガラガラと音を立てながら開いた。この後のHRで配られるであろうプリントをどっさり抱え、少し急いでいるような素振りを見せながら入ってくるのは、このクラスの担任だ。
改めて見ると、やはり若い。20代前半と言われても納得がいく気がするくらいだ。
小柄な身長にスタイルもまあまあいい。顔も小さく可愛らしいし、明らかに今後生徒の間で人気が出そうな風貌だ。
きっと彼氏いるんだろうなぁ〜と余計なことを考えていると、教卓に立ち綺麗なスーツに身を包んだ担任がいよいよHRを始めだした。
「待たせてごめんねー!じゃあ早速最初のホームルーム始めるよー!」
普通より少し高めの元気のいい声が、クラスにいる生徒全員に向けられ、頭を下げていた生徒も担任の方へ顔を向けた。
クラス全員、誰も話したりふざけたりせずにこの先の物事が進むのを静かに待っていた。
「おはようございます!皆さんに会えるのをほんと楽しみにしてました!私は担任の宮水千佳です!よろしくお願いしますね!」
『『よ…よろしくお願いします』』
全員このクラスに馴染めていない故に担任のいきなり過ぎるテンションの高さにほとんどのクラスメイトがついていけず、少しためらいながらの挨拶になってしまった。しっかりしないお願いしますを言ったと同時に全員で頭をさげ礼をすると、すぐに会話が次に進んだ。
「ではまず今日やることなんですけど、まずは誰かに教科書を取りに行ってもらいます!その後のことはそれから話すので、まずは誰か手伝ってくれる人を決めたいと思います!えっと〜、誰か手伝ってくれる人、お願いしまーす!」
マジでこの人テンションたけぇ…
恐らくクラス全員がそう思っただろう。
入学初日のクラスで自分の性格をここまでもろに出してくる担任は他にいたであろうか。
よく通る声で全員に呼びかけた担任は、ニコニコしながら手伝ってくれる人を待っていた。
ここは俺が行くしかないな!いらない積極性がここでも出てきていた。
「俺が行きます!あ、奏汰も一緒に行かないか?」
「うん…!いいよ…!」
「あら、早速2人決まりね!他の人は〜??来なくていいの〜??」
なぜこんなに馴れ馴れしい口調で話すのだろう。いや、むしろこの馴れ馴れしさが、今このクラスの雰囲気に必要なのかもしれない、と勝手に自己解釈をした。
そして何気なく奏汰も誘ってみたが、気楽に返事をしてくれ安心した。
その後も担任は何度か全員に呼びかけたが、結局俺たち以外の人が手伝いに名乗りでることがなく、俺と奏汰の2人で教科書を取りに行く事になった。
早速教科書を取り行く為教室を出た俺たちは担任に教えてもらった場所へと向かった。
すると途中で、奏汰の方から俺に話しかけてきた。
「あ、あのさ…!」
「ん?」
「話しかけてくれて、ありがとう…!」
いきなりの感謝の言葉に一瞬反応が遅れてしまったが、状況を理解しすぐに返事を返した。
「おう!これからも仲良くしようぜ!」
「うん…!!」
あまり主張しない口調の奏汰でも、この言葉が本音であることがすぐにわかった。
だって、こんなに暖かい笑顔を見せながら言う感謝の言葉に、嘘や冗談なんていう概念は存在しないんだから。
俺はその場で騒ぎたいくらいの嬉しさを我慢しながら、教科書が用意されてある場所へと2人笑顔のまま歩き続けた。
俺と奏汰は初日で慣れない校舎内をあっちでもないこっちでもないと、2人して道に迷いながら目的の場所まで歩いていった。
そしてついに教科書が用意されている部屋に辿り着きドアを開けると、そこには紐でひとまとまりにされた大量の教科書が一際大きい机に学年毎にまとめて置かれていた。
その中から俺たちは自分たちの学年の教科書を2人で手分けして持った後、その部屋を静かに出た。
何冊も重なる教科書を両手で抱えるように持っているが、2人いてギリギリ運べるくらいの量だった。お互い顔が隠れるくらいに積まれた重い教科書を懸命に抱えながら教室へと向かうが、途中階段があったせいで力尽きフラフラになってしまった。
やっとのことで教室へと辿り着いた俺たちは早く教科書を下ろしたいこともあり、自分たちから1番近い方のドアを開けた。
しかし、何気なく開けたその先には、さっきと違った明るい雰囲気が疲れた俺たちを待っていた。
少し時間が経ちクラスに馴染み始めたのか、みんなクラスにいる同中の友達やそれぞれ近くに座っている友達同士で楽しく談話をし、さっきまでの緊張感溢れる緊迫した空気も大分和らいだようだった。
ふと教室内を見渡すと、担任はいなかった。まあどっかに行ったんでしょ。
のろのろと2人して抱えていた教科書はゆっくりと教卓の上に置いていったのだが、量が多い為全て積み終わると小さなタワーのようなものが出来上がっていた。その教科書タワーなる物を見たクラスの反応は、全員揃って「うわぁ…」
まさに絶望の反応だった。
だがその絶望感も一時的なもので、すぐにまたそれまでしていた友達との会話に戻っていく。
教科書を置き終わった俺たちもその後は自席に戻り、周りと同じく2人で会話を弾ませていた。
あ、今のうちに他の人とも話してみよっと。
これはチャンス!しかし、そう思い立ったのも束の間で、丁度そのタイミングに担任が教室に戻ってきた。席を立っていた人はすぐに自席に戻って行き、教室内のいろんなところで聞こえていた話し声は次々と消えていった。
俺も席を立ったはいいが、結局一歩も動かずにまた着席した。
「わぁ!すごい量の教科書ね!菅野くん!藤原くん!2人ともありがとう!!」
担任は教卓に置かれた教科書を見てそういうと、早速教科書を全員に配り始めた。
「・・ん?」
配っている姿を見ていた俺は、少し担任の行動に違和感があった。
なんでだろう。バリバリの新任だと思っていたのだが、妙に手際がいい。
やっている作業は教科書をまとめている紐を切ってある程度の人数分取って配るだけ。非常に簡単な作業だが、一つ一つの行動の速さが普通より明らかに速い。
ベテラン教師でもなさそうだけど、なんでこんなに慣れてるんだろうか。
この高校の他の先生がどうかわからないが、一般の先生がやったら恐らく10倍の時間はかかるだろうと思うくらいのスピードだった。
驚異的な速さで教科書や配布物を全員に配り終えると、その流れのままもう帰りのHRが始まった。
全てを配り終わるのにかかった時間はわずか1分。教科書1人8冊、プリント1人7枚、それをクラス40人に配るのにかかった時間である。
宮水先生…そんな特技があるんですか…。
あまりにも展開が早すぎて、全員口が塞がらない様子だ。
そんな中、担任は当たり前のように帰りのHRを始めた。
「はーい!じゃあ今日はこれで下校です!明日は自己紹介とかするから、ちゃんと考えてきてねぇ?」
『『・・・・・』』
「ん?みんなどうしたの??」
『『なんでもないです』』
「そうなの??では皆さん気をつけて帰るようにしてくださいね〜!!さようなら〜!」
『『さ、さよならー』』
挨拶をしながら俺は思った。
この担任は当初俺の期待していた事のさらに上を行く。
根拠はまだないが、そんな気がしてならなかった。
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