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策を弄すると書いて買収と読む

 民主主義の議論に価値はない。

 なぜなら、意見の正しさではなく、人として正しさのほうが優先されるのだから

「……」


「あ、アンヌ姉さん……?」


 発言の順番がまわってもなお沈黙を貫くアンヌ。

 ネクが心配そうに声をかけると、どうやら気づいてはいたようでおもむろに口を開いた。


「……さ」


「さ?」


「! ……もしかして、『さ』んせい!?」


 アンヌからもれ出た一言を拾い、目を輝かせるミーリィとユーリィ。

 しかし、その期待はまた裏切られることになる。


「酒をくれえ……」


「……」


「……ずこー」


「……はぁ」


 アンヌのSOSが空虚に響く。

 搾り出したかのような弱々しい声だったがさすがに心配する者もいなく、賛成派の三人もあきれずにはいられない。


「ここまで引っ張ってそれかよ!」


「……ふう、アンヌちゃん。今家族みんなが真剣に話し合っているんだよ?」


 反対派のルカとトーリもこれには苦言を呈す。

 特にルカは再び笑顔を貼り付け、姉であるアンヌにプレッシャーを与えていた。


「うっ……そ、それはわかっているが、こっちだって真剣なんだ!

 だいたいアーサ、お前どうやって私が秘密裏に隠していた酒まで見つけ出したんだ!?」


 アンヌのなるべくルカとは目を合わせないようにそっぽを向く様子は、家長としての面目など微塵も感じられないのだが、そんなものここを切り抜けられるなら犬に食わせてしまえと彼女は本気で思っている。


(あの魔犬に見つけさせたことは言えるわけないよなあ)


 さすがに魔物をそのまま家に置いておくことはできなかったアーサは、保護した後すぐに家族の目を盗んでヘルハウンドをしつけていた。

 一週間しかなかったが、人間の言葉がわかるため、ある程度はコントロールすることはできたのだが、それでもやっぱり彼にヘルハウンドを飼うことに反対なのは変わりない。


「アンヌ、話をそらすのはみっともないぞ……でも、今回は特別に禁酒を解除してやらないこともない」


 誤魔化すことだってできたが、アーサはここを好機だと考えてあえて話にのる。


「えっ!? ……アー君?」


「本当か!!?」


「ああ。ただし、あることをやってもらう必要があるけど」


「おい! 何お前が話をそらしているんだよ!!」


 一方でそんなアーサの様子に驚いたのはルカとトーリの反対派の二人。

 別に三人は結託していたというわけではなかったが、アーサのらしくない行動に二人は驚きを見せる。


「そらしてなんかいないさ。この会議に直接関係することだ」


「な、何をすればいいんだ?」


「別に難しい話じゃない。この会議の決をとるときに『反対』のほうに手を上げればいいだけだ。な? 簡単だろ?」


 アーサが持ちかけたのは公然な場での買収。

 家族会議ではルールを厳格に規定しているわけでもないため、禁止されているわけではないのだが、実際にそれが行われたのは当然初めてであった。


「何それ! アー兄ずるい! 卑怯だよ! プンプン!」


「……もしかして、アンヌ姉に禁酒させたのもこのため?」


「ふはははは、なんとでも言え」


 非難する双子に対し、転生前にテレビで見ていた憎たらしい悪代官(こっちの世界だと悪貴族と呼ぶべきかもしれないが)のように笑うアーサ。そんな彼を冷ややかな目で見る二人がいたのだが、まだ誰も気づいてはいない。


「さあ、アンヌどうする? 別にこれは強制じゃないから賛成のほうに加わってもいいんだぞ?

 ただし、その場合は二週間、つまり後一週間しっかり禁酒してもらうがな」


「ううむ……」


 アンヌ自身、これは悪魔の誘いだとはわかっているのだが、その誘惑を断ち切れるはずがないとアーサは確信していた。


「アンヌ姉、アーサ兄の言うこと聞いちゃ駄目!」


「……お酒なら私たちが買うから」


「それならこっちはさらに見つけた酒と同額分の酒を買い足してやろう」


 負けじと双子も買収を試みるが、その土俵にたってしまうと、まだ学生の彼女たちが働いているアーサに勝つことはできない。


「ほ、本当か!?」


「アンヌ姉!」


「……アンヌ姉」


 最後の手段として、双子はアンヌの良心に訴える。


「うっ、わ、私は……」


「……」


 家族の情と個人の欲の間で揺れ動くアンヌをネクは意外にも冷静に見ていた。否、気にかけておらず、何か別のことを考えていた。


「どうした、ネク? お前もアンヌを説得しないでいいのか?

 それとも俺のことを卑怯と言いたいのか? まあ、何を言われてもやめる気はないがな」


「……ううん。僕からは何もないよ」


「そうかそうか……え?」


 アーサの安い挑発をネクは軽く受け流す。これにはさすがにアーサも驚いたが、そんなアーサを知ってか知らずか考えがまとまったネクは司会役として会議を終わらせるために口を開く。


「これで皆意見を言ったよね? じゃあ、決をとりましょう」


「ちょっと、ネク!?」


「……ネク、諦めたの?」


 双子は驚いた表情でネクを見るが、当の本人はそんな様子もなく落ち着いている。


「大丈夫。きっとこれでいいんだよ」


「??」


「?」


 どこか確信めいたふうに断言するネクだが、双子にはその理由がわからずただただ困惑する。


「では、議題の犬を飼うことに賛成の人は挙手をお願いします」


 困惑が解けぬまま、決がとられる。


 賛成派に挙がった手は三つ。


「……ミーリィ姉さん、ユーリィ姉さん、僕の3人ですね」


「うう、やっぱり……」


「……アンヌ姉」


「すまない、すまない……」


 心底申し訳なさそうに謝るアンヌを見ながらアーサは想定通りにことを運ばれたことに安堵する。

 アンヌの妹たちに対する情は決して薄いわけではく、もし禁酒が解除するだけだったら、アンヌは賛成派に手を挙げていた可能性があった。しかし、さらに追加の酒を条件として出現されたことによってそれは潰された。

 つまり、双子が買収を持ちかけたのは下策だったのだ。


「……ふっ、さっきはあっさり引き下がったから何かあると思ったが、どうやらただ諦めただけみたいだなネク」


「そんなことはないよ」


「強がりはよせ。今、まさに勝負が決したところじゃないか」


 普通の場合、七人中三人が賛成なら四人が反対なので反対派の勝ちである。

 ネクは学校にはまだ通ってはいないが、最低限の読み書きは家族みんなから教わっていたので、そのことをわからなかったわけではない。

 しかし、それでも彼は自分たちの勝利を疑っていないようなふるまいを見せている。


「勝負は最後までわからないよ……次に、反対の人は挙手をお願いします」


「普通の勝負ならそういえるが、残念ながらこれは多数決だ。賛成派で三人の手しか上がらなかった時点でもうお前たちの勝機は……」


「アンヌ姉さん、兄さんの2人です」


「……あれえ?」


 アーサが間抜けな声を出して周りを見渡す。たしかに反対派の決で挙がっている手は二つであり、どちらにも挙げていない二人が沈黙を貫いていた。


「手を挙げていないルカ姉さん、トーリ姉さんはどうしますか?」


「今回は私は白票でいいかな?」


「アタシも姉さんと同じだ」


 家族会議においては、賛成でも反対でもない場合、口頭で白票を伝えることが許されている。

 ただ、一人が白票をすると、賛成派と反対派が同数になる可能性があるため、あまり出されることはないのだが、今回の場合は二人が白票を出したので、結果としては問題はない。


「ルカ? トーリ? どうして?」


「別に賛成のつもりはねえが、お前に与するつもりもねえよ、このクソ野郎」


「アー君、さすがに家族を買収するのはどうかと思うよ?」


 二人が白票にしたのはもちろんアーサがアンヌを買収したことが原因である。

 アーサの意見を受けてのネクたちの発言や思いはたしかに届いていたが、だからといって簡単に意見が変わるほど二人は短絡的に反対していたわけでもなく、アンヌに番がまわるまでは反対派を貫くつもりだった。

 つまり、アーサが買収を持ちかけたのは愚策だったのだ。


「ミーリィとユーリィも、今回はアー君から先にやっちゃったけど、買収なんてやったら駄目だよ?」


 反対派はやめたものの、賛成派でも手を挙げなかった意味を考えろというルカに二人も少し反省してうなづいた。


「結果としては、賛成三票、反対二票、白票二票で犬はこのまま飼い続けることにします」


「やったー!!」


「……わーい」


 だが反省はさておき、双子は賛成派の勝利に素直に喜び、小躍りを踊る。

 踊ると会議が進まないという言葉もあるが、この場合は、会議が終わった後なので、適用はされないだろう。


「ば、馬鹿な……」


「それでは今回の家族会議は以上になります。お疲れ様でした」


 悪代官の末路にふさわしいセリフをはくアーサをよそにネクが司会としての役目を全うして家族会議は終了した。




「はあ……」


「アーサ」


 会議終了後、黄昏ているアーサの方をアンヌが優しくたたく。


「……アンヌ、すまない。お前がせっかく味方してくれたのに」


「なあに、気にすることはない。勝つことがあれば負けることもある。それが勝負の常だ。そうだろう?」


「アンヌ……」


 優しく微笑むアンヌに、アーサの心は救われる。

 普段はいろいろ苦言を呈される立場であれど、やっぱりやるときはやる人だと見なおそうと思ったアーサだったが、


「ところで、約束通り禁酒の解除と隠した酒を返してもらおうか。あっ、そうそう、酒の買い足しもよろしくな」


 それはそれ、これはこれといったふうにアンヌは割り切る。その目にはすでにこれから手に入る酒の幻しか映されていない。


 実際、アンヌにとって今回の議論の勝ち負けに意味はなく、このヘルヘルのことはどちらでもよいと思っていた。だがそれは、家族に対して興味がないのではなく、どちらに転んでも大丈夫であろうという家族の信頼をもとにしたものであり、クエストの後処理などで家族の中では一番魔犬に接することができない自分が判断することではないと思っていたからだ。そのため、もし何もなければアンヌはネクに白票を伝えるつもりだった。


「うっ……る、ルカ、お願いなんだけど……」


「アー君、お小遣いの増額も前借りも今回はなしだよ。しっかり反省してね?」


「……はい」


 未だ笑顔を貼りつけているルカにまずはこれをなんとかしないといけないと思うアーサであった。

設定9

 今後、家族の家計はルカが管理することになり、俺とアンヌはクエスト報酬は自身で管理することなくルカに渡すことが決定した。

 個人の金銭はお小遣いという形で配布され、個人の嗜好品はそこから捻出する。これは、働いているアンヌと俺にも例外なく適用されるのだが、特例としてクエスト関係の出費や緊急で必要なった場合のみ増額や前借りを許してくれた。


-アーサ 日記より-


次回更新10月20日

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