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妖精の天敵と書いて魔物と読む

「ユーちゃん、学校いくよー!」


「うん……」


 学校に行くために準備を整えたユーリィとミーリィを玄関で見送る。

 トーリとルカはすでに一緒に学校に向かったため、家族の中で学生は残りの二人だけである。


「あっ! ……アー兄」


「ん? ミー、どうした?」


「なんていうか、その……気をつけて、ね?」


 出かける直前に、あまり見たことのない不安げな表情でミーリィは言った。

 彼女には妖精が見えず、また俺とユーリィが見えることや妖精の存在を含めて教えてもいない。

 そのため、この後の出来事も知りようがないのだが、彼女のスキルから何かが見えたのだろうか。

 俺としてはいつもやっていることの一つのため、この心配を少しオーバーに感じてしまうのだが、それを知らないとはいえ二人の前で言うわけにはいかない。


「……ありがとうな。お前たちも行き帰りには気をつけろよ」


 魔物によって両親を失ってしまった、二人の前では。


「キシシシシ、エサの匂いがしたところはここか」


 俺様はヘルハウンド。最近この辺りの地方に進出してきた今売り出し中の魔物だ。


 ……アア……エサ……クイタイ……


「まあ待て、お前ら。すぐにたらふく食わせてやるからな、キシシ」


 食い気にはしる部下(人間たちはデブリと読んでいる)を慌てて諫める。

 俺様のような高位な魔物は、ほぼ本能のみで動く部下を制御しなければならないのが辛いところだが、これも俺様による俺様の世界を作り上げるためには必要なことだ。


「エサの匂いがするのは、この人間の建物からか。おい、まずは壁に穴を開けろ」


 建物をぶっ壊すようにも指示はできたが、俺様はそこらへんの単細胞とは違う。

 物事を起こす以上、必ずスマートな計画を立て、スマートに実行し、スマートに結果を残してきた。

 今回もスマートに行うために部下は自身の腕を鋭くとがらせ、壁に向かって突き刺すように指示を出す。


 まったく、俺様はなんて幸運なんだ。ここら一帯にはなわばり争いが必要な魔物はいないし、エサがいることも確認できた。しばらくはこの地域を根城にして勢力を拡大してみるか。


 今後の明るい展望を夢に見ながら壁に穴が空く様子を見物していたが、


 ガキン!


「なにっ!?」


 木に放てば大木すら反対側まで貫く部下の突きを、たいした厚みがない木壁が傷一つなく受けきった。


「お、おいっ、もう一発……「無駄だ」なっ!? 誰だ!!?」


 背後から声が聞こえ、急いで振り返る。


「お前たちにはその壁の『耐久性』は破れないよ」


 そこには一人の人間は立っていた。




「デブリが3体に、人語を話す魔物が1体……他の仲間はいないようだな」


 全身がすっぽり収まるほどの黒色の衣を身に纏った人間はこちらをわざわざ指さしをして確認してくる。この余裕っぷりと俺たちを見ても動じないところを察するに、それなりに魔物と相対することになれているようだ。


「何者だてめえ……いったい、どこから現れやがった」


 壁にいた部下に合図を出し、人間との間に配置をする。

 相手はどうやら一人のようで、魔力も感じられないが、俺様は賢いので警戒は怠らない。


「お前たちが壊そうとした家からやってきたただの人間だ。

 そんな警戒しなくても、罠なんてしかけてないし、問答無用に襲うつもりもない」


 人間にしては珍しく話が通じそうな素振りを見せるが、俺様はごまかせない。

 これは理由があれば俺様たちの命を奪うことをためらわない者の目だ。


「さて、そっちの質問に2つ答えたからこっちの質問にも2つ答えてもらうぞ。

 人の言葉を話す魔物には生まれつき話せるものと、人を食って話せるようになったものがいる。…………お前はどっちだ?」


 鋭い眼光がこちらを睨む。

 人間の質問なんて馬鹿正直に答える必要もないが、そう聞かれたことへの返答はいつも決めていた。


「さあな、話せるようになったのは昔のことなんでな……まあ、食った人間の数も覚えてないぜ? キシシシシシ」


「……そうか、もう十分だ」


「2つ目はいいのかよ?」


「今はいい。聞きたいことが増えたからな……力ずくで聞き出す」


「はっ、なめるなよ、人間!」


 対話は決裂し、部下たちに攻撃をしかけさせる。

 普通なら魔力のない人間くらい、部下一体で十分なのだが、俺様は決して敵を侮らない。

 人間から魔力は感じないが、こいつから読みとれる雰囲気や気づかれることなく後ろをとったことから察するに肉弾戦には相当の実力があると考えられる。

 そのため、こいつに有効な攻撃は複数人による多面攻撃であると判断した。


「いくら近接戦闘に長けていようととこれなら避けられまい!」


 三体の部下たちは手を鋭く尖らせ、正面と左右の三方向から放たれた一撃は目の前の人間をいともたやすく貫く、はずだった。


「なにっ!?」


 二度目の驚きは部下たちの攻撃を防がれたからではない。

 人間に当たる直前で三体とも同時に倒れたからだ。


「お、おい! お前たち何をしている!!?」


 もしこれがただ人間に防がれたり、迎撃されただけなら俺様もまだ冷静になれただろう。

 しかし、見たところ男はそんな素振りはおろか動こうともしていなかったのだ。


 こいつはいったい……


 人間は倒れた部下たちを横切り、こちらに歩を進めてくる。

 何事もなかったかのように通り過ぎる様子が、俺様の恐怖レーダー(相手がやばいやつかどうか判断するための俺様の直感、メーターつき)を刺激した。


「……おい」


「ひっ!」


「「ひっ」……?」


「あっ……キシシシシ、やるじゃないか、人間」


 ……しかたない、こうなったら作戦変更だ。頼んだぞ、部下たちよ!


「俺様の精鋭の部下たちを一瞬のうちに倒すとは中々いい腕前だ。

 だが、俺様の部下たちはそうとうタフでな。ほら、もう立ち上がるぞ」


 俺様は勝ち目が見えない、またはわからない戦いには関与しないことを信条としている。よって次の作戦とは逃げることだ。

 そのため、部下たちが立ち上がるというは嘘をつき、相手が部下たちを気にかけ、後ろを振り向いた瞬間に逃走を試みるはずだった。


 さあ、後ろを見ろ、振り向いてしまえ!


「…………な、なぜ後ろを見ない?」


「デブリたちには『致死性』の毒を入れたからな。倒れたなら絶対に起き上がれない」


「致死性の『毒』だと!?」


 人間は懐から見せ付けるようにナイフをとり出す。

 その刃には溝が彫られていて、その隙間には血ではないが、赤い液体のようなものが塗り込まれている。

 おそらく何かしらの細工がほどかされているのだろう。

 もしかしたら部下たちが突然倒れたのもこのナイフが原因かと思ったが、すぐにそれは違うことに気が付く。


「キ、キシシシ……それにその毒があるように見せかけたいようだが、俺様にハッタリはきかんぞ人間。

 さっきはそんな刃物、出す仕草すらしなかったのではないか。おおよそ、その致死性の毒というのもハッタリなのだろう?」


 戦いにおいて、正しい情報は正しい判断を生み出し、正しい判断は生存確率を上げるはずだ。

 こいつのハッタリを見破った俺様は、正しい判断をしたはずだ!

 だから、俺様は必ずここから生き延びられるはずだ!!


「勘違いするな。このナイフにあるのは『即効性』の麻痺毒だ。

 俺の話を信じるかどうかは好きにしろ。どちらにせよ、どうせお前を待っている結果は変わらない……さあ、絶望を受け取る覚悟はできたか?」


 人間の言葉を裏付けるかのように倒れていた部下たちの体が風に溶けて消えていく。


 ここは逃げるしかない!


 俺様の恐怖レーダーのメーターが振り切り、全身のバネを限界縮ませる。相手の出方がわかった瞬間、逃走を開始するはずだった。


 たとえこいつが何者であろうと、人間が魔物である俺様の脚力に勝てるはずがない。


 このとき俺様は自分が正しい判断をできていないことに気付いていなかった。


「なにっ!?」


 今まで目の前にいたはずの人間は突然消える。

 明らかに異常な現象。しかし、そこで隙を作ったことは大きな失敗だった。


「しまっ!?」


 どうやって消えたのかもわからないうちに、気づいたときには間合いを詰められ、人間が持っていたナイフの刃が俺様の胴をえぐらんと迫ってくる。

 俺様はギリギリで全身のバネを解き放つと、体は人間から離れ、ナイフは体のあったところを通過する。

 避けられたと思ったが、数秒後に体からピリッとした痛みが脳に伝わる。


 どうやらかすったようだな。だが、大した傷じゃない。これ、な……ら……


「言っただろ? 『即効性』だって。残念だったな」


 切られたところから痺れが瞬時に回り、体の自由がなくなってくる。

 数秒もしないうちに俺様の体は意思に反して地に伏していた。

設定4

 デブリとは、魔物に近いが魔物ではない謎多き生命体。

 影のように黒いその体からは、紫に光る目だけがかろうじて確認できる。

 デブリには肉体に特定の形状がなく、体を自在に変えられるが、知能が低いため複雑なもの(動植物や人工物)には変化ができないとみえる。

 しかし、命はあるため、殺したら死に、死後の肉体は残ることなく風に溶けて消えていくようだ。

 特定の条件で魔物になり、デブリから魔物になったものを一般にはアガリと呼ばれている。


-「デブリとその生態」 マーシャル博士著-


次回更新9月20日

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