心の繋がりと書いて家族と読む
「ネク、調子はどうだ?」
「あ、兄さん」
倉庫での野菜にいた全ての妖精たちの住居を簡易宿に移す作業を終え、ユーリィと別れた後、俺は家族で一番年下であるネクのもとに来ていた。
「うん、今日は悪くないよ。ほら、ご飯だってちゃんと食べているでしょ?」
ベッドのすぐ横に置かれたテーブルの上にある皿が空になっているのを見て少し安堵する。
ネクはもともと体が弱く、少しでも体調が悪いとご飯を残してしまうため、こうやって毎食のチェックをすることが日課となっていた。
「ああ、よく食べたな。お昼から、少し外に出てみるか」
「うん!」
外という言葉に反応してネクの褐色の目に喜びが灯る。
体調を崩れた場合を考慮し、基本家にいることが多くなってしまうネクだが、やはり外に出たいのだろう。
この世界は怪我を治す魔道はある一方、病気を治す魔道は存在しない。
そのためか、怪我した箇所は清潔に保つという考えがなく、同様に衛生面に対する意識は低い。
ネクの部屋を清潔に保つように家族に説得し、その方法を教えるのもそれなりに苦労した。
「ムッスー」
「……」
「ムッスーーー」
玄関での挨拶後、素直に支持を聞き、先に部屋にいたミーリィがじーっとこっちを見てくる。
なんとなく理由はわかるのだが、やはりここは聞くべきだろう。
「……はあ。どうした、ミー?」
「どうもしてないよーだ。ムッスー」
「どうもしてないっていう態度じゃないだろ。それと、『ムッスー』じゃなくて、『むすっ』じゃないか?」
その前に擬音をわざわざ言葉に出す必要はあるのかとは思うが聞かない。
「こ、細かいことはどうでもいいでしょ!」
ネクの手前、間違えたことが恥ずかしいのか、ミーリィは顔をそっぽに向ける。
「それなら、細かくないことってなんだ?」
「……アー兄ってネクには特に優しいよね」
「別に優しくしているつもりはないし、ネクにだけってつもりもないけど」
「じゃあ、私にだけ厳しい!」
「じゃあ、ってなんだ。じゃあ、って」
「そりゃあネクだって私の家族なんだし、面倒を見るのは当然だけど、アー兄も私の面倒をみるべきじゃない?」
「つまり?」
「私だって褒めてくれてもいいのに!」
「はいはい、ネクの様子をみてくれてありがとうな。偉い、偉い」
「むー、なんか褒め方が雑だよー!」
「じゃあ、撫でるのをやめようか?」
「それは……やめないでもいいんだよ?」
頭をなでるとユーリィと同じように目を細め、首を傾けるあたりやっぱり姉妹なんだなと思う。
年頃ということもあり、他の家族をなでることはあまりしないが、ミーリィとユーリィにはよく手が伸びるのはこの反応の可愛らしさからきているのかもしれない。
「よかったね、ミーリィ姉さん」
「うん! ネクもありがとうね!」
「ん? 何の話だ?」
「アー兄には内緒! 私、学校に行ってくるから。ネクもリハビリ頑張ってね!」
ミーリィが慌しく部屋から出て行ったため、答えを求めるようにネクを見る。
しかし、ネクは「ミーリィ姉さんが内緒って言っちゃったから僕からは言えないかなと」苦笑いをしていた。
「よし、皿を片付けるのと、皆を見送ってくるからまた後でな」
ネクの部屋をなるべく清潔に保つため、日課となっている部屋のふき掃除を終えて、部屋の外へと向かう。
「……ねえ、兄さん。学校って楽しい?」
出る直前、ネクの質問が俺の足を止めた。
この世界の学校は、主に12歳から18歳までの6年間だけであり、まだ11歳のネクが入学するのは来年以降になっている。
学校に入学するときの期待と不安はどこの世界でも一緒だが、ネクが本当に心配しているのは違うところだろう。
「ああ楽しいぞ」
「でも、トーリ姉さんはよく学校行きたくないって言ってるよ?」
トーリには後でルカに説教してもらおう。
「そりゃあ大変だったり、めんどくさい事もあるさ。けどな、それでもやっぱり楽しいよ。
だからなネク、学校がつまらないところだと決めつけて諦める理由にする必要なんてないんだぞ?
お前が行きたいところまでの道は俺が……いや、家族皆が与えてやる。
だから来年、学校に行っていっぱい学んでこい。遊んでこい。
そこから与えられたモノはきっとお前の宝になるから。
……まあ、途中で辞めた俺が言っても説得力がないか?」
「ううん。兄さん、ありがとう」
その白い素肌が象徴しているかのような体の弱いネクを学校に通わせるかどうかはまだ家族で結論は出ていない。
しかし、ネクを学校に通わせてやりたいという思いは家族全員が同じ結論だった。
俺の家族は7人が兄弟ならびに姉妹として戸籍には登録しており、俺は長男だが、上から数えると2番目に当たる。
家族の人数だけを見ると、この世界では特別に多いとはいえないが、4人も(ちょっと前までは俺を含めて5人だったが)学校に通っているというのは珍しい。
それほどこの世界において、教育というのは高価なものであり、それを含めたの家計を支える大黒柱は俺と長女であり家長のアンヌであった。
「はあ……」
「アンヌ……?」
「ん? ああ、アーサか」
「帰ってきてたんだな」
「今朝な。さっきまでトーリやルカも一緒に飯を食べていたんだがな。二人には会わなかったのか?」
「ああ。たぶん入れ違いかな。俺はさっきまでネクの部屋にいてこっちに来たけど誰とも会わなかったし」
「そうか。私も後でネクに会わないとな」
「その前にちゃんと服は着ていけよ」
薄手の服を羽織るように着用し、胸を半分さらけ出しているアンヌの様子にため息をつく。
アンヌは普段からゆったりめの服着て、家ではさらにそれを着崩したまま生活する。
成熟した体つきも相まって、かなりなまめかしいため、たびたび俺とルカは注意するのだが、アンヌがそれを素直に聞いてくれたことはいまだにない。
「なんだ。別にいいじゃないか家族なんだし」
「教育に悪い。それにミーリィとユーリィが真似したら困るんだよ」
「……わかったよ」
実際に一番真似しそうなのはアンヌに憧れている節があるトーリなのだが、アンヌには歳が低い家族ほど効果があるのであえて二人の名前を出した。
「ところでアーサ、私がため息をついていた理由が気にならないか?」
「気にならない」
「実はな、せっかく今日帰ってきてから飲もうと思っていた酒をルカにとられてな」
「気にならないって言ったんだけど?」
「なあ、アーサ。お前からルカに返すように言ってくれないか?」
「服について珍しく殊勝に聞くなと思ったのに、結局はそれかよ。
まあ、今日はクエストから帰ってきたばかりだし、ルカに言ってみるけど、少しは禁酒したらどうだ?
あいつがお前の体を心配しているのはわかっているんだろ?」
「なあに、禁酒なら問題ない。今週はすでに8回も禁酒をしている」
「やっぱなし! 少しは反省しろ、この酔っ払い!!」
設定3
家族内の年齢関係(前世の年齢は除く)
アンヌ>アーサ≧ルカ>トーリ>ミーリィ=ユーリィ>ネク
アーサとルカは同じ歳だが、アーサのほうが誕生日が早い
ミーリィとユーリィは双子であるが、ミーリィが姉でユーリィは妹
次回更新9月10日