野菜の住人と書いて妖精と読む
「ただいま」
「ただいま、ちっ」
「おかえり!」「おかえり……」
家に戻ると双子の姉妹、四女のミーリィと五女のユーリィが出迎えた。
「おはよう、ミー、ユー。朝ご飯は食べたか?」
「うん、食べた!」「……食べた」
姉のミーリィの後に妹ユーリィが続く。
初めて会う人にとっては、元気な姉と物静かな妹の正反対な双子に見えるが、実のところそれは違う。
振る舞いこそは正反対な二人だけれど、思考や嗜好は似ているらしく、同じことを繰り返し言うことを避けるためとユーリィはあまりしゃべらないのだと本人たちは言っていた。
「けっ、こっちが働いてたのにお前らはのんきに朝ごはんかよ」
「むっ!」「むっ……」
「いいよなあ、お前らは気楽で。アタシなんか朝から魔力切れになるまで魔道を使うことになって疲れたってのに」
「ふん、偉そうなこと言って、どうせアー兄の指示通りにやっただけでしょ」「やっただけ……」
「なっ」
「だいたい、トーリは収穫のときしか役にたたないんだからやって当然じゃん!」「当然……」
「て、てめえら、言わしておけば……」
青筋立てるトーリに双子も威嚇するように顔を突き出す。
いつものことなので、心配をすることでもないのだが、いつものように長引くと後の日程が困るので止めに入ることにする。
「はいはい、言い争いはそこまでにして、トーリはさっさと飯を食ってこい。
ミーはネクの様子を見てきて、ユーは「……これ、運ぶ」っと。ああ、一緒に行こう」
「ちっ、わかったよ」
「はーい」
トーリはしぶしぶといった感じで、ミーリィとユーリィはついさっきのことをケロッと忘れたように動き出す。
喧嘩していても、指示を出すとちゃんと聞いてくれるあたり、家族の和を大事にしてくれているのだろう。
「ユーリィ、大丈夫か?」
「うん、平気……」
荷車からキャトとラディをおろし、ユーリィと協力しながら倉庫に運ぶ。
華奢なユーリィに力作業は向いていないことはわかっていたが、それでも彼女をこの作業に割り当てたのは理由があった。
「今日の野菜、大きい……」
「ああ、今年とった中では一番大きいかもな」
野菜としての標準の大きさを軽く超え、人の大きさにまで育った野菜はこの世界でも珍しい。
なぜなら、あの世界(転生前の世界)より大きいとはいえ、この世界 (転生後の世界)での野菜の大きさもさすがに人の膝を超えることなんてほどんどない。
しかし、我が家の菜園で採れる野菜はその基準を軽く超えるものばかり(さすがに人間大ほどはめったにないが)であり、それには明確な要因が存在する。
「じゃあ、いっぱい、いる……かな?」
「あぁ、おそらくな……」
「それじゃあ……『出てきて』」
ユーリィが呼びかける。
それは俺に言ったのでもなければ、人に向けて言ったものでもない。
では、何に向かって言ったものかといえば、
『ヨンダ?』『ヨンダ?』『ヨバレタ?』『デルノ?』『デタヨ!』
野菜の住人たち(俺とユーリィは妖精と呼んでいる)に向けての発言だった。
「五人か。どうりでここまで大きくなるわけだ」
少し野暮ったい人形の容姿をした手のひらサイズの彼らは、普通なら3人も出てくれば多いほうなのだが、今回5人も出てきたことで野菜がここまで大きくなったのだろう。
「……『妖精さん、はじめまして』」
『ワッ、ニンゲンダ!』『ニンゲン?』『インゲン?』『ナニソレ?』『ハジメマシテ!』
「……『大丈夫、私たちは敵じゃないよ』」
驚く者、戸惑う者、普通に挨拶をかえす者によくわからない者。
反応は様々だが、推定5歳児程度の知能しか持たない彼らとコミュニケーションをとる上で一番大事なことは、敵意がないことを示すことだ。
『ホントウ?』『ウソジャナイヨネ?』『ビフテキ?』『ダカラ、ナニソレ!』『ナンデボクタチヲヨンダノ?』
「……『それは、お願いがあるから。ねえ……あなたたちのお家、私に譲ってくれない?』」
不躾なお願いには交渉としての技術はへったくれもないのだが、彼らにはこれくらい率直なほうが話が早い。
『エー!』『ドウシヨウ』『ムリカナー』『ムリダネー』『ムリダヨ』
もちろん過去の経験から断られることはいつものことだったため、すでに次の手は用意してある。
「ユー、これ」
「……アー兄、ありがと。『ねえ、こっちのお家をあげるからどうかな……?』」
ユーリィは彼らの前に木で作った家の模型を差し出す。
それは自作ということもあり、正方形の箱に取り外し可能な屋根をつけただけの粗末なつくりであった。
しかし、
『ワー!』『スゴーイ!』『オイシソー』『ハイルー?』『ハイロー!』
妖精たちは大喜びで野菜から離れると用意した家に向かってつっこみ、壁に触れた瞬間溶けるように消えていく。
彼らが用意した家に喜んで移ったのは、家そのものを好んでいたわけではなく、家に纏わりつかせていた魔力が目的である。
なぜ彼らが魔力を付与したものに寄生するのかは知らないが、この家の中に野菜の苗を置けばそのうち彼らが苗に入ってくること、そして妖精が入った野菜は大きく成長することは経験で知っていた。
「ユー、お疲れ様。いつもありがとうな」
「ん……」
頭をなでるとユーリィは嬉しそうに目を細め、首を傾ける。
妖精を見ることができる人間は数が少なく、意思疎通ができるものはさらに少ない。
俺の場合は見たり、聞いたりすることはできるが、意思疎通はできなく、またこの作業は家族でもユーリィにしかできないことだった。
「ううん、これしか私にはできないから……」
「ユーリィ……」
そう言ってユーリィは自嘲気味に笑う。
ユーリィはたしかに畑仕事をしたことはなく、そのことで家族に負い目を持っているのだろう。
そんな妹に対して俺がしてやれることは……
「そんな顔しないでアー兄……私は平気だっ!? ……酷い、アー兄が叩いた……」
「そりゃあ、叩くよ。ユーは、これしかできないじゃなくて、これしかやらないだけじゃないか」
「……だって、汚れる」
「汚れない畑作業なんてないからな?」
ユーリィは潔癖とまではいかないが、汚れるような作業をやりたがらないところがあり、今回の野菜を倉庫に運ぶときでも土を念入りに落とす必要があった。
「ユー、俺は本格的にお前の将来が心配だよ」
「……大丈夫。ミーちゃんを信じて」
「なんでミーリィの名前が出てくるんだ?」
「私の将来は……ミーちゃんの秘書って決まっているから……」
臆面もなくいってのけるユーリィに、たまに育て方を間違ったと思うことが最近の悩みである。
設定2
この世界における妖精は魔力を主食にしている生物である。
妖精は基本的に植物の中に潜み、地中から魔力を吸い取ることで生き延びている。
その過程でより多く地中の魔力を吸うため、野菜は肥大化する。
しかし、植物に寄生しているのはあくまで魔力を得るためであり、魔力が通っているものにはなんでも宿にすることができる。
一方で人工物は妖精が魔力を吸い取るための道具としては不適合であるため、宿の魔力が尽きかけると彼らは近くの宿または植物に移住する。
第3話更新日 8月30日