因縁との再会と書いて迎撃と読む
サイクロプスとデブリを片付けた後、俺はすぐさまルカの元へと走った。
当然、ルカの位置を察知するために片眼鏡には探知性を付加している。
今は幸いにも山頂のほうで反応が停滞しているので後二十分もしないうちにルカを見つけられるだろう。
ただ、先ほどの擬態に騙されてしまったようなこともありうるため、定期的に探知性は付与したり取り除いたりしている。つけたり消したりするより片眼鏡にずっと探知性をつけておいたほうが面倒がないのだが、この能力には使い続けると脳が情報酔いを起こしてしまう短所があるため、三十秒程度の発動と五分程度のインターバルを繰り返して行っていた。
「無事でいてくれよ……」
探知性が感知しているのはあくまでローブ(耐久性)であり、ルカではない。
ローブがあるならよほどのことがない限り、安全だと信頼しているが、あくまで着ていた場合のみであり、自分から脱いだりするなど身に着けていないならその信頼は全くの無意味になる。
悪く考えると、反応がそこに留まっているのはローブだけがそこにあり、ルカの身になにか起こったという可能性あるが、どちらにせよ行けばわかるし、行かなければわからない。
その時、左目の視界の端から何かが迫ってくるのが見えた。
「!」
それが魔道であるのに気づいた瞬間、真横に飛んだ。
走りながらだったため、足に無理な負担をかけてしまったが、どうやらそれで正解だったみたいで、走っていたところとその進行方向を爆発がなぎ払い、その威力を見せ付けるかのようにクレーターをつくる。
それほど威力が高かったということもあり、靴で覆われていないふくらはぎの一部が服ごと焼かれ、さらに爆風に煽られて体を木にぶつけて体に激痛がはしったが、直撃するよりましだったと思うことにする。
「あれ? 避けられちゃったピョン?」
「避けられたじゃありません。仕留める気ですかあなたは」
「ちゃんと避けたからいいじゃない」
「ホッホ」
魔道が飛んできたほうから四つの男女の声が聞こえてくる。
足と背中からうなる痛みをこらえつつ、道具鞄から包帯を取り出し、治癒性を付与する。そして、その包帯を一番酷い左足のやけど跡に押し当てると、包帯が細い煙を上げながら溶かしたように消えていく。一分もしないうちに、その反応が消え、押し当てていた部位を確認すると、ちゃんとやけど跡も残さずに消えていた。
よし、これならなんとかできそうだ。
右足のほうにも同じ処置をしつつ、同時に右目につけている片眼鏡に探知性を付与してその場で待つ。やがて俺に怪我を負わせたと思われる集団が姿を見せた。
「でも博士が山頂に行かすなって言ったピョン」
一人目は、手足が黒の毛で覆われたウサギ型の獣人。髪は短いがその代わりのように両耳が長く、幼さがみられる女顔で実際にまだそこまで歳はとっていないように見える。この種の獣人では、魔道を撃てるのは初めて見るのだが、話を聞いている限りこいつが魔道を放ったことは間違いないようだ。
「だからってあの威力を出す必要がありません」
二人目は、身の丈ほどもある翼を持った有翼獣人の青年。眼鏡の奥で強く光る眼光に、手から伸びる鋭い爪から猛禽類の種族だと予測する。
「でも、それを避けられたってことは、それなりにやるってことじゃない?」
三人目は、肉付きの良い上半身に大蛇のような下半身がくっついている蛇女。ウェーブがかかった紫色の長髪に麗しい顔立ちをしているが、それは男をおびき寄せて食べるためじゃないかと思えるほどその体は妖艶で大きい。
「じゃが、完全に避けられたというわけでもなさそうじゃな」
四人目は、短い金髪で整った顔立ちに尖った耳というまるで教科書の設定どおりの容姿をしたエルフ。ただ、その見た目は老人のような口調に反して若く、外見的な年齢だけはネクとそんなに変わらないように見える。しかし、どうやら他の獣人たちは彼のことを博士と呼んでいるようなので、実際の年齢はもっと上なのだろうと推測できる。
種族の全く違う四人であったが、皆一様に白いローブを着ているところは彼らが同一のグループに所属していることを証明していた。先ほど人間の四人組と判断されたのもおそらく彼らだったのだろう。音叉による探知では人間と獣人の区別が難しいことは経験済みだったが、獣人たちは滅多に人間のいる領土に来ることがないため、予想もしていなかった。
念のため、四人以外誰も姿が見えないことを確認すると、片眼鏡に付与していた探知性を外す。
しかし、博士、か……
博士と呼ばれる人種には良い印象と悪い印象の両方を持っている。いや、正確にはあっちの世界(現実世界)で博士と呼んでいた人は俺の恩人であったが、この世界(異世界)で博士と呼ばれている人は、俺にとっては悪人に他ならなかった。
……あのエルフ、似ているよな。
知っている博士は、目の前にいるエルフのような子供姿ではなく、わりと普通の人間のお年寄りであったが、なぜかエルフからはその博士と似たような雰囲気を感じる。
「そうですね。魔力は感じないようですが、動く様子がないのを見ると、回復用の魔道やスキルを持っていないのでしょう。
そこのあなた、大丈夫ですか? 返事をいただけるとありがたいのですが」
彼らの視線上にある木の幹に座り込み背中を預けているため、向こうから俺の姿が見えないようになっている。鳥の獣人はこちらに向かって呼びかける。しかし、俺はその言葉を無視することにした。
聞こえてきた話の内容から彼らに殺意はなかったようだが、警告もせずに攻撃してきた相手を信用できるほどお人よしではない。それに何より彼らは山頂に行くのを止めようとしているのだ。話し合いで解決できるものだとは思えない。
うっ……よしっ、これくらいの痛みなら我慢できる。
体を起こし動きに支障がないかを確かめると改めて向こうの様子をうかがう。
どうやら、こちらのだいたいの位置はつかめているものの、飛ばされたときの爆炎と木々のおかげで正確な位置を把握できていないようだ。
彼らの目的はなんなのかわからないが、とりあえず殺さない程度に応戦することを決める。
「返事がありませんね。ニゴウ、念のため、あなたのスキルで感知をお願いします」
「えー、私、正直感知のスキルあまり得意じゃないんだけど……というか、最近使っていなかったし」
「文句を言わずにやってください」
「はいはい、蛇感知」
あちら側の様子がこっちに今からすることが筒抜けなのは罠なのか、それともその必要すらないと侮られているからなのか。真相はわからないが、嘘をついているようではなさそうなので、とりあえず道具鞄から黒と茶色がリバーシブルになっている外套を取り出し、首の前で結んでマントにする。
後の問題は蛇の獣人の感知スキルだが、スキルは基本的に種族の特性や習性に沿うようになっているため、感知の方法とその弱点はだいたい予想がつく。
地面が爆発したってことは火属性の魔道のはず。
それなら、近くにはあれがあるはずだ。
道具鞄からさきほど水を入れた灰桜色の水筒を取り出しながら周囲にそれがないかを確認する。
「ニゴウって何しているピョン? 舌なんか出しているけど、あれで感知しているピョン?」
「間違ってはいませんが、正確には少し違います。蛇が獲物を捕捉するときは、ピット器官による体温感知と、舌で匂いを口内に送って嗅覚感知を用いますからね。舌を出しているのは嗅覚感知のためです」
「助手よ、よく知っておるな。まるで蛇博士じゃ」
「調べましたよ。研究のために……というか、あなたが私に調べさせたんじゃないですか」
「でもただの蛇博士じゃあ、むーちゃんには勝てないピョン」
「ちょっとあなたたち、黙っていてくれないかしら?」
いまいち緊張感に欠ける会話をよそに俺は爆発により火がくすぶっている木々を探し出し、その中から火はほどんど消えているが熱は十分に残っている木片を一つ取り出す。
戦術を達成するために必要なものはそろった。後はそれぞれに特性を付与する順番とタイミングだけだ。
「……見つけたわ。あそこ、ここからだと見えないけど、あの木の根元のほうに熱源と人間の匂いの両方があるわ」
「生きてはいますか?」
「おそらくね」
「わかりました。そこのあなた、今から五秒後にあなたに目がけて魔道を撃ちます。止めたいのなら降伏して今すぐ出てくるか、もしくは動けないようでしたら声をあげてください。
5、4、3、2、1……」
「……撃とうとしているってことは、討たれる覚悟があるってことだよな?」
マントに付与していた隠密性を解除し、あえてこちらに気づかせる。
こちらにきづいた直後の硬直時間を利用して、背後から助手と呼ばれていた鳥型の獣人の羽を浅く切りつけると、ナイフに塗りこんでいた麻痺毒(即効性を付与済み)が青年の体の自由を奪う。
どうやら彼らは本当に戦いに慣れていないようで、急展開についていけていない残りの三人のうち、エルフの背中を正面に引き寄せ、人質にとることは難しくなかった。
「動くな」
ようやく状況を理解し始め、反射的に動こうとした兎と蛇の獣人に対して、エルフにナイフを首元に突きつけることで動きを止める。
予想通り、この博士は彼らにとって重要人物のようで、兎型の少女は耳を逆立て、蛇型の女性は目を爬虫類特有に細らせて臨戦態勢に入った
「こら、お前たち、よさんか。わしを殺す気か?」
だが、以外にもそれを止めたのは人質になっているはずのエルフで、少女と女性は警戒しながらもしかけてくる様子はない。
「……お前、誰ピョン!」
「人に向かって魔道を撃っておきながら誰はないだろう?」
「! そんな! あっちにまだ熱源も匂いも残っているはず」
「ああ、今も残っているんじゃないか? ただし、匂いのもとは俺の上着だし、熱源のほうは水筒というかお湯に偽造させてもらっているけどな」
先ほど木の根元に隠れていたとき、熱の残った木片で水筒を暖めて内部の水をお湯に変えていた。
普通であれば火がほとんど消えた木片で水を温めるには時間と熱量が足りないのだが、水筒自体に即効性を与えることで内部の水にすぐ温まるようにして時間を短縮させていたのだ。
おそらく水筒は金属性なので特有の熱伝導が高くなったのだろうと思われるが、正確なことは自分でもわからない。
「……あなたは何が目的なんですか?」
傷が浅かったせいか、魔物でも倒れるほどの痺れを受けた鳥型の青年は立った姿勢を保ち続けている。
しかし、それも膝が震えている状態なので、飛ぶことは難しいだろう。
「それはこっちのセリフだな。急に攻撃をしかけてきたのはそっちだろ?」
「それについては謝ります……おや?」
お互いに視線が合った瞬間、鳥型の獣人が何かに気づいたように声をあげた。
「誰かと思えば、あなたでしたか。この国にいたんですね」
俺の顔を知っているかのような反応をしてくる青年だが、こちらとしては見覚えがない。
それがブラフである可能性を考えて、よりエルフの首元にナイフの刃を近づけるのだが、青年は全く動揺する様子がない。
また、おかしいといえばエルフの方もそうであり、人質にとられたというのに意外にもそこまで慌てている様子は見せることなく黙っている。しゃべることでこちらの機嫌を損なわない態度をとることはわかるが実際にそれを実行することはなかなか難しいことだ。
どういうことだ?
こっちが有利な状況なはずなのに、まるで不利になっているかのような錯覚におちいり、声を出そうとするが、それを予期していたのかのように青年は先手を打ってきた。
「マーシャル博士を離してくれませんか?」
「なにっ!?」
驚愕が俺を貫く。
その名は俺がこの世界で唯一知っている博士であり、凡百な俺に比べて一人で世界を変えうる天才であり、俺にとっていつか報いを受けさせるべき敵でもある人物を指すものであった。
設定18
獣人とは、人に近い容姿をしていながらも魔物の身体特徴を有した種族の総称であり、エルフや人魚も獣人の一種として分類されている。
サイクロプス等人型の魔物は多くいるが、現在は体の半分以上が人の容姿や身体的特徴を有しているものを獣人と呼ぶ。
一般的に獣人は身体機能や寿命などが人より優れているものの、なぜか彼らは魔族や他の種族に対して排他的であり、同じ種族以外のコミュニティとは関わりを一切取ろうとはしない。それゆえ、彼らが人前に姿を現すことは滅多になく、もし遭遇したとしても不用意に近づけば危害を与えられる可能性があるので、注意が必要である。
ちなみにある説によると、原種の人はできそこないの獣人であった可能性があるとされているが、審議は不明。
-獣人、人でも魔物でもない種族たち マーシャル博士著-
次回更新 12月5日