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馬への餌付けと書いて友情と読む

「どうして泣いているの?」


 私の運命が決まったあの日、今度は私が一人の少女に声をかけてきた。

 彼女は私と同じ孤児院に住んでいるいわば後輩で、来たころからすごくなついてくれていたことを覚えている。


「そうなんだ。あなたが今回の……もうそんなに経ったんだね」


 毎年行われていた神の奉仕が、私の身代わりになってしまった彼女が行ってからぱったり止んでいたのは気になっていたのだけれど、どうやらなくなったわけではないほど、世界は私たちに都合よくできていないみたいだった。

 このままここに放置していたら彼女は死ぬということはわかっていた。

 あの日の私のように、彼女にとってこの孤児院が最後のよりどころで、ここを離れることは死ぬことは何より怖いことに違いない。


「ねえ、あなたはどうしたい? 親兄弟がいない私たちには、これからも辛いことがたくさん待っているかもしれない……それでもあなたは生きたい?」


 あの日聞かれたことを、覚えている限りで再現する。

 そうすることで、あの日の彼女の気持ちを少しでも知りたかった。


「そうだよね……うん、ここは私に任せて」


 目の前の少女はあの日の私と同じ反応を見せたけど、私は彼女と同じように返せたなんていいがたい。

 やっぱりその答辞であっても私にとって死ぬことが怖いことで、恐ろしいことだ。

 昔にそれを飲み込んだ彼女の役を演じたみたのだけれど、やっぱり私にはそんな当たり前の前提を受け入れられるほど強くはなくて、ただただ出した言葉の後悔が募った。


「気にしないでいいよ。これはきっとあの日の私への罰だからね」


 それでも言葉を撤回しなかったのは、数年前の彼女への罪の意識。

 やっぱり私は甘いだけで、優しくないということを再認識するだけだった。

 人間と動物には身体能力に差があるけど、魔物と人や動物を比べるとその差が誤差に見えるほど大きいという話を聞いたのは学校でだっただろうか。


「はあ、はあ……ふう、ここまでくればもう問題ないわね」


「うぅ……ここは?」


 数分間とはいえ、目も開けられない状態からようやく復帰した私が見えたのは、開けた野原にザスティン領の城下町、広がる地平線。数回しか来たことはなかったけれど、ここがラグナ山の頂上であることはすぐにわかった。


 私たちは1時間で半分だったのに……


 私たちの場合はユニコーンを探しながら歩いていたからその気になればもっと縮められたのだが、そうだとしてもコニーさんの速さは異常だった。

 たとえ馬だとしても、草木が生い茂り、登り道になっている山道を数分もせずに半分を登り切ることができるのが魔物という生き物だと知り、少し身震いをする。コニーさんが穏やか……ではないけど、人に危害を加えない魔物であってくれたおかげで私は助かったのかもしれない。アー君が魔物に会ったら逃げろと言った理由がわかった気がした。

 そんな私の気持ちも知らず、コニーさんは一仕事終えて満足した顔(まあ、これも雰囲気なんだけど)をしていると思ったら、突然その場に倒れこんだ。


「もう、限界……」


「大丈夫ですか!?」


「大丈夫じゃないわよ~! このところ三日三晩大木に擬態していたから、水は雨から調達できたけど、食べ物は何も口にしてないのよ~!

 でももう一歩も動けない。はあ、私はここで飢えて死ぬのね。ああ、やっぱり美しい花は儚く消えていくのが運命(さだめ)なのね……」


 しゃべっている様子だとまだ余裕がありそうな気がしないでもないけど、倒れてから体が少し痙攣をしているのを見るのに辛いのは本当なのかもしれない。


 暴走したとはいえ、助けてくれようとしたんだよね?


 ときどきおふざけが過ぎるところがあるけれど、自らがギリギリでも私を助けてくれようとしたコニーさんの人となり(馬だけど)は嫌いではない。まだ魔物への怖さがぬぐえたわけではないけれど、それよりもコニーさんを助けたいという気持ちが強くなった。


「……コニーさん、食べ物があれば飢え死にしないですよね?」


「それはそうだけど、その食べ物がないじゃない」


「これ、食べられそうですか?」


 私はフードのポケットに入れていた携帯食料を取り出す。


「これは?」


「乾燥させたモロコーというものを潰して粉にした後、携帯食料用に練って加工したものです。どうですか?」


 今回は収穫がなくても日帰りの予定だったので、食べ物はそれしか持ってきていなかった。

 もし、これが駄目だったら問題だけど、コニーさんの反応は悪くなさそうに見える。


「すんすん……うん! これなら大丈夫だわ」


「本当ですか? じゃあ私が手にのせますので、それを食べてみてください」


「ありがとうルカ。あなたはなんて優しいのかしら……はっ!」


「どうしたんですか?」


 急に顔が強張ったコニーさんに、何かあったのかと身構えてしまったのだけど、


「やめて! 私に餌付けする気でしょう? 飼い馬みたいに! 飼い馬みたいに!!」


「……いらないんですね?」


「どうどうどう、今回はさすがに私が悪かったわ。だからその食べ物を食べさせてくれないかしら?」 


 アー君は言葉が話せる魔物ほど危険だと言ったけれど、私は、少なくともコニーさんに対しては、そうは思えない。そのため、ここで私が彼(女?)に食べ物を与えるのにためらいはなかった。




「足りましたか?」


 とりあえず持っていた携帯食料は全てあげた。しかし、あくまで最低限の備えであったため、人の1回の食事分まではなくて心配だったのだけど、魔物特有の回復力なのかコニーさんは立ち上がる姿を見せてくれた。


「そこそこね……正直言うとまだ足りないけど、まあ最低限は大丈夫よ。

 何か私にしてほしいことあるかしら? あなたに借りをつくっちゃったし、私にできることなら返してあげたいけど?」


「そんな借りなんて、返してもらうためにしたわけじゃないですし、もうコニーさんに助けてもらったのでいいですよ」


「あれは私も逃げるついでだったからノーカンよ。

 それにユニコーン一族は誇りが高いの。恵んでもらうだけじゃ私自身が納得できないわ。私を助けると思って、ね」


 コニーさんは私が気にしないようにそう言ってくれたので今回は素直に甘えることにする。


「コニーさん、人探しって得意ですか? 今、この山にいる人なんですけど」


 最初はアー君との合流地点に戻してもらおうとしたけれど、彼なら絶体に私を探して動いていると思ったので下手に動くのは得策ではないと考えた。


「……ごめんなさいね、私、そういうのは得意じゃないの。

 簡単な探知ならできるけど、スキルとしては持っていないから、精々数百メートルくらいしかわからないし、あなたの力になれないと思うわ」


 申し訳なさそうにするコニーさんに気休め程度にしかならないけど、気にしないように伝えた。

 こうなると、私が彼を探すよりも彼を待っていたほうがいいだろう。


 でもそれじゃあ、どうしよう……あっ。


 他にお願いを探しているとコニーさんの一部が目に入る。私たち、いや、私がここに来た理由を思い出した。


「コニーさんの角っていただけますか?」


 その言葉を言うためには少し勇気が必要だった。

 いくらコニーさんが友好的に接してくれるからといって、角をもらうってことは体の一部を渡せということなのだから。


「どういう意味なのかしら?」


 口調は同じだったのだけど、明らかに凄みを増した低い声が私を威圧する。

 まさかとは思うけど、突然襲いかかってくる可能性を考えると、アー君が来るまで聞かないことが無難だったかもしれない。


 でも私は、どうしても彼がここに来るまでにそれを聞きたかった。


 彼が来たらたしかにもっと上手くことを運べる可能性が高いし、少なくとも命の危機にさらされることはないだろう。けれどこれは私が受けたクエストであって、私がするべき仕事だ。私の代わりに誰かにやってもらうわけにはいかない。それくらいの意地は弱い私にもあった。


「私、ギルドのクエストを受けてこの山に来たんです。

 そして依頼内は、ユニコーンの角をとってくることなので、コニーさんの角が必要なんです」


 そして、私が依頼のためにできることは自分の状況を含め、包み隠さずしゃべること。

 アー君みたいに腕がたつわけでもなければ、エマちゃんみたいに弁がたつわけではない。そんな私ができることはせめて誠実にお願いすることだけだ。


 数秒の沈黙の後、コニーさんはおもむろに口を開いた。


「私が拒否したらどうなるのかしら? 実力行使?」


「それは……できません。いや、したくありません。

 私には力は全然ないですし、それ以上にコニーさんとは争いたくないです。だって、その……友達ですから」


 偽りのない本心をぶつける。会ってまだ少ししか経っていないし、生き物としての違いはあるけれど、私はコニーさんのことが好きになっていたし、何かあったら助けてあげたいと思っている。そういう気持ちを持った家族以外の相手に対して、私はその表現しか知らなかった。


「と、友達? あなたが? 私と?」


「はい」


「ぷっ、あはははははは」


「お、おかしいですか?」


 私は友達とは思っているものの、相手がそうであるとは限らない。

 別に笑われるのはかまわないけれど、さすがに会ったばかりの相手に対して、友達だと押し付けがましかったかも。そう反省していたのだけど、コニーさんの笑いが、嘲笑のものではないことに気がつく。


「おかしいわよ! 今の時代、人間が魔物と友達だなんて。あなた変わっているってよく言われるでしょ?」


「そ、そんなことないです、よ?」


 エマちゃんやミーリィ、ユーリィにはよく天然とは言われているけど、変わっているとは言われていないからセーフだよね?


 こっちから見ればコニーさんのほうがよっぽどおかしい……と、ここで先ほどまでの重苦しい空気がすでに霧散していた。


「いいわ。私の角を渡してあげる」


「いいんですか!?」


「ただし、条件があるけどね」


「……わかりました。私にできることなら」


 さすがにコニーさんでも無条件ではくれない。けれど、無理難題じゃない条件をクリアすればくれるだろうとわかるくらいにはコニーさんを信じられる。


 ただ、一つだけ心残りがあったんだけど、それを望むのは贅沢なのかもしれない。


 コニーさんはしゃがみこみ、私に自身の上に乗るように命じる。

 どこかに移動するのかなと思いながら乗ったのだけど、コニーさんは立ち上がるとそのまま動こうとしない。


「どう? 美しいでしょう? この景色」


 コニーさんのことかと思ったら、どうやら違うみたいで、視線を遠くの風景に促すようにコニーさんは言った。


「はい。そうですね」


 さっきは現在地の確認としてみてなかった風景をもう一度、今度は鑑賞する。


 まず目に入るのは当然この山の木々の群れ。自然に、されど整えられたかのように綺麗に生えるそれらは、たまに風に揺られながらも、決して屈せず再び空へと伸びる姿はたしかに生命の息吹を感じる。

 次に見えるのはギルドや学校がある城下町。遠くから見ることで精巧なミニチュアのようにも見えるのだけど、お昼ということもあり活気に満ちた街の様子は、つくりものには出せない迫力だろう。

 そして、最後に見えるのは広大な大地と広がる地平線。ところどころに点在する交易路で固められた道を行く馬車は、一枚絵のように幻想的で、その行き先と目的、背景への想像を駆り立てた。


 たしかに、改めてみると、たまに山の頂上からの景色を熱心に話す吟遊詩人がいるのも無理はないと思えた。しかし、コニーさんもこの山頂からの風景を心から慈しんでいるのは少し意外だった。


「私ね、お昼の景色が好きなの。夕日も朝日も悪くないけど、お昼が一番好き。だってお昼は皆が一番輝いているときじゃない。人も、太陽も、私たち魔物も……

 そして、今日でさらに好きになったわ。だって、友達と一緒に見た景色だもの。これが私の条件、友達と私の一番好きなものを見ることよ」


「コニーさん……!」


 角が手に入る喜びなんかよりも、心残りが消えたこと(コニーさんに友達だと言ってもらえたこと)のほうが私には嬉しかった。

設定17


魔物No.81 ユニコーン

 白い体毛を持った馬型の魔物。

 どこに住んでいるのかは不明で、目撃情報も滅多になく、そのくせ信憑性の高い目撃情報は世界各地から報告されている。

 言葉をしゃべられると聞くが、聞いたという母数が少ないため信憑性に欠ける。

 また、俗説で穢れをしらない少女が薄手の服装をしていると出会えるとあるが、これも母数が少ないため、信憑性に欠ける。

 身体能力は、目撃情報をまとめるに魔物でもトップクラスであろうことは推測できるが、人を襲ったという話は聞いたことがないため、比較的に温厚な性格ではないかとうかがえる。


-魔物図鑑 マーシャル博士著-


次回更新 11月30日

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